SUNNY-PLACEを求めて

2007年3月16日に夫をすい臓がんで失いました。自分自身の再発乳がんとも共存しながら、日々を過ごしてします。

どん底

2012-05-25 | 悲嘆
また体の調子が崩れてしまった。

元々フルタイムの仕事を平然とこなすほど私のカラダはタフではない。

常に倦怠感や手足のしびれを感じ、それでも毎日苦手な人混みに揉まれて通勤していた。

こんな私でも何とか仕事が見つかるのは、首都圏に住んでいること、ずっと働いてきてブランクがないからだろう。けれども年齢が年齢だから、年々みつかる仕事は何かしら「問題がある」案件ばかり。若い世代ならあまり見向きもしない仕事が多い。


それに当然のことながら、再発がん患者であることや、精神的に不安的で精神安定剤は欠かせないことなどは一切明かさずに、「とにかく健康だけには自信があります。」と面接でアピールして何とか採用に漕ぎつけている。


今回も3カ月を過ぎたところでダウンしてしまった。薬を飲んでもお腹の緩さや胃の痛さは治らず、職場近くの駅で立ち往生を繰り返していた。

こんな話、にわかには信じられないだろうが、働いていた職場は、「休暇をとるなんて論外」「出来ない男性は立たされたまま上司から1時間近く激しく叱責、罵倒される」。そんなことが当たり前だった。

仕事は7時近くまで残業になることも多く、家に帰って夕飯の支度をするのがやっと。土日は寝込んでしまい、病院にも行けない有様だった。


実家の母親から「無理をし過ぎだよ。」と言われて、やっと覚悟を決めた。



体を酷使することはいったん止められたが。いつまでものんびり過ごしているわけにもいかない。同じことの繰り返しになったとしても、また自分の体を少し立て直して、何とか働かなくてはならない。



今回、堪えたことは「もうひとつ」ある。そちらの方が比重は明らかに大きいかもしれない。たった一人の家族との信頼関係がぎくしゃくしていること。

自分の若い頃を考えてもそういうことはあったし、いつかはまた元に戻るのだと鷹揚に構えておけばいいのかもしれない。

でも、それだけの心のゆとりが今の私には持てない。


私は何のために生きているのだろう。


ふっと消えることができたらどんなに楽だろう。人の記憶からもすっと消えて無くなれればいいのにな。


そんことを思いながらも、小心者の私はとにかく一日をやり過ごすしかない。
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計画性のない私

2012-05-15 | 日々の出来事
元々、几帳面に節約して過ごす…ということは苦手だった。夫は私とは逆に計画性を持って貯蓄に励むタイプだったので、それで夫婦のつり合いがとれていたように思う。

一人ぼっちになってから、ますます家計管理が嫌になった。

夫がいなくなった生活なんて容認できない。そんな思いが強くて、自分の将来設計図を描き、それに沿った生活をすることなんて私には荷が重すぎた。

「働いていれば、何とかなるさ。」

それだけが私の家計やりくりの指針。


ここにきて、その無計画性に泣くことが勃発。

子どもが18歳を過ぎたら遺族基礎年金が支給されなくなることは承知していた。送られてくる通知なんか眺める気分にもなれずしまい込んでいたが、今月通知が改めてきてびっくり。なんと1カ月分の支給相当額から40,000円も減ることを知った。

市の助成で無料だった医療費もやはり子どもが18歳になったことで打ち切り。がんの再発防止のために高価なホルモン剤をずっと飲み続けなくてはならない。降圧剤もいきなり服用をやめるわけにはいかない。


