Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

1/20(土)ミュージック・クロスロード/一柳 慧・山本和智・森 円花/3世代の作曲家による創造性に満ちた「未来音楽」

2018年01月20日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
神奈川芸術文化財団 芸術監督プロジェクト
「ミュージック・クロスロード」


2018年1月20日(土)14:00〜 神奈川県立音楽堂  指定席 4列(最前列) 18番 4,000円
指 揮:杉山洋一
チェロ:上野通明 *
ピアノ:一柳 慧 **
箏:平田紀子/寺井結子/中島裕康 ***
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
音楽監督:一柳 慧
空間監修:白井 晃
映像ディレクション:須藤崇規
【曲目】
森 円花:「音のアトリウムⅢ ~独奏チェロとオーケストラのための~」(2018)*
《アンコール》
 森 円花:ヴォカリース〜独奏チェロのための〜 *(世界初演)
一柳 慧:「ピアノ協奏曲 第6番《禅ーZEN》」(2016)**
山本和智:「3人の箏奏者と室内オーケストラのための『散乱系』」(2015/2017)***

 公益財団法人神奈川芸術文化財団が運営する神奈川県立音楽堂が主催する「芸術監督プロジェクト」。音楽監督を務めている一柳慧さんによる企画で、「今」の音楽シーンを創り出している3世代にわたる3人の作曲家の作品を採り上げる演奏会である。
 その3人の作曲家とは、今年で85歳になる一柳さんご自身と、42歳の山本和智さん、そして23歳の森 円花さんである。一見して異なる時代を生きてきたと分かる3世代の作曲家を選ぶことにより、異なる視点・異なる感性から描き出される「今」の音楽を一挙に演奏してみようという試みだ。いわゆる「現代音楽」のコンサートであり、音楽界における注目度は高く、専門性の高い聴衆が聴きに集まることになる。私などはかなり門外漢の方に入るとは思うが、現代音楽は決して嫌いではないし、年に数回は現代音楽だけのコンサートも聴きにいく、という程度に過ぎない。一緒に行った友人のYさんは一柳先生のファンだそうで、私などよりは現代音楽への造詣も深く、よく理解している。一方、私の方は今回抜擢された森 円花さんと知り合いで、過去にも桐朋学園の「作曲科展」で作品を聴いたこともあり、今回のコンサートは企画が発表された時点から注目していたものである。

 1曲目は、森 円花さん作曲の「音のアトリウムⅢ ~独奏チェロとオーケストラのための~」という曲。森さんは素晴らしい才能の持ち主で、若干20歳の時、2014年の「第83回日本音楽コンクール」の作曲部門(オーケストラ作品)で第2位を受賞した。その際の受賞曲が本作である。今回抜擢され再演が叶うことになったため、かねてより約束していたという盟友の上野通明さんをソリストに迎えることを前提に、作品に手を入れて「2018年版」とした。より高いクオリティとより強い伝達力を求めてのことだという。私は2014年のコンクールは作曲部門は聴いていなかったので、今回初めて聴くことになったわけだが、楽曲の構成がチェロ協奏曲のカタチになっていると知って、最前列のソリスト正面の席を取っておいた。開演前に森さんとお会いしてお話しを聞いたところによると、この席で正解だそうだ。上野さんの演奏も素晴らしいらしい。作曲家ご自身が言うのだから間違いないだろう。
 さて、演奏は上野さんの独奏チェロ、杉山洋一さんの指揮、神奈川フィルハーモニー管弦楽団である。こういう場合、何しろこの曲も「2018年版」は初演なので、聴く側は私だけでなく皆が初めて。従って演奏云々はさておき、楽曲に関するレビューを中心にしていこう。


 曲はチェロの独奏から静かに始まる。いきなりフラジオレットや重音のグリッサンドなどの特殊奏法から入って来る。最初からチェロという楽器の表現の可能性を訴えるということだろうか。やがてチェロの背景に絡みつくようにオーケストラが多彩な打楽器と共に不協和な音楽空間を創っていく。チェロは無調であっても弓で弾く以上は原則重音しか出せないから、それなりに綺麗に響く。オーケストラ側は、自然界の音を拾い集めたような透明感のある不協和音に満ちているようにも聞こえるし、また視点をずらせば様々な楽器が創りだす音の饗宴ともいうべき純音楽的な流れと豊かさも感じさせる。チェロとオーケストラが複雑に絡み合い、または一体化して、鋭い感性の音楽世界が生み出されていくのである。ある意味では、チェロもオーケストラも音を出す道具なのかもしれない。チェロは高度な技巧や特殊奏法が繰り返され、限界まで抽象化された音楽を奏でる。私には、何かを表現しているのではなく、それ自体が音楽表現になっている純音楽に聞こえる。だからこそ、上野さんの演奏技術による表現力が重要な位置を占めていて、強烈で刺激的な演奏で発揮度が強い。人の強い意志が感じられ、存在感が抜群である。それによりオーケストラの創り出す、音が溢れて来るような感覚(こちらは自然な存在感)との対比がとても面白かった。
 音楽を言葉で説明するのはそもそも難しいのに、現代作品は一層難しい。おそらくは、森さんの作ったこの曲の世界観を百分の一も伝えられないでいると思うが、彼女の言葉でいうところの「カッコイイ」音楽であったことは私も間違いなく感じた。本日演奏された「音のアトリウムⅢ ~独奏チェロとオーケストラのための~」は、「2018年版」が完成形となるのかは作曲したご本人のみ知るところだろうが、とても良い曲だと思うので、今後も演奏される機会が設けられることを願う。現代のチェロ協奏曲としての魅力も満載されているので、どこかのオーケストラの定期演奏会などで是非採り上げて欲しい作品だと思う。

 さらに驚くべきことに、独奏チェロのためのアンコール曲が用意されていた。それももちろん森さんの作曲によるもので、「ヴォカリース〜独奏チェロのための〜」。世界初演である。ピツィカートの分散和音がギターのように鳴らされ、それがグリッサンドで変化するのが特徴的に繰り返される。中間部は弓で弾く、観念的な旋律が展開するが、「ヴォカリース」というだけあって人が歌うような感覚はある。どこか和風の旋法が含まれているような感じだ。現代曲には違いないが、難解なものでは決してなく、森さん流に「カッコイイ」音楽を目指しているようだ。


 2曲目は、一柳 慧さん作曲の「ピアノ協奏曲 第6番《禅ーZEN》」。2016年の作である。独奏ピアノも一柳さんご自身が演奏した。一柳さんはこれまでの5曲のピアノ協奏曲は鍵盤楽器としてピアノを捉えていたが、この第6番では初めて内部奏法を採用するなどして、完成形の楽器であるピアノの持つ可能性を極限まで追求しようとした前衛的な作品である。


 曲は、一柳さんがピアノの中に身体を突っ込むようにして、キキーッと弦を何かで擦る内部奏法から始まる。オーケストラが演奏を始めると、一見してピアノとはまったく関係なく、分厚い弦楽の和声が現代風でスマートな感じがする。再びピアノが登場すると、今度は異なる和音を不規則な遅いテンポで叩き出す。無音の間が高い緊張感を創り出し、ビアノと説く折加わる打楽器が強いアクセントとなる。ピアノの和音はペダル操作により開放弦から豊かな倍音が立ち上る。非常に面白い音感だ。
 再びオーケストラが動き出すとピアノが沈黙し、ピアノとオーケストラの関係性は薄い。幻想的な音楽ではあるが、そこには強い意志が感じられて、宗教哲学的なイメージが浮かんでくる。
 またピアノが登場すると今度は分散和音を印象主義のように煌めかせる。続けて演奏されてはいるが、曲相がいくつかの部分に分かれているようなので、多楽章形式ということかもしれない。やがてオーケストラが徐々に盛り上がって行き壮大なクライマックスを迎えると、全合奏のオーケストラの中から力強く即興的なピアノが飛び出してくる。エネルギー強烈に放射されるような迫力だ。
 最後の部分は、ピアノがまた特殊奏法が聴き慣れない音を作り出し、オーケストラも加わるが静かに曲が終わる。
 やはり全体を通じて、ピアノとオーケストラの関係性は薄く、ピアノとオーケストラが交互に出て来て、先鋭的な音楽を演奏する。ピアノには特殊奏法が多用されているが、とくに前衛的というほどでもなく、先鋭的でスリリングな曲だ。この曲も「カッコイイ」と感じた。

 25分間の休憩の間、聴衆は全員がホワイエに出されてしまい、その間にホール内に仕掛けが施されていった。
 3曲目は山本和智さん作曲の「3人の箏奏者と室内オーケストラのための『散乱系』」。この曲は2015年に京都フィルハーモニー室内合奏団の第200回定期演奏会のために作曲された実験的な現代曲である。作曲した山本さんも演奏会場に施す仕掛けが大掛かりなため、まず再演されることはないだろうと思っていたという。それが今回の「ミュージック・クロスロード」でめでたく再演されることになった。確かに、普通のコンサートでは難しいかもしれない。現代音楽のコンサートで、さらに現代の協奏曲の最前線を集めるという企画だからこそ、この前衛的で実験的な曲が再演され、聴衆を大いに驚かし喝采させることができたのであろう。


