呉かみしばいのつどい ~紙芝居はワクワクどきどき~

子ども達と心を通わせ、共感の感性を育む

日本独自の文化、紙芝居


紙芝居の輪が広がりますように~

月刊子どもの文化1月号「ふうちゃんのそら」③

2017年05月16日 17時06分45秒 | ふうちゃんのそら
月刊 子どもの文化2017年1月号(子ども文化研究所発行)
特集6「紙芝居の今、これから」

平和を希求した『ふうちゃんのそら』という紙芝居が、
呉市を中心にたくさんの方々に支持され、なんと1年半で115か所で実演された。
広がっている紙芝居運動。
「呉かみしばいのつどい」の代表である関家ひろみさんに、活動の様子や、小学校での実演の様子について報告して頂いた。


紙芝居に平和と未来をたくして
                       呉かみしばいのつどい  関家ひろみ

 2015年6月、紙芝居『ふうちゃんのそら』は広島県呉市で生まれました。中峠房江さん(78)の実話を元にした作品です。呉市在住の絵本・紙芝居作家よこみちけいこさん①が脚本と画を、「呉かみしばいのつどい」の関家が編集を務め制作しました。紙芝居の専門家や紙芝居を愛する沢山の方からアドバイスをいただき、何度も話し合い、仲間と演じ合いを重ね完成しました。これまでの1年半の活動を振り返り、ご報告させていただきます。

紙芝居のあらすじ
 花火大会の夜、ばあちゃんは、孫のみいちゃんに自分の空襲体験を語ります。ふうちゃん(ばあちゃん)が7歳のとき、日本は戦争をしていました。警戒警報の鳴る毎日。そして7月1日の真夜中に始まった呉大空襲。焼夷弾が雨のように降る中、お姉ちゃんと手をつなぎ防空壕に逃げ込みます。真っ暗な防空壕の中は人!人!人!押し潰されそうな、ふうちゃんを救ったのは、見知らぬおじさんの大きな手でした。ふうちゃんはこの日、大好きだった町もお父さんも奪われ、命からがら生き延びたのです。「ばあちゃんはね、ずうっとお空を見上げるのが怖くってねえ。今でも花火を見ると、あの空襲のことを思い出すんよ。」そして、夜空に一番花火が上がったとき、孫のみいちゃんが「だいじょうぶ、だいじょうぶよ」と、ばあちゃんの手をぎゅっと握りしめました。戦争の怖さや悲惨さを表現するだけでなく「引継いでいくこと」と「命をつないでいくこと」を子どもから大人まで伝えられる作品になるよう、心をつくしました。

中峠さんの願いと、紙芝居
 原案者の中峠房江(なかたお ふさえ)さんは、「人形劇あひる座」の主宰者です。40年以上、人形劇を演じてきた、元気で明るいおばあちゃんです。中峠さんを見ただけで子どもたちはワクワク!楽しい人形劇に毎回夢中になります。こうした活動と共に、これまで何十年も自身の戦争体験を、まわりの人や子ども達に語ってきました。
 中峠さんは、こう振り返ります。
「これまで、どうしても語りだけじゃあ伝わっとる実感が持てなかったんです。」「戦時中がどんな時代で、どんな暮らしだったかは、小さい子どもには想像できんのんじゃないか、思うてねぇ。」「何千人も収容できる防空壕や、真っ暗で何も見えん中、熱うて押しつぶされそうなのも、絵を見たらひと目で分かるのは紙芝居しかない!と長年思うとりました。」「6年前、よこみちさんの原画展で、子どもの頃の私にそっくりの絵を見た時、この人!絶対この人に私の空襲体験の紙芝居を描いてもらう!と心に決めたんです。」「そして、その願いがようやく叶ったのが、偶然にも戦後七十年の年でした。」若いよこみちさんは、何度も根気強く話しを聞いてくれて、子どもの未来に平和をたくせる紙芝居『ふうちゃんのそら』を、作りあげてくれたんです。もう、感謝しかありません。

地域へのひろがり
 昨年7月1日、防空壕跡地で慰霊祭がありました。参列者と地元の保育園児さんの前で中峠さんは、紙芝居『ふうちゃんのそら』を実演しました。当時19歳だった主催者の女性は、「800人以上が蒸し焼きになったあの中で、生き延びた子どもに会ったのは初めて。小さい子どもは、みんな押しつぶされたと思うとった。」と、中峠さんに会えたことを奇跡のように喜ばれました。紙芝居を見て「防空壕の中は、この紙芝居の通りじゃった。よう描いてくれました。」と涙を流しながら手を握られました。

