Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

5/20(土)千葉交響楽団/定期/本邦初・青木尚佳の流麗なチャイコVn協奏曲と山下一史の劇的なシベリウス2番

2017年05月20日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
千葉交響楽団 第101回定期演奏会
「北の情景そして熱い心」


2017年5月20日(土)14:00〜 習志野文化ホールル A席 1階 1列 26番 3,000円
指 揮:山下一史
ヴァイオリン:青木尚佳*
管弦楽:千葉交響楽団
コンサートマスター:高橋和貴
【曲目】
ドヴォルザーク:序曲「謝肉祭」作品92
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35*
《アンコール》
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005より「ラルゴ」*
シベリウス:交響曲 第2番 ニ長調 作品43

 千葉交響楽団の第101回定期演奏会を聴く。千葉響は千葉県唯一のプロ・オーケストラで、31年間活動を続けてきた「ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉」が昨年2016年10月に「公益財団法人千葉交響楽団」に改組・改称したものである。昨年の4月から音楽監督を山下一史さんが務めるようになり、「おらが街のオーケストラ」となることを目指して、活動を活発化させている。私も地元の千葉響をもっと積極的に聴いていこうと考えて、昨年、定期会員になった。まあ、定期会員といっても、定期演奏会は5月と10月の2回だけ。それに1月のニューイヤーコンサートを加えた3公演が、定期会員の対象となる主催公演である。会員になっていれば、かなり自由に毎回席選びができるので、私としてはメリットがあるのである。会員になってから初めて聴いたのは、今年2017年の1月の「ニューイヤーコンサート」。完全完売となったこのコンサートは、演奏のクオリティも高く、十分に楽しむことができたのであった

 本日はニューフィル千葉時代から通算して101回目の定期演奏会。会場はJR総武線・津田沼駅前にある「習志野文化ホール」で、実を言うと地元でありながらここに来るのは初めてだ。駅から見えるのに、道順がちょっと分かりにくく(というよりは入口が何処にあるのかが分かりにくい)、ウロウロしてしまった。ホール自体はキレイだが通路が狭かったりしてあまり使い勝手が良くないようだ。客席は1フロアで1500席くらいだが階段状になっていので、どの席からも見やすいと思われる。音響は、ちょっと低音のキレが良くないようでドロドロしてしまうが、それ以外は比較的響きも良く、各パートもクッキリと分離して聴きやすい。このオーケストラのホームグラウンドである千葉県文化会館・大ホールよりは余程良いと思う。

 で、今日の注目ポイントは、何と言ってもゲストの青木尚佳さんの演奏するチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲だ。ご存じのように尚佳さんは、2月1日に都民芸術フェスティバルでNHK交響楽団とプロコフイエフのヴァイオリン協奏曲第2番を演奏し4月29日には静岡交響楽団の定期演奏会でプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番を演奏したばかり。その後、留学先のロンドンに戻り、さらにドイツのクロンベルク・アカデミーのマスターコースに参加するなど多忙な日々を送り、3日前くらいに帰国したばかりだ。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、ロンドンの王立音楽大学(RCM)に留学中の2013年に、学内のコンチェルト・コンペティションに優勝したご褒美コンサートで、RCM交響楽団の学友達に囲まれて演奏したことがある。その時の演奏は録音を聴かせていただいたが、日本での演奏はは初めてということで、私もナマで聴くのは初めてのことだから、非常に楽しみであると同時に聴く方も緊張してしまいそうだ。もちろん現在もロンドンを中心に研鑽を積んでいる最中である立場ではあるものの、一方ではプロのヴァイオリニストとして道を歩み始めたところでもある。このような誰でも知っている曲であるからこそ、聴く側の評価も厳しくなる。さてどのような成長した姿を見せてくれるのであろうか。
 指揮者の山下さんとは、ソリストとしての共演は初めてのことであるが、その昔、尚佳さんが東京ジュニア・オーケストラ・ソサエティに在籍していた時に定期演奏会で、山下さんの指揮でリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」を演奏したことがあった。ご存じのようにこの曲には協奏曲のように重要な役割を果たすヴァイオリンのソロがある。その日のコンサートマスターを務めていたのが尚佳さんで、ソロの素晴らしい演奏が山下さんの記憶にも残っていたという。それは2008年のことで尚佳さんはまだ高校生であった。その翌年2009年、第78回日本音楽コンクールで第1位を獲得、一躍注目を編めることになった訳である。

 さて、千葉響の定期演奏会。
 1曲目はドヴォルザークの「序曲『謝肉祭』作品92」。実際には謝肉祭の様子を描いた標題音楽ではなく、純然たるコンサート序曲として書かれたものだが、出版される際に「謝肉祭」の標題が付けられ、曲想に合致するイメージが固定化した。一応ソナタ形式を採るが自由度は高く、2つの主題の他にも豊かな旋律美に溢れているため、人気の高い曲である。
 千葉響の演奏は、各パートの質感が高いばかりかアンサンブルも引き締まっているし、ダイナミックレンジも広く、山下さんによるドラマティックな味付けがなかなか良い味を出している。スラブ系の民俗調の主題は、リズム感も良く、躍動的で、ワクワク感を盛り上げるコンサート序曲の演奏としては、なかなか良いものであった。音量もたっぷり出ていて、やや小振りな習志野文化ホールをみたいには十分。ただし正規の楽団員数が少ないため半数以上が応援のエキストラで構成されているため、千葉響「固有の音」が出来上がっていないようにも感じる。常設のオーケストラの音には何らかの個性(人格的なもの)を感じるものだが、今日の演奏が千葉響「固有の音」であったのかどうかは実際のところよく分からない。今後、回数を聴くことによって感じ取れるようになるだろう。

 2曲目はいよいよチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」。誰でも知っている名曲だという前提で、曲の説明は省かせていただくとして、演奏の方は、結論を先に言ってしまえば、高次元で素晴らしい演奏だったと言えるレベルだと思う。尚佳さんのヴァイオリンは、成熟・安定した技巧と正確な音程、十分な音量、角の取れたしなやかさのある艶やかな音色、そして何より旋律が大らかに歌っている。押し出しは決して強くないが、シッカリとした色彩感のある音色で旋律が豊かに歌うため、結果としてオーケストラと対等に対話できるだけのポテンシャルを発揮していた。加えて山下さんによるオーケストラ側のサポートも良く、やや抑制的でソリストを引き立てつつ、質感の高いアンサンブルと、キレの良いリズム感で、瑞々しさの溢れる協奏曲となっていた。
 第1楽章は長大な協奏風ソナタ形式。シンフォニックな序奏に続いて、ソロ・ヴァイオリンが入って来る。ねっとりと濃厚な色彩感を漂わせ、楽器が鳴り、主題がしなやかに歌われていく。また、経過句に表れる装飾的なパッセージでは高度な技巧を安定的に聴かせる。派手な技巧的な部分に目が奪われがちだが、実は旋律の大らかな歌わせ方が尚佳さんの魅力のひとつで、そのために音楽的に非常に豊かなイメージを作り出すのである。一方、ヴァイオリンがお休みしている部分では、オーケストラがグンと力感が増してダイナミックな演奏を聴かせ、ソロ・ヴァイオリンがある部分では、対話できるレベルまでトーンを落とすものの、質感は下がらないところもなかなか良い。カデンツァでは、尚佳さんの華麗ともいえる技巧が披露されることになるが、ここでも超絶技巧はサラリと流し、むしろ旋律の美しさや抒情性の濃厚な表現が深く厚く、極めて音楽的である。その表現の基本にあるのは強い主張や攻撃性ではなく、抒情性や感傷といった人間性の持つ情感なのである。若い演奏家はこの曲の持つ高度な技巧性に引っ張られてついつい攻撃的になり音楽が一方通行になりがちだが、本来はロマン的な表現の方が大切なのであり、聴き手が共感し、音楽の持つ豊かさを共有できるというような感覚の演奏の方が良いと思う。その点でも尚佳さんの演奏は、しっかりとその点を理解していると思う。
 第2楽章は緩徐楽章で、この上なく感傷的で抒情的な曲想となる。チャイコフスキーの本質的な部分が率直に描かれている。尚佳さんのヴァイオリンは、この感傷をしっとりと描き出す。柔らかく丸みを帯びた音質と、呼吸するように歌謡的に歌うしなやかさ。しかしただロマンティックなだけではなく、音に1本芯の通った感じで、なよなよしたひ弱さはないところが良い。それに呼応するオーケストラ側も意外とメリハリを効かせている。そうでないと第3楽章にうまくつながって行かないのだ。
 第3楽章はロンド。カデンツァ風のヴァイオリンに導かれるロンド主題は、民族的な音楽ではあるが、ここでは尚佳さんの若い生命力が漲り、快調なテンポ感でスイスイと疾走していく。オーケストラがそれを追いかけていく感じになり、時折、合わなくなるところもあったようだが、そこは推進力で双方がカバーし合っていく。中間部でテンポが遅くなれば豊かな抒情性が際立つようになり、またロンド主題に戻れば生命力が息を吹き返す。いずれにしても瑞々しさと生命力いっぱいの演奏で、これは若い時にしかできないことだ。グッとテンポを上げてのコーダで盛り上がり曲が終わると、会場のあちこちからBravo!!が飛んだ。前の方の席は尚佳さんのファン層、後方の席は千葉響のファン層の皆さんだろう。ほぼ満席となっていた習志野文化ホールが喝采に沸いた。

 尚佳さんのソロ・アンコールは、J.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 」より「ラルゴ」。やや早めのテンポで、重音による多声的な表現がとても美しい。


 プログラムの後半は、シベリウスの「交響曲 第2番」。私としては、「ニューイヤーコンサート2017」と今回の「第101回 定期演奏会」と、会員となって千葉響を聴いてきたわけだが、初の交響曲ということになる。やはりメインとなる交響曲の演奏こそがオーケストラを評価する試金石となるわけで、大好きな曲でもあるし、聴く方としても気合いが入るところだ。
 シベリウスの2番は、本日のテーマである「北の情景そして熱い心」そのものの曲だ。最近の傾向として感じるのだが、若い指揮者達は北欧の冷たく澄んだ空気感を重視して、サラリとしてクールで美しい演奏をすることが多い。対して年齢の高い方の指揮者達は「熱い心」をダイナミックに描くような気がする。フィンランドの指揮者にもそうした傾向を感じる。年齢的なものだけではないかもしれないが、いずれにしても2つのタイプに二極化しているように感じている。私がこの曲を初めて聴いたのは、ざっと40年も昔、カラヤンのレコードだった。華麗にしてドラマティックな演奏で、北欧的な雰囲気(つまり「北の情景そして熱い心」)はあまり感じられないが、スコアから純音楽としての美しさをとことんまで引き出した、洗練された音楽だったと記憶している(今はそのレコードも手放してしまったし同じ録音のCDも持っていないので確かめることはではない)。つまり、カラヤンの演奏は、2つのタイプにいずれにも属さない都会的な音楽。私はそのような演奏でこの曲を知った。そして、山下さんは晩年のカラヤンのアシスタントを務めていた人。そのせいかどうかは分からないが、今日の演奏を聴いている内に、カラヤンのレコードのことを思い出していたのであった。
 第1楽章。序奏から力強い弦楽、澄んだオーボエ、遠くから聞こえて来る風のようなホルン・・・・。オーケストラのアンサンブルは厚く、ダイナミックレンジも広く取りメリハリを効かせる。濃厚なのに各パートの音はクッキリと鮮やかで、音楽の構造もしっかりと描き出されている。しかし、瞬間瞬間を劇的に描くように、しなやかに揺らぐテンポは、全体的にはやや遅めか。極めてドラマティック。なのに美しい。
 第2楽章は緩徐楽章。低弦の刻むピツィカートにも豊かな表情がる。印象的なファゴットを中心に木管群が加わり、ヴァイオリンが分厚いアンサンブルで盛り上げ、金管と打楽器が加わり一旦クライマックスを迎える。ゲネラルパウゼの長めの間合い。やがて目覚める弦楽と木管の優しい主題で、北欧風の風景が目に浮かんだ。さらに激情的に繰り返されるパワフルな全合奏。「熱い心」の部分がここにもある。
 第3楽章はスケルツォ。ゴツゴツしたイメージの強烈な弦楽のアンサンブルは力強く、エネルギーに満ちている。中間部の牧歌的な主題は優しげで鮮やかな対比を描き出すが、それにしてもオーボエが美しい質感たっぷりに聴かせてくれる。2度目の中間部の後、徐々に盛り上がり、第4楽章に向けてテンポを落としながらクレシェンドしていく。
 盛り上がりがピークに達すると第4楽章の感動的な主題が導き出される。その描き方は蓄積されたエネルギーが解放されるカタルシスだ。山下さんの音楽は、私には純音楽的にも感じられたが、非常にドラマティックな構成で、聴く者を惹き付け、エネルギーを放出させてくる。とくに再現部。そのエネルギーを受け止めきったところで表れる主題は、聴く者の魂を浄化して、感動の渦に巻き込む。コーダに入るとステージから客席に向かって、壮麗な全合奏による音の奔流がこれでもかとばかりに押し寄せてくる。これはスゴイ・・・・。会場はBravo!!と喝采に包まれた。
 今日のシベリウスは、先に述べたような2つのタイプのいずれにも属さない演奏だったと思う。実際のところ、あまり現代風ではないような気もするが、しかしこれはこれで絶対にあり! 間違いなく素晴らしい演奏だった。想定外の素晴らしさ、といったら失礼かもしれないが、千葉響からこれほどクオリティの高い演奏が飛び出してくるとは思っていなかった。楽曲の解釈については人それぞれ好みが違うだろうから、様々な意見はあるだろう。私も個人的にはもっとサラリとした演奏が最近は好きではあるが、だからといって今日の演奏から興奮と感動をいただいたことも確かだ。たとえ好みは違っていたとしても、素晴らしい演奏にはBravo!!を贈ろう。

