現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

ジョン・マクレガー「ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で」

2017-05-20 20:34:00 | 参考文献
 アウトサイダー・アートの中でも特に巨大な存在である、ヘンリー・ダーガーの「非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子供奴隷の反乱に起因するグランデコ‐アンジェリニアン戦争の嵐の物語」に関するジョン・マクレガーの解説や論文を、訳者の小出由紀子が再構成したものです。
 なにしろ著者によると、世界最長の物語(タイプライターで清書された1万5145ページの及ぶ原稿と、最長4メートル近くの巨大な数百枚の挿絵)で一生かかっても解読できないであろう大作なので、ごく一部を紹介するにとどまっています。
 その内容は、子供奴隷たち(すべて女の子)を悪の大人グランデリニアンから解放する戦争における、
七人姉妹の少女(幼女)戦士ヴィヴィアン・ガールズの冒険が描かれています。
 挿絵に描かれているヴィヴィアン・ガールズは、当時の雑誌などに載っていた少女(幼女)絵そのものです(実際にダーガーは、雑誌に載っていたそれらの絵を、写真屋で引き伸ばしてもらい、それをトレースして彩色加筆しています。経済的に貧窮していてめったに引き伸ばしができなかったので、同じ少女絵をいろいろな挿絵の中で使いまわしています)。
 初めは、無邪気な少女趣味な絵が多かったのですが、時がたつにつれて、次第に残虐でグロテスクな絵が増えていきます。
 ダーガーは敬虔なカトリック教徒だったのですが、次第に信仰に疑念が生じてきたことからこのような変化が生じたようです。
 こうした異常ともいえる長大な絵物語の製作は、19歳ごろから81歳で亡くなる直前までの60年以上にわたって続けられました。
 この絵物語は、彼の死後に遺品を整理しようとした大家によって発見され、幸いにもその人が芸術に深い理解があったため、奇跡的に救出されて世間の注目を浴びることになります(彼の住んでいた部屋もそのまま保存されています)。
 こうした創作活動は、彼の文字通りの孤独(3歳の時に出産時の感染症のために母親と死別し、その原因となった妹はそのままどこかにもらわれていき、彼が生まれた時にすでに年老いていた父が健康を害したために8歳でカトリックの児童施設へいき、さらにそこから精神薄弱児施設に移り、17歳の時にそこを脱走して生まれ故郷のシカゴに戻り、71歳まで社会の最下層の労働をし、その後は社会保障で暮らしていましたが、その間一人の友人も親類もいませんでした)の中で、彼のいうところの「非現実の王国」を作り上げるためにささげられていました。
 彼の芸術的才能はその間に全くの独学で開花していくのですが、一人芝居(声色を使って、空想の男女の訪問者と会話をする)、物語の創作(南北戦争に影響を受けていると思われる壮大な架空の戦争を、物語あるいはルポルタージュ風に書き上げているようですが、この本ではほんの断片が紹介されているだけです)、膨大で長大な挿絵群(彼の絵画的才能は、主にトレーシング、ドローイング、カラーリング、構成、コラージュなどに発揮されているようです)として、結実していきます。
 その世界には、出産のために亡くなった母親、生き別れた妹のイメージが、繰り返し投影されているようです。
 先ほども書きましたが、ダーガーの挿絵群は、初めは無邪気なものが多かったのですが、次第に残虐なシーンが増えていきます。
 残虐なシーンは、ここで書くのがはばかれるぐらいグロテスクなのですが、もっと衝撃を受けたのはそこに出てくるおびただしい子供奴隷たち(女の子ばかりです)の裸の股間に男性の性器が非常に簡単な筆致で描かれていることでした。
 それらを見たときは、性的倒錯ないしはユニセックスを意味するのかと思ったのですが、著者の説明はもっとショッキングで、ダーガーは男女の違いを知らないので女の子も自分の子どものころと同じだと思ってそのように描いたというのです。
 確かに非常に簡単化して描かれているので、ダーガーにとっては性的な意味はほとんどなかったのでしょう。
 父親と暮らした時代及び児童施設時代は、彼は普通の教育を受けていて成績も悪くありませんでした。
 しかし、感情面で問題があって(クレイジーというあだ名でした)、精神遅滞児の施設に移ってからは、ほとんど教育を受けていなかったようです。
 そこから脱出してからは、他人とはほとんど交流せずに、五十年以上単純労働(病院の皿洗いなど)をし、働けなくなってからは社会保障により、一人アパートでひっそりと暮らしていました。
 情報源といえば、ラジオとゴミ捨て場から拾ってくる新聞や雑誌だけでした。
 そうした外部からほとんど遮断された生活が、彼の作品世界をどんどん歪ませていったのでしょう。
 誰一人読者も観客もいない、いや想定すらしない、自分とおそらく神だけのための創作活動に、六十年以上も彼を駆り立てていたのは、おそらく創作者の誰もが経験する自己陶酔感だったのではないでしょうか。
 しかし、その陶酔は、ダーガーに天国だけでなく地獄までもたらしてしまったようです。

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で
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