Beyond the Glitters and Shimmers

煌めきの向こう、
五感を愉しませてくれる、この世の真に芳醇な果実を摘みに。

心を支える・守るということ。

2012-04-25 | Music (音)
何だかやっぱりすっかり(語呂がいいなぁ)ご無沙汰です。
いろいろと考えさせられることばかりの、今日このごろですが。

さて、拙ブログに長らくお越しの皆様方ならお気づきかと思いますが、
ここの記事の中では私、わざと人称(つまり主語)を省いていることがあります。
それは実は私自身のことだったり、一人娘のことだったり、夫だったり。
娘のことをわざと「家人」と書いてみたり。
それは彼らの人格をぼやけさせて守るため。
そう、大切な、愛する人を「守りたい」から。

人が生まれ、
育ち、
また他の誰かと出会って、
その人を「大切」だと思うようになる。

しかし、人は
その大切な人を守るために、
自分にとってあまり大切でない人を陥れたり、
利用したり、出し抜いたり。

では私を含め、その力のピラミッドの最下層にいる者たちは
自分たちを、
自分たちの愛する人を、特にその心を、どうやって守ったらいいのでしょうか?


小学校のときの担任に「生まれながらの詩人のようですね」と言われた娘が
「魂の悲鳴」
と呼んでいる、バッハのシャコンヌです↓


Bach 's Chaconne for Solo Violin / Hilary Hahn (Part 1/2)
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やっぱりホンモノ、そして「誠実であること」は応援したい、ということで。

2012-02-04 | Dots and Lines (言)
う〜〜ん、あれこれ悶々と悩みつつ、はっきりした答えは出ないのですがぁ。

で、前の記事は余りに身内バナシになったので一日のうちに速攻で消しました。
ごめん、娘。ついつい晒してしまったよ、しかし、まあ頑張りたまえ。
お母さんはこれでも応援してるつもりなんです
あなたの純粋さは本当に尊敬に値するよ、うん。

というわけで。

ネット上の言説に、ある程度のバイアスがかかってるのは誰しも承知の上ならば、
じゃあ、自分のヨタ話にもっと多くの人に真剣に耳を傾けてもらうには・・・

自分の引き出しを大きく、ではなく小さくでもいいから中身にはホンモノを。
なるほど、と思ってもらえるウンチクを蓄え、真贋を見抜く眼を備えて。
しかしこれが本業ならば実地の経験がウンチクに代わるものだけれど、
それがないならば、
やっぱり「ホンモノを応援したい」という情熱と誠意かな。

いいものは、いい。
それを応援したい。そこが基本。

特定の個人とか団体とかを応援すると利害関係が発生したり、
ないはずの利害関係を疑われて自分の発信した情報の価値を値引かれるのであれば・・・

もっと大きな、「広いくくり」で、応援していこうと改めて思うのでありました。
なべて「創造」という、ヒトの営みに頭をたれて。
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考えちう、です。

2011-10-22 | Diary (日)

ん〜〜、マイPCがポシャったり、
その持ち主(ワシのことじゃよ、ワシ)が本格的にポシャったり、
コドモに大きな変化(?)が起きたり・・・
で、すっかり放置してましたが。

拙ブログの方針についても考えちう、なのです。

もともとこのブログの趣旨としては、
美しいもの、心動かすもの=「生きる喜び・愉しみ」を世の中に送り出してくれてる人たちを紹介したい、
応援したいなぁってのがあったんですが、

何といいますか、
"営利目的"との差異化の方法を探ってます。
信憑性ってやつです。
かと言って、人の創造の営みを貶めたくないなぁ・・
とか、
作品や演奏や、その人自身に、間違った先入観を与えたくないなぁってのもあって(←これ最近大きい)。

ま、要するに「考えちう」ってとこです。やっぱり。



なんでもいいけどgooブログで一か月放置すると上に出てくる広告、
何とかなりませんかね〜、
広告が出ること自体にはモンクはないんですけど、
その分野が「水虫」とか「葬儀」とか・・・orz

「嫌なら書けよ」って言われそうですが((-_-;))
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アシナガバチ刺傷記(苦笑)

2011-08-02 | Diary (日)
久しぶりの更新なのに何というネタでしょうか・・・
でもま、どこかで誰かの役に立つかも、ということでUP。

ハイ、アシナガバチ(おそらく)に刺されまして。

庭の草取り中のことです。
バラの足元の茂みに手を伸ばして雑草をつかんだ途端!