どれもこれも分かっていたこどだが、まさか5年も自分が生きるなんて想像してなかったので、今さら慌てている。


でも、これが「働かなきゃいけない。」という気持ちを支える原動力になるのだったら、それも悪くないのかもしれない。



夫の死亡退職金だけは手を付けずにそのままにしてある。何とかひとりで頑張っているよ…と夫に認めてもらいたいから。


この国の政治に文句を言ってもどうにもならないが、夫を失った女性に対してもっと働く環境を整えて欲しいと切に願う。

今こそ息子は大学生となったが、夫が亡くなった時はまだ13歳。残業が多い仕事をするわけにはいかず、派遣社員で比較的終業時間が早い仕事を選んできた。

今の私はオフィスワークの求人に応募しても、ほぼ9割方年齢で弾かれるだろう。それでも、少しでも自分にとって条件の良い仕事を見つけたいという思いはいつも抱き続けている。


頑張っている人が報われる世の中じゃないけど、それでも私は必死で頑張るしかないのだ。
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頭痛

2012-05-07 | 日々の出来事
もともと頭痛持ちでいつも頭痛薬は持ち歩いている。市販の頭痛薬では効かないことも多いので、病院で処方されたロキソニンも私には必要な薬だ。

だから、少しでも頭が痛いな…と思ったら、すぐ薬を飲むようにしている。痛みが増してからでは薬が効かないこともあるからだ。


ここのところ、頭痛と耳鳴りに悩まされている。日中真剣に仕事をしている時は気にならないのだが、仕事を終えて帰宅の電車に乗ると頭痛に襲われる。

この連休中も連日のように頭痛に悩まされ、寝たり起きたりを繰り返している状態だった。


今日も勢いで仕事に出かけた。一日休んでしまったらズルズルと引きこもってしまいそうだから、自分を奮い立たせて働いた。



でも、家に戻るともう駄目だ。頭痛と耳鳴り、そして手足の先が痺れて、何も出来ない。


食器だけ洗ったら早く寝よう。
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相変わらず・・・

2012-05-06 | 悩み・惑い
世間的にはこの大型連休は、休みをとったり、気分転換の旅行をしたりと有意義に活用される人がほとんどなのだろう。

しかし、私はこの4日間ですっかりと体調を崩した。

息子は大学で入ったオーケストラの合宿に行ってしまい、私一人でほとんど家に引きこもって過ごした。微熱、頭痛、耳鳴り、手足のしびれ、そしてお腹がずっと緩い。

ただ寝て起きて、また寝る…という繰り返しで4日間過ごした。昨日の夕方ちょっとだけ体調が良くなったので、家の近くの教会の夕方からのミサに行くことができた。

2月に今の職場で働き出してから、休日は精魂尽き果てて寝てしまい、教会からも足が遠のいてしまった。

久々に聖堂で祈りながら涙が止まらなかった。

私だって時間的な余裕や精神的な余裕があれば、毎日でも教会に通って祈りたい。でも、今は働くことが優先。心の中で祈る気持ちを大切にしていれば、きっとそれを神様は分かって下さるはず…と言い聞かせてきたが、人前に出るのが苦手な私が必死になって繋いできた所属教会との細い、細い絆はいとも簡単に切れてしまったようだ。

凄く切ないが、仕方ない。心の奥底に灯る信じる心だけを大切にしていけばいいんだ。


今まで仕事が長続きしなかったのは、人間関係の煩わしさに疲弊してしまったからだと思っていたが、ここにきて、やはり私の今の精神状態、体調で、フルタイムで働くこと自体、少々無謀ではないかと悟り始めた。


週数日のアルバイトで、平日に体を休めたり、通院したりする時間を持てた方が良いに決まっていることは分かっている。でも不安でなかなか踏み切れない。

がむしゃらに働いて「勢い」で一日を過ごしていた方が、夫のことを思い出す暇もなくて、一日があっという間に過ぎる。そうした一日の過ごし方のほうが私には楽に思える。

いつか、きっと夫の元に行きたいから、なるべくその日が早く来るためには、一日があっという間に過ぎた方がいいのだ。


それともう一つの不安はやはり金銭的な収入面。私は過去2度も再発している乳がん患者だ。前回鎖骨上リンパ節に転移して手術してから、そろそろ4年目になる。「次」がいつ来てもおかしくない。