 ステージには、奥に横1列に室内オーケストラ(といっても各パートひとりずつくらい。ただし打楽器は多数)が並び、手前側に箏が6面置かれている。3名の奏者がそれぞれ1人2面を演奏することになる。そのうち1面は箏の糸(箏の弦は「糸」という/絹糸)がステージと平行の向き、すなわち普通に演奏する向きに置かれているが、もう1面は90度回転させて琴糸が客席の方に向かうように置かれている。それらが3組あるわけだ。
 その後者の3面の箏から、箏糸を長く伸ばしてホールの客席側に向かってホールの空間に張り巡らされている。それぞれの箏糸の途中には使い捨ての透明プラスチックのコップが無数に取り付けてあって、要するに「糸電話」の原理になっている。ステージで箏を演奏すると、その振動が伝わって、ホールの空間のあちらこちらでコップが音源になり、箏の音が増幅されるようにホール全体に音が満ちていく。なるほど、これがこの曲のタイトルになっている「散乱系」ということなのか。これまでまったく体験したことのない、ホール全体の文字通り音が散乱する不思議な音感なのである。箏の音は当然ステージの方から聞こえて来るわけだが、その残響のような音がホールの空間の中に無数に浮かんでいるコップから発せられる。多チャンネルのサラウンドに近い聞こえ方か。しかしこれはすべてナマの音。琴の音を超アナログな原理で散乱させているだけで、電気的な増幅も拡散もないのである。
 山本さんが言うには、宮沢賢治の『春と修羅』の中の文言に「散乱計」という言葉があって、空から音が降ってくるような本作のイメージと合うと思ったということである。
 この仕掛けの印象が強烈であったせいか、肝心の楽曲についてはあまり覚えていない。というよりは覚えにくい現代風の曲なので・・・・。形式的には、打楽器系が多彩で最小限の室内オーケストラと6面の箏のための協奏曲になっている。現代風の語り口は、箏が主役になるため和風のテイストを感じさせる。箏についてはほとんど知らないのでよくは分からないが、ここでは西洋音楽の手法で箏のパートも書かれているように感じた。3名の奏者は、通常はステージと平行に置かれた箏を演奏し、オーケストラとの協奏となるが、時々座席を移動して縦方向の箏を引き出すと、伸ばされた琴糸と無数のコップがらホール全体に音が「散乱」する。そうなると完全に異次元の音楽世界が拡がって行くのである。何だかいつまでもこの空間に漂っていたような気分にさせられた。

 終演後、ホワイエにて本日演奏された作品を作曲した3名の作曲家と、演奏を指揮した杉山洋一さん(現代音楽の指揮経験が豊富で、作曲家でもある)を交えて「ポストトーク」があった。それぞれの方が作品について語ってくれた。現代音楽の良いところは、作曲家が存命で現在進行形であるため、作品の趣旨(言いたいこと)が明瞭になるということだ。だから演奏する側にも直接作曲家から伝えられるわけだし、リハーサルなどを通じても作曲家の意志が演奏にダイレクトに反映される。その点は過去の古典作品を演奏する「クラシック音楽」と明確に違う点だろう。その意味では、偉大なる作曲家たちが残した歴史に残るような作品も、初演当時は「現代音楽」だったわけだから、今日のような演奏会は、リアルタイムの音楽を体感できる貴重な機会なのだと思う。


 終演後にも森さんとお話しする機会があった。もちろん素晴らしい作品のはBravo!を贈りたい。その上で、彼女たちのような若い作曲家が、作品を発表したり、演奏される機会がもっともっと多くするためには、私たち聴く側ももう少し現代音楽に対して積極的にならなければ、と思う。今日、森さんの作品を聴いて改めて感じたのだが、今日の上野さんのように、演奏が巧いことも作品の魅力を高める要因になる。演奏が巧いと、難解な曲であっても伝わってくるものが多いのだ。その辺にヒントがありそうな気がするのだが・・・・。



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1/19(金)読響名曲シリーズ/イザベル・ファウストのブラームスVn協奏曲とカンブルランの「運命」

2018年01月19日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団 第608回名曲シリーズ

2018年1月19日(金)19:00〜 サントリーホール S席 1階 3列 20番
指揮:シルヴァン・カンブルラン
ヴァイオリン:イザベル・ファウスト*
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:長原幸太
【曲目】
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77*
《アンコール》
 クルターグ:「サイン、ゲームとメッセージ」からドロローソ*
J.S.バッハ/マーラー編:管弦楽組曲から第2・3・4曲
ベートーヴェン:交響曲 第5番 ハ短調 作品67「運命」

 読売日本交響楽団の「第608回名曲シリーズ」。イザベル・ファウストさんによるブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」を楽しみにして行ったのだが、こちらしやや不発に終わった感が強い。オーケストラ側がコクがないというかアッサリ淡々としていて音楽的に単調で、ソロ・ヴァイオリンが冴えを欠いたのでないだろうか。ファウストさんのヴァイオリンは立ち上がりがキリッとしているピュア・サウンドだが、音量は大きくはないし、インパクトも強くない。だからオーケストラ側かにロマン派の香りが出て来ないと、全体が妙にスッキリとして淡々としたイメージになってしまう。何だか発揮度の少ない演奏になってしまった。

 後半はまずバッハ/マーラー編の「管弦楽組曲」から第2曲・第3曲・第4曲を抜粋で。プログラムの主旨がよく分からない選曲。もしかしたらドイツの三大Bを集めたのかな?
 後半のメイン曲はベートーヴェンの「運命」。まあ、あまり個人的な好みを振り回して文句は言いたくないのだけれど・・・・。確かに「運命」はさんざん演奏され尽くされてきた曲だから、普通に、まともに演奏したのでは指揮者としての主張にならないのかもしれない。今日のカンブルランさんの「運命」はかなり速めのインテンポで、大変リズミカルではあるけれども、単調に突っ走るだけ。そこには苦悩も憧れも歓喜もなく、ひたすら音符を音に置き換えているだけのように感じられた。フランス風の色彩感があるわけでもなく、高速テンポで何を表現したかったのだろう。カンブルランさんが常任指揮者になって長いが、どうも最近目指すべき方向性が失われているような感じ。読響側もとまどっているのではないだろうか。来月はテミルカーノフさんが来るから、おそらく真逆の演奏をすることになるだろう。

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1/18(木)N響Bプロ定期/小山実稚恵のモーツァルトP協奏曲20番/新鋭ダーヴィト・アフカムのR.シュトラウスとラヴェル

2018年01月18日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
NHK交響楽団 第1877回定期公演(Bプログラム2日目)

2018年1月18日(木) 19:00〜 サントリーホール B席 2階 LA4列 18番 4,800円(会員割引ん)
指揮:ダーヴィト・アフカム
ピアノ:小山実稚恵*
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:篠崎史紀
【曲目】
R.シュトラウス:交響詩『ドン・ファン』作品20
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466*
《アンコール》
 ショパン:マズルカ イ短調 作品67-4*
R.シュトラウス:歌劇『ばらの騎士』組曲 
ラヴェル:バレエ音楽「ラ・ヴァルス」

 NHK交響楽団の「第1877回定期公演」を聴く。
 N響初登場となる指揮者のダーヴィト・アフカムさんは1983年生まれの35歳。イラン生まれインド育ちの父とドイツ人母のもとに、南西ドイツのフライブルクで生まれ育った。音楽を学んだのはフライブルクとヴァイマルで、ハイドンからブラームスというドイツの古典派・ロマン派ものを中心に、ブルックナー、マーラー、新ウィーン楽派などを主なレバートリーとしている。今回はモーツァルトとリヒャルト・シュトラウスに、ラヴェルという面白い組み合わせだ。

 R.シュトラウスの交響詩『ドン・ファン』は若々しいフレッシュな響きををN響から引き出す。絢爛豪華なイメージではなく、比較的サラリとしていて、音楽全体が瑞々しいという印象だ。

 モーツァルトの「ピアノ協奏曲 第20番」は、ソリストに小山実稚恵さんを迎えた。アフカムさんはこの短調の協奏曲では陰影の深い音楽を創り出す。小山さんのピアノは、抑制的で音の粒立ちを揃えて来ているという印象だった。もっとも2階で聴いているので、あまり細やかなニュアンスは伝わって来なかったようだ。美しい演奏なのだけれども、あまり多くのことが伝わって来るといった感じがしなかった。
 小山さんのソロ・アンコールは、ショパンの「マズルカ イ短調 作品67-4」。

 後半はまたR.シュトラウスに戻って『ばらの騎士』組曲。冒頭の前奏曲部分はオーケストラがドタバタして縦の線がバラけていたような気がする。テンポを落としてからはアンサンブルはピタリとまとまった。「銀のばらの献呈」シーン辺りではオーボエがソプラノの歌唱のように息の長い旋律を歌わせるが、ホルンやその他のパートは器楽的な演奏というイメージが強かった。管弦楽曲として捉えるなら終盤の三重唱部分のシンフォニックな響きなど、いかにもN響らしい巧い演奏だ。しかし原曲のオペラのイメージからすると、造形的に固く、歌うようなしなやかさがあまり感じられなかった。中間部のいわゆる「ばらの騎士のワルツ」も器楽的にしっかりし過ぎていて、歌うような節回し(踊るようではなく)が感じられないのが、個人的には不満である。『ばらの騎士』は登場人物が歌い続けるオペラなのでワルツも踊るシーンではないし、N響の演奏は真面目すぎる・・・・。

 最後はラヴェルの「ラ・ヴァルス」。この曲の演奏については、少々混沌としていて掴み所のない印象だった。もちろん演奏自体はとても巧いし、色彩的に豊かな表現も見事なのだけれども、どこか面白味が感じられない。まあ、個人的な感覚なのでこれは他の人と共有できる間奏ではないのかもしれない。

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1/14(日)小林沙羅リサイタル/千葉/日本語とドイツ語の歌曲とアリア/ニューイヤーの楽しい一時

