BS・・もとい! VS隊長な日々

ただの保護者だったのにいつの間にやらBS隊長3年を経てとうとうVS隊長。
愚痴や独り言が満載

フランチャイズ

2008-11-08 16:03:48 | VS活動レポート
全国展開(県内規模でもいいけど)で店舗展開する企業では
大きく分けてその運営形態(経営形態)について2種類存在する。

全ての店舗の経営基盤を同一のものとし(本社)展開する直営店方式。
もうひとつはCI(コーポレイトアイデンティティ)は共有し基本運営
も共有するもののその経営基盤はそれぞれの店舗にて独自のものとする
フランチャイズ方式がある。

各店舗の独立採算をとっていたとしてもそこに外部資本が入って
いないのであればそれは広義の直営店方式となる。


フランチャイズとは商品、店舗設計、従業員教育、制服、場合によっては
仕入れなどを一元化するもののそれらをパッケージとして地場の独立資本
に契約を結び提供しその対価として本部はイニシャルコストであるとか
毎月のロイヤリティであるとかを聴取する方法である。

直営店方式は例えば多くのスーパーやデパートはこの方式でありその
従業員はどの店舗であっても(正規雇用であれば)そのデパートの従業員
ということになる。

フランチャズの場合は全国どこの店舗でも同一の制服を着て、同一の
商品を提供していてもその従業員はその店舗を展開する地場資本の雇用
であり経営責任は基本的にその地場資本にあることになる。
当然、フランチャイザー(システム提供者)は社員教育であるとかマニュアル
であるとかは整備するが最終的に店舗従業員ひとりひとりの接客については
責任を負わない。



さて、なんの話だろうか?


スカウティング研究センター 事務局の日記
のなかの黒澤さんのコメントにトラックバックしています。

掻い摘んで書くと
きちんとした活動を提供できていない団は淘汰されるのはいたし方ないのでは
ないか、そしてそこに所属するスカウトに対しては「残念だったね」と言う
しかないところまで来ているのではないか。

そうご指摘である。


本当に、断腸の思いだがその通りなんだと思う。

もうそう割り切って淘汰の流れを誘導しなくては再生できないような
ところまで来ている。
護送船団方式で全ての団をどうにかする、というのは現実的ではない
という局面に来ているのだと思う。


これがフランチャイズとどう関わるのだろうか?


以前からBSはフランチャイズだ、と言われることがある。

日本連盟がフランチャイザーであり全国のそれぞれの育成母体が
フランチャイジーである。
そしてそれぞれの団が店舗に相当する。

我々は共通の理念を持ち、同一の制服、記章を身につけ同一の目的
のために活動を続けているがその活動基盤(財政基盤を含め)は
日本連盟とは直接の関係はない。 
登録料というロイヤリティを支払い、共通のCIを使うことを許諾され
同一の目的にむけて(表向きは)同様の活動を展開している。

だが、その運用方法の実態やその運用責任は個別の団にある。

日本連盟のプログラムや指導者訓練の提供は受けるがそれを実際の現場
でどのように運用するかはそれぞれの団による。



だからこそ、団によって基本に則った活動を続けている場合もあれば
残念ながら自己流の解釈であったり社会情勢に迎合する形でその本質から
乖離した活動に変化していく場合もある。

その結果として上記のように淘汰されざるを得ない団も出てくる。

そのこと事態は致し方ない。



ではそこに所属するスカウトはどうなのだろうか?

『残念だったね』

で仕方がないのだろうか?


このスカウトがその団を選んだ際に、真に主体的にその『団』を選択
してのことであるのならばもしかしたらその選択の結果としての自己責任、
ということになるかもしれない。

組織内部の視点からみればこの組織はフランチャイズでありうちの団と
隣の団は別の存在であり、その活動方針も指導者陣容も、その活動頻度も
活動の質もまったく別のものである、ということは自明であるが
そのスカウトが入団する際にそのことは明確にされているだろうか?


外部の目から見たら少なくとも日本全国、同じ制服を着て活動している
限り、同じレベルのサービス提供を受けられる、と期待するのが普通では
ないだろうか?