私は正社員ではないから退職金も休業補償もない。働ける今のうちに少しでも蓄えを増やして、いつかやってくるその日に備えておかないという気持ちでいっぱいだ。

また再発・転移ということになったら職を失うのは当然、その上に決して安くない治療費がさらに跳ね上がる。それに備えるためには働くこと以外ないのだ。


もちろん、夫が残してくれた幾ばくかのお金はある。しかし、万が一にも私が長生きをしてしまった場合の老後の蓄えとしてそれはできれば今取り崩したくない。

または、末期がんのような状態に陥り、何年か闘病生活をせざるを得なくなった時の生活資金にも充てたい。



そんなことを考えると、やはり多少体がしんどくとも、毎日働いていた方が精神的には気が楽なのだ。


しかし、私の体はフルタイムで働いて2カ月も過ぎると無理が利かなくなる。国保から社保への切り替え、平日も内科の診察には間に合わないことから降圧剤を切らして1カ月が過ぎてしまった。

決して勧められることでもないし、本来はしてはけいないことだと分かっていてもどうしようもなくて、母親が使っている降圧剤を今は飲んでいる。

今週末の土曜日には何としても内科に行くつもりである。手足のしびれや耳鳴り、頭痛は高血圧からきているものなのか?それとも精神的な不安から引き起こされているのか、診察で確認しなくては。



少しでも明るいことを報告したいのだが、ずっと愚痴の繰り言のようなブログになってしまっている。そろそろ潮時かな…とも思うのだが、こんな惨めな状態でも何とか生きていることをどこかに留めておきたい。

そして、やはり気にせず自分の気持ちを吐ける場所は、もはやここしかないから。
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塞がらない傷(2)

2012-04-29 | 悲嘆
午後から息子は楽器を担いで嬉しそうに大学に練習に出かけた。

大学生活は今のところ息子にとって楽しいものでないらしい。中高一貫の学校で6年間部活で音楽に打ち込んできた。音楽部が彼の居場所であった。だから毎日の練習も辛いとは言いつつ頑張ってきた。


その息子はマンモス大学に入って少々戸惑っている。付属高校出身という立場だからこそ一生懸命勉強しようと思っているらしく、前期の試験が終わるまでは単位を落とすのが怖いからアルバイトはしないと決めたらしい。

そして、期待に胸をふくらまして入団した大学のオーケストラは彼が想像していたものと少々違っていたようだ。所詮はサークル。高校生の部活のように毎日長時間練習などしない。先輩たちはアルバイトに忙しそう。

1週間のうち練習が全くなく、「これじゃあ、他のサークルでも入ろうかな。」と言っていたら、今日の練習のことが先輩からメールで知らされた。

それで練習時間のかなり前なのにいそいそと大学に出かけていったのだ。


その息子を送り出しながら、早く大学でも彼の居場所ができることを心から願った。



ひとりになった私は自転車に乗り、休日の買い出しに。

商店街は大型連休に入ったためか、家族連れの姿が目立った。もう5年も経験しているのに、未だに辛い光景だ。

辛いだけならまあ慣れたが、今日は焦燥感と頭痛でどうにかなりそうだった。買い物を慌てて済ますと家に戻り、精神安定剤を飲んだ。

そして気持ちが和らぐように買ってきた甘いドーナッツとカフェラテを今口にしている。



疲れているためか、最近耳鳴りも気になる。真剣に仕事をしている時は全く気にならないのだが、家に戻るとぼわぁ〜んとした耳鳴りに苛まされてしまう。


3日からは息子が合宿に出かけるので私ひとりになる。どうしようか。どこかに出かけた方が気分転換になるのだろうか?でも行くあてもない。

1日、2日と仕事がある方が何だか救われる。


身の置き所のない感覚。傷はちっとも塞がってなんかない。

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