現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

村上龍「キャンピングカー」55歳からのハローライフ所収

2015-09-30 12:44:41 | 参考文献
 会社を早期退職した男が、長年の夢だったキャンピングカー購入と妻との旅行を家族に反対されたのをきっかけに、心身に軽い変調をきたす話です。
 とっくに自立している妻や子どもたちに気づかないでいた会社人間、中高年の再就職の困難性、心療内科医のサポートなど、いかにも今日的な問題をよく調べて書いてあります。
 しかし、それだけでは、本当の小説にはならないでしょう。
 実務書やノンフィクションなどにはない、作家ならではのサムシングエルス(それが作家性なのでしょう)が、この小説には決定的にかけています。
 特にラストの解決の方向性の安易な提示には、唖然とさせられました。
 実際のこの年代(村上や私と同世代)のこのような境遇の人たちは、もっと深刻な状況を抱えています。
 こんな小説ならば別に「村上龍」でなくても書けるわけで、そういう意味では彼自身の作家としての価値に対して、この作品は大きな危険をはらんでいるように思えます。

55歳からのハローライフ
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幻冬舎
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9月29日(火)のつぶやき

2015-09-30 12:40:12 | ツイッター
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伊坂幸太郎「密使」PK所収

2015-09-29 15:11:44 | 参考文献
 この作品でも、「僕」と「私」の物語が複線的に進んで、最後につながります。
 時間停止、タイムパラドックス、タイムトラベルなどのSFの手法を駆使していますが、それ自体は全く目新しくありませんし、「私」の部分でそれらをかなり解説的に書いているのは禁じ手を使っている感じです。
 この作品でも、「PK(その記事を参照してください)」とつながるようにして、連作短編集の体裁を整えているのですが、かなり無理があります。
 この本は純文学ではないのですから、あまり細かな矛盾点に目くじらを立てたくないのですが、エンターテインメントとしてもいまいちのできかなと思いました。
 かつてSFは、児童文学においてもエンターテインメントとして大きな地位を占めていましたが、今はファンタジー全盛で、ライトノベルを除くとほぼ全滅の状態です。


PK
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講談社
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9月28日(月)のつぶやき

2015-09-29 15:08:31 | ツイッター

「藤田のぼる「安藤美紀夫作品論 アウトサイダーのさびしさを追って」日本児童文学1982年10月号所収」 goo.gl/qpj9k


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藤田のぼる「安藤美紀夫作品論 アウトサイダーのさびしさを追って」日本児童文学1982年10月号所収

2015-09-28 10:04:32 | 参考文献
 「郷土文学・作家と作品」の中に掲載された作品論です。
 安藤美紀夫の処女作である「白いりす」と第二作の「ジャングルジムがしずんだ」を中心に解説し、安藤の関心が「アウトサイダー」にあることを指摘しています。
 これは、「作家論(その記事を参照してください)」で、西田が指摘した安藤の「北海道時代」の特徴である「エトランジェ(異邦人)の目」と基本的には同じことを作品に寄り添って述べていると思われます。
 ただ、安藤の代表作である「でんでんむしの競馬」では、同じように「アウトサイダー」として捉えようとして、十分に解析しきれず尻切れとんぼな感じがしました。
 この作品論の後に出された「風の十字路」や「七人めのいとこ」などの安藤の作品群を予見させるような指摘が欲しかったと思います。
 このような書き方では、「評論」が「創作」の後追いになっているという批判を受けてもやむを得ないと思います。

日本児童文学 2013年 04月号 [雑誌]
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小峰書店
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9月27日(日)のつぶやき

2015-09-28 10:00:51 | ツイッター
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グランド・ブタペスト・ホテル

2015-09-27 20:37:18 | 映画
 第64回ベルリン国際映画祭の審査員グランプリを受賞した作品です。
 アカデミー賞では、作品賞や監督賞にもノミネートされたものの、美術賞などの主要でない四部門を受賞したにとどまりました。
 戦前、戦中、戦後と、いくつかの時代におけるグランド・ブタペスト・ホテルを舞台に描かれ、それを象徴するように画面のアスペクト比を自在に変えているのがなかなかおしゃれです。
 ホテルのコンシェルジェとロビー・ボーイの交流を、ユーモア、ミステリー、アクション、ドラマといった映画の様々な要素をちりばめて、絢爛豪華な映像美で描いています。
 テーマパークのアトラクションのような映画が全盛の現代で、こんな粋で魅力的な映画に出会うとホッとする気分です。

グランド・ブダペスト・ホテル [Blu-ray]
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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
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伊坂幸太郎「超人」PK所収