2018年01月14日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
楽友協会ちば2018 ニューイヤーコンサート
小林沙羅ソプラノ・リサイタル


2018年1月14日(日)14:00〜 京葉銀行プラザ音楽ホール 自由席 1階 A列 12番 3,000円
ソプラノ:小林沙羅
ピアノ:大野真由子
【曲目】
山田耕筰:この道
     あかとんぼ
     からたちの花
草川 信:揺籃(ゆりかご)の歌
山本正美:ねむの木の子守歌
池辺晋一郎:風の子守歌
中田喜直:さくら横ちょう
     髪
     悲しくなった時は
山田耕筰:春に寄せてうたへる春のうた
R.シュトラウス:矢車菊
        夜
        セレナーデ
シューベルト:子守歌
ブラームス:子守歌
モーツァルト:子守歌
ジーツィンスキー:ウィーンわが夢の街
シュトルツ:プラター公園の春
レハール:喜歌劇『メリー・ウィドウ』より「ヴィリアの歌」
カールマン:喜歌劇『チャールダッシュの女王』より「ハイヤ! 山こそわが故郷」
《アンコール》
 R.シュトラウス:献呈 作品10-1
 小林沙羅:えがおの花

 地元の千葉に「楽友協会ちば」という団体があって、「われらが千葉でクォリティーの高いクラシック音楽を!」の理念を掲げて活動しているという。今日はその「2018ニューイヤーコンサート」を聴く。といっても、お馴染みの小林沙羅さんのリサイタルだからである。プログラムは、前半が日本の歌曲を集め、後半はリヒャルト・主査ラウスの歌曲、シューベルト、ブラームス、モーツァルトによる子守歌、ウィーンの歌曲、オペレッタのアリアなどで構成されている。コンサート自体は楽しいモノになりそうだ。ところが、この「楽友協会ちば」という団体、千葉市在住の私ですらその存在さえ知らなかったのである。従って、どんなコンサートが催されているのかも情報が入って来ない。私は東京近郊でのクラシック音楽関係の情報にはかなり通じていると思うが、そういう私にも情報が入って来ないというのは、いったいどのような広報をしているのやら。

 会場は、JR千葉駅のすぐ近くにある「京葉銀行文化プラザ音楽ホール」。千葉県内で唯一の音楽専用ホールで、クラシック音楽用に設計されており(ただし音楽以外のイベントにも使用されている)、シューボックス型2階構造、719席を有する中型ホールである。音響には優れていて、なかなか良いホールなのである。ところが、このホールは今年2018年3月31日をもって閉館となる見込み。主な理由は、利用率が低く赤字で、改善される見込みもないからだそうだ。
 「京葉銀行文化プラザ」は、2000年に「ぱ・る・るプラザ千葉」としてオープンしたが、郵政民営化に伴い2007年に旧郵政公社が千葉市に売却したものである。ネーミングライツにより地元銀行の名を冠して「京葉銀行文化プラザ」という名になった。千葉市は赤字経営に見切りをつけ売却先を募集したが未だに決まらないらしく、3月末をもって閉館となることが決まっている。売却には「音楽ホール」を10年以上継続利用することが条件になっているので、売却先が決まればホールは存続されそうだ。
 以前から何度か書いているが、千葉市や千葉県の芸術文化(とくにクラシック音楽)に関する意識は、行政側も住民側もかなり低いようである。隣接している東京都は日本の芸術文化が圧倒的に集中しているのに、神奈川県や埼玉県に比べても千葉県ではコンサートの数が圧倒的に少ない(千葉市内に限ればプロレベルの本格的なクラシック音楽のコンサートは、年間10回にも満たない)。だから聴衆も育たない。聴きに来るひとが少ないから、コンサートも開かれなくなるという悪循環。その結果、唯一の音楽専用ホールが閉館となってしまう。千葉市の行政は文化や芸術に関してはかなり意識レベルが低く、ハコモノはたくさんあるが、中身にはまったくお金も手間もかけないから、赤字になるに決まっている。長年この町に住み、住民税を納めてきた者としては、憤懣やる方ない思いである。

 そんなことは、沙羅さんには関係のないお話し。コンサートはいつものように、明るく爽やかに進められた。
 前半の日本の歌曲では、沙羅さんらしいすっきりした声質で、あまり声を張る必要もないので、歌唱はしっとりしている。言葉の発音と発声に細心の注意を払う沙羅さんは、日本の歌曲の場合は発音が明瞭でやや抑え気味に歌う。イタリアで声楽を学んだ人で、日本語の歌曲もイタリア式歌唱法で朗々と歌い、歌詞がうまく聴き取れないような人をよく見かけるが、これはいただけない。やはり日本語の場合は日本語の語法で音楽が作られているので、日本語に適した歌唱法が求められる。その点でも沙羅さんは日本語の発音も綺麗なので、聴いていても心地よい。今回は山田耕筰や中田喜直など、古い曲が多かったが、それらの中では現代のものとなる、池辺晋一郎さんの「風の子守歌」は出色の出来映えだ。亡くなってしまった人(子)を思いやる哀しくも優しい情感が、自然の空気感の中にしっとりと寄せられる。そんな風情が沙羅さんの自然体の歌唱から滲み出てくる。素敵な歌唱であった。


 後半はリヒャルト・シュトラウスの歌曲から。沙羅さんはドイツ語の発音と音楽的な語法についてはかなり気を使っている。後半はすべてドイツ語の歌曲やアリアを集め、いわば得意分野を披露することになった。シュトラウスは生涯を通じて沢山の歌曲を作ったが、後期ロマン派のスタイルを最後まで貫いた。シュトラウスは詩を選ぶ際にもドイツ語の語法に合った旋律を当て、情感の表現がとても豊かだ。沙羅さんの歌唱もロマンティックな表現がとても素敵だ。
 続いてはいわば三大子守歌、シューベルト、ブラーケス、モーツァルトである。沙羅さんも母親になって子育て中だけに、子守歌の単なる芸術的歌曲としてだけではなく、母親の情愛がいっぱい感じられる、とても優しい歌唱になっている。
 続いてはウィーンの名歌曲。ジーツィンスキーの「ウィーンわが夢の街」は、ウィーンに住む人たち皆が愛唱する曲。シュトルツの「プラター公園の春」もお国自慢の曲だ。沙羅さんは長年ウィーンで暮らし 学んだこともあって、ウィーン訛りのドイツ語もよく知っている。小粋で、陽気で、どこか誇らしげな歌い方が、ウィーンの雰囲気を伝えてくれる。
 最後はウィンナ・オペレッタの傑作、レハールの『メリー・ウィドウ』から「ヴィリアの歌」と、カールマンの『チャールダーシュの女王』から「ハイヤ! 山こそわが故郷」を。いずれもハンガリー系の民族色を取り込んだ曲だが、ベースにはウィーンの洒脱な国民性がたっぷり含まれているので、田舎のことを歌っているのに都会的に洗練された雰囲気が欠かせない。その辺り、沙羅さんのセンスはピッタリである。「ハイヤ! 山こそわが故郷」は、沙羅さんが今年2017〜2018の「東急ジルベスターコンサート」でも歌った曲。テレビ東京で生中継されたのでご覧になった方も多いだろう。間奏で踊りもあったり、聴衆の手拍子も加わって、大変華やかに盛り上がった。

 アンコールは2曲。リヒャルト・シュトラウスの名曲「献呈」は、これど後期ロマン派!という感じで、しっとりと、そしてドラマティックな歌唱であった。最後の最後は沙羅さんの作詞作曲による「えがおの花」。定番になっているので、これを聴かないと沙羅さんのリサイタルは締めくくれない感じがする。

 終演後は恒例のサイン会。沙羅さんはデビュー以来、千葉とはけっこう縁が深く、公演の機会も多いので、この地でもファンが多いのである。その意味では私も地元のファン(?)なのかも。今日はピアニストの大野真由子さんも一緒だったので、プログラムと昨年2017年末の「クリスマスコンサート in 能楽堂」の時の写真にサインをいただいた。


 今回はちょっと余計に、千葉の音楽界の事情などについても書いてしまったが、年間150回もコンサートに行く私が、地元ではあっても4〜5回しかないという実情。行きたいコンサートがないのではなくて、コンサートそのものがない・・・・。今日の会場である「京葉銀行プラザ音楽ホール」は3月いっぱいで閉館となってしまうが、その前にもう一度だけ、2018年3月10日に、東京フィルハーモニー交響楽団の「千葉定期演奏会」を聴く予定。その日は土曜日なので他のコンサートの予定もあるが、無理をしてでも最後に聴きに来るつもりだ。このホール、つぶしてしまうのはいかにも惜しい。何とかならないものかなぁ。

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1/13(土)群馬交響楽団/上田公演/川久保賜紀を迎えてチャイコVn協奏曲と「新世界より」の名曲プログラム

2018年01月13日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
群馬交響楽団 名曲コンサート

2018年1月13日(土)15:00〜 サントミューゼ 大ホール(上田市交流文化芸術センター)S席 1階 1列 21番 5,000円
指 揮:大友直人
ヴァイオリン:川久保賜紀*
管弦楽:群馬交響楽団
コンサートマスター:伊藤文乃
【曲目】
ロッシーニ:歌劇『セヴィリアの理髪師』序曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35*
ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 作品95「新世界より」
《アンコール》
 ドヴォルザーク:交響曲 第8番 ト長調 作品88 より 第3楽章

