とある中途障害者の発信!

44歳で中途障害者になった男の想い

俺にとっての自立

2012年05月27日 | Weblog

自立支援介護パワーリハビリテーションと言う介護を受けている俺なんだけど
スタッフとのかかわりの中で、俺にとっての「自立」とはなんなのか?と考えさせられた


パワリハと言っても、いつまでも丈夫でいたいと介護予防で来ている高齢者の人もいれば
脳卒中などで障害者となり、機能回復が目的で来てる人
認知症状を水分とか、運動とかの生活習慣で治したり、緩和させたりするケアプランで来てる人


パワリハに来ている人たちの目的は様々だ
要は「自立支援」とは言うものの、自立の内容って人それぞれなのじゃないのかな?と思った


じゃあ俺の自立って?
補助されて立てるようになった、動かなかった右手がわずかながら動くようになった
声が大きくなった、首がしっかりしてきた、自分でなになにが出来るようになったとか


確かに機能回復はうれしい事なんだけどぉ、、、機能回復=俺の自立 ではないんだなー



動いたとか、出来るようになったとか
赤ん坊の成長みたいのが、俺の自立の意味なんかじゃない




なぜ俺がベッドでの生活からパワリハを始めるまで4年もかかったのか?
その間、ひきこもりになってたわけじゃないよ
講演とかかみしばいとかで人前に出てたし、訪問入浴や訪問リハビリを利用してた


自分の機能回復よりも「この身体で地域に、社会に、人にどうかかわっていけるのか?」」
「俺でも社会の役に立てるのか?」「俺は社会のお荷物ないかじゃない!」とかの試行錯誤、葛藤の日々だったんだ


住宅ローン免除や、生命保険の死亡に準ずる重度障害いとされた俺が
みんなが払ってくれている介護保険料のお世話になっている俺が
障害者年金をもらっている身の俺が、、、社会や地域にいったい何が出来るのだろう?


ここまで機能が回復してこんな事ができる様になった が俺の目的なんかじゃない
回復した機能、その状態の俺で社会や地域や人に、何が出来、何を発信してゆけるか? 


それが、障害者としての俺の自立なんだ
奈良の さくらんぼ さんとの、こんなかかわりあいも俺の社会参加、自立なんだ と思っている


この研修会の前に、武久ぶくさんのYouTubeを観てもらいました。

ぶくさんの言葉の一つひとつの説得力の意味が伝わってきます。

涙が出るとかじゃなくて、

心ある介護職ならば、身震いするような感動を覚えるのではないでしょうか。

ぶくさんにも頭が下がる想いですが、ぶくさんを支えているデイサービスの施設の方も素晴らしいですよね。

ぶくさんがこんなに輝いているのは…

支えている奥さんと施設のスタッフの支援の力も大きいでしょうね。

そんな多くの良い仲間に支えられているぶくさんが、本当に素敵に輝いていました。


そして…

さくらんぼでも、ぶくさんのような利用者を1人でも多く支えていきたい…

そう感じました。


「生きる」力を支える事のできる介護職でありたい・・・。

そんなエネルギーをもらいました。


そこから始まった研修だったからでしょうか、

下山さんも含め、みんな気持ちがノッテいましたね。


おかげで良い研修会になりました。

下山さん、ぶくさん、ありがとうございます。


さくらんぼ介護日誌より抜粋

さくらんぼのPONTA社長さん、俺をプロデュースしてくれて「ありがとうございました」
俺が輝けるか?くすんでしまうか?って、俺とかかわってる人たちの力なんです
利用者は介護する人の鏡なんだな って利用者の俺も思います


そして心、精神面で俺は、すでにさくらんぼの利用者です




俺にとっての「自立」の意味を再確認させられた、デイスタッフや、さくらんぼさんとのかかわりあいでした。












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与える

2012年05月20日 | Weblog

障害者と書かれようが、障がい者と書かれようが、俺はどっちでもいい
「かわいそう」とか言われたら、優しい人だね と思う
「がんばれ」なんて言われたら、応援してくれてありがとう と思う


障害者に対する禁句みたいのが、さほど気にならい俺なんだけど
最近よく聞く「与える」って言う言葉の乱用が好きになれない


「被災地の人に感動を与える〜がしたい」「東北の人に元気を与える〜をやろう」
言葉尻を捕まえて、どうのこうの言うのは好きじゃないんだけど


この「与える」と言う表現は聞いてて感じが悪い
子どもたちに夢を与える とか 子どもにミルクを与える とか
そんな風に使うのならわかるけど、、、被災地の人に「与える」 とはねぇ、、、