 終演後は、山下さんを初め、楽員の皆さんがロビーに出て来られて、お馴染みのグリーンのTシャツに着替えて、帰路につく人たちをお見送りする。ソリストの尚佳さんも出て来てくれたので、いつものように健闘を称える。今日は珍しく、用意しておいた写真にサインをしてもらった。「無事に終わってホッとしました」と謙遜していたが、既に一級のプロ・レベルといっても過言ではなく、自分の音と演奏スタイルが出来上がりつつある感じなので、長年にわたり聴き続けてきた私たちにとっても嬉しい限りである。


 また、山下さんにもご挨拶させていただき、少しお話しすることができた。非常に熱心に千葉響の音楽監督に取り組んでいただいているのがよく伝わって来る。その思いと姿勢にも感服するが、何よりもその熱い思いがカラ回りすることなく、今日のような素晴らしい演奏を聴かせてくれたことが嬉しい。東京の一流のオーケストラと比べても何ら遜色のないレベルであることは間違いない。少なくとも、東京の某オーケストラよりは遥かに上手いし聴き応えがある。これだけの演奏を聴かせていただけて、しかも地元というわけだから応援するしかないではないか。
 というわけで、千葉響の定期会員を更新して、次回以降も聴きに来ようと考えている。次回、第102回定期演奏会は、千葉県文化会館に戻り、10月15日に開催される。指揮はもちろん山下一史さん、ゲスト・ソリストはピアノの河村尚子さんで、ブラームスのピアノ協奏曲第2番と交響曲第2番というプログラムが予定されている。これは楽しみだ。



← 読み終わりましたら、クリックお願いします。


★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★

当ブログの人気ページをご紹介します。
↓コチラのバナーをクリックしてください。↓






Comment
この記事をはてなブックマークに追加

5/19(金)東京フィル/オペラシティ定期/バッティストーニが作り出す濃密にして華麗な「春の祭典」

2017年05月19日 23時30分00秒 | クラシックコンサート
東京フィルハーモニー交響楽団 第109回 東京オペラシティ定期シリーズ

2017年5月19日(金)19:00〜 東京オペラシティコンサートホール A席 1階 3列 17番 5,355円(会員割引)
指 揮:アンドレア・バッティストーニ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:三浦章宏
【曲目】
ヴェルディ:歌劇『オテロ』第3幕より舞曲
ザンドナーイ:歌劇『ジュリエッタとロメオ』より舞曲
ストラヴィンスキー:バレエ音楽『春の祭典』
《アンコール》
 外山雄三:『管弦楽のためのラプソディー』より「八木節」

 東京フィルハーモニー交響楽団の「東京オペラシティ定期シリーズ」を聴く。
 本日はダブルヘッダーになってしまい、マチネーで新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートを聴いてきた。すみだトリフォニーホールのあるJR総武線・錦糸町駅から、そのまま京王線・初台駅へと移動して、軽く食事などしながら時間をつぶした。東京オペラシティコンサートホールの1階下にある書店に寄ってみたら、本日の指揮者であるアンドレア・バッティストーニさんの新刊著書『マエストロ・バッティストーニの ぼくたちのクラシック音楽』がPOP付きで平積みになっていた。さすがに東京フィルのお膝元だけのことはある。何となく嬉しくなった。

 さて、東京フィルでは4月には定期シリーズの公演がなかったので、本日が新シーズン(2017/2018)の幕開けとなる。スタートを飾るのは、もちろん首席指揮者のバッティストーニさんだ。多彩なマエストロらしく、本日のプログラムも前半はお国もののイタリア・オペラから舞曲を選択。後半へと関連付ける。後半はストラヴィンスキーの『春の祭典』である。オペラにも強く、濃厚でドラマティックな演奏を得意とする東京フィルにとってやる気満々のプログラムだ。シーズン開幕ならではの、本気モードの演奏を聴かせてもらえそうだ。

 1曲目はヴェルディの『オテロ』第3幕より「舞曲」。バレエ用の7曲が続けて演奏される6分間ほどの舞曲集である。『オテロ』は1887年にスカラ座で初演されたが、その7年後にパリで初演される際に、第3幕の途中に付け加えられたバレエ・シーンの曲だ。現在では一般的にはオペラの上演の際には演奏されない。
 バッティストーニさんは東京フィルから何ともいえない明るく濃厚な色彩感を引き出す。東京オペラシティコンサートホールの音響が良いからだろうか。あるいはやはり東京フィルの演奏が上手いからだろうか。木管も金管も実に色鮮やかで、しかもクッキリ明瞭に分離している。弦楽も流れるように旋律を歌わせる一方で、メリハリの効いたリズム感も聴かせ、見事にアンサンブルだ。音楽が躍動し、生命力が溢れ出すような演奏。バッティストーニさんと東京フィルの関係も上手くいっているようだ。

 2曲目は、ザンドナーイのオペラ『ジュリエッタとロメオ』より「舞曲」。浅学にしてこの作曲家はまったく聴いたことがなかった。リッカルド・ザンドナーイ(1883〜1944)は北イタリアのトレント近郊ロヴェートに生まれ、ペーザロのロッシーニ音楽学校でマスカーニらに学んだ。年代的にはプッチーニの後継として当時のイタリア・オペラ界では認められた存在だったようである。オペラ『ジュリエッタとロメオ』は1922年の作で、音楽的にはロマン派後期の様式(だと思う)で、分かりやすい。原案はシェークスピアの『ロミオとジュリエット』だが、ストーリーはオペラ向けに多少翻案・改編されている。本日演奏される「舞曲」は、このオペラ作品の中から抜粋されて編曲された独立した管弦楽作品で、1927年の作である。
 作品自体は劇的な要素がいっぱいのダイナミックな音楽で、思い切りの良いバッティストーニさんらしく、東京フィルの特性を最大限に引き出すような演奏だ。トランペットの煌びやかなファンファーレや吠えるようなホルン、五感を揺さぶるような打楽器・・・・。ホールいっぱい、限界ギリギリまでの音量で、濃厚なサウンドを思いっきり鳴らし、ロマン的に旋律は美しく歌わせる。音楽は(オペラ作品も)悲劇的なのだが、原色が飛び交うような色彩感はイタリア音楽の音だ。東京フィルを見事に踊らせているバッティストーニさんである。

 後半はストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』。パリで初演されたのは1913年。前半に演奏された2曲の間である。この2曲と対比させて改めて聴くと、『春の祭典』の革新性がより際立って感じられる。
 それにしてもバッティストーニさんの演奏は明快だ。冒頭のファゴットから始まり、木管も金管も打楽器も、それぞれのパートがこうも鮮やかに分離していて、それでいてオーケストラ全体の強烈な不協和音にも濁りが感じられない。どちらかといえば小細工はなし。鳴らすところは鳴らし、抑えるところは抑え、リズムはキッチリと刻む。アンサンブルのバランスは極めて良く。全合奏になって爆音が轟くような場面でも、打楽器が他のパートを打ち消したりはしない。弦楽もリズムを刻む際はエネルギーに満ちた迫力あるもので、旋律を受け持てばしなやかに歌う。バッティストーニさんの采配は、伸び伸びと演奏しているようで、かなり細かく組み立てているようだ。ホールの最大値の限界ギリギリまで、5感編成のオーケストラを鳴らしているが、例えばオーボエのソロなどの弱音部分は思わず耳を澄ましてしまうほどの繊細・精緻なものだったりする。広いダイナミックレンジを縦横に駆使し、原色の鮮やかさと迸る躍動が見事に融合している。
 私は正直に言えば『春の祭典』という曲をすみずみまで知っているほど詳しくはないが、それでもこれまでに聴いたどの演奏よりも、明快で分かりやすく、スコアに書かれている音を細部までしっかりと感じ取れたことは確かだ。ロシア人の指揮者とロシアのオーケストラが作り出す無骨で土俗的な世界、あるいはフランス人の指揮者とフランスのオーケストラによる色彩感溢れる世界。そのいずれとも違ったイメージの今日の演奏は、イタリア人の指揮者によるイタリアのオーケストラのような明快で眩しい世界だったと思う。バッティストーニさんの才能は計り知れない。そして東京フィルの演奏も(色メガネなしで見れば)世界のトップレベルの演奏だったと思う。もちろんBravo!! ホールにいた人は皆同じ思いだったのではないだろうか。

 アンコールは、バッティストーニさんが「日本の音楽を」との一声に続いて、外山雄三作曲の『管弦楽のためのラプソディー』より「八木節」。今日は徹底的に「舞曲」にこだわり、しかも熱狂的なエネルギーに満ちた、古今東西の名曲ということか。演奏している時の楽員の皆さんの楽しそうだったこと。笑顔の演奏がエネルギーになって聴衆に伝わり、アンコールも大喝采となった。

← 読み終わりましたら、クリックお願いします。

【お勧め書籍のご紹介】
 本文でも紹介した『マエストロ・バッティストーニの ぼくたちのクラシック音楽』です。内容はクラシック音楽初心者向けの名曲の紹介が中心なので、マニア向けではありませんが、バッティストーニさんの音楽性に触れることもできると思います。この本を読めば東京フィルの演奏が聴きたくなるし、東京フィルの演奏を聴けばこの本が読みたくなるはずです。2017年4月25日発売。音楽の友社発行。
マエストロ・バッティストーニの ぼくたちのクラシック音楽
Andrea Battistoni,加藤 浩子,入江 珠代
音楽之友社



★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★

当ブログの人気ページをご紹介します。
↓コチラのバナーをクリックしてください。↓






Comment
この記事をはてなブックマークに追加

5/19(金)新日本フィル/RUBY/ペキネル姉妹/珍しいプーランクの2台ビアノ協奏曲とサン=サーンス「オルガン付き」

2017年05月19日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
新日本フィルハーモニー交響楽団/第7回ルビー〈アフタヌーン・コンサート・シリーズ〉金曜
NJP/RUBY Afternoon Concert Series #7


2017年5月19日(土)14:00〜 すみだトリフォニーホール S席 1階 2列18番 4,050円
指 揮:ジャン=クロード・カサドシュ
ピアノ・デュオ:ギュヘル&ジュヘル・ペキネル*
オルガン:長井浩美
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:西江辰郎
【曲目】
フランク:交響詩「呪われた狩人」
プーランク:2台のピアノのための協奏曲 ニ短調*
《アンコール》
 ルトスワフスキ:パガニーニの主題による変奏曲*
サン=サーンス:交響曲 第3番 ハ短調 作品78「オルガン付き」
《アンコール》
 ビゼー:「アルルの女」第2組曲より「ファランドール」

 新日本フィルハーモニー交響楽団の定期シリーズを聴くのはかなり久し振り。このオーケストラとは最近ずうっと相性が良くないようで、指揮者、ソリスト、曲目のいずれも魅力を感じるものが極端に少なかったので、定期シリーズの会員を止めてしまっていた。すみだトリフォニーホールで開催される「ルビー」シリーズは、一昨年2015年までは「新・クラシックへの扉」と呼ばれていたもので、金曜日の午後と土曜日の午後に同プログラムで開かれ、価格設定もかなり低めの名曲コンサートである。私は2013年まではシリーズ会員になっていたが、諸々の理由があって止めてしまった。会員になっていないと、たまに聴きたいコンサートがあっても良い席はまず取れないから、悪循環でますます遠ざかってしまうことになる。ところが、新日本フィルには「チケット・マイプラン」という制度があって、3種類ある定期シリーズの中から任意のチケットを5枚買うと割引になり、しかも単券よりも発売日が早いというもの。実は今年の3月に、ヴァイオリニストのサラ・チャンさんが久し振りに来日して新日本フィルにゲスト出演した。そのコンサートを友人達の分と本日のものを合わせて5枚にして「チケット・マイプラン」で購入したので、2列目のセンターが取れたのである。ちなみにサラ・チャンさんの方は結局他のオペラと日程的に重なってしまったので行けなかったから、結果的に新日本フィルを聴くのは久し振り、ということなのである。

 本日の指揮者はジャン=クロード・カサドシュさん。パリ生まれのパリ育ち。1935年生まれの大ベテラン。フランス音楽界の大御所である。というわけで、本日はオール・フランス系のプログラムである。

 1曲目はフランクの交響詩「呪われた狩人」。聴くのは初めてだある。ホルンによる派手なファンファーレで始まる。なかなか質感の高い演奏で、これはいけそうだ、と思いきや・・・・。ホルンは素晴らしいのにそれ以外の音が打楽器に押されてよく聞こえない。2列目のセンターでこれほどバランスの良くない演奏を聴くことになるとは、いささか納得ではない感じである。とにかく金管以外は木管も弦楽もティンパニの音にかき消されている(?)ようだ。打楽器が鳴らない時は、頼りなげな弦楽とその影に隠れてしまっている木管。音量も小さい。すみだトリフォニーホールの音響がそれほど悪いとは思えないので、これは演奏側に問題があるのでは??