2015-09-27 09:43:54 | 参考文献
 いわゆるスーパーマン(テレビや映画でおなじみの、赤いマントとSのマークを付けた青地の服を着て、空を飛んだり壁を透視したりする能力を持つ)と予知能力を持つ警備会社の営業の青年の話です。
 これも二つのエピソードをからめた複線式の物語ですが、「PK(その記事を参照してください)」と違って、時間が単一方向なのでわかりやすくなっています。
 その一方で、短編としてはひねりがきいていないとも言えます。
 書き方は少し違いますが、「PK」との連作短編らしく、ここにもPK(別の試合ですが)が出てきますし、「PK」に登場した大臣も出てきます。
 あとがきを読むと、雑誌発表後に本にまとめるときに「連作短編」としての関連を強めたようで、若干恣意的な感じは受けます。
 児童文学でも連作短編集は一般的(現在の子どもの読者に長編を読みこなす力がなくなっているのか?現在の作者に長編を書くだけの力が欠けているのか?おそらく両方でしょう)になっていますが、場当たり的に連作短編集にするのではなく、初めから連作にする意図を持って書く必要があることは言うまでもありません。

PK
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講談社
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9月26日(土)のつぶやき

2015-09-27 09:40:58 | ツイッター
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伊東潤「決別の時」巨鯨の海所収

2015-09-26 09:40:48 | 参考文献
 鯨漁師として有望な二人の兄を持つ主人公は、鯨(特にその血)に慣れることができず、将来に不安を抱えています。
 主人公が初めて参加した鯨漁で起こった事故と事件により、三人の運命は大きく変化します。
 児童文学の世界でかつてたくさん描かれた典型的な成長物語ですが、かなり強引な展開なので、主人公の成長(少年時代との決別)を素直に受け入れられません。
 現在の児童文学の世界では、成長物語は下火なのですが、伊東の主な読者である年配者には受け入れやすいのかもしれません。

巨鯨の海
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光文社
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伊東潤「比丘尼殺し」巨鯨の海所収

2015-09-25 10:03:16 | 参考文献
 そろそろ鯨漁の描写だけでは話がもたなくなったのか、売春婦の連続殺人のために密偵が太地に潜入する推理仕立ての物語です。
 しかし、これも殺人の動機は運命論で片づけられ、探偵小説としての仕掛けは稚拙で、最後に犯人のモノローグで説明するという小説としてはかなり程度の低い物でした。

巨鯨の海
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光文社
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伊坂幸太郎「PK」PK所収

2015-09-18 17:17:35 | 参考文献
 時間も登場人物もばらばらな、以下の四つの物語が断片的につぎはぎされて書かれています。
A.ワールドカップ出場がかかった最終戦で、日本チームのエースストライカー(謎の男にPKを外すように脅されている)が試合終了直前にPKを得てそれを決めて出場を決定させる。
B.架空の友だちが不幸な目に合う話を使って、子どもたちをしつけている作家(Cの大臣の父親らしい)が、謎の男に原稿を直すように脅されている。
C.大臣(AのPKの謎を調べさせている)が、自分の党の幹事長に脅されている。
D.AのPKについて話し合っているカップルの恋愛感情は、微妙にすれ違っている。
 状況説明的に一度だけ使われているDを除くと、ABCの三つの話はラストでつながり、「臆病は伝染する。そして、勇気も伝染する」という心理学者のアドラーの言葉にインスパイアされた作品のテーマが明らかになります。
 こういった、複数の話を並行して進める書き方は伊坂の得意とするところ(村上春樹もよく使います)ですが、この作品の場合は時間がかなり前後に飛ぶのでわかりにくいかもしれません。
 このように複線的に話をすすめたり、視点が変わったり、時間が前後したりすることは、1960年に「子どもと文学」で提唱された「おもしろく、はっきりとわかりやすく」というモットーに反するので、児童文学では長らくタブーとされていました。
 80年代から90年代にかけての児童文学の出版バブルの時代にはそれを崩すような実験的な作品(例えば、岩瀬成子の「あたしをさがして」など)も出版されましたが、売れ線の本しか出ない現在では本にするのは難しいでしょう。

PK
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講談社
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伊東潤「物言わぬ海」巨鯨の海所収

2015-09-08 16:56:17 | 参考文献
 鯨漁の様子を、大人たちから禁止されているのに小舟で見物しようとして、漂流する羽目に陥った五人の少年たちを描いています。
 漂流譚と救助されるいきさつまでは、漂流の恐怖もリアリティをもって描かれていますし、五人の少年の性格の描き分けなどが巧みで、良質の児童文学のエンターテインメントと言えます。
 しかし、取ってつけた様な後日談が運命論めいていて、伊東の主な読者である年配者にはこの方がうけるのかもしれませんが、児童文学者の立場でいえば完全な蛇足に思えます。
 また、方言の表し方も気になりました。
 会話文の中で方言を使った後で、地の文でしゃべったのが誰でどんな意味かをいちいち繰り返すのですが、かなりわずらわしく感じられました。
 あるいは、これも高齢者に分かりやすくする配慮なのかもしれませんが、日本語の小説においては誰がしゃべったかは普通はもっとスマートに処理(必要な時だけに語り手を明示します)しますし、方言においてもできるだけ語り手によって言葉自体で区別できるようにし、意味はカッコ内に書く方がスムーズに読めます。
 児童文学の世界でも、会話が方言で書かれた作品はたくさんありますが、この作品のような処理の仕方をしている作品は、私の経験ではありません。

巨鯨の海
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光文社
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