「与える」って言うことは、相手が自分より弱い人、自分より可愛そうな人
自分より劣っている人と決め付けているかの様に感じる
それを聞くと俺は「あんたはそんなに偉いんかい?」「あんたは神様かい?」と言いたくなる



そこには「善意の上から目線」の存在を感じる
「おたがいさま」を感じない




感動とか 絆とか 元気とか、癒しとか、、、それらって一方的なものじゃなくて
発する側と、受け取り側の、共同作業で成り立っているものなんだと思う


ましてや、立場なんていつ逆転するか分からないものだし、情けは他人の為にあらずだしね


「与える」なんて言ったら、相手の気持ちを無視した、自分だけの思い上がりになるんじゃないのかな?
「俺のプレーを見て感動してもらえたら、、、」とか
「俺たちを見て少しでも元気になってくれたなら、、、」とか言えないのかなぁ


介護職の中にも利用者に対して、この「善意の上から目線」で見てる人がいる と感じてるのは俺だけなのかな?。











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俺にとってのブログ

2012年05月13日 | Weblog

ブログはコメントでこんなつながりが持てる 
って事を今回は発信したかったんです

PONTA社長の、この ブログでのコメントのやり取りです


たかがブログ、されどブログ 
ブログって感性の共感の場だと俺は思うんです




●Posted by 武久ぶく

介護を受ける身になって思う事があるんす

「手は口ほどにものを言う」


介護を受けている人は 施設であれ 自宅であれ
介護されている人は 介護している人の鏡 と
利用者もスタッフの接し方で変わるって事だと思うっす

自立支援をおこなう介護職よ
まずは自分が自立しろよ とも思うんす

誰かの何かのせいにして
葛藤からも 考える事からも逃げ出すスタッフが多い気がするんす。





武久ぶくさんへ

コメントありがとうございます。

ぶくさんの言うとおりです。
スタッフの接し方で利用者も変わることって
さくらんぼでもたくさんあります。

ある利用者は、家族も「半年か1年」と言われていたのに、もう3年もさくらんぼを利用されています。
前のデイサービスでの介護なら半年程度の寿命が、デイサービスが変われば長くなる・・・。

現実にそんなことがあるようにPONTAは考えています。

だから、利用者に対して全力で向き合えないスタッフにPONTAは厳しくなってしまうと思うんです。

ぶくさんの言うとおり、お前がまず自立しろ!それまでの間は、私からの課題に真摯に向き合え!と。

それがつらくて、辞めるスタッフが多いんだけど…
それを以前は「人の辞める会社はいけない」と思ってトーンダウンしたこともあったけど、
やっぱりPONTAが考える介護を実践できる人だけが続けてくれたらイイ。
そう考えるようになりました。

おかげで、人材の採用には苦労しっぱなしになりましたが・・・


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●Posted by 武久ぶく

己の師は 己の自問自答の中に居て

己のライバルも 己の弱さの中に居て

己の評価も 己の納得の中に居て

己の満足も 己の感謝の中に居て

全ては己の中に居て、、、


って社長の記事 読んでると おいらの詩のネタになってくれるっすよ
ありがとさん! っす。



武久ぶくさんへ

コメントありがとうございます。

いえいえ・・・こちらの方こそ、ぶくさんのコメントに力をもらったり、考えさせられたりって、頭と気持ちを整理するきっかけをいただいています!

本当に感謝です!

そうなんですよね…全部、自分の中にいるんだよね!
自分の気持ちに素直に従えば・・・そこに答えがあるんですね。

隣の芝生の青さに心奪われて、自分を見失うのが一番バカらしいよね!




★こんなコメントのやりとりがあって嬉しかったり、ブログで出会い友だちになったり
俺にとってのブログって「元気やる気」をもらえるものなんす。



付録    これが今までの俺の経過っす  「2012今の俺」












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それぞれ

2012年05月06日 | Weblog

この身になってますます強く思うようになった事がある
俺が思春期の頃に考えてた事って言うか、感じた事って言うか


それを分かりやすく説明すんのに、世界的エピソードとして「タイタニック号」がある
船が沈む時、女性子どもを優先に救命ボートに乗っけた話し(紳士道?騎士道?)