 2曲目はプーランクの「2台のピアノのための協奏曲 ニ短調」。珍しい曲の方に入るだろう。1932年の作で、フランスの近代音楽らしく、ヒラメキに満ちた自由闊達さとフランスらしい煌びやかな色彩感が特徴的な曲だ。
 ソリスツはギュヘルとジュヘルのペキネル姉妹。子供の時からデュオで演奏しているのだからコンビネーションは抜群だといえるだろう。
 管楽器が座る雛壇と指揮台との間にピアノ2台とも蓋を外して置かれ、弦楽は完全に左右に分断された。そんな位置関係だから、ピアノ協奏曲なのに指揮者が一番客席側にいるという、ちょっと見慣れない風景で曲が始まる。
 ピアノは正直言ってお二人のどちらが弾いているのか聴いているだけでは分からない。音量が小さく、2列目で聴いているのにピアノの音がオーケストラの音に吸収されてしまっているよう。あるいは反響板がないから音が上に向かってすっぽ抜けているのか。キラキラと煌めくような分散和音が随所に散りばめられているはずなのだが、中途半端によく聞こえないのでイライラが募ってくる。第2楽章だけはモーツァルト風と言われる可憐なピアノが聞こえて来た。
 結局、曲自体がヒラメキに満ちたき曲なので、次々と新しい曲想の旋律が表れてきて、フランス近代の音楽に特有の「感覚的」な世界観が、どうにもバランスの悪いオーケストラと音響のせいか、随分混沌としたイメージになってしまった。

 ソリスツのアンコールはルトスワフスキの「パガニーニの主題による変奏曲」。派手な超絶技巧曲だが、ここでもピアノ2段の音がモゴモゴして何か聞こえ方が良くない。蓋を外してしまったのがよくなかったのかもしれない。

 後半は、サン=サーンスの「交響曲 第3番 ハ短調 作品78『オルガン付き』」。大好きな曲なので、こちらの方を楽しみにしていた。もう5年近く前になる2012年8月、同じすみだトリフォニーホールで、新日本フィルの演奏で、金曜日の午後にこの曲を聴いている。その時はけっこう良い印象だったのだが・・・・。
 これはもう感覚的な問題なので、あくまで個人的な感想のレベルの話なのだが、どうも演奏が全体的に音楽的に歌っていないような気がした。つまり個々の楽器がそれぞれきちんと演奏はしているのだが、全体がひとつの音楽に集約していないような・・・・つまり意志がバラバラに感じたのである。個別に言えば、弦楽は全体的な弱く、リズミカルでもないし流れも硬い。木管群は音量が小さくてあまり聞こえない。ディンパニと大太鼓は大きすぎて他の音をかき消してしまう。金管でけは比較的よく聞こえた。2列目だから音が上を通り越えてしまうことは確かだが、それにしても過去に聴いた印象とはかなり違っているような気がした。パイプオルガンが加わる第1楽章と第2楽章の後半部分(普通の交響曲では第2楽章と第4楽章に相当する部分)は当然のごとく聴かせ所なわけだが、荘厳なオルガンの響きに対して、オーケストラが平板で軽い印象であった。何だか黙々と機械的に演奏していて、音楽に生命力というか、しなやかさとリズム感が足らないのである。もちろんフランス音楽に特有の色彩感も鮮やかさも感じられなかった。

 アンコールはビゼーの「アルルの女」第2組曲より「ファランドール」。確かにフランス音楽だが・・・・。

 今日は思いの外辛口のレビューになってしまったが、平日の午後、わざわざ休みを取って聴きに来たというこちらサイドの心情もあるかもしれないが、失望感だけが残る結果となった。別に私がそう感じただけで、会場に来られた聴衆の皆さんからは惜しみない拍手が送られ、Bravo!も飛び交っていたのだから、素晴らしい演奏だったのかもしれない。どうも新日本フィルとの相性は本当に良くないようである。

← 読み終わりましたら、クリックお願いします。


★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★

当ブログの人気ページをご紹介します。
↓コチラのバナーをクリックしてください。↓







Comment
この記事をはてなブックマークに追加

5/13(土)小川里美リサイタル/越谷サンシティ/大らかで伸びやかな美声と抜群の存在感で魅せる

2017年05月13日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
第164回 サンシティクラシック・ティータイムコンサート
小川里美 ソプラノ・リサイタル


2017年5月13日(土)14:00〜 サンシティホール・小ホール 指定席 2列27番 3,300円
ソプラノ:小川里美
ピアノ:佐藤正浩
構成・お話し:岡部真一郎
【曲目】
木下牧子:誰かがちいさなベルをおす
木下牧子:さびしいカシの木
木下牧子:夢見たものは
プーランク:愛の小径
プーランク:あなたはこんなふう
プーランク:すすり泣き
ビゼー:歌劇『カルメン』より「何を恐れることがありましょうか?」
ベッリーニ:6つのアリエッタ
      1.優しい妖精、マリンコニーアよ 2.お行き、幸運なバラよ
      3.美しいニーチェよ       4.せめて、私にかなわぬなら
      5.どうぞ、いとしい人よ     6.喜ばせてあげて
ベッリーニ:歌劇『ノルマ』より「清き女神よ」
ヴェルディ:歌劇『アイーダ』より「勝ちて帰れ」
ヴェルディ:歌劇『椿姫』より「ああ、そはかの人か〜花から花へ」
《アンコール》
 ドビュッシー:美しい夕暮れ
 プッチーニ:歌劇『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」

 埼玉県越谷市のサンシティホール(公益財団法人越谷市施設管理公社)主催による「ティータイムコンサート」シリーズは、若手からベテランまで現在活躍している演奏家のリサイタルを企画している。魅力的な演奏家が出演するので、時々聴きに行くことがある。要するに越谷市の文化事業のひとつで、地方のコンサートのイメージにはなってしまうが、サンシティホールはJR武蔵野線の南越谷駅/東武スカイツリーライン新越谷駅から徒歩5分くらいのところにあるので、都心からでも1時間もかからないから、土曜日の午後のコンサートなら十分に行動半径内に入っている。私の場合は千葉方面からになるので、武蔵野線を使えば、サントリーホールや東京オペラシティコンサートホールに行くのと変わらないから十分に守備範囲内なのである。

 本日のコンサートはソプラノの小川里美さんのリサイタル。小川さんは、お名前とお顔はかなり以前から知っていたが、実際に聴いたのは2013年11月の日生劇場でのオペラ『フィデリオ』のレオノーレを歌った時が初めてだった。その時の歌唱と演技がとても印象的で、それ以来目が離せないアーティストのひとりとして、密かに注目してきた。東京近郊での活動は、リサイタルはあまりなかったようで、オペラへの出演が中心となった。2014年2月には東京芸術劇場のシアターオペラ『こうもり』でロザリンデ役を、同年4月には「東京・春・音楽祭」で演奏会形式の『ラインの黄金』のヴォークリンデ役を、2015年2月のシアターオペラ『メリー・ウィドウ』ではハンナ役を、同年5月にはヤマハ主催の銀座オペラで『蝶々夫人(ハイライト版)』のタイトル役を、今年2017年になってからも2月には東京文化会館・小ホールでのデジタリリカ『トスカ』のタイトル役を、同じ2月にシアターオペラ『蝶々夫人』でのタイトル役という風に、聴いてきた。ほとんどが主演なのだから、彼女が日本のオペラ界でも今もっとも輝いている存在であることは間違いない。その間に他にも、NHKの「ニューイヤーオペラコンサート」に出演した2015年2016年はNHKホールに聴きに行っているし、2016年末の東京フィルハーモニー交響楽団の「第九特別演奏会」もサントリーホールで聴いた。こうしてみると、けっこうな頻度で、重要な作品を聴いていることになる。そういうわけで、念願のリサイタル。都心ではなかったが、今回ばかりは少ないチャンスだと思い、今日予定されていた他の2つのコンサートをキャンセルして、小川さんを優先したという次第である。
 リサイタルが東京ではなく何故越谷だったのか、不思議におもっていたら、ちゃんとした理由があったようだ。小川さんは地元埼玉県の出身で、「蒲生少年少女合唱団」に高校生の時まで在籍していたのだという。だから子供の時に、ここサンシティホールのステージに何度も立ったことがあるのだそうだ。●十年経って、数々のオペラで主役を歌ってきて日本のプリマ・ドンナと呼ぶに相応しい立場になってからの地元でのリサイタルは、感慨も一入であろう。そうした訳もあってか、会場は暖かい雰囲気に包まれていた。

 このシリーズは、音楽学者で明治学院大学教授の岡部真一郎先生が構成を担当しているだけでなくステージにも立って、前半と後半のはじめに10分間くらいのトークが入る。軽妙なトークはとても面白く含蓄があり、毎回語られる蘊蓄や音楽に対するアプローチの仕方などのお話しには、共感することも多く、とても参考になる。場所柄故に専門的な話ではないが、マニア系の方に属する私などにとっても毎回記憶に残る有意義な内容であることが多いので楽しみにしている。

 さて前置きが長くなってしまったので本論に入るが、上記のプログラムを見れば分かるように、日本、フランス、そしてイタリアの歌曲と、オペラのアリアの名曲を集めている。リサイタルの定石通りに、序盤にはしっとりと歌う歌曲を集め、情感を込めた表現力を見せ、終盤には声を張り感情を前面に押し出すオペラのアリア、という構成だ。ここに選ばれた歌曲の数々は一般的には決して人気のあるよく知られた曲ではないと思う。純粋な声楽作品には安直な名曲を選ばなかったのは、ご自身の表現力で聴衆を納得させることができるという自信の表れであろうか。演奏が始まると、そのことが明らかになっていく。

 岡部先生のトークが終わり、小川さんがステージに登場すると、客席からざわめきが起こる。小川さんはスラリと背が高くスタイルも抜群。その立ち姿はまさに絵になる人で、ピアノの前に立つだけで華やかな存在感を醸し出す。
 初めの3曲は木下牧子さんの作曲による歌曲。木下さんは、オペラ、管弦楽、吹奏楽、室内楽、ピアノなど幅広い分野の作品を発表していて広く支持されている作曲家だが、中でも合唱曲作品の数が多く、人気も高い。今日歌われた3曲は、いずれも合唱曲として作曲されたものだが、後に歌曲へと再編されたもの。「誰かがちいさなベルをおす」と「さびしいカシの木」はやなせたかしさんの詩、「夢見たものは」は立原道造の詩である。
 小川さんの歌唱は、自然で力みがなく、素直な声質はとても優しく伝わって来る。日本語の歌曲は、やはり日本語を綺麗に発音しないと美しく響かない。西洋音楽の声楽の発声で歌うと押し出しが強すぎるのである。その点でも小川さんの歌唱は、声量を控え目に抑え、1音1音をはっきりと発音し、それでいてしなやかに流れ、しっとりとした情感に包まれる。抑制的であっても豊かな発声の歌唱で、優しい世界観を描き出していた。