 この慰霊祭の様子が地元のタウン誌で紹介され、新聞にも大きく取り上げられました。この一年半、保育所・幼稚園、小学校、児童会、中・高・大学、図書館、高齢者施設、育児サークル、おはなし会、老人会や教会など様々な場所での実演は115回となりました。県内にとどまらず、東京や鹿児島にも広がっており、「紙芝居サークル原っぱ」さんは、小学校の「命の授業」で実演されています。こうして、約9000人の方に見ていただきました。そのほとんどが、幼児と小学生です。

紙芝居の最後は、空に向って大きく手を広げるふうちゃんの笑顔です。そして、子ども達のよく知っている歌「にじ」② を大合唱します!子ども達に「空を見上げて、平和を感じて欲しい」という願いを込めたプログラムです。



子ども達の感想
 実演の後、子ども達は中峠さんに駆けより「ほんまのことじゃったん?大丈夫じゃったん?」と、中峠さんをいたわるように、次々と質問をします。子ども達はこの話が実話だったことに驚き、信頼する大人の口から事実を知りたい、と思っているのではないかと感じています。
 子ども達の感想の一部を紹介します。
 今、空を見られることは幸せなことなんだと分かりました(小二)
 いろいろな小学校で、『ふうちゃんのそら』を見せてあげてください(小三)

 紙芝居を真剣に見る子ども達の様子は、「呉かみしばいのつどいのブログ」 からご覧いただけます。

地域から全国へ 
 今年7月には、第21回紙芝居サミットにて「地域の語り継ぎと紙芝居」の一つとして、埼玉で発表しました。8月4日にはFM広島の子育て支援番組で紹介されました。また、NHKの「こども手話ウィークリー」で放送され、広く全国へ発信の場を与えられました。
紙芝居の出版を目指して
 紙芝居の出版を目指していましたが、まず手にとってもらいやすい絵本を作ることになりました。絵本が1000部出たことにより、ようやく紙芝居への道がつき、現在、出版に向けて準備をしています 。

世代を超えたつながり
 紙芝居を見に来られたおばあさんが、自分の空襲体験を、堰を切ったように話しはじめられたことがありました。当時小学一年生で、中峠さんが防空壕に逃げ込んだ同じ時刻に川の中に身を潜め、爆撃の中、一夜を明かしたそうです。側で聞いていた娘さんと中一のお孫さんは、初めて聞いたと、びっくりされていました。その後、お孫さんから「私もいつか『ふうちゃんのそら』を伝えていきたいと思います」と書かれた手紙が届きました。このように高齢者の方が「初めて自分の話をするんじゃが・・・」と、戦争体験を話されることがよくあります。話すきっかけを探しておられる方が大勢いらっしゃることに気づきました。中峠さんに「あなたは、この紙芝居をずっ〜と、し続けてくださいね。」と、皆さん手を握られ、想いを託されます。

 中峠さんは「私にとって、手をつなぐということは、大きな意味をもっとるんです。『ふうちゃんのそら』を演じることは、自分の使命として、一生涯取り組んでいきたい。」と、情熱は絶えません。

 この紙芝居『ふうちゃんのそら』をきっかけに、世代や地域を越えて人と人とがつながり、手渡され引継がれていくことを願っています。


紙芝居は、次のメッセージでしめくくられています。

 いつも あたりまえのように広がる空。
 この空を 見上げることすら 
 こわくて こわくて、
 いつも下を向いて ふるえている
 子どもたちが たくさんいた。
 そんな時代がありました。
 ふと 空を見上げて
 「ああ きれいだなあ、きもちいいなあ」
 と思う、
 このあたりまえのことが 
 とても幸せなことなのです。

(『ふうちゃんのそら』より抜粋)

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①絵本に『ひみつのたからさがし』(第一回ママ絵本大賞・ポプラ社)『かあさんのまほうのかばん』(童心社)、紙芝居に『はなみずちゅるる〜ん!』『あ〜んして ははは』(童心社)など多数。二児の子育て中。
②作詞 新沢としひこ 作曲 中川ひろたか
③呉かみしばいのつどいブログhttp://blog.goo.ne.jp/brookieandherlamb

お問合せは 090 6402 4579 関家まで











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