そこに何を感じたかって言うと、人って苦しい立場や逆境に立たされた時に
本当の自分が出るんじゃないのかな?って事
自分が楽な時や、余裕がある時って他人によく出来てあたり前や と思う


しかし、自分が苦しい時や、追いつめられた時や、逆境に立たされた時
周りに対して、他人に対してどんな自分でいられるのか?
こんな疑問をおぼろげだけど思春期の頃よりずーと考えてた


脳卒中に倒れ中途障害者と言う逆境に立たされて、その気持ちが現実味をおびた
今まで計画して来た人生設計や、培って来た価値観などを障害と言う現実で変えざるを得ない



今までの人生が一変してしまったのが中途障害者
逆境そのものだよねー



ネットをやる俺としては、他の中途障害者の方はどんな生活、どんな考え方をしてんのかな? 
と他の方のブログなんか覗くけど
障害の程度は別にしても、中途障害者になってしまうと言う事はまぎれもなく逆境で


それぞれの挫折感 喪失感 虚無感 不自由さ 生きにくさ 疎外感などなどを
それぞれの考え方 対処の仕方 仲間づくり 社会参加などなどで立ち向かっている 


中途障害者と言う逆境に立たされたから、本当の、地の自分が出て来るんね
タラレバがよく出る人、やけに明るい人、前向きな人、しょっちゅう葛藤してる人、、、
いいとか悪いとか、ホジティブとかネガティブとか言うのじゃなくて


それぞれの置かれた環境の中で、結構みんな必死こいて生きてるんやなぁ と感じる
はたから見て前向きだとか、受容出来てないとか、わがままとか、明るくていいとか
様々に見えるけんど


どの人も障害と言う招かざる、想像もしなかった現実を背負いながら生きている
自分の力ではどうする事も出来ない事実現実と向き合い生きている



福祉や医療なんかで高齢者の心理とか、中途障害者の心理なんて、個々を一まとめにしてとらえがちだけど、、、


生活そのものの介護現場では、高齢者も 中途障害者も人それぞれなんだよね


人それぞれ なんだと思って接しなきゃ介護じゃないんだよね
だって介護って生活なんだよね、介護され生きている って生活なんだよね


今回はなんかまとまりがねぇぇぇー!
上手く言いてぇ事が伝わったかなぁ???












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気分

2012年04月29日 | Weblog

天気」


僕にとって晴天は
いささかまぶしすぎて、、、

僕にとって雨の日は
ちょいと気がめいる、、、


あわい光につつまれた 
しめっぽい風がほほなでる
そんな うす曇りの日が 


僕は一番好きだ

ーーーーーーーーーーーーーー
それぞれの人に、生きやすい天気があるんだね。


俺の詩 にこんな詩がある、自分でもなかなかのお気に入りの詩なんだ


被災地の人なんかや、俺みたいにハンディキャプ背負った人や、葛藤している人などなどに
笑顔になれるように とか、笑顔を忘れずに とか、笑顔にもどれるように とか


とにかく「笑」って言う字がたんと出てくるけれど、辛いのに悲しいのに、苦しいのに空しいのに
そんな笑えないし、笑いを強要されてもぉ とか
笑わないと罪悪感を感じてしまったりする人もいるんじゃないのかな?


確かに何時までもしかめっ面になっていてもしゃーないけど
かと言って笑うって言う気分にはなれねぇし、、、
仕事なら別だけど、笑顔なんて無理して作るもんやないし、無理して作る必要もないと思う


うれい顔? ほほえみ? まばゆい表情? 表現は難しいけれど
しかめっ面ではなく かと言って笑顔でもなく、、、音的に好きなんは「うれいがお」なんかな


生きていれば、いつの日か心の底から笑える日が来るのかも知れない し
来ないのかも知れないし


やっぱ俺思うに
なるようになるし、なるようにしかならない気分


うす曇りの気分なんさねぇ。












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介護の報酬

2012年04月24日 | Weblog

介護の仕事をやってて利用者さんに「ありがとう」「楽しかったよ」とかとか言われたらうれしいよね
誰かの役に立てる仕事って言うか、誰かに感謝される仕事っていいよね


別にそんな感情をどうのこうの言う気もないし
いやむしろそんな感情があるから低賃金でも介護職の人は頑張れるんだとも俺は思ってる


ただユニットで重度の認知症介護をしているスタッフと話ししてて思う事がある
当然の事ながら重度の認知症の人たちは「ありがとう」とか「楽しい」とかは言わない
俺もあんまりは言わないのだが、、、でへ!