 続いてはフランスに移り、プーランクの歌曲を3曲続けて。いずれもプーランクが40歳代の円熟期の作品である。「愛の小径」は劇付随音楽として書かれたものでフランス風の洒脱なワルツになっている。ロマンティックで抒情的な曲を小川さんの歌唱が、少々官能的に、流れるようなリズムに乗せて流れていく。甘く切ない情感が、劇付随という性格からだろうか、オペラを思わせるやや劇的な表現で歌われていた。
 「あなたはこんなふう」はゆったりとしてテンポの短調の曲で、官能的で、頽廃的な雰囲気を漂わせる表現が、大人の女性を感じさせる。
 「すすり泣き」も短調の曲だが、全体に諦めの情感が漂い、訥々と、しかし焦燥感に苛まれるように歌う。小川さんは声質は素直で美しいが、こうした情感の表現にもわざとらしさがなく、聴き手にも素直に伝わって来る。そこに描かれている秘められた情感が、素敵に雰囲気を作り出している。

 前半の最後は、ビゼーの『カルメン』より「何を恐れることがありましょうか?」。第3幕でミカエラが歌う有名なアリアである。魔性の女カルメンがオペラの全幕を通じて毒気を撒き散らすのに対して、対比をなす清純なミカエラのアリアは、一服の清涼剤のように聴く者の心に染み入る。だからミカエラは歌唱が巧いだけではダメなのであって・・・・などと勝手なことをいつも言っているのだが、小川さんの歌唱は、その素直な声質がミカエラに合っているし、清純な中にも秘めたる決意を持つ芯の強さが、伸びやかで張りのある歌唱によってうまく表されていていた。感情を前面に出して爆発させるオペラのアリアならではの力感と声量、そして発揮度も素晴らしい。

 後半はまた歌曲に戻って、ベッリーニの「6つのアリエッタ」。ベッリーニは34歳になる前に亡くなっているので残された作品数はそれほど多くはないが、ご承知のようにオペラ作曲家として名高く、『カプレーティ家とモンテッキ家(ロミオとジュリエット)』や、『夢遊病の女』『ノルマ』『清教徒』など、現在でも頻繁に上演されているベルカント・オペラの傑作を残している。ベッリーニはいくつかの歌曲も残していて、その分野ではよく知られているが、聴く機会はあまり多くはない。
 「優しい妖精、マリンコニーア」はベッリーニらしい伸びやかな旋律が美しい。「お行き、幸運なバラよ」はイタリアっぽさと同時にシューマンの歌曲のような可愛らしい曲。この2曲は小林沙羅さんのリサイタルで聴いたことがある。小川さんの歌唱は角が丸い柔らかな歌い方で、清純なイメージだが大人っぽい雰囲気が感じられる。「美しいニーチェよ」は短調で狂おしく切なげな旋律。オペラ『ノルマ』にも同じ旋律が出てくる。「せめて、私にかなわぬなら」は切々と愛を歌う。訴えかけるような情感の表現とベルカント的な装飾技巧が素敵だ。「どうぞ、いとしい人よ」はまるでモーツァルトのオペラの一場面のような曲。「喜ばせてあげて」は息の長い美しい旋律がいかなもイタリアっぽく、いかにもベッリーニである。小川さんの歌唱は、伸びやかで艶があり、透明感もある。全体の雰囲気としては清純なイメージだが、若さと言うよりは成熟した女性の趣が強く、それが優しさにつながっている。息の長い大らかな旋律を歌うとき、一見してまったりとした感じにもとれるが、耳を澄ましてよく聴けば、内面に描かれた細やかなニュアンスなど表現力の奥深さが聞こえて来る。

 続いてはベッリーニのオペラ『ノルマ』より「清き女神よ」というアリア。小川さんは7月に藤原歌劇団の公演で『ノルマ』のタイトル役を歌うことになっているので、今日はそのリハーサルも兼ねてということだろう。ノルマ役は初挑戦としてことである。
 佐藤正浩さんのピアノの長い前奏(これがまた実に上手い)を聴いているとオーケストラの演奏が思い起こされる。『ノルマ』は何度も観ているし、このアリアはソプラノ歌手のリサイタルでは定番の1つになっているからピアノ伴奏でもよく聴いているからだ。ベッリーニの旋律は歌詞の内容にはあまり影響しないで、妙に明るく伸びやかで美しい。これはベッリーニがシチリア島のカターニャの出身であることも影響しているのだろう。何とも地中海的な陽光が降り注ぐイメージなのだ。小川さんの歌唱は、やはりオペラのアリアになると俄然押し出しが強くなる。役柄に入り込み、感情をオモテに出して強く訴えかける。巫女であるノルマは敵であるローマ総督ポリオーネとかつて愛し合い2人の子供を設けていて、その複雑な心境を、悲しげに苦しげに、心が張り裂けるように歌う。輝かしい高音域とコロラトゥーラ的な装飾にもチカラがあって素敵だ。しっとり切々とした前半のシェーナと、後半のカヴァティーナはつよい決意を込めた力強い歌唱。聴く者の心に共振を興して、一気に聴衆の心を捕まえてしまう、第1幕第1場に相応しい歌いっぷりであった。

 続いてはヴェルディのオペラ『アイーダ』より「勝ちて帰れ」。この曲も第1幕第1場で、ヒロインのアイーダの立場と心情を明確に表すために歌う性格のアリアである。エジプトの若い将軍ラメダスに思いを寄せる奴隷のアイーダは実はエチオピアの王女。両国が戦となり、アイーダはラメダスに勝って欲しいと思う一方で祖国が負けることも望めない。そうした揺れる心と苦悩を歌うアリアだ。小川さんは心が張り裂けんばかりの辛い思いを、感情を迸らせるように歌う。高音域の力強く伸びのある歌唱は、アイーダの魂の叫びを見事に描ききっていた。私は『アイーダ』はそれほど好きではないのだが、小川さんが歌うのなら、是非、聴きに行きたいと思う。

 プログラムの最後を飾るのは、ヴェルディの『椿姫』より「ああ、そはかの人か〜花から花へ」。この誰でも知っている有名な大アリアこそ、ソプラノ歌手にとっての代表的な試金石でもある。声量、高音域の力強さ、コロラトゥーラ的な技巧、そしてもちろん主人公ヴィオレッタの心情の変化を歌い上げる表現力が問われる。そうした音楽上の技巧と物語上の表現力、さらにはオペラ作品としての見所・聴き所をたった一人で作り上げるためのスター性も要求される。
 小川さんの歌唱は、前半のカヴァティーナ「ああ、そはかの人か」ではヴァイオリンイオレッタの純真な部分を、かなり強く張りのある調子で歌い、真実の愛に気付いた感情の高まりを強く押し出す。オペラ的に表現力の巧みさを感じた。後半のカバレッタ「花から花へ」ではしたたかな女であることを一段と声を張ることで表し、華やかな世界でしか生きていけないと、煌びやかな発声で歌う。いずれにしても素直で綺麗な声質は、ヴィオレッタを「本当は純真で優しい女性」として表現するにはピッタリ。そのリアリティのある質感とディーヴァとしての圧倒的な存在感はBrava!!間違いなし。小川さんがヴァイオリンイオレッタを歌う『椿姫』の上演を、藤原歌劇団にぜひお願いしたいところだ。

 アンコールは2曲。まず、ぐっと趣を変えてドビュッシーの「美しい夕暮れ」。ヴァイオリンやチェロの編曲版が有名で、短いのでアンコール・ピースとして聴く機会が多いが、元は歌曲である。原曲を聴く機会は意外に少なく、ナマで聴くのはもしかすると初めてかも。それも小川さんの歌唱で聴けるのは幸せである。間合いをたっぷりと取ったしっとりとした情感がとても素敵だ。
 最後はプッチーニの『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」。ソプラノ歌手のアンコールとしては定番中の定番。最後にプッチーニを聴けたのも嬉しい。小川さんの歌唱はプッチーニにもよく合っている。

 終演後、サイン会などはとくになかったが、小川さんはすぐにロビーに出て来られたので、関係者やファンの皆さんに囲まれての交流の場となった。本格的なオペラの舞台公演の時には、なかなかこういった機会が持てないし、また知り合いでもないので勝手に楽屋を訪ねるもの図々しすぎるかと、これまでは遠慮していた。今日は初めての機会だったので、ご挨拶させていただいた。初対面であっても気さくに話しに応じていただき嬉しかった。と同時にスター歌手としてのオーラが輝いているのを間近で感じた。素敵な人である。


 小川さんのこの後のスケジュールだが、藤原歌劇団の7月2日の公演『ノルマ』でタイトルロールを務める(日生劇場)。こちらは3回公演の中日で、1日と4日の主役はかのマリエッラ・デヴィーアさんである。7月14日・15日は大阪でバーンスタインのミュージカル(?)『ミサ』に出演する。その後は、10月27日〜31日、東京文化会館・大ホールで、三枝成彰さんの新作オペラ・ブッファ『狂おしき真夏の一日』というのに出演する。こちらはかなり面白い作品になりそう。もちろんチケット確保済みである。

← 読み終わりましたら、クリックお願いします。


★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★

当ブログの人気ページをご紹介します。
↓コチラのバナーをクリックしてください。↓






Comment
この記事をはてなブックマークに追加

5/7(日)N響オーチャード定期/ケフェレックの気品溢れるモーツァルト「ジュノム」とスタインバーグの「幻想交響曲」

2017年05月07日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
第94回 N響オーチャード定期

2017年5月7日(日)15:30〜 オーチャードホール S席 1階 6列 18番 7,000円(シリーズ券)
指 揮:ピンカス・スタインバーグ
ピアノ:アンヌ・ケフェレック*
管弦楽:NHK交響楽団
【曲目】
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第9番 変ホ長調 K.271「ジュノム」*
《アンコール》
 ヘンデル/ケンプ編:メヌエット ト短調 HWV434*
ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14

 NHK交響楽団の「第94回オーチャード定期」を聴く。大型連休後半の5連休最後の日、好天にも恵まれて渋谷の街は人でいっぱい。駅からオーチャードホールまで歩くのにかなり時間がかかった。
 今回は早めに行って、恒例のロビー・コンサートを聴くことにした。本日はホルン四重奏ということで、首席の福川伸陽さんをはじめとする4名のホルン奏者が、何と「カルメン組曲」を演奏した。前奏曲や間奏曲など、管弦楽部分をホルン四重奏に編曲したものだったが、4つの声部をホルンだけでまかなうとなるとかなり難易度の高い部分もあるようで、さすがにN響のホルン軍団でも音程が不安定になったり…。それでも名曲の珍しい編曲演奏に拍手喝采であった。

 コンサート本編の方、プログラムの前半はモーツァルトの「ピアノ協奏曲 第9番『ジュノム』」。ピアノは、先日王子ホールでリサイタルを聴いたばかりのアンヌ・ケフェレックさん。指揮はヴァイオリニスト出身で現在はブダペスト・フィルの首席指揮者をつとめているというピンカス・スタインバーグさん。
 第1楽章が始まると、抑えめに弾き出すケフェレックさんのピアノが、本当に玉を転がすように、音の粒立ちが丸く軽やか。あくまで自然体で、あたかも神が降りてきたようなモーツァルトの音楽を、美しく気品に満ちた音で紡いでいく。最前列の中央、ピアノの真下で聴いているのに、これほど美しい音色で聴かせてくれるピアニストは珍しい。オーケストラの方は、弦楽のアンサンブルが特に美しい。ところが非常に豊かに響くオーチャードホールの残響の中に埋もれてしまって、妙にモヤモヤしてキレが良くない。ピアノは音を見事にコントロールしているのに、スタインバーグさんの指揮はちょっと曖昧な音を作っているという印象だった。
 第2楽章はハ短調の緩徐楽章。やはりピアノが素晴らしい。強く主張するわけではないのに、凛とした佇まいを見せ、息の長い主題を情感豊かに歌わせて行く。その悲しさや優しさが聴いていて胸に染み入るようだ。
 第3楽章はロンド。軽快なスピード感でロンド主題がピアノで提示されると、追いかけていオーケストラ側の音が遅れて着いてくるような感覚。ケフェレックさんのピアノは決して技巧的ではないが、流れるような造形が美しく、時々ふっ息を継ぐにように入る間合いが、人間味を感じさせる。丸い音が歌い、温かな情感が溢れる。何ともいいようのない、素敵な演奏であった。

 ケフェレックさんのソロ・アンコールは、先日の王子ホールでも演奏したヘンデル/ケンプ編の「メヌエット ト短調」。これがまた絶品の演奏で、淡々とした静かな佇まいの中に描かれる深い陰影としっとりとした情感のロマンティシズム。まったくノックアウトされてしまいそうなくらいの、天上の音楽である。

