徒然なるままに修羅の旅路

うちの軒下のツバメの巣を、なにかの鳥が再利用し始めました。

Long Day Long Night 31

2016年09月18日 02時01分06秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
 アルカードが先にリビングの扉を開けて中に入る――蚊取り線香の灰の匂いが残っているのは、昨夜ここを離れるときにアルカードが買ってきた金鳥の渦巻き状の蚊取り線香を三十本くらい、一気に火をつけて置いていったからだ。
 たぶん蚊取り線香が燃えている間は、まるでバルサンでも焚いた様な有様だったに違い無い――せっかくハウスクリーニング業者が突貫作業で清掃してくれたのだし、壁や天井が煤けていなければいいのだが。
 真新しい蚊取り線香のペール缶の上に、線香の灰がこんもりと山になっている――アルカードはとりあえずそれをコンビニのポリ袋に入れて口を縛り、適当に部屋の隅に置いてから、
「さて、差し出がましい様だが仮住まいを用意させてもらった――いつまでもあの病院に泊まり込んでるわけにもいかんだろうからな」 その場にいる全員――デルチャ、マリツィカ、イレアナ、恭輔、祝日休みで手が空いているので手伝い要員として忠信が差し向けてきた神城亮輔と陽輔、それに忠信本人、あとは蘭――を順繰りに見回して、アルカードはそう言った。
「家具の設置その他は俺も含めた男たちでやるので、女性陣はとりあえずその間に家の中を見て回って、昨日調達してきたもの以外で必要なものを確認してほしい。たとえばクローゼットのたぐいはあるが、追加で必要な収納のたぐいとかだ。そのリストアップが済んだら、とりあえず自分たちのだけでいいから着替えとか、その他の生活必需品を買いに行ってきてくれ。代金はマリツィカに預けてある――足りるかどうかはわからんがな。神城さん、申し訳無いですがそれにつきあってやってくれませんか」
 という最後の言葉は、この場にいる中で買い物に使える自動車を持っているのが忠信しかいないからだ。恭輔の軽自動車は近所の実家に置いてあるが、荷物はほとんど積めない――そろそろ赤いカプチーノを手放して大きな車を買おうかという話も出ているのだが、今のところ具体案になっていない。どのみち当分は恭輔は海外に行ったままなので、急いでも意味も無い。
 まあそんなわけで、買い物に使えるのは忠信のランドクルーザーしかない――アルカードのジープは後ろに戦闘装備が積んだままになっているので、なにも積めない。
 彼は忠信がうなずくのを確認してから恭輔に視線を向け、
「それとすまない、ベッドやらなんやらに関して、君のぶんを人数に入れてなかった」
 恭輔がその言葉に肩をすくめ、
「いいよ、どうせまた海外に戻らないといけないから」 アルカードはその返答に小さくうなずいて、
「否――よくよく考えたら、君は君の妻と一緒に寝ればいいな」 買ってきたベッドはダブルサイズだし――アルカードはそう続けてから、なにか言いかけた恭輔の視線を黙殺して軽く手を打ち鳴らした。
「よし、なら始めようか――陽輔君は昨日買ってきた荷物の梱包を解いて、段ボールを庭に片づいておいてほしい。古紙の収集日が明日だそうだから、すぐに外に出せる様にね」
「わかりました」
「そっちの君はたしか――亮輔君だったな。とりあえず、ベビーベッドを組み立てておいてくれるか――ずっと抱いたままだと疲れるだろうから」 デルチャに視線を向けて、アルカードがそんな言葉を口にする。
「はい」 亮輔がうなずくのを確認して、アルカードは恭輔に視線を向けた。
「恭輔君は、昨日ここに俺が借りてきた様なトラックの運転は?」
「したことない」 という返事に顔を顰めて、アルカードが忠信に視線を向ける。
「私はあるよ」 アルカードはその返答にうなずいて、