近隣団をいくつか比較検討することはあってもここまでシビアに選択は
しないのではないか。



企業活動としてのフランチャイズであれば経営責任は各フランチャイジーに
あるとしてもその運営方法等がフランチャイザーの想定、規定しているもの
からはずれ、顧客満足の点で自分達のCIを使うにふさわしくない、となれば
警告なりを経て契約解除、となるはずである。

だが、BSでは犯罪にからんだりしない限り、その活動レベルがダメだから
といってボーイスカウトの看板を返せ、と言われることはない。
ダメな店長(隊長)であってもそれを理由にフランチャイザーからクビを
申し渡されることはない。 フランチャイジーの経営者(育成会)が
問題視すれば更迭もできるだろうが問題視しなければそれまでである。


これでもスカウトは『残念だったね』なのだろうか?


いや、これはスカ研ブログのコメントに反論しているのでは決してない。
かえって同様に思ってしまう自分を振り返り、外の視点からみてそれは
通る話なのだろうか? そう反芻しているのである。


世間の視点でいえば「あの○○団がダメだったんだ」という評価には
きっとならない。
「あそこのボーイスカウトがダメだったんだ」という評価になる。

いつしかその評価は「あそこの」が抜けて「ボーイスカウトがダメだった」
に変わっていくのではないだろうか?


すくなくとも『残念だったね』と言われて活動場所を失ったスカウトが
成人し親になったときにコレがトラウマとなって自分の子供をボーイスカウト
に、とは決して思わなくなっても不思議はないのだろうと思う。


不本意は重々承知のうえである部分では団相互が互助会的な側面を
持たないとならない場面ではないか、そしてそのひとつの形態として
地区事業ああるのかな、そんな風にも思うのである。


本当の本音では「ダメな団はつぶれてもらったほうがいいんだけどね。」

そう思っているのは確かなのだけど。
ジャンル:
ウェブログ
コメント (6)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 情報の流れ | トップ | やっぱり隊活動はいいね »
最近の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (北條賢一)
2008-11-08 17:03:21
「ボーイスカウトがダメだった」
に変わっていくのではないだろうか?

この意見に同感です。
そうなることに危惧しています。
「ダメな団」なんてないと信じたい。
「ダメな指導者がいる団」なのだと思います。
もっといえばその指導者は「ダメ」なのではなく、
「ダメになってしまった」んではないでしょうか。
他の指導者、地区役員、育成会員、そしてスカウトの力で変えられないでしょうか?
変わるんだったら、苦労はないのかも知れませんね。
でも、期待したい。
「ダメ」な指導者に育てられたスカウトにも、同期の友人や先輩のスカウトがいるはずです。
私は自団の「団号」に強い思い入れがあります。
どの団にも発団当時には強い思い入れがあったはず。
この団の力で、この地域の少年少女にとって住みやすい地域にしたい。そういう思いをしたはずです。
その思いをわかってほしい。忘れてほしくない。

団がなくなってしまうのはやっぱり反対です。
人数が少なくて活動がままならない団は、近隣や友好団と一緒に合同隊集会をしてほしい。
違う団号章をつけて。
開閉会のセレモニーでは別の列に並んで。
そうすることで、そのスカウトが「僕が仲間を増やす」と思ってくれることに期待します。

Unknown (WIND)
2008-11-08 17:35:15
「あの団はダメ」っていう人はいないと思います
じつは「この団はダメ」って
皆自分の団を自分でダメレッテル貼ってないかしら

隣の芝生は青くみえるのかな

がんばっている人もいるのだから邪魔しないでほしいです

見当ちがいのコメントかもしれませんが・・
残念だけど、避けられない (ぬまた)
2008-11-08 19:28:15
地区や連盟も、個人商店の業界団体というか、単なる寄り合いなんでしょうね。