 後半はベルリオーズの「幻想交響曲」。
 第1楽章は「夢と情熱」。スタインバーグさんはN響のシンフォニックな響きを使ってあくまで物語的に表現していこうとする。オペラにも実績のある指揮者なので、描き方は確かに描写的でドラマティックである。強弱もハッキリしているし、テンポを操って情景が目に浮かぶようなドラマ性のある演奏だ。ただ、繰り返しになるが、ホールの豊かな残響の中に主旋律がうもれてしまうような感じは最後までつきまとった。最前列でほとんど直接音を聴いているのにそう感じるのだか、後方席ではどんな風に聞こえていたのだろう。
 第2楽章は「舞踏会」。有名なワルツはヴァイオリンが美しいアンサンブルを聴かせるが、チェロやコントラバスのリズム系が遅れがちに聞こえてしまう。オーケストラが全体で鳴り出すと音にモヤがかかったようになる。このわずかに感じる違和感が気になって仕方がなかった。
 第3楽章は「野の風景」。コールアングレと舞台裏のオーボエの会話は魅力的だった。やはり基本的にN響は巧いので、こういったソロ部分の質感は常に高い。続くヴァイオリンのアンサンブルも透明感があって見事。オーケストラ全体に膨らんで行っても、緩徐楽章ならテンポ感のズレも起こらず、そうなると物語的な表現が生きてくる。
 第4楽章は「断頭台への行進」。序奏部分からティンパニを強烈に叩き出したり、相変わらず劇的な表現で押してくる。金管による主題が吠えるとこれが意外とまったりとしてキレがないような。逆に打楽器系は強烈に押し出して来る。断頭台に近づいて緊張感が高まって行く・・・・というイメージがやや崩れる。
 第5楽章は「ワルプルギスの夜の夢〜魔女のロンド」。この混沌とした混乱の楽章こそ、爆音が轟きホールの響きがワンワン谺するような感じで、全合奏になると最前列ではほとんど聞き分けられない音の塊になってしまった・・・。「怒りの日」のトロンボーンや、変形して表れる「イデー・フィクス」などはどれも巧いのだが、ティンパニと大太鼓が鳴り出すと他が聞こえなくなってしまう。まあ、自分の席の位置が悪いのだろうが、それでも一応S席なので・・・・。

 今日のコンサートは、前半と後半がまったく違う印象になってしまったようだ。

← 読み終わりましたら、クリックお願いします。


★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★

当ブログの人気ページをご紹介します。
↓コチラのバナーをクリックしてください。↓







Comment
この記事をはてなブックマークに追加

5/4(木・祝)ボンクリ・フェス2017/芸劇で1日限り/藤倉大ディレクターで新しい現代音楽の音楽祭が誕生

2017年05月04日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
ボンクリ・フェス 2017 スペシャル・コンサート
(“Born Creative” Festival 2017)


2017年5月4日(木・祝)17:30〜 東京芸術劇場コンサートホール S席 1階 A列 20番 3,000円
【曲目と演奏者】
●デヴィッド・シルヴィアン & 藤倉 大:Five Lines(ライブ版世界初演)
●デヴィッド・シルヴィアン & 藤倉 大:The Last Days of December(ライブ版世界初演)
 指 揮:佐藤紀雄
 ソプラノ:小林沙羅
 演 奏:アンサンブル・ノマド
●坂本龍一:tri(ライブ版世界初演)
 演 奏:アンサンブル・ノマド
●武満 徹:『秋庭歌一具』より第4曲「秋庭歌」
 演 奏:伶楽舎
●武満 徹:「秋庭歌」ライブ・リミックス
 トランペット:ニルス・ペッター・モルヴィル
 エレクトロニクス:ヤン・バング
 エレクトロニクス:藤倉 大
●ブルーノ・マデルナ:ひつの衛星のためのセレナータ
 演 奏:アンサンブル・ノマド
 演 奏:伶楽舎
●大友良英:みらい(新作/世界初演)
 ターンテーブル:大友良英
 演 奏:アンサンブル・ノマド
●坂本龍一/藤倉 大編曲:thanes and thereness(アンサンブル版世界初演)
 演 奏:アンサンブル・ノマド
●藤倉 大:フルート協奏曲(アンサンブル版世界初演)
 フルート:クレア・チェイス
 演 奏:アンサンブル・ノマド

 5月の大型連休中に、新しい音楽祭が誕生した。毎年恒例の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」は今年も本日5月4日から3日間、東京国際フォーラムで開催されるが、このところあまり魅力を感じなくなってしまい、今年はついに行かないつもりでいた。それとは別に、どこかのコンサートで「ボンクリ・フェス」というチラシをもらい、ソプラノの小林沙羅さんが出演すると記載されていたので、企画内容も不明なまま、取り敢えずチケットを発売日に取っておいた。企画内容についてあらためて情報収集してみると、どうやら新しい音楽祭の誕生で、しかも現代音楽のフェスティバルだという。どうりで「ボンクリ」と聞いてもピンと来なかったわけだ。

 「ボンクリ・フェス」という聴き慣れない言葉は「“Born Creative” Festival 2017」という名称から来ていて、現在進行形で「生まれる創造的な音楽」を老若男女が楽しめるようなフェスティバルということらしい。主催および会場は東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)で、アーティスティック・ディレクターに世界的に活躍している作曲家の藤倉 大さんを迎えている。午前11時前から午後7時30分までの丸1日、芸劇内の施設を多角的に使用して、様々な演奏会や作曲教室、ワークショップなどのイベントを開催し、それを施設内の別会場ではライブ・ビューイングを行うなど、1日限りの「現代音楽の祭典」なのである。
 現代音楽の音楽祭といえば、東京オペラシティコンサートホールで5月後半に開催される「コンポージアム」や、サントリーホールで夏に開催される「サマーフェスティバル」(今年は9月開催)などが人気も実績もあり知られているが、東京都も民間には負けていられない、ということなのだろう。この時期、一般のクラシック音楽ファンは「ラ・フォルジュルネ」に出かけて行きそうなものだが、アチラの方がややマンネリ気味でコアな音楽ファンの足が遠のきがち(のような気がする)なので、「ボンクリ」が専門家やマニア向けの新しいムーブメントになれば面白いと思う。

 私がチケットを買ったのはフェスティバルのメイン・イベントとなる「スペシャル・コンサート」だが、それ以外にもワークショップ・コンサートやアトリウム・コンサートがいろいろと芸劇内で開催されていた。午後3時半くらいに芸劇に行ってみると、地下1階の広場に仮設ステージ(といっても雛壇1段くらいの小さなもの)が設けられ、仮設の客席も用意されていた。ステージ後方には大型映像モニターが用意され、他会場のコンサートの模様をライブ・ビューイングできるようになっている。その時点では、5階のシンフォニースペースで開催されていた「三味線の部屋」というコンサート・イベントが中継されていた。さほど大勢の人で賑わっていたわけでもなく、しばらくすると席を立つ人もあり、運良くステージ正面の最前列の席に座ることができた。目的はその後、午後4時30分からのアトリウム・コンサート(無料)で、ギターの村治奏一さんが登場する30分弱のミニ・コンサートである。

 村治さんはギターのトレモロ奏法に焦点を合わせ、トレモロ奏法がメインの表現手法になっている曲を4曲演奏した。曲目は以下の通りだった。
 ●西村 朗:玉響(たまゆら)
 ●村治奏一:虹
 ●藤倉 大:チャンス・モンスーン
 ●ディアス:「リブラ・ソナチネ」より第3楽章「フオーコ」
 アトリウム・コンサート故に周辺の環境音がかなり大きく(何しろここは地下1階といっても地上5階までが吹き抜けになっているし、地下通路の入口でもある)、ギターにはもちろんアンプ・スピーカーを使っての演奏だったが、まあ・・・イベント用の音響装置はおおむね音は良くない(クラシック音楽には向いていないという意味)。それでも目の前で、目線の高さで村治さんのギターを見ることができ、繊細で高度なテクニックを目の当たりにすることができたのは、勉強にもなったし楽しむこともできた。スペイン系の音楽を離れたギターによる現代音楽は、なかなか興味深く、けっこう好きである。

 さて、本編の「スペシャル・コンサート」だが、上記の曲目と演奏者を見れば分かるように、1種のガラ・コンサートである。世界初演や編曲版の初演曲が多いので分かるように、新作を披露することで、現代音楽の中でも「今」生まれつつある最新の音楽を聴衆と共有しようとする試みなのであろう。もちろん、本日のフェスティバルのために編曲したものもあるのだろう。現代曲は作曲家が独自の音を想像しようとするが故に、作品毎に楽器の編成が異なることが多い。1つのコンサートで複数の現代曲をプログラムすると編成のヤリクリが大変そうである。今回は室内アンサンブルをメインとした規模に集約させ、西洋音楽系はアンサンブル・ノマド、雅楽系は伶楽舎(れいがくしゃ)が受け持っている。それらに声楽や器楽、エレクトロニクス効果やターンテーブルといったソリストを加えるという形式に集約させ、編曲や作曲がなされているようだ。
 順番にみていこう。

 1曲目と2曲目は、デヴィッド・シルヴィアンさんと藤倉さんの共作で「Five Lines」と「The Last Days of December」を続けて。シルヴィアンさんはイギリス出身のシンガーソングライターでクラシック音楽系の人ではないが、前衛的な音楽なども手がけている。藤倉さんとの親交の中で共作が実現した。2曲とも歌曲(と呼んで良いのかどうか)だが、ヴォーカリストであるシルヴィアンさんが歌わずソプラノの小林沙羅さんが歌うことで、こちら側の世界にぐっと近づいたといえる。ソプラノ独唱と弦楽四重奏(アンサンブル・ノマド)のための曲で、曖昧な調性の歌唱の旋律と伴奏に当たる弦楽四重奏はほとんど調性を感じない不協和音が続く。和声がハッキリしないので、ゆったりとしたテンポでの歌唱はかなり高度な集中を要求されそうだ。歌詞は英語(だと思う)で、歌唱は単音の美声につき、くっきりと鮮やかに通る。弦楽は神秘的な雰囲気を湛えている(ライブ版世界初演)。

 続いては坂本龍一さんの作曲による「tri」という曲。これは3名のトライアングル奏者(アンサンブル・ノマド)によるアンサンブル。聴けば3名が思い思いにトライアングルを鳴らしているようで即興性に富んだ作品のようにも思えるが、実はしっかり楽譜に書かれているらしい。トライアングルという打楽器には音程はないようだが、実際には叩く位置や奏法によって音を変えてアンサンブルを成立させている(ライブ版世界初演)。

 次は、武満 徹さんの『秋庭歌一具(しゅうていがいちぐ)』より第4曲「秋庭歌」。これは雅楽のアンサンブルの曲である。演奏は伶楽舎という雅楽アンサンブルで、この曲の演奏には定評があり、CDも出している。実は私は雅楽アンサンブルも伶楽舎もまったく初めて見聴きしたのだが、楽器の名前さえ分からないのは日本人の音楽愛好家としては如何なものかと恥じ入った次第。プログラムに記載されている楽器は、鞨鼓(かっこ)、太鼓(たいこ)、鉦鼓(しょうこ)、琵琶(びわ)、箏(そう)、笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)、高麗笛(こまぶえ)。見慣れない楽器も多い。曲はもちろん、伝統的な雅楽ではなく、現代音楽そのもので、それぞれの楽器が溶け合っているようで乖離していたり、日本旋法のようで音程も調性も曖昧、和声は不協和音が多用されている。まったく初めて触れる世界観はとても新鮮。笙や笛類の使い方は電子楽器を彷彿させるところなどもあり、とても面白かった。

 前半の最後は、武満 徹さんの「『秋庭歌』ライブ・リミックス」ということで、エレクトロニクスを駆使した作品。ニルス・ペッター・モルヴィルさんがトランペットを独奏し、ヤン・バングさんと藤倉さんが電子音楽を担当した。それぞれ楽器ではなくパソコン(MacBook)を使って、録音しておいた「秋庭歌」の音源をライブで電子的に加工したものと、トランペットの独奏と電子音楽の演奏とを即興でリミックスしていきながら音楽を作っていくという趣向らしい。トランペットの音が妙に生々しくうねるように響き、電子音楽の荘厳で神秘的なイメージが観念的に膨らんで、次々と表れては消えていく・・・・。不思議な世界にBravo!が飛んだ。