「では申し訳ありませんがショッピングセンターに行って、残りの荷物を引き取ってきてくださいませんか――昨日トラックに積み込めなかった荷物の残りを、店員が積み込んでおいてくれてるはずですので」 というのは昨日ショッピングセンターまで買い出しに行ったとき、アルカードがいろいろ買いすぎてトラックに積みきれなかった荷物のことだ――テレビやテレビ台、ダイニングテーブルと組になった六脚の椅子、リビングのソファや硝子テーブル、その他もろもろ。
「わかった」
「君が自分で行かないのか?」 という恭輔の質問に、アルカードは首を振った。
「そうしてもいいが、力仕事での君らの負担が増えるぞ。このメンバーの中でなら、俺が一番力があるからな」 アルカードはそう答えてから、
「それから恭輔君は俺とふたりで、家電品の設置と組み立てが必要な家具の組み立てをしていこうか――とりあえず、あれを邪魔だから早いところ設置してしまおう」 リビングのど真ん中にほっぽり出された洗濯機に視線を向けて、アルカードがそう方針を告げる。
「わかった」 恭輔がうなずいて、
「設置場所はどこにしよう」
「風呂場の――日本語だとなんと言ったか、ダツイジョー? だったか? そこに排水トレイがあるから、そこでいいと思う」
「オーケー。ところで、テーブルは?」
「後回しでいいだろう。今組み立てたって、場所を取るから邪魔なだけだよ」 そんな話をしながら、アルカードと恭輔が洗濯機の筺体にかぶせられた段ボールをはずしにかかる。彼らはそれを陽輔に渡すと、筺体をかかえてリビングから出ていった。
「さて、じゃあ私も行くか」 忠信がそう言って、玄関のほうに歩いていく。陽輔は言われたとおりにまだ段ボールをはずされていない冷蔵庫やガスコンロ、その他の梱包を解きにかかっている。亮輔もベビーベッドの梱包を解きにかかっていた。
「じゃあわたしたちも始めようか」 マリツィカがそう声をかけると、イレアナがうなずいてみせる。
「わたしはどうしよう」 蘭を抱いたまま、困惑したふうにデルチャが首をかしげた。
「亮輔君がベビーベッドを組み立ててくれてるから、それが終わったら手伝ってくれればいいんじゃないかな――それまではどこかに座ってて」 アルカードが用意したものらしい工具類を広げてベビーベッドの組み立て説明書に目を通している亮輔を横目で見遣りながらそう答えてから、マリツィカはずいぶんと精彩の戻ってきた母親に視線を向けた。
 『アレクサンドルは必ず快復する』、アルカードが自信に満ちた口調でそう告げたのは、今朝方マリツィカを伴って病院に出向いたときのことだ。
 まだ患者として診察を受けていたイレアナやデルチャ、蘭と違って特に実害を受けていないマリツィカは、さすがにいづらくなってきたので昨日アルカードに連れ出されたのを機に病院を出た。アルカードは車中泊だと言っていたので宿泊費も無いしそれにつきあおうと思っていたらそれを聞いたアルカードにはあからさまに厭な顔をされ、忠信には『若い女の子が車の中とはいえ密室で異性とふたりきりというのはよくないと思ってるんだよ』とフォローされ、彼の計らいで神城家に投宿することになった。
 アルカードは朝食が済んでからマリツィカを伴って再び病院に戻り、父が快復したときに帰る場所を用意してやれと、マリツィカに言ったのと同じことを言って家族を病院から連れ出したのだ。
 普通に考えれば彼の言葉になどなんの保証も無いのだろうが、あまりにも自信満々にそう告げられた直後に、今朝になって父の経過を確認した本条冬馬がやってきて、父は後遺症を残さずに回復すると告げたのである。
 それを聞いてイレアナは俄然調子が戻ってきたらしく、デルチャも多少なりとも精彩を取り戻して、仮住まいの準備をするために一緒にここにやってきたのだ。
「じゃあ始めましょう」 イレアナがそう言って、まずは一階の部屋から順に見ていくことにしたらしく、マリツィカの腕を引っ張って廊下に出た。
 
