現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

藤田のぼる「現代児童文学の<始まり>をめぐって」日本児童文学2013年3-4月号

2016-10-16 09:59:21 | 参考文献
 雑誌「日本児童文学」に連載されている「現代児童文学史ノート」のその二です。
 ようやく本題に入って、現代児童文学のスタート時期について述べています。
 特に目新しいものはなく、通説通りに1959年の佐藤さとるの「だれも知らない小さな国」といぬいとみこの「木かげの家の小人たち」の出版をスタートとして、それ以前の作品「例えば同じいぬいとみこの「長い長いペンギンの話」は「フライング」だと称しています。
 また、評論面でのスタートも通説通りに、「少年文学宣言」派と「子どもと文学」派について簡単に触れていますが、両派の「現代児童文学」の定義の違いや、「変革の意志」と「社会主義リアリズム」との関連が不明であいまいな感じをうけます。
 まあ、これは論文ではなく思い出話も入れたエッセイなのですから、厳密さを求めるのは筋違いかもしれませんが。
 この現代児童文学の出発が戦後15年近く要した内的な要因として、当時子ども(あるいは若者)だった世代が、同人誌活動などを経て作家として自立するのに必要だったとしている点は説得力がありました。
 また、現代(日本)児童文学にとって、岩波書店などを通しての外国児童文学の影響(一番有名なのはメアリー・ノートンの「借り暮らし」シリーズが「木かげの家の小人たち」の下敷きになっていることですが、それ以外にノーソフの「ヴィーチャと学校友だち」や、やや古いですがケストナーの一連の作品などあげています)を指摘している点も重要です。。
 現代児童文学のスタートの外的な要因として、日本の経済の発展、高校や大学の進学率の向上などの社会的背景に触れているのも大事なポイントです。
 そのころの社会状況について、それ以外にも駆け足で述べていますが、当時の藤田が革新側の立場に立っていたことは理解できるのですが、それから四十年以上たった現代において、当時の革新陣営の活動が行き詰まりを見せた原因について藤田なりの考察がないと、単なる懐古的な文章になってしまうのではないでしょうか。
 総じて、現在、児童文学研究者の間でコモンセンスになっている点が要領よくまとめられているので、「現代児童文学史」になじみのない読者にはわかりやすく書かれていると思います。

日本児童文学 2013年 04月号 [雑誌]
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