 後半の1曲目は、ブルーノ・マデルナさんの「ひつの衛星のためのセレナータ」という曲。これは西洋音楽と雅楽のコラボレーションで、アンサンブル・ノマドと伶楽舎のメンバーがズラリと並び、ノマドの指揮者である佐藤紀雄さんがギターを弾きながら全体をコントロールしていた。この曲の仕掛けの面白いところは、ピアノとオーボエの音に合わせて各楽器がチューニングを始めると、そのままなし崩し的に曲が始まってしまうところだ。聴き手の方はチューニングだと思ってプログラムをガサガサやっていたりする。その部分は恐らく即興演奏だと思われるが、佐藤さんの合図によって書かれている曲の部分へと入っていくようだ。西洋楽器と和楽器の混沌としたアンサンブルは、特殊奏法も多く含まれているようで、なかなか刺激的な音の空間を生み出していた。和洋折衷が生み出す宇宙的な世界である。

 続いては大友良英さんによる新作の初演で、「みらい」という曲。アンサンブル・ノマドの演奏は、佐藤さんのギター独奏で始まる。その旋律はPOPS的なもので美しく分かりやすいものだが、それが淡々と繰り返されていく内に、現代音楽的な特殊奏法を含めた他の楽器が徐々に加わってくる。ラヴェルの「ボレロ」のように全体的にクレッシェンドして行き、クライマックスをピークにまた減衰して行く。その中に、大友さんによる「ターンテーブル」が様々な効果音のように加わってくるのである。「ターンテーブル」というのはかつてのレコード・プレーヤーのことで、手で逆回転させたりして擦過音をはじめとする色々な音を即興的にひねり出す。クライマックスでは怒濤のような音の奔流が分厚く押し寄せてくるが、最後はまたギターのソロに戻って静かに曲が終わる。ギターは明らかに調性音楽だが、他の楽器が加わるにつれて無調の破壊的な音の塊に変化していく様が面白い。「ターンテーブル」による人工的な効果音も人が操っていると不思議と温かみを感じるアナログな音である。

 次は坂本龍一さんの作曲、藤倉さんの編曲で「thanes and thereness」という曲のアンサンブル版・世界初演。演奏はアンサンブル・ノマド。坂本さんの音楽は調性のある美しい主題がチェロやフルートなどで提示されていく。主題が幾重にも重なり合って、複雑な構成へと発展していくが、これは現代音楽と言うよりはPOPS系の洒落たインストゥルメンタルという感じであった。

 最後は、藤倉さんの作品で「フルート協奏曲」。オーケストラ版はすでに初演されていて、本日はアンサンブル版の世界初演ということである。ソリストはクレア・チェイスさん。演奏はアンサンブル・ノマドである。楽曲の詳しい解説がないので正確なところは分からないが、おそらく、全体は4楽章構成で、続けて演奏される。フルート協奏曲の名称を用いているが、使用された楽器は楽章毎に変わり、フルート、ピッコロ、アルト・フルート、コントラバス・フルートの順に登場する。フルートのことはよく知らないので恐縮だが、息を強く吹き込むような特殊奏法も効果的な使われて、インパクトの強い曲想が展開する。調性は感じられず、ソリストにはかなり高度な技巧が要求されているようだ。フルートは特殊奏法が多く本来の伸びやかな音色は出て来ない。ピッコロは小鳥のさえずりのように目まぐるしく駆け回り、あるいは雅楽の笛のように鋭く尖った音を出す。アルト・フルートは尺八のように深みと夢幻的な世界を作り出し、コントラバス・フルート(水道管のような太いパイプを縦に床置きして、吹く部分し上方が4の字型に曲がって水平になっているかなり大きな楽器。コントラ・ファゴットよりスゴイ)は、パイプオルガンのような荘厳な低音から野太い中音域を使って、広大な荒野を風が吹き抜けるような自然味溢れる曲想であった。この曲も結構強烈な印象を残すものだった。芸劇のコンサートホールでだったら、オーケストラ版も聴いてみたいところだ。

 現代音楽だけのコンサートとなると、一部のマニアックな人たちと専門家たちの集まるものというのが大体のところで、一般的なクラシック音楽ファンの間でもあまり好まれるものではない。確かに「難解」であることは間違いなく、相当な音楽的な知識がなければ、なかなか理解できるものではないだろう。私は素人なので、まったく解りはしないのだが、時々無性に現代音楽を聴きたくなる。そういう時は、解らないなりに「感じ取る」ようにしている。抽象であったり、前衛であったり、混沌であったりしても、音の中に身を委ねているだけで、何となく自分が豊かになっていくような感覚に包まれるのである。嬉しいことに、第1回の「ボンクリ・フェス」、芸劇のコンサートホールがけっこういっぱいになっていた。この日、「ラ・フォル・ジュルネ」に行かないでこちらに来た人は、かなりマニア系の人であろう。私もけっこう楽しかったので、マニアの仲間入り・・・・だろうか。

← 読み終わりましたら、クリックお願いします。


★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★

当ブログの人気ページをご紹介します。
↓コチラのバナーをクリックしてください。↓






Comment
この記事をはてなブックマークに追加

4/29(土・祝)静岡交響楽団・定期/青木尚佳の流麗なプロコフィエフVn協奏曲1番と篠崎靖男の「悲愴」交響曲

2017年04月29日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
静岡交響楽団 第71回定期演奏会
〜スラヴの魂 作曲家達の愛と美、そして苦しみ!!〜

2017年4月29日(土・祝)14:00〜 静岡市清水文化会館マリナートホール B席 1階 1列 20番 3,500円
指揮:篠崎靖男
ヴァイオリン:青木尚佳*
管弦楽:静岡交響楽団
コンサートマスター:青木高志
【曲目】
ドヴォルザーク:「フス教徒」序曲
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ短調 作品19*
《アンコール》
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005より「ラルゴ」*
チャイコフスキー:交響曲 第6番 ロ短調 作品74「悲愴」

 日本の若手のヴァイオリニストの中で私が最も注目している青木尚佳さんは、現在もロンドン在住で英国王立音楽院で研鑽中だが、一時帰国して「静岡交響楽団」の定期演奏会に出演することになった。大型連休の初日ということで交通機関の状況に不安を感じないわけではなかったが、会場の「静岡市清水文化会館マリナートホール」はJR東海・清水駅直結であり、休日であれば行けない距離でもない。いつものように最前列のソリスト正面のチケットを友人のKさんが手配してくださり、ならば頑張って聴きに行くしかないとばかりに、「旅行」と呼べる距離感のコンサートに、もちろん日帰りで出かけた。朝の9時過ぎには家を出て、東京駅からは東海道新幹線で静岡まで行き、東海道本線で少し戻って清水駅に着いたのは12時24分。乗り換えの待ち時間が長かったので3時間以上かかってしまったが、急げ派2時間半はかからないで着く。交通費は乗車券3,350円+新幹線指定席3,200円=6,550円。久し振りの旅情に誘われて、思わず駅弁(かに寿司1,380円)を買ってしまった。いやいや、どんどん出費がかさむ・・・・。

 尚佳さんについては今さら説明の必要はないと思うが、昨年あたりからポツポツ仕事が入ってきている。オーケストラに招かれての協奏曲の演奏やリサイタルも行っているが、今のところは地方でのコンサートがほとんどなので、あまり聴きに行けないのが残念でならない。東京近郊でのコンサートはもれなく聴きにいっているので、オーケストラとの共演による協奏曲の演奏については、昨年2016年末の東京交響楽団の「第九と四季」(サントリーホール)、今年に入ってからは1月28日に東京ヴィヴァルディ合奏団との共演で「四季」全曲(北本市文化センター)、そして2月1日にはNHK交響楽団との共演でプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番(東京芸術劇場)、と聴いてきた。今回はプロコフィエフの第1番で、演奏するのは初めてということだ。

 静岡交響楽団を聴くのはもちろん初めて。詳細な情報は分からないが、静岡市に本拠を置く特定非営利活動法人で、日本オーケストラ連盟準会員のプロのオーケストラである。とはいっても、ホームページを見ると正規の団員は30名ちょっと。コンサートマスターも不在のようだ。したがって本日の定期演奏会でも、2管編成+12型弦楽5部合わせて65名を揃えるには倍くらいのエキストラを補強としていることになる。
 常任指揮者は篠崎靖男さん。読売日本交響楽団の定期シリーズに客演したのを1回だけ聴いたことがある(2012年5月)。また、本日のコンサートマスターは青木高志さんが務めていた。東京フィルハーモニー交響楽団のコンマスを長らく務めていた名人である。同じ青木さんだが、尚佳さんとは姻戚関係はない。
 こうした地方のオーケストラの運営はかなり大変そうだ。開演前にロビーでプレコンサートを開いたり、篠崎さんによるプレトークもあり、音楽文化を広めようと頑張っていたが、1500席のホールで2階席は使用せず、1階席のみで500〜600名くらいの入りであった。
 このオーケストラのフランチャイズは今日の会場である「静岡市清水文化会館マリナートホール」である。なお、清水はかつては清水市であったが現在は政令指定都市となった静岡市清水区になっている。

 1曲目はドヴォルザークの「フス教徒」序曲。いささか珍しい曲ではあるが、本日のコンサートのテーマである「スラヴの魂 作曲家達の愛と美、そして苦しみ!!」をもっとも如実に反映させている曲だといえる。これは序曲といってもオペラなどの序曲ではなく、単体の管弦楽曲である。ここでいう「フス」とは、チェコの宗教改革者、ヤン・フス(1371?〜1445)のことで、当時のカトリック教会を批判して火刑に処せられたが、地元のチェコにおいては国民的英雄であったとされる。従ってこの曲はチェコの愛国的な要素の強い作品ということだ。
 演奏の方は、篠崎さんは比較的オーソドックスだが劇的な盛りあげを試みている。オーケストラの方は木管も金管も各パートは質感の高い演奏をしているのだが、弦楽が全体的に大人しく、全体のバランスがややちぐはぐな印象だった。オーケストラ全体が各パートの集合体になっていて有機的にまとまっていないという印象を感じてしまった。ただし初めて聴くオーケストラで、初めてのホールだから、その印象もあまりアテになるものではない。実際には、後方席からBravo!の声も飛び出していた。

 2曲目はいよいよプロコフィエフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」。1917年の作曲、1923の初演というから、生命力と瑞々しさの溢れる青年期の作品であり、近代の音楽らしい先進性も持ち合わせている。協奏曲の常道である3楽章構成でありながら、古典的な急-緩-急ではなく、緩-急-緩の楽章構成とし、形式にとらわれない自由な構成力と、独特の旋律美が聴く者の感性に強い刺激を与えてくれる。名作、傑作と言うべき曲であり、プロコフィエフの天才性を感じ取ることができる。
 第1楽章はAndantino、冒頭からさざめくようなヴィオラのトレモロにソロ・ヴァイオリンにより主題が穏やかに提示される。尚佳さんのヴァイオリンはしっとりとした潤いのある艶やかな音色で、息の長いロマンティックな主題が流麗に歌うように流れていく。緩徐楽章だが自由なソナタ形式を採っていて、第2主題は対照的に不安感を募らせるような曲想で、ヴァイオリンがキリキリと音を刻んでいくが、尚佳さんのヴァイオリンはあまり深刻な雰囲気がないところが良い。作曲者も若いので、世相の不安感などを投影されているとしても若さによる希望を含んでいるイメージだ。展開部はの目まぐるしく曲想が変化していくのに対しても、尚佳さんのヴァイオリンし瑞々しさを失わないまま、多彩な色彩感を鮮やかに変化させていく。
 第2楽章は快速なテンポでおどけるようなスケルツォのロンド。4楽章形式の協奏曲だとしたら普通の第3楽章と第4楽章を合体させたような楽章を中間に持ってきて、しかもそれを間奏曲のように短くまとめているのが面白い。ロンド主題はおどけているが、無窮動的に駆け巡るヴァイオリンとオーケストラの駆け引きがかなりスリリング。尚佳さんのヴァイオリンは目が覚めるような鮮やかな音色で奔放に跳ね回っているようで、実際には経過句などの技巧的な部分にも細やかなニュアンスが与えられていて、しなやかに歌わせているところなどに感服してしまう。
 第3楽章は変奏曲形式。ファゴットのおどけた序奏に導かれるヴァイオリンの主題は、ロマンティシズムの中に倦怠感が漂うプロコフィエフ独特のメロディ・ライン。ここでの尚佳さんの旋律の歌わせ方は、濃厚な色彩感を見せつつも、どこかに爽やかさを持っていて、諦めや焦燥よりも希望や憧れを感じさせてくれる。そうした瑞々しい感性こそは若い演奏家が若いときにしか発揮できない特権かもしれない。それにしても、変奏による多彩な色彩感も素晴らしいが、完璧な音程と正確なリズム感、それにしなやかに歌わせる音楽性の豊かさなど、目を見張るものがある。決して強く押し出しているのではないのに、存在感をしっかりと主張している。短期間でよくもまあここまで仕上げてきたものである。Brava!!間違いなし。