   *
 
 とっさに張りめぐらせた防壁が肉薄する光輪を斜めに弾き飛ばし、小島の地面と湖の水を削り取る――斜めに受け止めて攻撃の軌道をそらしたにもかかわらず衝撃でほころびそうになる結界を必死で維持して、パオラは唇を噛んだ。
 触れたものを削り取る光輪、津波のごとき衝撃波、着弾した場所で周囲に電撃や炎を撒き散らす光の球――女の攻撃は、さほどバリエーションに富んでいるとは言い難い。
 また一撃一撃が必殺の破壊力を持っているというほどでもなく、次から次へと飛来する攻撃はいずれもパオラの技量でもなんとか魔術で受け流せる――受け流せるのはいいのだが、口惜しいことに反撃に転じる余裕が無い。
 わざと破壊力を抑えて代わりに手数を増やしているのか、それとも最初からそういう戦闘スタイルなのかはわからないが、破壊力はさほどでもない代わりにとにかく手数が多いのだ。魔力容量そのものは潤沢であるらしく、今のところ攻撃が途切れる様子は無い。
 リディアは魔術が使えないから、一方が攻撃し一方が防御に集中するという状況が作れない――したがってリディアは遠距離攻撃を仕掛けて女の術式構築を妨害するという役目しか出来ないのだが、女の魔術式の構築速度が速すぎてそれも難しい。結果、防戦一方の状況に追い込まれていた。
 だが、こちらのほうが格下なら格下で、それ相応の戦い方というのはあるものだ――つまるところアルカードが弟子たちに教えてきたのは人間が自分たちよりも強い吸血鬼に勝つための戦い方で、パオラたちもそれを教わってきたのだから。
 AHHHHHHHHHHHHHH!
 絶叫とともに、女の周囲に電光を纏わりつかせた球体がいくつか出現する――展開された術式から内容を読み取って、パオラはとっさに防壁を構築した。
 一度の攻撃で同時に倒されるのを防ぐため、ふたりは意図的に距離を離していた――それがまずかった。自分とリディアを一度に守れる様な、大規模な防壁の構築は間に合わない。
 間に合わないから、女の眼前に。
 悲鳴こえは聞こえなかった。
 構築された完全な球状の防御結界が、女の体を包み込み――撃ち出された球体がその防壁の内側に次々と衝突し、砕け散った球体の内側からあふれ出した爆風と炎が女の体を容赦無く呑み込む。
 防御結界は数秒で消えて失せ、内側からあふれ出した熱風が吹きつけてきた。肌がひりつく熱風に顔を顰めながらリディアが片手で口元をかばい、黒焦げになった女の体が水音とともに水中に没する。
「……やったかな?」
 やがて爆風が収まったところで口にされたリディアの言葉に、パオラはかぶりを振った。あれは肉体を構築している様だが、本質は霊体のみの生き物だ。霊体に損傷を与えられない攻撃では、仮に傷を負わせられてもすぐに修復されるだろう。
「致命傷にはなってないでしょうね」
 そう返事を返したとき、水中から全身が黒焦げになった女が姿を見せる――敵の攻撃を眼前で破裂させる攻撃は一応効果はあるらしいが、次の瞬間には全身を覆う醜い火傷は完全に回復していた。
 当たり前か――
 吸血鬼などもそうだが、霊体のほうが肉体よりも上位にくる生物は霊体にダメージの及ばない肉体だけの損傷を負っても、肉体が霊体に順応して高速で治癒する。今のは霊的な影響の無いただの炎なので、火傷を負ってもすぐに治癒したのだろう。
「なかなか遣るわね、お嬢さん」
 女があまり真剣味の感じられない賞賛の言葉を口にする。 
「まあでも、わかってるでしょう? 霊体に攻撃力の通っていない魔術では、わたしは殺せない――いいえ、この肉体を修復する余力も無いほどに疲弊させることが出来れば殺すことは出来るでしょうけれど、貴女たちにそこまでの力は無いでしょうね」
 腹立たしいが、それは女の言うとおりだ――それが出来ないと判断したから、あの女は自分が危険に晒されない範囲での手頃な獲物として自分を選んだのだ。直接聖典戦儀で打撃を与えれば別だが、水の上で浮いている敵に対して接近する手段が無いので、こちらからの攻撃は通用しない。
