現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

細谷建治「「龍の子小太郎」の発想」日本児童文学1974年10月号所収

2016-10-11 08:35:38 | 参考文献
 現代児童文学の出発時(一般的には1959年と言われています)の代表的な作品のひとつで、「創作民話」という新しいジャンルを拓いたと言われている松谷みよ子の「龍の子太郎」を批判的に論じています。
 細谷は以下の三点について批判していますので、それぞれの妥当性について論じて、最後になぜ松谷と細谷の間にそのようなギャップが生じたかについても考えてみたいと思います。
1.「目玉」の発想。あるいは献身的発想の批判として
 ここでいう「目玉」というのは、龍になってしまった太郎の母親が、自分の目玉を太郎にしゃぶらせて育てる代わりに目が見えなくなってしまったことを指します。
 細谷は、この龍の行為、そしてその後の太郎の英雄的な活躍も「自己犠牲」をはらんだ献身的発想から出ているので、解放的と捉えられているこの作品が実は「献身」という非解放的な発想を内包していると批判しています。
 ここにおいては、「自己犠牲」や「献身」をすべて国に対する「滅私奉公」的なものとして捉えて、細谷はかなり嫌悪感を持っているようです。
 しかし、この作品における龍や太郎の「献身」は我が子や民衆に対するものであり、どのような愛情行為や変革もこのような「献身」なしには成し遂げられることはないのですから、細谷の批判はかなり偏狭な見方でしょう。
2.「いわな」の発想。あるいはGNP的発想の批判として
 ここでの「いわな」というのは、太郎の母親が三匹しかいないいわなを全部食べたために龍になってしまったのに対して、太郎が三匹ではなく百匹のいわながあればよかったのだと述べたことを指します。
 細谷はこの章で、このエピソードを、「三つの保育所ではなくポストの数ほどの保育所を」ということと照応する。その意味で「龍の子太郎」は戦後民主主義の公約数的な作品なのであった。」と肯定的に捉えた古田足日の評(「現代児童文学史への視点」)と、「国内での矛盾を外国を侵略する事によって解決しようとする思想と、(中略)同一のものだ」とかなり過激に否定した勝原裕子の評(「松谷文学の思想性」)の双方を紹介していますが、結論としてはハッピーエンドで終わるこの作品に対して疑念を表明しています。
 これは、この作品を描いた1960年においては、松谷が戦後民主主義や労働運動などに明るい未来を信じていたのに対して、70年安保における革新陣営の敗北という苦い体験を経た、この論文が書かれた1974年には、細谷が民主主義や民衆の団結に対してシニカルな視点を持ったことによって生じたものと思われます。 
 そういった意味では、作品成立時の歴史的な背景に触れずに批判するのはあまりフェアではないでしょう。
3.「民話」の発想。あるいはモザイク的民話観の批判として
 ここにおいて細谷は、松谷の作品が、「民話」の語り手とは断絶を起こしていて、上層文化的発想である「献身」の美学の中にとどまってしまったと批判しています。
 しかし、松谷の発想はもともと戦後民主主義の文学の創造にあり、「民話」はもともとモチーフにすぎないのは自明であって、それでこそ「創作民話」という新しいジャンルが開拓されたのですから、細谷の批判は当たっていないと思われます。
 以上の三つの論点における松谷と細谷のギャップは、1960年から1974年というわずか14年の間に、同じ革新側にたつ作家と評論家においてさえ、前述したような大きな変化が生まれたことを物語っています。
 細谷の論文が書かれてからさらに四十年が経過した現在では、経済的な発展がかならずしも民衆の幸福をもたらさなかったと同時に、新しい貧困や格差の時代にどう対処すべきかという問題も生じています。

日本児童文学 2014年 10月号 [雑誌]
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