 尚佳さんのソロ・アンコールは、お馴染みのバッハの「ラルゴ」。Largoにしてはやや速めのテンポを採っていたが、音色の美しさは特筆ものだった。艶といい、潤いといい、輝きといい、豊かさといい、また尖ったところのない、柔らかく流れるような美しい音色。会場の人たちが息をひそめて聴き入っていた。

 プログラムの後半はチャイコフスキーの「悲愴」交響曲。
 第1楽章。ファゴットの印象的な序奏に続き、ソナタ形式の主部に入ると、テンポは中庸で、比較的キッチリと刻み、あまり抑揚を付けずに、長いフレージングで旋律を歌わせて行く。だから短い動機やフレーズはまったりとして一本調子というか、粛々とすすめられていくようにも感じられる。しかしダイナミックレンジは広く、全合奏に揺ると管楽器と打楽器が豊かな音量で響き渡る。第2主題の美しい旋律は、弦楽が大きく泣くところだが、過度な思い入れを排した淡々とした演奏にも聞こえた。概して管と打は芯が強い感じだが、弦は平板でキレが良くないような・・・・。一方で、造形的には堅固なイメージで豪快なところもある。単調に感じさせるかと思えば、全休止の間合いの取り方などはたっぷりしていて情感を盛り上げる。
 第2楽章は5拍子の舞曲。プレトークで篠崎さんが語るには、西ヨーロッパにはないがスラブ民族には5拍子の舞曲があるのだという。チャイコフスキーは良っ六派への憧れを思いっきりこの楽章に託しているが、一方でスラブ民族の特色で描こうとしていたのだ。演奏は5拍子の音楽が器楽的に、シンフォニックに描かれているという印象で、ワルツを踊るような滑らかなリズム感はあまり感じられなかった。
 第3楽章は本来ならフィナーレに置かれるようなソナタ形式のAllegro楽章。躍動的でダイナミックで、行進曲風に盛り上がって行く。金管のアンサンブルが明瞭な和声を描き出し、木管群が主題や装飾的な経過句を質感の高い音で飾り立てていく。ここにいたって弦楽もキレの良いアンサンブルを聴かせるようになり、全合奏では金管、木管、弦楽、打楽器がそれぞれ分離の良い音で、激しく森下手行った。途中、縦の線が合わないようなところも散見されたが、全体の推進力がそれをカバーして、堂々たるクライマックスを形作っていた。
 第4楽章は、強めの押し出しで悲しげで苦しげな主題を押し出して来る。弦楽5部はバランスも良く分厚い和声も見事ではあったが、一方で表情が淡々としていて、苦悶の表情も乾いている。私の好みとしては、もっともっとすすり泣くように、魂の慟哭が我慢しきれずに漏れ溢れてしまうような、ねっとりとした濃厚な演奏の方が良いと思うのだが・・・・。楽譜に忠実な音楽だったのかもしれないが、情感の表現が浅く感じられたのであった。
 静響の演奏は、最初から最後まで、どこか淡々としていて、ねちっこさがない。個々のパートの質感は高いのだが、全体が1つにまとまっていないという印象が否めなかった。もっともオーケストラの半分がエキストラという現状では、演奏をしていく上での化学変化などが起こりにくいのかもしれない。頑張っている地方のオーケストラであっても大きな課題のひとつなのであろう。

 終演後は尚佳さんの楽屋を訪ねる。マリナートホールの楽屋は広くはないが清潔で快適そう。窓から景色が見えるのも素敵だ。さすがに清水まで来ると知り合いの来訪も少ないので、ゆっくりとお話しすることができた。色々と飛び交う本音トークはとても楽しいが、これは非公開にしないと差し障りが・・・・(汗)。あとはいつもの記念写真。尚佳さんはこの後すぐにロンドンに戻るそうだが、5月20日には千葉交響楽団との共演(習志野文化ホール/チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲)があり、6月3日には大阪交響楽団との共演(ザ・シンフォニーホール/ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番)が控えている。ロンドンを行ったり来たりの生活が続きそうだ。


 さて遠隔地まで出かけてくると帰るのも一仕事だ。Kさんに付き合って在来線で帰ることにした。時間はかかるが交通費を節約しようということだ。清水からJR東海の東海道本線で終点熱海まで行き、JR東日本の東海道本線(上野東京ライン)前橋行きに乗り替えてひたすら東京を目指す。Kさんは小田原から小田急に乗り換えていった。16時30分に会場を出て、自宅に戻れたのは21時。4時間半の長旅となってしまったが、乗車賃は3,020円と往路の半額以下。それでも往復で1万円弱かかったことになる。もちろん演奏が素晴らしかったから費やした金額も時間も無駄をしたとは思うことはない。私たちはたかが東京と清水に往復しただけだが、当の尚佳さんはロンドンと清水を往復しているわけだから、その苦労を考えると私たちがグチをこぼしたら罰が当たるというものではないか。

← 読み終わりましたら、クリックお願いします。


★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★

当ブログの人気ページをご紹介します。
↓コチラのバナーをクリックしてください。↓






Comment
この記事をはてなブックマークに追加

4/25(火)アンヌ・ケフェレック/深く刻まれる陰影のバロックの名作と円熟のシューベルト最後のピアノ・ソナタ

2017年04月25日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
アンヌ・ケフェレック ピアノ・リサイタル

2017年4月25日(火)19:00〜 王子ホール 指定席 A列 7番 6,500円
ピアノ:アンヌ・ケフェレック
【曲目】
ヘンデル:サラバンド ト長調 HWV432
ヘンデル/ケンプ編:メヌエット ト短調 HWV434
J.S.バッハ:パルティータ 第2番 ハ短調 BWV826
スカルラッティ:ソナタより5曲
        ホ長調 K531/ロ短調 K87/ニ長調  K145/
        「アリア」ニ短調 K32/ト長調 K103
ヘンデル:組曲 第1巻 第5番 ホ長調 HWV430
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D960
《アンコール》
 J.S.バッハ/ブゾーニ編:主イエスキリストよ、我汝に呼ばわる BWV639

 アンヌ・ケフェレックさんのピアノ・リサイタルを王子ホールで聴く。わずか300名の限られた空間の中での濃密な距離感によるコンサートで、まさに世界のトップ・プレーヤーの演奏を聴くという至福の時間である。しかも今回は最前列の鍵盤側という席をいただいたので、贅沢この上ないことである。ピアノ本来の音響的な特性から言えば、鍵盤側ではなくピアノ本体の正面の方が優れていることは分かっているが、その場合は近すぎると低音が強く感じられるので、もう少し下がった席の方が良いと思っている。鍵盤側は、手が見えるからという理由ではなく、こちらの方が低音が出過ぎずバランスが良いと個人的に感じているから好きなのである。

 ケフェレックさんは1948年の生まれというから今年69歳になる。ベテランらしい落ち着いた自然体のステージ捌きと、円熟の演奏が私たちをホッとさせる。フランス人らしい色彩感溢れるピアノも、原色が飛び交うのではなく、淡い水彩画のような、柔らかく優しい佇まいを見せる。しかし光あるところには必ず影があるように、彼女のピアノは深い陰影をも描き出す。まさに円熟の極みといったところだ。

 プログラムの前半は、すべてバロック時代の曲。ヘンデル、J.S.バッハ、そしてスカルラッティだ。奇しくもバロックの3巨頭は同い年で、1685年の生まれ。ドイツに生まれイギリスで成功したヘンデル、生涯をドイツで過ごしたバッハ、イタリアに生まれポルトガルとスペインで活動したスカルラッティ。こうして一度にこの3作曲家の音楽を聴いていると、彼らの特性がお国柄となって表れているようで面白い。私はバロック音楽はほとんど苦手の方に入るので、詳しいことはまったく知らない素人だが、感覚的にはナルホドね、という印象の話である。
 前半のすべての曲は、まだピアノのない時代の作品であり、そこでいう鍵盤楽器とはチェンバロを指す。つまり強弱の差を付けられない楽器のために書かれているわけで、これらの曲をピアノで弾くということは当然強弱のニュアンスが生まれてくる。ケフェレックさんの演奏は、バロックらしい淡々・粛々とした佇まいの中に、微妙なニュアンスの抑揚を持ち込み、深い陰影を描き出す。教会や貴族の館など大きな建物の中の奥の方で、窓からもれてくる光が少なく、ほの暗い。その弱い光が作り出す影の部分はいっそう深い闇。そのわずかな光の差が鈍いグラデーションとなって、その空間にあるテーブルや椅子などの家具、壁に掛けられた絵画、装飾の施された階段の手すりや柱などを浮かび上がらせる。もちろん、それぞれの曲が標題音楽のように何かを描いているのではないが、私は聴いていてそのような情景を感じ取った(ような気がした)のであった。

 後半は一転してシューベルトの最後のピアノ・ソナタ。40分に及ぶ大曲であるが死の年の作であるが故に全体に強い寂寥感が漂う。器楽的というよりは、やはり息の長い歌謡的な旋律が美しいが、切り詰められた音の中に言いようのない寂しさが漂うのである。ケフェレックさんの演奏は、淡々とした語り口の中にもより一層陰影を深め、抒情性すらが悲しげで切ない。死の前のシューベルトの心情を、ある意味でリアルに表現しているようであった。
 第1楽章はMolto moderatoのソナタ形式で、歌謡的な主題が淡々と語られる。演奏はロマン的な自由度を抑えつつ、全体を淡いトーンに包み込み、瞑想的で儚げである。
 第2楽章は緩徐楽章。ここに描かれる世界は余りにも寂しい。陰影は深まる一方で、低音の重い音が聴いていて心に澱のように溜まっていく。中間部の穏やかな明るさがわずかな救いとなるが、再び陰影に沈んでいく。
 第3楽章はスケルツォ。高音域の跳ねるような主題が、あたかも無理をして明るく振る舞っているかのように煌びやかさを見せるが、どこか寂しさを伴っている。
 第4楽章はソナタ形式で、激しく重い第1主題と対照的な明るく軽快な第2主題が鮮やかなコントラストを描き、陰影を深めていく。ケフェレックさんの演奏は、その対比を鮮やかに描きつつも、あくまで抑制的で、憂鬱にも感じられる。演奏が見事なだけに、描き出される寂寥感は、聴く者を癒してはくれないようだ。

 アンコールはJ.S.バッハ/ブゾーニ編の「主イエスキリストよ、我汝に呼ばわる」。前半と同様のモノトーンのグラデーション。

 今日のケフェレックさんのリサイタルは、あまり私の得意な分野ではなかったこともあって聴いていても決して楽しくは感じなかったが、演奏自体は円熟の境地といった雰囲気で、情感を静かに語る表現力は見事なものであった。日頃、若い世代の演奏を聴くことが多いせいか、今日のような演奏はかえって新鮮にも感じられた。いずれにしても素晴らしい演奏であったことは間違いない。

← 読み終わりましたら、クリックお願いします。


★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★

当ブログの人気ページをご紹介します。
↓コチラのバナーをクリックしてください。↓






Comment
この記事をはてなブックマークに追加

4/21(金)読響/名曲シリーズ/アヴデーエワデーの清冽なピアノによるグリーグのピアノ協奏曲が秀逸

2017年04月21日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団 第601回 名曲シリーズ

2017年4月21日(金)19:00〜 東京芸術劇場コンサートホール S席 1階 C列 17番 4,868円(会員割引)
指 揮:サッシャ・ゲッツェル
ピアノ:ユリアンナ・アヴデーエワ*
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:長原幸太
【曲目】
ウェーバー:歌劇『魔弾の射手』序曲
グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16*
《アンコール》
 ショパン:ノクターン 嬰ハ短調(遺作)*
ドヴォルザーク:交響曲 第7番 ニ短調 作品70

 読売日本交響楽団の「第601回 名曲シリーズ」を聴く。定期会員になっていながら、この「名曲シリーズ」は昨年2016年の8月公演を最後にずーっとサボってしまっていた。諸々の事情があってのことだが、およそ半年間もサボっている内に、新シーズン(2017/2018)に入ってしまった。今日は新シーズンの第1回である。ご承知のようにサントリーホールが改修工事で使用できないため、東京芸術劇場コンサートホールでの開催となった。読響の「名曲シリーズ」は、今後9月開催まですべてがここ芸劇で開催されることになっている。「土曜マチネー/日曜マチネー」シリーズも芸劇だから、読響の東京での定期シリーズは9月まではすべて芸劇での開催となる。