とにかくユニット介護で行き詰まるスタッフが口をそろえて言うのは
「自分がなにをやっているのかわかんなくなる」


何でそうなるんか俺なりに考えてみた
(動けない=何もしてない=退屈、暇だから俺は考える)


ほんで俺なりの答えを見つけた(考えて答えが見つかると、俺はパズルが解けた様でうれしくなるねん)
感謝の反応がない不安とでも言うのか、気持ちの見返りのない不安と言うのか
そんな心理がはたらくんじゃないかと、、、


普通の高齢者介護は出来ても、重度認知症の人の介護は不得意とか
感謝を口にしてくれない人の介護は不得意、無口な人の介護は不得意とかになるんじゃないか と、、、


介護福祉士もってて得意、不得意の介護分野があっていいの?
得意、不得意で仕事しててもいいの?
そんな介護福祉士はあまちゃんじゃねぇの?



介護の見返りに感謝される事を求めてる様じゃ素人と同じだ



その人と時間を共有している、共に生きている みたいな気持ちでいいんじない
少なくとも専門的に言ったら 介護家族の負担軽減にはなってんだからさぁ







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初心

2012年04月15日 | Weblog

最近の俺の日曜日はブログを書いたり、他人のブログ読んだり、詩を書いたり、、、
とベッドの上でパソコンをしている日が殆どだ
パワリハデイ で疲れた身体を日曜日に休めているのだが、一日中ベッドにいると精神的に疲れる


かと言って「ちょっと出かけて来る」とはいかない、俺らのお出かけは重労働
リフターでベッドから車椅子に移動して、スロープ出して、、、
さて出かけようなんて気力は52歳の俺らにはなかなか湧いてこない


日曜日に外出しないと言う事は、俺の大好きな自然とふれ合う時間がなかなか持てない 
と言う事になる、デイと自宅の往復だけではストレスがたまって行く一方だ


そこで俺のデイでのケアプランが大切になってくる
今まではパワリハ、排便、立位訓練、入浴が主なプランだったが
これからは、自然とふれ合える外出時間を組み込んだプランが必要になってくる


身体も心も丈夫、元気になれるケアプラン


これからは週に半日ぐらいは自然とふれ合う外出をしたいものだ。


と書いて気がついた
なんか最近の と言うか このブログの書き方表現が硬い感じがしてね


俺の気持ちを発信したいと始めたこのブログ、書き方と言うか言いまわしが
なんか押しつけと言うか、わかってが強すぎたりしてるなぁ と思えて、、、


最近デイスタッフと関わってて思わされたんだけど
力説しても伝わらない人には伝わらないし、軽く言ってても伝わる人には伝わっているんだなぁ
と思わされる事があったんでね


葛藤葛藤とか言ってても重くなるだけだし、言わなくたって伝わってた人には伝わっていたし


このブログも、そんなに俺の気持ちを力説しなくてもいいんじゃないかな って思えた
俺がわかる人にはわかる、力説してもわからない人にはわからない
俺が伝わる人には伝わる、力説しても伝わらない人には伝わらない


そんな初心に帰って重くならない発信にしよっと!










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希望が願望へと

2012年04月08日 | Weblog

よくなりたい、機能回復したい と言う希望を持って始めたリハビリなのに
成果、効果を求め過ぎるがためストレスとなり、自分を苦しめてしまってるケースを目にする事がある

希望が願望に変化してしまったケースだと思う


さすがに俺みたいに四肢麻痺(重度障害)ともなると「よくなりたい」と言うより「よくなったらいいなぁ」
「機能回復したい」と言うより「機能回復したならいいなぁ」みたいな気持ちでリハビリはしているが


肉体的にはそうなのだが、精神的に俺はどうなのだろうか?
この身体になっていからは、人間は肉体と精神で成り立っているんだ と痛感させられている


受傷してから俺の心に芽生えた「誰かの何かの役に立ちたい」と言う気持ち
そんな気持ちが俺の希望だった、前向きになれる気持ちだった


しかし希望がでかくなり過ぎると願望へと変わる
成果、効果を求め過ぎストレスとなってしまう、心に余裕がなくなってしまう


あるスタッフの「武久さんは考えすぎなのじゃないですかぁ?」の一言に考えさせられた
俺の気持ちの中にある「誰かの何かの役に立ちたい」があまりに強くなりすぎて
自分の生活を生きにくものにしているんじゃないかと、、、


誰かの何かの役になれたらいいなぁ ぐらいの希望でいい
誰かの何かの役に立ちたい と言った願望になったら重荷になってしまう


希望に成果、効果を求めると、願望に変わってしまい自分を苦しめる


疲れてしまう程のリハビリは、体に負担をかけ逆効果になる と同じ様に
「誰かの何かの役に立ちたい」と言う想いも強過ぎては心に負担をかける と思わされた。











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普通

2012年04月01日 | Weblog

上の写真は幼い頃の俺だ
老いてから見れば「なつかしいぃ〜」だの「かわいいなぁ」とかの感情が湧くのだろうけれど、、、
今の俺とすれば「まさか俺が障害者になるとはなぁ〜」と思う