 群馬交響楽団による「名曲コンサート」といっても自主公演ではなく、長野県上田市の主催によりサントミューゼ 大ホール(上田市交流文化芸術センター)出開催される、いわば出張コンサートである。群響は、多分まだ一度も聴いたことがないと思う。それなのに何故、上田まで出張したのかといえば、最も好きで尊敬しているヴァイオリンの川久保賜紀さんが共演するからで、しかも久し振りにチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」を弾くというのでは多少の無理をしてでも駆け付けなければならないと思った次第。同じ群響のコンサートでも、本拠地である高崎市の群馬音楽センターで開催される定期演奏会では、定期会員の方が良い席を押さえているはずだから、よそ者は思うような席は取れないはず。しかし今回は群響主催ではないので、いわば単体のコンサートとしてチケットが普通に発売された。そのために、いつものような最前列のセンター席が取れてしまったので、チケット代の数倍の交通費をかけてでも聴きに行こうと決意したのである。


会場の壁面に掲げられた懸垂幕。コンサートにかける意気込みが伝わって来る。

 会場の「サントミューゼ」はJR上田駅から徒歩で10分くらいのところにある。上田までは東京から北陸新幹線で1時間40分くらいなので、旅行というよりは出張と行った程度の感覚で行けるが、実際には雪を冠した浅間山が見えてくると一気に旅情が湧き上がってくる。普段、ほとんど旅行をしないので、海や山を見ただけで感激してしまうのだ(笑)。
 現地は完全なクルマ社会らしく、駅から会場まで歩いて行く人はほとんど見かけられず、気温2℃の中、ひとりで歩いていると開放的と言うよりは不安になってくる。渋谷の人混みもキライだが、逆にここまで人気がないのも・・・・。「サントミューゼ」は広い敷地内にゆったりと立てられた新しい文化施設で、大ホールと小ホールだけでなく展示スペースやカフェなどまであって、かなり充実した空間だ。過去のコンサートの写真パネルがロビーの壁面に飾ってあったりするのを見ると、こしたコンサートが地域では大切な文化イベントなのだということが分かる。東京で、毎日のようにコンサートを巡っている身は、やはり恵まれているのだと痛感した。


サントミューゼ 大ホールの入口は階段を昇った先にある

 群響の演奏については、何しろ聴くのが初めてなので、なかなかコメントできる立場でもないと思うが、音楽監督が大友直人さんなので、分かりやすくてメリハリの聴いた演奏をする。
 しかし、年間のコンサート回数がどれくらいあるのか知らないが、各パートの音がやや固く感じられ、あまりこなれていない印象がある。またオーケストラの正団員がやや少なめなため(12型の弦楽5部、3管編成くらい)、ロマン派の曲を演奏する時などは応援を加えることになるのだろう。こうした状態が続いていれば、なかなか音に求心力が生まれないような気がする。つまり、キチンと演奏はしているのだが、一体感が足りないような、そんな印象なのであった。

 1曲目はロッシーニの『セヴィリアの理髪師』序曲。大友さんは比較的ゆっくり目のインテンポで、オーケストラをしっかりとまとめていこうとする。時々縦の線が乱れたりするのはご愛敬といった程度だが、ホールのモワーっとした響き方のせいもあるのか、ティンパニやコントラバスが遅れ気味に聞こえて来るので、軽快感が乏しく、結果的にロッシーニの序曲の特徴であるウキウキしてくるようなワクワク感が伝わってこないのが残念だった。

 2曲目はチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」で、ソロはもちろん賜紀さんである。賜紀さんは2002年の「チャイコフスキー国際音楽コンクール」のヴァイオリン部門で最高位(1位なしの2位)を獲得して、一躍世界のトップ・アーティストの仲間入りをした。もともとアメリカ生まれなので、時々「来日」して演奏活動を行っていた立場だったが、コンクール以降は日本のオーケストラから引っ張りだこになり、一時はチャイコフスキーばかり演奏していた。それがだいたい一回りしてしまうと他の曲を演奏するようになる。私が最後に賜紀さんのチャイコフスキーを聴いたのは2013年の「仙台クラシックフェスティバル」の最終日のことだが(梅田俊明さんの指揮/仙台フィルハーモニー管弦楽団)、東京近郊ではその前年の2012年10月に日本フィルハーモニー交響楽団の東京定期演奏会で演奏した(指揮は巨匠アレクサンドル・ラザレフさん)のが最後である。その時の演奏はまさに賜紀さんにとってのチャイコフスキーの集大成と思えるほどの絶品であった。それからもう5年以上の時が経つ。だから本当に久し振りのチャイコフスキーなのである。
 第1楽章。やや遅めのテンポで序奏が始まり、大友さんはドラマティックに盛り上げようとするが、やはりティンパニが遅れて来るイメージで全体が重い感じ。そこに賜紀さんのヴァイオリンが入って来る。久し振りということもあるのか、やや遅めで丁寧にひとつひとつの音をつないでいくよう。ちょっと固い感じであったが、やがてエンジンが回り出すように、いつもの流麗なフレージングが戻って来た。協奏曲故の強めの押し出しではあるが、美しい音色を目指す姿勢はそのまま。また自在にテンポを操り、旋律を大きく歌わせることで、オーケストラと独奏ヴァイオリンの間にある種の溝を作り、敢えて溶け込ませない。大友さんはストレートでメリハリの効いたオーケストラ・ドライブを続けるか、そこに絡みつく賜紀さんのヴァイオリンは、自由度が高く、時々オーケストラ側が合わせられなくなったりするところが面白い。とくにカデンツァでは、あたかも解き放たれたような奔放さで、圧倒的な存在感を見せつける。出だしの辺りはドタバタしたイメージもあったが、中盤以降は丁々発止のやりとりが緊張感を高め、スリリングで聴き応えのある演奏になった。
 第2楽章は緩徐楽章。オーケストラ側に問題があるとすれば、管楽器がある程度音量を出してしまうため、賜紀さんのヴァイオリンもけっこう音量を出さざるを得なくなったことだろうか。Canzonetta - Andanteであるこの楽章はヴァイオリンがしっとりと歌をなればならない。弱音の繊細な美しさが欲しいところだ。賜紀さんの演奏は、まさにカンタービレを効かせて、すすり泣くような、溜息を漏らすような、ねっとり濃厚なロマンティシズムを描き出している。こういうところは若手の演奏家たちには出せない大人っぽい世界であり、脂が乗ってきたなぁと思う瞬間だ。
 第3楽章も冒頭の主題の提示から賜紀さんのヴァイオリンが自由奔放に駆け巡る。主題は快適なテンポ感で推進力をもってオーケストラを引っ張って行き、主題の切れ目などで見せる装飾的なパッセージなどはまさに自由そのもの。急速なテンポの変化や、低音域(G線)の力強い押し出し、高音的の目を見張るような高速パッセージの質感など、協奏曲の魅力をこれほど鮮やかに描ける人はそうはいないと思う。終盤、コーダに入ってからの追い込みにはオーケストラの反応が遅れ気味になる程、前のめりに突き進んで行く賜紀さんのヴァイオリンから、久し振りに鬼気迫るような迫力を感じた。やはり世界クラスのソリストの音楽表現は圧倒的にスゴイものがある。独奏ヴァイオリンと、指揮とオーケストラを含めた楽曲演奏の全体としては色々と不満の残るところもあったと思うが、久し振りに賜紀さんの凄味のある演奏を聴くことができただけでも、遠く上田まで遠征してきた価値があったというものだ。

 後半はドヴォルザークの交響曲 第9番「新世界より」。今回の「名曲コンサート」は「ニューイヤー・コンサート」でもあるわけで、この曲は定番である。まあ、初めて聴くオーケストラで、席も最前列なのでいささか全体のバランスは良くないので、演奏についてはあまりコメントしにくいところがある。大友さんの指揮は、真面目でスタンダードではあるが、けっこうメリハリを効かせてドラマティックにオーケストラをドライブする。目新しさはないが、分かりやすくて安心して聴けるし、素直に楽しむことが出来る素敵な演奏だと思う。一方でオーケストラ側には問題がないとはいえないようだ。繰り返しになるが、私などはコメントできる立場ではないので、あまり言いたくはないのだが・・・・。まあ、東京のほとんどのプロ・オーケストラの定期会員になっていつも聴いている身であり、海外のオーケストラの来日公演もそれなりに聴いている者から見た比較の印象ということで、多少述べさせていただくとして・・・・。
 まず、弦楽5部は正規団員の人数が足らない事情から来る音の薄さが気になった。もちろんコンサートでは人数は揃えるが、あまり質感の高いアンサンブルにはなっていなかったようだ。もっとも東京のオーケストラにも正規団員で人数が揃うくせに同じような団体がいくつかあるので・・・・。
 そして、木管も金管も管楽器のパートは基本的にソロだから、演奏者の力量がモロに出てしまう。どの楽器パートがどうだったかという発言は避けるとして、やはり全体にスキル・アップが必要な気がする。管楽器がオーケストラの固有の音色を創り出すので、ここが弱いとオーケストラに個性が感じられなくなってしまうからだ。
 打楽器は・・・・遅れないようにリズム感を磨いて欲しい。
 というわけで、交響曲「新世界より」の演奏についての感想は割愛させていただくが、私自身はそれでもけっこう演奏を楽しむことはできたのも確かなので、別にエラソーに批判的になりたい訳ではないのであるが・・・・。

