何だかやっぱりすっかり(語呂がいいなぁ)ご無沙汰です。
いろいろと考えさせられることばかりの、今日このごろですが。
さて、拙ブログに長らくお越しの皆様方ならお気づきかと思いますが、
ここの記事の中では私、わざと人称(つまり主語)を省いていることがあります。
それは実は私自身のことだったり、一人娘のことだったり、夫だったり。
娘のことをわざと「家人」と書いてみたり。
それは彼らの人格をぼやけさせて守るため。
そう、大切な、愛する人を「守りたい」から。
人が生まれ、
育ち、
また他の誰かと出会って、
その人を「大切」だと思うようになる。
しかし、人は
その大切な人を守るために、
自分にとってあまり大切でない人を陥れたり、
利用したり、出し抜いたり。
では私を含め、その力のピラミッドの最下層にいる者たちは
自分たちを、
自分たちの愛する人を、特にその心を、どうやって守ったらいいのでしょうか?
小学校のときの担任に「生まれながらの詩人のようですね」と言われた娘が
「魂の悲鳴」
と呼んでいる、バッハのシャコンヌです↓
Bach 's Chaconne for Solo Violin / Hilary Hahn (Part 1/2)
いろいろと考えさせられることばかりの、今日このごろですが。
さて、拙ブログに長らくお越しの皆様方ならお気づきかと思いますが、
ここの記事の中では私、わざと人称(つまり主語)を省いていることがあります。
それは実は私自身のことだったり、一人娘のことだったり、夫だったり。
娘のことをわざと「家人」と書いてみたり。
それは彼らの人格をぼやけさせて守るため。
そう、大切な、愛する人を「守りたい」から。
人が生まれ、
育ち、
また他の誰かと出会って、
その人を「大切」だと思うようになる。
しかし、人は
その大切な人を守るために、
自分にとってあまり大切でない人を陥れたり、
利用したり、出し抜いたり。
では私を含め、その力のピラミッドの最下層にいる者たちは
自分たちを、
自分たちの愛する人を、特にその心を、どうやって守ったらいいのでしょうか?
小学校のときの担任に「生まれながらの詩人のようですね」と言われた娘が
「魂の悲鳴」
と呼んでいる、バッハのシャコンヌです↓
Bach 's Chaconne for Solo Violin / Hilary Hahn (Part 1/2)

あまりに「胃に来る」ので)
ってことですね。