 今月のマエストロは、4月前半の「土曜マチネー/日曜マチネー」と「定期演奏会」は常任指揮者のシルヴァン・カンブルランさんが受け持ち、後半の「名曲シリーズ」と「みなとみらいホリデー名曲シリーズ」は、読響初登場のサッシャ・ゲッツェルさんが振る。彼は1970年、ウィーンの生まれで、ウィーン・フィルのヴァイオリン奏者から指揮者となった人。そのためか、コンサートだけでなくオペラの指揮でもキャリアを伸ばしている。日本には、NHK交響楽団や東京フィルハーモニー交響楽団に客演しているが、読響へは初見参となる。

 1曲目はウェーバーの「歌劇『魔弾の射手』序曲」。演奏が始まると、ナルホド、これがウィーンの音楽か、と思わせる。読響の音が、随分と違っているのだ。とくに弦楽が素晴らしい。読響の弦と言えば、荒々しいまでの爆発力があり、ダイナミックレンジも広くゴツゴツして豪快なイメージであったが、今日の弦楽は、常に抑制的で音量は控え目であったが、その分だけ繊細にして緻密。そしてアンサンブルが柔らかくて実に優美な雰囲気を持っている。コンサートマスターは長原幸太さんだったが、トップサイドにはこの4月からコンサートマスターに就任した荻原尚子さんがいる。第2ヴァイオリンの首席は瀧村依里さん、ヴィオラの首席はソロ・ヴィオラの柳瀬省太さんだがトップサイドには留学から復帰した渡辺千春さん、チェロの首席はやはり4月からソロ・チェロに就任した遠藤真理さんがいる。世代交代が進んできれいどころが揃った感じだが、演奏にも繊細な美しさが表れていて、とてもまろやかな印象だった。
 ゲッツェルさんの音楽作りは、ウィーン・フィル(ウィーン国立歌劇場管弦楽団)の香りを漂わせるオペラを意識させるもので、ゆったりした間合いの取り方や、主旋律の歌わせ方が実にしなやか。器楽的というよりは歌謡的にオーケストラをドライブする。冒頭のホルンが遠くから聞こえて来る狩人の角笛のように柔らかく響き、ティンパニはやや強めに躍動感を叩き出す。序曲から早くもBravo!の声が飛んだ。

 2曲目はグリーグの「ピアノ協奏曲 イ短調 作品16」。ゲスト・ソリストは日本でも各オーケストラから引っ張りだこのユリアンナ・アヴデーエワさん。読響には初登場だ。2010年のショパン国際コンクールに優勝して以来、ショパン弾きのイメージが強いが、繊細なタッチとロマンティックな表現力はグリーグにも合っているだろう。
 第1楽章は冒頭のピアノのカデンツァから聴かせてくれる。重低音の力感はロシア系の雰囲気も残しつつ、透明感のある和音と弱音の繊細で澄んだ音が素晴らしい。主部に入るとオーケストラとの掛け合いの中で、自由度を発揮してテンポを自在に操り、抒情性豊かに旋律を歌わせて行く。透明な水が流れ、細かく飛び散り跳ねるような変幻自在のイメージを描き出している。ゲッツェルさんのしなやかな対応も見事で、強く押し出すことはないが、さりげなくアヴデーエワデーさんを盛り立てる。息がピタリと合っているというのではなくて、むしろバラついたりもするのだが、その微妙なズレが音楽に生々しさと生命力を与えているように感じさせるのである。
 第2楽章は緩徐楽章。この楽章も音楽史の中でも屈指の美しい抒情性を誇る音楽だと思う。ピアノが出てくる前のオーケストラだけの部分から、ゲッツェルさんがネットリと濃厚なロマンティシズムを発揮して主題をゆったりと歌わせる。それに呼応するように、アヴデーエワさんのピアノも実に情感が豊か。消え入るようなピアニッシモの美しさ、感情が盛り上がる際のクレッシェンドの躍動感、自由に、感性の趣くまま旋律を歌い上げるピアノはこれぞロマン派という感じ。何て美しいのだろう。北欧的な清涼感よりは、ロシア的な濃厚なロマンティシズムである。
 第3楽章はロンド・ソナタ形式。民族的な要素の強いロンド主題が力強く提示されるが、演奏の方はいささかバラついていて、ピアノとオーケストラが合っていない。しかしそのことが演奏にとってあまりマイナスに働いてはいないようで、躍動的なリズムと抒情的なピアノのせめぎ合いが活き活きとした緊張感を生み出している。中間部のテンポを落としたロマンティックな主題は、クリスタルのような澄んだ輝きを持つ弱音が美しい。終盤に向けて盛り上げて行く中で、主導権がピアノにあることは確かで、ここへ来てアヴデーエワデーさんのロシアっぽい力感が垣間見える。オーケストラ側の追従もしかやかでドラマティック。素晴らしいフィナーレであった。

 アヴデーエワデーさんのソロ・アンコールは、定番とも言えるショパンの嬰ハ短調の遺作のノクターン。あらためて彼女のショパンも素晴らしい。しっとりとした抒情性、寂寥感の漂うロマンティシズム。自由度の高い情感の表現。ホール全体がうっとりと聴き惚れていた。

 後半はドヴォルザークの「交響曲 第7番 ニ短調 作品70」。第9番「新世界より」と第8番に対して「第7番」になるとグッと人気も下がり演奏機会も減ってしまうようだ。音楽的にはスラブ系の土臭いイメージはあまり強くなく、むしろドイツ的な、つまり作曲された当時としては世界に通用させることを目指したのかもしれない。ブラームスに似ているなどと言われることもある。私としては、少々捉え所が薄いような感じがして、美しい曲ではあるが印象度が弱く感じてしまうのであるが・・・。
 ところで今日の読響の演奏はいつもとはかなり違っていて、実にしなやかだ。これはゲッツェルさんの指揮を見ていればよく分かることで、もとより旋律の美しさや豊かさには定評のあるドヴォルザークだけに、旋律を歌わせる抑揚の付け方が実に歌謡的で、ひとつひとつのフレーズや主題に、青竹がが撓うようなコシの強い表情を付けているのである。サラリと流すような部分がなく、あらゆるシーンが濃厚に、歌うように描かれて行く。弦楽が、フルートが、オーボエが、クラリネットが、ホルンが、トランペットが・・・・。繊細なピアニッシモから大らかに歌わせるフォルテまで、実に表情豊かだ。縦の線を合わせるようなタイプのアンサンブルではなく、横の線を寄り添わせて紡ぎ上げていくような演奏。各楽章を通じて、角の尖っていない、柔らかくしなやかでふくよかな演奏なのである。途中、ホルンが何度か音程を乱す場面があって、それがとても残念に思えた。それと個人的な感覚ではティンパニが強すぎるように思えたが、これはゲッツェルさんの好みなのか、あるいは聴く席位置のせいかもしれない(今日は1階3列目のセンター)。いずれにしても、読響のいつものイメージが一新するような演奏で、指揮者によって変われば変わるものだ。

← 読み終わりましたら、クリックお願いします。


★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★

当ブログの人気ページをご紹介します。
↓コチラのバナーをクリックしてください。↓






Comment
この記事をはてなブックマークに追加

4/19(水)信時 潔のカンタータ「海道東征」/封印されていた戦時中の楽曲の再演

2017年04月19日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
交声曲『海道東征』

2017年4月19日(水)19:00〜 東京芸術劇場コンサートホール A席 2階 LBI列 4番 7,000円
指 揮:大井剛史
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
ソプラノ:幸田浩子
ソプラノ:盛田麻央
アルト:田村由貴絵
テノール:小原啓楼
バリトン:原田 圭
合 唱:栗友会(合唱指揮:栗山文昭)/杉並児童合唱団(合唱指揮:津嶋麻子)
【曲目】
シベリウス:交響詩「フィンランディア」作品26
大栗 裕:管弦楽のための「神話」~天の岩屋戸の物語による~
信時 潔:交声曲『海道東征』(作詞:北原白秋)
《アンコール》
 信時 潔:海ゆかば

 主に大正時代末期から戦後期にかけて多くの作品を残した作曲家、信時 潔(のぶとききよし/1887〜1965)氏の代表作といえる交声曲(カンタータ)『海道東征』を再演するコンサート。
 信時は牧師の子として生まれたが、東京音楽学校(現在の東京藝術大学音楽学部)に学び、その後西洋に留学、帰国後は東京音楽学校の教授になった。代表作は交声曲『海道東征』、歌曲集『沙羅』、「海ゆかば」などの他、校歌・団体歌など多数に及び、1,000曲を超えるという。

 本日のコンサートは産経新聞社主催、神社本庁共催により、『海道東征』を再演するというもの。この曲は、1940年(昭和15年)、皇紀2600年の奉祝楽曲として作曲された。作詞は北原白秋である。当時、演奏会がラジオで中継放送されたという。戦後はその内容が故に封印されることになる。その後、部分的に演奏されることはあっても、完全な形での演奏は、1962年と2003年にあったのみである。楽譜の改訂なども進められて、2015年に大阪で産経新聞社主催により演奏会が開かれた。本日は、その東京公演という位置付けになるようである。

 楽曲はスケールの大きなカンタータ。編成は、ソプラノ2、アルト1、テノール1、バリトン1の独唱と、混声四部合唱、児童合唱、オーケストラは2管編成と14型弦楽5部。ティンパニとピアノが加わる。これを見ても、物理的にも演奏する機会がなかなか持てないことも分かる。

 楽曲は8つの曲からなる。白秋の詩が第一章〜第八章に分かれていて、以下のように標題がある。
 第一章:高千穂(たかちほ)
 第二章:大和思慕(やまとしぼ)
 第三章:御船出(みふなで)
 第四章:御船謡(みふなうた)
 第五章:速吸と菟狭(はやすいとうさ)
 第六章:海道回顧(かいどうかいこ)
 第七章:白肩津上陸(しらかたのつじょうりくひ
 第八章:天業恢弘(てんぎょうかいこう)

 物語は日本神話に基づき、天地開闢から大和政権の樹立までを描いている。その中心となる部分がいわゆる「神武東征」の物語である。戦後の歴史教育から神話の部分が分離されてしまったため、戦後72年の今日、学校教育を受けただけでは一般にはあまり知られていない物語になってしまった。私は今人的に興味を持ち、多少は勉強したので、話としては知っている。

 信時は西洋に留学していたため20世紀初頭からの西洋音楽の潮流(シェーンベルクやバルトークなど現代音楽の初期)にも通じていたが、自信の作る音楽はドイツ・ロマン派の系譜に属するものを基礎に持っている。そこに日本の音楽的な要素が盛り込まれてくる。従って、現在聴いても、さほど違和感を感じることもないし、難解なものでもない。音楽自体は非常に重厚で美しく分かりやすい。
 ただし、白秋の詩の方は現代の日本語の感覚からするとやや難解である。今では使われていないような言葉が多く出てくるし、また皇統に関する物語なので特殊な用語が使われる。作られた昭和15年当時の人々にはよく分かる詩だったのであろう。配布されたプログラムには歌詞全編が記載されていたし、ステージ上方に字幕が映写されていたので、目で見れば(漢字を読めば)意味は分かるが、聴きで聴いているだけでは理解できない部分が多かった。

 プログラムの前半には、シベリウスの交響詩「フィンランディア」と大栗 裕(1918〜1982)作曲の「管弦楽のための『神話』~天の岩屋戸の物語による~」という曲が演奏された。今日のコンサートは「愛国」をテーマにしているということである。『神話』は1973年に作曲された吹奏楽のための曲を1977年に管弦楽曲に再編されたもの。アマテラスの天岩戸の物語を描いていて、土俗的なリズム管が支配的な、幻想的で現代的な作風の曲である。

 アンコールは信時を最も有名にした「海ゆかば」。本日のような特別なコンサートでもなければオーケストラと混声合唱の大編成で演奏されることはないだろう。

 本日のコンサートは、『海道東征』を再演することを最大の目的とするものであり、演奏を楽しむとか、評価するというものとは違っていたような気がする。普通のクラシック音楽のコンサートとは趣がかなり違っていた。私としては知らない世界に迷い込んでしまったような気分であった。

← 読み終わりましたら、クリックお願いします。


★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★

当ブログの人気ページをご紹介します。
↓コチラのバナーをクリックしてください。↓







Comment
この記事をはてなブックマークに追加