 アンコールは、同じドヴォルザークの「交響曲 第8番」より第3楽章。あまりコクのない、サラリとした演奏だったが、コチラの方が美しい音色が印象に残った。

 終演後には賜紀さんのサイン会があった。中には賜紀さんのCDをまとめ買いしてサインをして貰っている人もいた。地方ではクラシック音楽のCDなど手に取って見る機会はほとんどないだろうから、こういう機会に、ということらしい。ネット通販がいかに発達しても、演奏家がどんなCDを出しているかが知られていないのかもしれない。地方に来ないと分からないこともあるので、考えさせられることであった。私はサイン会はパスしたが、終わるまで待っていて、賜紀さんと割とゆっくりお話しすることができた。これも地方ならではかもしれない。


 今年の賜紀さんは、協奏曲の予定がいくつかあるので楽しみである。
 一番の目玉は、2018年4月30日(月・祝)にBunkamuraオーチャードホールで「スーパー・ソロイスツ」という企画コンサートに出演する。そこではヴァイオリン協奏曲を2曲、プロコフィエフの第1番とチャイコフスキーを演奏する(共演は川瀬賢太郎さんの指揮/東京フィルハーモニー交響楽団)。実は今日がそのチケットの先行発売日で、上田に来る途中の東京駅で電話がつながってチケットを確保した次第。
 その後、5月24日(木)には、大阪のザ・シンフォニーホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の「名曲シリーズ」に客演、ここでもチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」を演奏する(指揮は角田鋼亮さん)。これはさすがに行けそうもない。
 そして、6月8日(金)には横浜みなとみらいホールで、日本フィルハーモニー交響楽団の「横浜定期演奏会」に客演しいメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」を演奏する(指揮はピエタリ・インキネンさん)。こちらは平日のソワレなのでちょっとキツイが、もうチケットは確保してある。
 さらに来年になるが、2019年2月9日(土)にはサントリーホールで東京都交響楽団の「プロムナードコンサート」に客演し、シベリウスの「ヴァイオリン協奏曲」を演奏する予定担っている。賜紀さん十数年聴いているが、シベリウスは初めて。今からワクワクである。

 すべてが終わってホールを出て上田駅に向かう。もう日が暮れていて、気温は0℃くらい。広い通りを駅に向かって歩いているのは、楽器を持っている群響の人たちと私くらい。ホントに人が歩いていない。帰りの新幹線は自由席でもガラガラで、ゆっくりすることができた。群響の皆さんは高崎で降りていく。私は1時間40分くらいかけて東京へ。電車を乗り換えて自宅へ着いたのは午後10時くらい。それでも都内でソワレのコンサートから帰るのよりは余程早かったが、いやぁ、スゴイ1日だった(疲)。

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【お勧めCDのご紹介】
 久し振りに川久保賜紀さんのチャイコフスキーを聴いたので、ちょっと古いですが賜紀さんのデビューアルバム「メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲」をご紹介します。彼女がチャイコフスキー国際音楽コンクールで最高位を取ったのが2002年のことで、このCDは2004年にリリースされました。下野竜也さんの指揮で新日本フィルハーモニー交響楽団が共演しています。当所はCCCD(Copy Control CD)でした。エイベックスからですから、当時はそんなフォーマットがあったんですね。現在の盤は普通のCDになっています。演奏の方は、もちろん現在のものとは全然違いますが、流麗なフレージングとレガートの美しさは変わりません。

メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
avex CLASSICS
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1/12(金)須関裕子ピアノ・リサイタル/端正にして真摯/清廉な音色が生み出す優しくて共感を呼ぶ音楽

2018年01月12日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
野方WIZ フライデー・コンサート 第226回
須関裕子 ピアノ・リサイタル


2018年1月12日(土)19:00〜 野方区民ホール(東京都中野区)自由席 1列 6番 1,800円
ピアノ:須関裕子
【曲目】
モーツァルト:デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲 ニ長調 K.573
シューベルト:即興曲 変ホ長調 作品90-2
シューマン/リスト編:献呈
リスト:超絶技巧練習曲 第12番「雪あらし」
チャイコフスキー:ドゥムカ ハ短調 作品59
チャイコフスキー:『くるみ割り人形』より「花のワルツ」
ショパン:幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66
ショパン:スケルツォ 第2番 変ロ短調 作品31
ショパン:舟歌 嬰へ長調 作品60
ショパン:ポロネーズ 第6番 変イ長調 作品53「英雄」
《アンコール》
 ショパン:ノクターン 嬰ハ短調(遺作)

 ピアノの須関裕子さんのリサイタルが東京中野区の野方というところであった。訪れるのは初めてのことである。「野方区民ホール」は中野区にいくつかある区民ホールの一つ。ここで「野方WIZ フライデー・コンサート」というシリーズを開催していて、今回で第226回になるのだという。人口の多い中野区だけのことはある。
 ところがホール自体はあまり良好な空間とは言えないようだ。音が拡散してしまうのか、響きが薄く、潤いがない。また、ピアノがちょっと短いKAWAIで、別にKAWAIだからいけないというつもりはないが、全体的に音量が出ない感じで、インパクトに欠ける。ただし音は澄んでいてとてもキレイだった。もちろん、弾き手によるところも大きな要素なのだろう。
 プログラムは前半がモーツァルトからチャイコフスキーまで古今の名曲を集めたもの。後半はオール・ショパンの名曲集である。いずれも須関さんらしい選曲。とくに前半はお人柄を反映しているようで、それぞれの作曲家の中でも優しくロマンティックで美しい曲を選んでいる。一方後半のショパンは、お客さんが喜びそうな人気のある曲ばかりになっている。


 1曲目はモーツァルトの「デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲」。玉を転がすようなコロコロと鳴る音が可憐な演奏だ。音の粒立ちが丸く、音色は澄んでいて、耳に優しく響いてくる。

 2曲目はシューベルトの「即興曲 変ホ長調 作品90-2」。シューベルトにしては器楽的な魅力がいっぱいの曲だ。めまぐるしく駆け巡る装飾的なパッセージは音が均一で流れるような美しさ。中間部はやや歌謡的な主題となり、やや色彩的にトーンを落として抒情性を描き出していた。

 3曲目はシューマン作曲の歌曲をリストが編曲した有名な「献呈」。須関さんの演奏は、全体を優しく温もり感のある音色で包み込むような感じ。クライマックスに向けて感情が高ぶっていくところが、女性ならではの表現力で、とても美しい。

 4曲目はリストの「超絶技巧練習曲」より 第12番の「雪あらし」。今の季節に相応しい選曲だ。そういえば雪こそ降ってはいなかったが今日も寒かった。高音域の装飾的なパッセージと低音域に主旋律を置くなど多声的な造型だ。須関さんの演奏自体は素晴らしくロマンティックな情感を描き出しているのだが、楽器がパワー不足で重低音の響きが薄いため、リストっぽい重厚感が足らなく感じられたのが惜しかった。

 5曲目はチャイコフスキーの「ドゥムカ ハ短調 作品59」。哀愁を帯びた抒情的な主題が印象的な曲だ。民族的な風合いも含まれている。チャイコフスキーの曲はあまりビアノのリサイタルでは聴く機会が多くないと思うが、稀代のメロディ・メーカーだけあってどの曲も旋律が美しい。ここでも演奏は素敵なのに、重低音が不足がちでロシアの「剛の部分」が薄く、高音域のキラキラとした音による「柔の部分」は逆にロシア的なロマンティシズムがうまく描き出されていた。

 前半の最後はチャイコフスキーの『くるみ割り人形』より「花のワルツ」。オーケストラで聴き慣れているためピアノで聴くと若干の違和感を感じないでもないが、須関さんのピアノは、オーケストラで色々な楽器が交替して主旋律を演奏するかのような、多彩な色彩感を発揮していた。ああ、ここはヴァイオリン、ここはフルートといった具合に。

 後半はオール・ショパン・プログラム。まずは「幻想即興曲」。あまりにも有名な曲で、多くのピアニストがプログラムに採り上げる。須関さんもしばしば演奏している。今日の演奏は、楽器の低音が弱いため、全体的に軽めの仕上がりとなった。右手の華麗なテクニックによる旋律が転がるように華やかで美しい。トリオ部分では左手の分散和音が右手の主旋律と絶妙のバランスだった。

 2曲目は「スケルツォ 第2番」。こちらもショパンの代表的な名曲のひとつ。須関さん演奏の中では自由度の高い方になるだろうか。様々に変化する曲想に対して、瞬間瞬間を刹那的に美しく描く。即興的なヒラメキで演奏する方が良い曲だと思う。演奏は他の曲と比べてもダイナミックレンジが広く、表現も多彩になっている。テンポが速めなところも情熱的な情感が出て来て素敵だ。

 3曲目は「舟歌 嬰へ長調」。こちらはショパンの中でも絵画的な標題性の強い曲だと思う。水面に陽光が反射してキラキラと眩しく煌めくような風情は、須関さんの透明感のある音色にはピッタリで、ロマンティックな情感の表現もあまりくどくなく、人間の生々しい感情を透明な光りの煌めきで包み込んでいるようなイメージであった。

 最後は「英雄ポロネーズ」。ポロネーズはショパンのアイデンティティそのものだと思う。祖国ポーランドへの思いがギュッと恐縮している。須関さんの演奏は、舞曲としてのリズム感をある程度守りつつ、情感の表現の部分で自由度の高さを見せる。揺らぐテンポ感と起伏の激しい情感の表出、その背後にある愛国心という温かい情愛。比較的端正な演奏の中に、そうした表現がギッチリ詰まっていの素晴らしい演奏だったと思う。

 アンコールは、やはりショパンで遺作の「ノクターン 嬰ハ短調」。憧憬と諦念とが入り交じったしっとりとした情感もショパンの魅力のひとつ。聴いている内に胸が締め付けられるような切ない気持ちになってくる。

 終演後はロビーにてファン交流会(?)というわけでもないのだが、けっこう多くの人たちが残っていて、演奏が終わった後のゆるりとした時が流れていく。大変忙しく活躍している須関さんだが、ソロ活動としては、今年2018年の3月3日に東京・日比谷の松尾ホールでリサイタルが予定されている。また2月24日には初のソロCDアルバム「ラ・カンパネッラ」をリリースする予定になっている。これまで多くの弦楽器奏者との共演ではCDが出ているが、ソロは初めてなので、今から楽しみである。

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【お勧めCDのご紹介】
 須関裕子さんの初のソロCDアルバム『ラ・カンパネッラ』のご紹介です。2018年2月24日発売予定ですので、現時点では予約受付中です。今日のリサイタルで演奏された曲の中では、シューマン/リスト編の「献呈」や、ショパンの「英雄ポロネーズ」、「スケルツォ第2番」、「舟歌」などが収録されています。乞うご期待ですね!