グサ〜〜〜〜っと。

びっくりして腕を引っ込めたらば、中指にまるで指輪のようにアシナガバチがしがみついておりました。
振りほどこうとしてもシッカとしがみついて離れない。
その場を離れながら、それを振り落とそうとしていると別のハチが頭に体当たり攻撃・・・
まあ何とも、あんなヒョロヒョロのボディの割には「ボテっ」とした感触に驚いたものです。
「ハチって高等な昆虫なんだな」っていう漠然とした実感も。
知性を感じますよね。

覚えている限り、約2名(?)の襲撃だったと思います。
何しろ、1匹が針を刺すと空気中に仲間を呼ぶホルモンが放出されるようで。くわばらくわばら。

屋内に戻った瞬間に全身に冷や汗が出ました。
これ、「二度目はアブナイよ=アナフィラキシー・ショック」のしるしってことですよね。

冷や汗が収まると同時に手全体(!)がムクムクと腫れてきて、ご覧の状態に。

(写真は消しましたあまりに「胃に来る」ので)


いや〜〜、お見苦しい手で申し訳ない(汗)

面白半分に携帯で写真を撮ったのですが、実はこの後、これ以上にどんどん腫れてびっくりしたものです。

汗もすぐ引き、動悸もなかったので医者にはいきませんでした。
前に家人が刺されたときにも、その日その時には医者でどうすることもできなかったため。

刺されたときは早朝だったのですが、夕方にはゴム手袋に水を入れたような手になってしまい、
車のハンドルが握れず(握ると激痛!)、これまた苦労しました。
とにかく何かが右手(刺された箇所に限らず)に触れると激痛!。あ〜〜、ホント、痛かった。

数日後、業者(当地では自治体は何もしてくれません、業者を紹介してくれるだけ)が庭に入って
巣があるかどうかを確認。
でもねえ、雨が降っていた上に防護服を着るとのぞき窓が曇って見えなくなるということで、
頭巾と手袋の簡単な防御姿で、棒で茂みをささ〜〜ってつついて巣がないことを確認しただけで、
金5000円ナリ。
はあ。。。

1か月後、「程よく」(←業者談)抗体価が上がったころに受診して抗体価を調べてもらうとよいそうです。
その値次第では
エピペン(アナフィラキシー・ショックを鎮めるための緊急用アドレナリン=血圧を上昇させるお薬)を購入しなければ。

アシナガバチ毒とスズメバチ毒って交差反応性があるそうで、
つまり今度はスズメバチに刺されてもOUT!ってことですね。

ってなことを考えながら、草ぼうぼうの我が庭を見つめる毎日です。


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だるまさんは転ばない 〜京都。

2011-04-30 | S.O. (旅)



京都に来るとやはり思い出すのは、拙ブログご贔屓のみなさまならお察しの通り、
私にとって肉親と呼べる限られた人間の一人、亡き母。

その母が、よく言っていたこと。
「そんなに紙切れ(=本)ばかりに向かって脳味噌ばっかり使ってると、
今にだるまさんになってまうに。」

達磨、そう禅宗開祖の。


面壁九年と呼ばれる、壁に向かって九年間ものあいだ無念無想を続けた座禅の末には
手足がなくなっていたという、母の話す達磨大師の逸話は、
子供のころの私には教訓を何か読み取る以前に奇怪なホラーにしか思えず・・・

でもねえ、この歳になってようやく有難味が分かりはじめたよ、
人生の先達の言葉はしみるのに時間がかかる。
そう、血を分けた肉親の言葉に限って、何気なく聞き流してることが多いから余計なのかな。
本当は誰よりも「想い」がこもっているに違いないのにね。
誰よりも私のことを知ってるから。


もう何年になるだろう。



あのとき私は喪主となって、
孤独だった母の、数少ない親しい友人たちに向かって、
「どうか母のことを忘れないで、どうか時々は思い出してやってください。」
と言った。

それが「心の中で永遠に生き続ける」ってことだから。
生きてるよね、
少なくとも私の中では、確かにこうやって。
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