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湖上の教会









夏休みに入った翌日から大陸欧州を演奏旅行に参加中の娘、
この日はオフで、スロベニアのBledにいた。

湖上にある島の小さな教会が美しい村だ。


この旅行日程を見たとき、わたしは足をバタバタさせて喜んだ。

わたしはこの小さな村を30年近く前に訪れていて、
当時はここはユーゴスラビアだった。

ハンガリーからチェコスロバキア(ここももうない国)に車で向かう途中、
同伴者がどうしても見せたいところがあるというので立ち寄ったのだった。


ドラマティックな訪問になるはずが、
船上でドイツからのご老人団体さん御一行と一緒になり、
てんやわんやのドタバタボート・トリップだった。

あれからあの同伴者とは2度と会わずにいる。
英国で植物学者になったと聞いてはいる。


写真を見ていると、遠い日がありありと思い出される。
この写真は娘の見たもので、わたしのではないのに。

いつか終わる盛りのものというのは常に美しく、
完全に過ぎ去っても思い出すだけで切なくさせる。

「夏」というのは思うだけで切なくなる、その代表的なものですな。

あ、日本語にはいい言葉があるのだ。
この感情は「『もののあはれ』を知ること」だ。

さっそくウィキペディアを見たら、和辻哲郎いわく

無常観的な哀愁の中には、
「永遠の根源的な思慕」あるいは「絶対者への依属の感情」が
本質的に含まれているとも解釈している

とある。おお、それだよ、それ!



湖上の教会といえばモンテネグロのPerastにある、
石の聖母教会もすてきだった。
あの日も暑い夏の日だった。
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