ラ・カンパネッラ
須関裕子,リスト,シューマン,ショパン
マイスター・ミュージック



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1/8(月・祝)東京音コン優勝者コンサート/クラリネットのヴァリとベヴェラリ、ヴァイオリンの荒井里桜、ピアノのノ・ヒソン

2018年01月08日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
第15回 東京音楽コンクール 優勝者コンサート

2018年1月8日(月・祝)15:00〜 東京文化会館・大ホール 指定席 1階 1列 17番 1,500円(友の会・会員割引)
クラリネット:ヘルバシオ・タラゴナ・ヴァリ(木管部門第1位及び聴衆賞)
ヴァイオリン:荒井里桜(弦楽部門第1位及び聴衆賞)
クラリネット:アレッサンドロ・ベヴェラリ(木管部門第1位)
ピアノ:ノ・ヒソン(ピアノ部門第1位及び聴衆賞)
指 揮:円光寺雅彦
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:西江辰郎
司 会:朝岡 聡
【曲目】
ウェーバー:クラリネット協奏曲 第2番 変ホ長調 作品74(ヘルバシオ・タラゴナ・ヴァリ)
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64(荒井里桜)
コープランド:クラリネット協奏曲(アレッサンドロ・ベヴェラリ)
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」(ノ・ヒソン)


 2017年8月に開催された「第15回 東京音楽コンクール」の各部門の優勝者によるガラ・コンサート。毎回、翌年の1月に開催されるものだ。コンクールが国際化された結果、今回は、木管部門では同点優勝者が2名いて、ウルグアイ出身のヘルバシオ・タラゴナ・ヴァリさんとイタリア出身のヘルバシオ・タラゴナ・ヴァリさんはともにクラリネット奏者。ピアノ部門は韓国出身のノ・ヒソンさんで、国際色が豊かなガラ・コンサートとなった。
 私が昨年2017年の8月31日に本選会を聴いた「弦楽部門」では、優勝したヴァイオリンの荒井里桜さんがチャイコフスキーの協奏曲を演奏した。今日はメンデルスゾーンの協奏曲である。

 クラリネットのヴァリさんが演奏したウェーバーの「クラリネット協奏曲 第2番」は、いかにも初期のドイツ・ロマン派という佇まいの曲。クラリネットのことはよく分からないのでコメントは控えたいところだが、目の前(今日も最前列のソリスト正面)で聴くと艶やかな音色の質感も細やかなニュアンスも手に取るように伝わって来る。技巧も正確で、明るくロマンティックな曲相を伸びやかに歌わせていた。

 ヴァイオリンの荒井さんはメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」を演奏した。彼女は東京藝術大学の1年に在籍中で、この後の音楽家人生でこの曲を何回も弾くことになるのだろう。あまり強烈な押し出しをするタイプではなく、ちょっと線が細い感じもするが、演奏は基本的に端正で、非常に素直に楽曲を表現していくイメージ。良い意味での優等生的な演奏だと思う。それ故に伸び白もいっぱいあることも感じさせ、将来がとても楽しみになる。このコンクールに優勝すると、東京都主催するコンサートへの出演機会がたくさん与えられるので、協奏曲やリサイタルなどで大勢の人の前で演奏する機会が多くなり、キャリアを積むことが出来る。期待の星になって欲しい存在のひとりである。

 ベヴェラリさんが演奏したコープランドの「クラリネット協奏曲」は、作曲されたのは第二次大戦後の1948年のことだが、曲相はロマン派の流れを汲む美しい音楽に、アメリカならではのジャズやPOPミュージックなどの要素も取り込まれた陽性の曲である。いわゆる現代音楽ではないが、ウェーバーと比べれば、近代的というか、現代的というか、斬新な曲想が楽しい。ベヴェラリさんの演奏もとてもPOPな感じで、即興性に富み、陽性の発揮度が高い。聴衆からも喝采を浴びていた。

 最後は、ノ・ヒソンさんによるベートーヴェンの「皇帝」。彼のピアノは非常に溌剌としていて、キレの良いリズム感と流れを創り出すような旋律の歌わせ方も上手い。やや速めのテンポで、快調な音楽が展開していく。やや一本調子と思われるかもしれないが、彼の若々しい推進力はとても魅力的だと思う。彼はソウル大学校の1年生とのことで、これからの活躍が期待できる。今後、日本での演奏機会が増えると思われるので、キャリア・アップにつながるだろう。

 司会進行と4名の演奏者へのインタビューは音楽ソムリエの朝岡 聡さん。軽妙なトークもお馴染みだ。指揮は円光寺雅彦さん、管弦楽は新日本フィルハーモニー交響楽団。若手の新人ソリストたちに対して神経を使う協奏曲を4曲。お疲れ様でした。

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1/7(日)N響オーチャド定期/森麻季を迎えてJ.シュトラウスなどのニューイヤー・プログラムとドヴォルザークの「新世界より」

2018年01月07日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
第97回 N響オーチャード定期

2018年1月7日(日)15:30〜 オーチャードホール S席 1階 6列 18番 7,000円(シリーズ券)
指 揮:サッシャ・ゲッツェル
ソプラノ:森 麻季 *
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:伊藤亮太郎
【曲目】
ヨハン・シュトラウスⅡ世:喜歌劇『こうもり』序曲
ヨハン・シュトラウスⅡ世:ワルツ「春の声」 *
ヨハン・シュトラウスⅡ世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
グノー:歌劇『ミレイユ』より 「おお、身軽なつばめよ」 *
ヨハン・シュトラウスⅡ世:皇帝円舞曲
ドニゼッティ:歌劇『シャモニーのリンダ』より「恋の炎」 *
ヨハン・シュトラウスⅡ世:ポルカ「雷鳴と電光」作品324
ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 作品95「新世界より」
《アンコール》
 ヨハン・シュトラウスⅡ世:ポルカ「狩り」作品373

 NHK交響楽団による「第97回 N響オーチャード定期」は、王道を行くニューイヤー・プログラム。すなわち前半がウィンナ・ワルツ&ポルカの名曲を集め、後半はドヴォルザークの交響曲「新世界より」という構成だ。

 前半、まず約束通りにオペレッタ『こうもり』の序曲で幕を開け、続いては新春に相応しいワルツ「春の声」。こちらは歌唱付きで、ソプラノの森 麻季さんが華やかに新春気分を盛り上げる。その後、ヨハン・シュトラウスの作品としては、「トリッチ・トラッチ・ポルカ」、「皇帝円舞曲」、「雷鳴と電光」と、誰でも知っている名曲のオンパレード。指揮のサッシャ・ゲッツェルさんは、ウィーン生まれでウィーン・フィルのヴァイオリン奏者から指揮者になった人。昨年2017年末の読売日本交響楽団の「第九」演奏会に急遽代役で登場し、オペラ指揮者らしいドラマティックな演奏を聴かせてくれたのが記憶に新しい。これらの名曲たちについては目をつぶっていても振れるだろう。ウィーン風のリズム感はさすがに本場ものの雰囲気たっぷりに感じたが、どちらかというとN響の方がお堅い演奏というか、リズム感が思かったような気がする。真面目に演奏しすぎ、といったところか。
 そしてその間に、ゲストの麻季さんによるオペラ・アリアを挟む。グノーのオペラ『ミレイユ』より 「おお、身軽なつばめよ」と、ドニゼッティのオペラ『シャモニーのリンダ』より「恋の炎」は、どちらもあまり有名な作品ではないかもしれないが、麻季さんにとっては得意のアリアでリサイタルでもしばしばプログラムに載せているから、麻季さんファンなはお馴染みの曲なのである。透明感のある爽やかな声と軽快なコロラトゥーラ技巧が冴え渡り、新春の華やいだ気分を盛り上げてくれた。ゲッツェルさんの指揮も、オペラ指揮者らしい自然な節回しで、麻季さんの歌唱を盛り上げていた。

 後半はドヴォルザークの交響曲「新世界より」。ニューイヤーコンサートの定番曲である。在京のオーケストラはこの曲を毎年何回かずつは演奏しているだろう。だからどこのオーケストラも上手い。だから逆に、N響にとっては普通のお仕事になってしまっていたかもしれない。もちろん、それでも日本でトップクラスの演奏能力が翳ることはなく、素晴らしい演奏をしていたが、私にはゲッツェルさんが大きな身振りでオーケストラを動かそうとしているのに対して、あまり緊張感の高い反応をしているようには感じられなかった。演奏自体は90点くらいでも、ゲッツェルさんから見れば80点くらいに思えたのではないだろうか。彼の指揮ぶりを見ていると、旋律をしなやかに歌わせようとする意図がはっきりしていて、その点でもオペラ指揮者っぽい節回しをしようとしているのが分かる。一方でN響は器楽的に非常に優れた演奏なのである。その微妙な感性のズレがあるように感じられた。