企業が不本意ながら倒産や買収となった時、従業員の雇用が守れるかどうかが関心事になります。

たいていは、縮小局面においてすべてを守ることは出来ない。


団がなくなったり、そこがどうしようもなくダメなところだったりしても、続けたい意思があれば「転団」できる。そういうことで良いと思います。

ダメな店でもなぜか客がそれなりにいたり、いい店なんだけど経営はガタガタだったり…。

名誉にかけて (ibcjap1)
2008-11-08 19:30:27
そうならない為に…
否そうさせない為にも我々指導者が【捨て身覚悟】で活動や組織に名誉にかけて取り組んで行かなければならないと、日々感じてます。

スカウトの名誉こそ《信頼》であり、保身や守りに入った瞬間に【その大人の任は終わる】と思います。
Unknown (bskurosan)
2008-11-09 07:26:58
「ダメな団」という表現は確かに好ましくはなかったですね、反省いたします。

誰であれ、手弁当でこの活動に関わった方は望んでであれ、請われてであれ「青少年育成のため」と思ってスタートするのだと思います。

そしてその課程のどこかで「この程度でいいや」とか「このやり方でもいいじゃん」とかの現実対応をしているうちに方向がずれてしまうのかもしれません。

あるいはきちんとした活動理念を学ぶ機会をもてなかったのかもしれません。


活動意欲さえあれば「転団」という手段をつかってでも活動継続の路は確かにあります。
ただ、これはいまだに本当にハードルが高い。

仮に廃団同然の状態でも廃団になるときまではスカウトをヨソに出さないようにする団もあります。

転団には多くの場合スピードが必要です。
当初は活動意欲が高くてもその手続きやら根回しやらでいたずらに時間がかかるとその間に意欲が臨界点を下回ります。

もちろん、それならばその程度の意欲だった、ということは出来ます。
でも、叶うならその意欲が高いうちに活動継続の路をサポートしてあげるのも取り巻く大人たちの役目ではないかなぁ、と思います。

そうでない現実をいくつも見てきたのでものすごくそこが残念なんです。
結果として、ダメな団でダメなボーイスカウトなんだと思います (黒澤岳博)
2008-11-09 12:48:59
とてもイヤーな言い方だと理解しつつ、題名のとおりだと私は思っております。

何故なら、その評価をするのは常に「ボーイスカウトじゃない人たち」だからです。ボーイスカウト内部でのダメ評価はむしろ日常茶飯事だし・・・。

この記事の冒頭で、kurosanさんが「フランチャイズ」についてご説明くださっていますが、近くのフランチャイズのお店を考えれば結構理解できます。

職場近くに大手コンビニがあって、かなり便利に使っていたのですが、突然閉店しました。それまでに店長さん、店員さん、スーパーバイザーさんはきっと一生懸命がんばったと思うのですが、客からすると「なんだよ、便利だったのに閉店かよ」で終わりです。一歩間違うと「だから○○はダメなんだよ」というフランチャイズチェーン全体の評価にまで行き着いたりします。

このような場合、「○○」というコンビニチェーンが社会的に受け入れられていれば、「あの店の経営や環境が悪かったんだね」となるわけですが、チェーン全体があまり理解されていない場合はチェーン全体が悪い印象となってしまいます。

ボーイスカウトに対する理解があまり進んでいない今、上記と同じことが想定されてしまいます。じゃ、広報は誰がやるべきなのか。これこそ、団以外の組織が担当すべきことで、組織の大きさを活用できる部分だと思っています。

また、ボーイスカウト全体の評価を落とさないためには、各団の「クオリティ(この場合は青少年を育成するクオリティ)」を均質化し、より効果的に青少年の成長を確認できるようにしていく必要があるはずです。これも、組織の仕事になるでしょう。

これらが実現していないのならば、保護者が各団の違いを考えざるをえないのだと思います。

とても嫌みな言い方だと知りつつ、このような現状だからこそ、「ダメな団」に入ってしまったスカウトには「残念だったね」と言わざるをえないと思います。さらに、だからこそ、「うちの団に入ってくれ」と堂々と言えるよう、自分の団の運営をしっかりしていかなければならないのが各団の指導者の責任なのだと考えています。そして、わがままなようですが、「地区」の活動に参加するよりも団の活動に力をいれるとともに、地域社会に生きる人間としてその社会を考えていくようにしないといけないのだと思っています。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。