「わかってると思うけれど、わたしも復活したてでそんなに力が無いのよ――出来れば無駄な抵抗はやめて、五十年かけてじっくりと搾り殺されてくれないかしら」
「雑巾でも絞ってれば?」 そう言い返して、リディアが剣を構え直す。
「それで用が足りるなら、雑巾でもサトウキビでもいいんだけどね――」 減らず口にすっと目を細めて、女が嗤う。
「残念だけどそれじゃ無理なのよ」 すっと伸ばした腕の周りに、再び光の輪が纏わりつく。
「さすがに死んだら役に立たないけど、腕や脚の一本くらいなら無くなっても生かしてあげられるから、心配しないで」
「またその魔術? もう通用しないのはわかったと思うけど」 パオラの軽口に、
「貴女たち人間は、なんというんだったかしら――ええと、そこの連中の記憶によると、ワンパ? だったかしらね? 一緒にしないでほしいわ――今までは出来るだけ傷つけない様に、手加減してただけだもの」 そう告げて、女が両腕を頭上に向けて振り翳す――同時に真上に向けて光の輪が次々と撃ち出された。
 頭上の岩盤を崩落させるつもり? 光輪の軌道を確認するためにその軌跡を目で追った次の瞬間、強烈な灼熱感が神経を灼いた。
 なにが起こったのかもわからないまま、パオラは声をあげることも出来ずに激痛に身をよじってその場に転倒した――集中が途切れて構築しかけていた防御魔術の術式がほつれ、波に洗われる砂の城の様に崩れて消えてゆく。
 あまりの激痛に彼女の悲鳴が聞こえなかったのか――涙で滲んだ視界の端に、同じ様に虹色の砂の上に倒れ込んで悶絶するリディアの姿が入ってきた。
 痛い。それ以外のことが考えられない。まるで刺された傷口に焼き鏝か火掻き棒でも突っ込まれたかの様だ。
 なのに、痛みの元である下腹部を押さえても傷の感触が無い。
「傷は無いわよ――ただ痛みの感覚を刺激しているだけ。けれど、苦痛は本物――わたしが魔力供給を打ち切るまで、痛みは消えない」
 痛みは途切れる気配も無い――魔術を編もうにも、まるで傷口に刃物を出し入れしているかの様に間断無く襲ってくる激痛がそうさせてくれない。思考が千々に乱れて、筋道だった思考が出来ない。額に噴き出す脂汗と、意思にかかわらずあふれる涙が止まらない。
「人間を無力化するなんて簡単――ただ単に痛みを与えればいいんだから。本当はもっと遊んであげたかったけれど、向こう側・・・・で吸血鬼がなにかしているみたいだから、これ以上派手に魔術を使うのは危険なのよね」
 そんなことを言いながら、女が小島の浜辺に上がってくる――小島の波打ち際の手前で空中を浮遊するのをやめたらしく、女はくるぶしから下を水に濡らしながらパオラのそばに歩み寄り、警戒した様子も無くかたわらでかがみこんだ。
「さて、どうしようかしら。あまり苦しめても可哀想だし――」 雑言が終わるよりも早く、パオラは倒れたときに握ったままになっていた撃剣聖典を女の胸元めがけて突き出した――だが、突き込んだ長剣の鋒が女の胸の谷間に喰い込む感触が感じられない。
 違う――自分が握りしめているのが撃剣聖典の長剣ではなくただの紙切れ、術式が崩れて元に戻った聖書のページだということに、パオラはそのときになってようやく気づいた。
 剣の柄とただの紙切れ、その感触の違いにすら気づけなかったのか――なんとか撃剣聖典を再構築しようとしても、激痛が邪魔して集中もままならない。
「強い子ねえ」 そんな言葉を口にして、女が手を伸ばしてパオラの左脚の太腿に触れる。同時に太腿に凄まじい激痛が走り、悲鳴もあげられないままパオラはその場で転げ回った。
 おそらくは抵抗出来ない間に両腕にも術をかけられたのだろう、下腹部と左脚に加えて両腕にも激痛が走る。傷口に熱したナイフを突っ込まれて捩り回されている様な激痛が、痛いという思考以外のすべてを掻き消してゆく。
ジャンル:
小説
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« Long Day Long Night 30 | トップ | 【実に九ヶ月ぶりの主人公っ... »

コメントを投稿

Nosferatu Blood」カテゴリの最新記事