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1/6(土)今井正 &青木尚佳/二重奏の魅力/藤沢でサロン・コンサート/共演を重ね生き生きと対話が弾むような演奏

2018年01月06日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
今井正コンサート・シリーズ Vol.2
ヴァイオリン・ピアノ 二重奏の魅力


2018年1月6日(土)14:00〜 L'esprit Français(藤沢市)自由席 1列中央 5,500円(ティータイム付)
ヴァイオリン:青木尚佳
ピアノ:今井 正
【曲目】
シューベルト:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 作品162 D.574
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ 作品28
イザイ:子供の夢 作品14
プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ 第2番 ニ長調 作品94bis
《アンコール》
 エルガー:愛の挨拶

 ビアニストの今井 正さんが、出身地地元の神奈川県藤沢市で独自に開催しているコンサートのシリーズ。新年早々、まだ松の取れない日に遠く藤沢市まで足を伸ばしたのは、ヴァイオリンの青木尚佳さんがゲスト出演するからだ。「ヴァイオリン・ピアノ 二重奏の魅力」というテーマは、あくまでピアニスト側からの提案ということで、ヴァイオリニストの音楽作りに対して、ピアニスト側がどのように関わるかということらしい。しかし、曲目を観れば分かるように、聴く側にとっては普通のヴァイオリン・リサイタルといえそうである。
 会場は「L'esprit Français(レスプリ・フランセ)」というサロン式フレンチ・レストランで、完全予約制で、お食事会やコンサートなどに利用できるスペースである。今回はコンサートの後にデザートと飲物が提供される「ティータイム」付きのサロン・コンサートという形式であった。JR東海道本線の藤沢駅で小田急江ノ島線に乗り換え、鵠沼海岸駅で下車して徒歩10分。閑静な住宅街(人通りもまばら)の中にある素敵なレストランが会場だ。テーブルを片付けてコンサート用に椅子を並べても40席くらいのスペースだ。久し振りに濃密なサロン空間で、尚佳さんのヴァイオリンを聴くことができそう。早めに着いたら、リハーサルの音が漏れ聞こえて来る。今年のお正月は好天に恵まれたが、海が近いらしく風が冷たかった。

 今井さんはロンドンを拠点に活躍しているピアニストで、数々の国際音楽コンクールや音楽祭の公式伴奏ピアニストなども務め、王立音楽院でも専属ピアニストとして後進の指導にあたっている。一方、尚佳さんもロンドンに留学し、王立音楽大学を首席で卒業した後は王立音楽院に学んだ。そんな関係もあって、2015年7月にお二人は浜離宮朝日ホールにてリサイタルで共演している。またその翌年、尚佳さんがテレビ朝日の「報道ステーション」に出演した際に弾いた山田耕筰の「この道」を独奏ヴァイオリン用に編曲したのも今井さんである。今回は、今井さんが出身地である藤沢で開催しているシリーズに「ヴァイオリン・ピアノ 二重奏の魅力」というテーマで臨むにあたり、尚佳さんに共演を求めたところ快諾されたとのこと。ちょうど年末年始の休暇で帰国しているタイミングなので、お正月早々ということになったのである。

 さて上記のプログラムを見ても分かるように、演奏される曲目は少ないが、実はこのコンサート、公演プログラムが用意されてなく、各曲の演奏前に今井さんが解説をするというスタイルで進められた。だから、時間的には2時間のコンサートになっている。

 1曲目はシューベルトの「ヴァイオリン・ソナタ イ長調}」。シューベルトは尚佳さんの好きな作曲家ということで、この曲はその意味で得意としているはず。息の長い歌謡的な主題が特徴の第1楽章では、ヴァイオリンによる主題が爽やかに歌っている。この旋律を歌わせる感覚には、歌曲のような言語的な感覚というか、息継ぎをしながら言葉を発していくような抑揚が感じられる。2小節〜4小節の一塊の旋律がふわりと丸く形作られ、そのフレージングが次々と紡ぎ出されていく感じだ。歌曲のように自由度の高いテンポの揺らぎに対して、今井さんのピアノが対話するように追いかけていく。
 第2楽章はスケルツォ。今度はヴァイオリンが器楽的な雰囲気に変わり、舞曲らしいリズム感で音楽が流れ出す。こうした表現はその曲相に応じて臨機応変に変化する。そうした引き出しが聴く度に増えているようだ。
 第3楽章は緩徐楽章。ここでは歌謡的な主題を器楽的な変奏曲にしたような趣がある。ヴァイオリンとピアノが主題をキャッチボールしているかのように対話を進めていく。
 第4楽章はAllegro vivaceのフィナーレでソナタ形式。軽快なリズム感に乗せて、ヴァイオリンとピアノの対話が繰り返される。躍動する第1主題とロマンティックな第2主題とでは、ヴァイオリンもピアノも音色が変わってくる。その辺りの色彩感の変化も見事だ。尚佳さんのヴァイオリンには、優しくしなやかな美しさの中に芯の強さがあり、今井さんのピアノには情熱的な強さの中に相手に対する優しさが垣間見える。聴いていて心地よいデュオであった。

 2曲目はサン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」。ヴァイオリンの超絶技巧曲として、リサイタルには欠かせないピースである。逆に多くのヴァイオリニストがプログラムに載せるので、聴く側も曲をよく知っているから、演奏家にとっては試金石になってしまう。そんな目で見ると、尚佳さんの技量の素晴らしさが見えてくる。高速パッセージやリズム感の正確さもとより、そうした技巧の中で描かれる音楽の表現が実に豊かで、濃厚なのだ。フランス音楽らしい色彩的な豊かさもたっぷり見せてくれるし、旋律やリズムに生命力が漲っている。つまり音楽が生き生きとしているのである。尚佳さんのヴァイオリンが次々と沸き上がってくる楽想(解釈)をその場で音に変えて描き出すと、今井さんのピアノがそれに反応して、跳ね返したり、あるいは飲み込んだりして、セッションが盛り上がっていく。そんな感じの素晴らしい演奏であった。

 休憩を挟んで、3曲目はイザイの「子供の夢」。夢幻的な浮遊感のある旋律は、あどけない子供の見ている夢の世界なのか、それとも子供をいとおしく思う大人の夢なのか。尚佳さんのヴァイオリンも今井さんのピアノも、ホッとするような優しさが感じられる。

 プログラムの最後を飾るのは、プロコフィエフの「ヴァイオリン・ソナタ 第2番」。元となる作品94のソナタはフルートのための曲で、ダヴィッド・オイストラフの懇願によりヴァイオリン・ソナタへと改作され、有名になった曲。
 第1楽章はModeratoだが、普通一般的に演奏されているよりはかなり遅めのテンポ設定で曲が始まった。ロマンティシズム溢れる主題がゆっくりと語られていくと、普段は聴き取れないような微妙なニュアンスが浮かび上がって来る。対話的な造形のピアノとのやり取りも明瞭に感じられる。男と女が並んで歩きながら対話しているイメージだろうか。愛を語っているかと思えば、時に不機嫌になって言い争ったりもしている風情に人間味が滲み出てくる。
 第2楽章はスケルツォ。新古典主義的な造形の中に近代的なニュアンスを封じ込めているような・・・・。メリハリを効かせたヴァイオリンに対して、今井さんのピアノがかなり大胆に切り込んで行く。なかなか緊張感のある演奏だ。
 第3楽章は緩徐楽章。息の長い歌謡的な主題はロマンティックだが、やがてブルース風に変化していく。第二次世界大戦中に作曲された経緯からみても、危険な因子を含んでいるとも言える。尚佳さんのヴァイオリンは抒情的な歌わせるが、今井さんのピアノには焦燥感が感じられて、この不思議な曲想に対して対照的な表現が交錯して面白い。
 第4楽章はAllegro con brioのフィナーレ。平均よりはやや遅めのテンポで、シッカリした造形を描き出していく。躍動するリズム感と濃厚な音色で、行き場のない感情が蠢くような印象。多様に変化する情感を描き分けると同時に、全体を貫く共通する色合いもハッキリしていて、二人の表現の豊かさを感じられる演奏であった。

 アンコールは、グッと平和な感じのするエルガーの「愛の挨拶」。揺らぐテンポ感が優しい情感をしっとりと歌い上げる。

 さて今回は小規模なサロン・コンサートという形式で、手が届きそうなくらいの距離感で聴く演奏は、細やかなニュアンスも微妙な音色の変化も手に取るように聴き取れる。会場も空間があまり大きくないので音響はタイト。しかもぎっしり満席に人が入ると、残響音もかなり吸収されてしまう。そうした中で演の奏は、ヴァイオリンもピアノもむき出しの状態になる。サロン音楽の魅力であることも確かだが、演奏する方にとってき条件はキツイところだろう。それでも、尚佳さんのヴァイオリンは伸びやかで、音には艶があり潤いさえ感じさせる。質感が一段と良くなっているのが嬉しい。今井さんのピアノは、ちょっとフォルテピアノのような音色で、タイトな響きの中でアコースティックな雰囲気も感じられたが、ダイナミックレンジが広く、インパクトのある演奏で、表現の幅も広く、陰影がクッキリとしていた。二人のセッションは、互いに影響し合って、より高い次元を求めているのがよく分かった。心情までが見えてしまうのも、サロン音楽の魅力のひとつだろう。


