現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

エーリヒ・ケストナー「卑劣の発生」ケストナァ詩集所収

2016-09-18 18:37:13 | 参考文献
 短い詩なので全文引用します。

「これだけは、どんな時どんな日にも心にとまる―
 子供はかわいく素直で善良だ
 だが大人はまったく我慢できない
 時としてこれが僕らすべての意気を沮喪させる

 悪いみにくい老人どもも
 子供のときには立派であった
 すぐれた愛すべき今日の子供も
 後にはちっぽけに、そして大きくなるだろう

 どうしてそんなことがありうるのか それはどういう意味なのか
 子供もやっぱり、蠅の羽を
 むしるときだけが本物なのか
 子供もやっぱり既に不良なのか

 すべての性格は二で割りうる
 善と悪とが同居しているからだ
 だが悪は医やしえず
 善は子供のときに死んでしまう」

 児童文学を読んだり書いたりするときに、いつもこの詩を心にとめるようにしています。
 児童文学者は、いかに大人たちへ絶望していても、子どもたちの未来を信頼し、そして常に子どもの側に立つことが大事だと思います。
 何も、作品にすべて「いい子ども」たちばかりを登場させろと言っているのではありません。
 現に、ケストナーは、「エーミールと探偵たち」にも、「飛ぶ教室」にも、「点子ちゃんとアントン」にも、「卑劣な」子どもたちも登場させています。
 要は、彼らも含めてすべての子どもたちのなかにある「善」が、子どもの時に死んでしまうのをいかに防ぐかが、児童文学の大きな役割なのです。

ケストナァ詩集 (1975年)
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