子どもから大人になって、事故とか病気で早死する事ってあるのかも? とか考える人はいても
障害者になるかも?なんて考える人はまずいないだろう、俺もこれっぽっちも考えなかった


だから五体満足で老いれる、老いてゆける と言う事は俺には羨ましいのだ
中途障害者にとっては、高齢者でさえまぶしく感じる時もある


高齢者介護の中に埋もれている中途障害者には、俺と同じような気持ちを持つ人が多いと思う
かと言って俺もそうだけど、中途障害者が無理やり高齢者介護施設に行かされている訳ではない
自分の意思で行ってるのだから、そこに噛み付く気はない


では何故こんな事を書いているのか?と言えば、、、
高齢者介護施設の中に、少数の中途障害者を抱えている施設のスタッフに対してである


クレームを言わない、言えない高齢者の中で、はっきりとした意思表示をして来る
理論的な中途障害者は扱いにくい、理解しにくいと感じている介護職の方が多いと思う


経験や勉強して来たのは高齢者介護なのだから当然と言えば当然の事なのだろう
だけど始めに高齢者心理と、中途障害者心理は全然違うと言う事を認識して欲しい


今朝、パートのヘルパーをやりながら、俺の介護をしている妻に聞いてみた
「お前から見て中途障害者と高齢者って違うか?」


「ぜーんぜん違うわよ!



中途障害者って人生の半ばで障害者になった訳でしょ、高齢者の方って普通に人生送って来た訳でしょ



葛藤と言うか、悔しさって言うかぜーんぜん違うわよ」
ヘルパーをやっている妻の言葉だけに、俺の胸にストレートに届いた


高齢者介護の中で中途障害者を異物にしないで欲しい
高齢者介護施設に行かざるを得ない中途障害者なのが現実なのだから、、、


障害は完全不幸な事ではないけれども、決して幸せな事でもない
出来るならば普通に老いて行きたかった、、、と俺は今でも思う。




★中途障害者の葛藤や喪失感などなどに、俺が強く共感するブログ

       俺はまだ生きている!」











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代弁者

2012年03月25日 | Weblog

俺が高齢者介護に抱いていた感情を見事に言葉にした人がいた
それは たなかいご 君、ブログ界のカリスマ介護士だ、俺と逢った事もある 熱い人 だ


今回のブログ内容が決まりかけた時、タイムリーにたなかいご君の文章を目にした
そう、高齢者の方は介護職の方になかなか本音の不平不満は言ってくれない、言えないのだ


俺も無神経な粗雑な介護やら、上から目線の威圧的介護を目にしたり感じたりする事がある
当然、悪気はないのだろうが(悪気があったら論外なのだが、、、)悪気がないだけに根は深い


ユーザーからのクレームがない=介護の質に無頓着、ただこなしている介護になりがち
団塊の世代が高齢者になる時期になっら、こんな介護職意識ではやってゆけないだろう


今の高齢者世代の意識では、介護サービスを受けると「ありがたい」と言う気持ちなるのだが
お金を払ってサービスを受けるのに慣れた団塊の世代以降になってくると
介護サービス=仕事だろ お金を払っているのだからサービスを受けて当然 と言う意識が強くなる


つまりは質の悪い介護にはクレームを言う利用者が増える
介護の質の悪い施設は利用者が減りやってけない と言う時代がやって来る


俺の性格上、介護に不快を感じた時には関わったスタッフと話し合うが、最近は言うのも疲れてきた感もある が、、、
でもそんな事も言ってられない、小言の多い中途障害者でいいのだ


高齢者の代弁者になり得るのが、少数派の中途障害者なのだ



全国の高齢者介護の中に埋もれている中途障害者の方たちよ
自分の感じた介護を、関わったスタッフに伝えて行こうではないか


聞く耳持つ人持たぬ人、様々かも知れないが発する事に中途障害者の意義がある
中途障害者(ユーザー)の小言が「介護の質」の向上に繋がる と俺は思う。



★たなかいご君の文章


介護サービスを受けている顧客は
なかなかクレーム言ってくれません。

世話してもらってる感ありありのせいか
申し訳なくってクレームなんて言えないもの。

立場が弱いから(笑)

だって世話になってるもの(爆)

優位に立っちゃってますよね。
顧客より介護従事者って。









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