 終演後は、椅子を片付けてテーブルをセッティング、ティータイムとなった。今回は、お客さんの多くは今井さんの関係者だったようで、尚佳さんの取り巻きは私たち数名だったから、ゆっくりと話すこともできた。また、今井さんとも音楽の言語的な要素について深遠なる話題で話し合ったりすることができて本当に楽しかった。
 今年は年末年始の休暇が長く、まだ休みの途中だったが、遠く藤沢まで足を伸ばした甲斐のある素敵なコンサートとなった。

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1/3(水)NHKニューイヤーオペラコンサート/日本を代表するオペラ歌手の祭典を最前列で初めて鑑賞

2018年01月03日 23時30分00秒 | 劇場でオペラ鑑賞
第61回 NHKニューイヤーオペラコンサート

2018年1月3日(水)19:00〜 NHKホール S席 1階 C1列 19番 8,500円
指 揮:沼尻竜典
ピアノ:山田武彦
ソプラノ:市原 愛、大村博美、幸田浩子、小林沙羅、砂川涼子、
     中村恵理、嘉目真木子、盛田麻央、守谷由香
メゾ・ソプラノ:小泉詠子、清水華澄、林 美智子
カウンターテナー:藤木大地
テノール:櫻田 亮、笛田博昭、福井 敬、藤田卓也、村上敏明
バリトン:上江隼人、黒田 博
バス:妻屋秀和
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱:新国立劇場合唱団、二期会合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル、藤原歌劇団合唱部
司 会:井上芳雄(俳優)、高橋美鈴(アナウンサー)

【曲目】
<オープニング>
ワーグナー:歌劇「タンホイザー」から 大行進曲「歌の殿堂をたたえよう」(合唱)
<第1部 モーツァルト7大オペラの音楽による「モーツァルト・ファンタジー」>
モーツァルト:歌劇「魔笛」から「私は鳥刺し」(黒田)
モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」から「愛の神よ、照覧あれ」(砂川)
モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」から「自分で自分が分からない」(林)
モーツァルト:歌劇「後宮からの誘拐」から「お前とここで会わねばならぬ」(櫻田)
モーツァルト:歌劇「皇帝ティートの慈悲」から「ああ、最初の愛に免じて」(嘉目/林美)
モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」から 酒の歌「みんなで楽しくお酒を飲んで」(黒田)
モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」から「若い娘たちよ、花をまけ」(合唱)
モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」から「お手をどうぞ」(嘉目/黒田)
モーツァルト:歌劇「イドメネオ」から 嵐の合唱「なんという恐ろしさ」(合唱)
モーツァルト:歌劇「魔笛」から「恋を知るほどの殿方には」(砂川/黒田)
モーツァルト:歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」から「恋のいぶきは」(櫻田)
モーツァルト:歌劇「魔笛」から「やがて朝を告げる太陽が」(砂川/盛田/守谷/小泉詠)
モーツァルト:歌劇「魔笛」から「パ・パ・パ」(嘉目/黒田博)
モーツァルト:歌劇「イドメネオ」から 婚礼の合唱「愛の神よ、婚姻の神よ」(合唱)
<第2部 ロッシーニ没後150年>
猫の二重唱(伝ロッシーニ作曲)
小林沙羅(ソプラノ)/市原愛(ソプラノ)/山田武彦(ピアノ)
「フィレンツェの花売り娘」(ロッシーニ作曲)
幸田浩子(ソプラノ)/山田武彦(ピアノ)
「踊り」(ロッシーニ作曲)
村上敏明(テノール)/山田武彦(ピアノ)
歌劇「タンクレーディ」から「君がこの心を燃え立たせ」(ロッシーニ作曲)
藤木大地(カウンターテナー)
<第3部>
歌劇「椿姫」から 乾杯の歌「友よ、さあ飲みあかそう」(ヴェルディ作曲)
幸田浩子(ソプラノ)/藤田卓也(テノール)
合唱:新国立劇場合唱団、二期会合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル、藤原歌劇団合唱部
歌劇「椿姫」から「さようなら、過ぎ去った日よ」(ヴェルディ作曲)
中村恵理(ソプラノ)
歌劇「ドン・カルロ」から ヴェールの歌(ヴェルディ作曲)
清水華澄(メゾ・ソプラノ)/市原愛(ソプラノ)
女声合唱:新国立劇場合唱団、二期会合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル、藤原歌劇団合唱部
歌劇「トロヴァトーレ」から 「ああ、あなたこそわたしの恋人」「見よ、恐ろしい火よ」(ヴェルディ作曲)
笛田博昭(テノール)
男声合唱:新国立劇場合唱団、二期会合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル、藤原歌劇団合唱部
歌劇「ボエーム」から「もう帰らないミミ」(プッチーニ作曲)
村上敏明(テノール)/上江隼人(バリトン)
歌劇「トスカ」から「歌に生き、愛に生き」(プッチーニ作曲)
大村博美(ソプラノ)
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」から「朝はばら色に輝き」「親方たちをさげすんではならぬ」(ワーグナー作曲)
福井敬(テノール)/妻屋秀和(バス)/小林沙羅(ソプラノ)
合唱:新国立劇場合唱団、二期会合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル、藤原歌劇団合唱部
<エンディング>
喜歌劇「こうもり」から「ぶどう酒の燃える流れに」(ヨハン・シュトラウス作曲)
ソリスト全員/
合唱:新国立劇場合唱団、二期会合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル、藤原歌劇団合唱部

 毎年1月3日の夜、恒例の「NHKニューイヤーオペラコンサート」。テレビで生中継の放送があるのだから、わざわざ聴きに行かなくても良いのでは? 、という考え方もあるし、やっぱり音楽はナマ演奏でないと、という考えもある。とくにこのコンサートの場合は、巨大なNHKホールが会場のため、オペラ=演技と歌唱にとって、会場の聴衆の方がむしろ不利かもしれない。テレビの放送なら歌手はアップで映るし、声はうまくマイクで拾っているので良く聞こえるし・・・・。何よりダダだし。
 といいつつもナマの演奏に触れたがるのが、私たちのようなマニアというもの。例年は、後で録画しておいたテレビを観ればいいや、ということで3階席あたりでお茶を濁していたが、今年は上手い具合に1階の最前列が取れてしまった。実は「NHKニューイヤーオペラコンサート」では最前列は初めてなのだ。しかも会場に行ってみたら、最前列の数席は中継用のカメラスペースになっていて、私の席はそのすぐ左側だった。つまりカメラで撮るような位置ということ。こうなると、やはり音楽はナマじゃないと、という気分になってくる。

 ステージ前にオーケストラ・ピットが設けられ、東京フィルハーモニー交響楽団が収まっている。指揮は沼尻竜典さん。オペラ界では第一人者といってよい指揮者だ。
 演奏が始まって見ると、ピットから湧き出てくる音が意外に良い。音響には難のあるNHKホールだが、この位置だと楽器の自然な直接音がピット内でミックスされ、適度に澄んでいて非常にキレイに聞こえるのだ。歌手陣はステージでコチラ向きに歌うのだから、近いだけ合ってこれもとても良いバランスで明瞭に聞こえる。これは新発見であった。NHKホールでオペラの舞台がかかるのは外来の引っ越し公演がほとんどで、この位置の席はチケットがかなり高額になることが多いが、その分だけ最良の「音」を楽しめることが分かった。
 コンサートは正味120分、休憩なし。これはすべてテレビ放送用なので、来場客にはアンコールもなく、いささか冷たい印象になる。すべてが放送用の発想で作られ、演奏され、歌われるというのは、何か管理されているようで窮屈に感じるものだ。
 演奏と歌唱は、テレビで放送されているのだから、現場にいた私がレビューをくどくど書いてもあまり説得力はなかろう。録画を見る方が誰にでも詳細が分かる。ただし、会場で実際に聴いていると、歌手の方々は、けっこう声量に差があって、最前列でもよく聞こえない人がいたりする(誰とは言わないが)。後で録画を観たら、その辺はしっかり調整されていた(さすがテレビ局。ナマ放送でもやることはやる)。一般論として言えば、歌った後にBravo!!が富んでいるのは声量がとくにあった人だと思えば間違いない。
 さらにスゴイことに気が付いた。ステージ上では演出上スモークを炊いたりして光の筋を見えるようにしたりするのだが、逆にそれを抜くためにかなり強く空調が動いていた。常時、はっきりとゴーッという音が聞こえていたのである。ところが、テレビの放送ではそれらがまったく聞こえない。マイクが拾わないはずはないくらいのハッキリした音だったので、ナマ放送でもデジタル編集でノイズ・キャンセラーを働かせていたのだろう。その辺の技術力は世界でもトップクラスのHNKなのである。

 この「NHKニューイヤーオペラコンサート」を聴くといつも思うのだが、これだけのステージを創る力があり、2時間のコンサートが出来るのだから、NHKもオペラ公演を主催してはどうか。劇場としてオペラを主催公演しているのは、東京では新国立劇場と日生劇場があり、神奈川県民ホールやびわ湖ホールでも行っている。全国放送網を持っているNHKが、他団体や外来オペラの公演を録画中継するだけでなく、劇場として広く国内外かに人材を求め、定期的なオペラ公演を行えば、オペラ文化をもっともっと普及させることができるのではないだろうか。そうなれば、遠くてキライなNHKホールにも通うことになると思うのだが・・・・。

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