徒然なるままに修羅の旅路

うちの軒下のツバメの巣を、なにかの鳥が再利用し始めました。

Long Day Long Night 30

2016年09月18日 00時47分28秒 | Nosferatu Blood
 女はしばらくの間、品定めする様にこちらを眺めていたが、
「……ふむ。潤沢な魔力を持ってるから滋養にはちょうどいいと思って引きずり込んだのだけれど――なるほどね、駆け出しの魔殺しだったのね。道理で――まあ一緒にいた二体の吸血鬼に比べると、たいした力でもないけれど」
 地味に失礼なことを言いながら、女が腕組みする。
「それでも、さっきの三人に比べればはるかに強い魔力――貴女たちを喰らっただけでは、あの男の吸血鬼はもちろん女の吸血鬼にも手出しは難しいでしょうけど」
「さっきの三人――」 パオラが鸚鵡返しにしたその言葉に、
「じゃあ二時間前から洞窟に入ったきり、出てこないっていう人たちは――」
「ええ、男女三人――今じっくりと魔力を搾り取らせてもらっているわ。でももうさっさと殺してもいいかしら? 貴女たちのほうがよほど滋養に相応しそうだし」
 察するにあの女は、アルカードがかつて殺したという海鬼神によって抑えつけられていた魔物のうちの一体なのだろう――実際に海鬼神を殺したのが何年前か知らないが、それまで抑えつけられていた魔物が徐々に力を取り戻し、近づく人間を襲って魔力を奪い始めたということらしい。アルカードの懸念が的中したということか。
 そして今まで同様の事態が起こっていなかったことからすると、あの女が人間を襲ったのは今日が最初だ。でなければアルカードの素性と人間に対して友好的であることを知るあの老人は、もっと深刻な態度でアルカードに相談をしていただろう。海鬼神を殺したあの吸血鬼が島に到着したその日に動き始めたのは、実に皮肉なタイミングだ。
「なるほど――わたしたちの魔力を搾り取って餌にするために、ここに引きずり込んだってこと?」 リディアの言葉に、女は我が意を得たという様にうなずいた。 
「そういうことよ――五十年くらいかけてぎゅうぎゅうに搾り尽くせば、そこそこの栄養になるでしょう。ああ心配しないで、貴女たちは身動きは一切とれなくなるけれど、生理状態の管理はわたしがきちんとしてあげるから。ただし活かさず殺さず搾り取るから、苦しいけれどね――向こう五十年間、いいえ、死ぬまでずうっと」
「どうかな。わたしたちだって多少の覚えはあるよ」 リディアがそう返事をして、その場で立ち上がる。上着のポケットから取り出した聖書を周りにばら撒くその様を見て、女がゆっくりと目を細めた。
「そうでしょうね。けれど、それが通用するかどうかは別問題」
 そう返事をして、女がゆっくりと両腕を広げる。
「わたしは――――。貴女たちには聴き取ることも出来ないでしょうけれど、貴女たち西洋人が呼ぶところの魔女のなれの果てよ」 女はそう告げてから、右手をこちらに向けてまっすぐ伸ばした。
 さて――問題はふたつ。自分たちの戦闘能力が、目の前のアレにどれほど通用するか。
 もうひとつの問題は、現世へ帰還する手段。
 おっともうひとつ、最初の問題に附随して、もしも自分たちの力が通じない場合に現世に取り残されたアルカードやフィオレンティーナの助力が望めるか。
「姉さん、魔術は?」
「ここは精霊が潤沢だから、魔術の行使には問題は無いと思う」 妹の質問にそう返事を返して、周りの精霊を集め始める――集まってきた精霊が互いにぶつかり合って鈴の音の様な音を立て、取り込まれた無属性の魔力が体内に充実していく。
「ひとつ忠告しておくわ。出来るなら抵抗はやめなさい――苦痛が激しくなるだけよ。どうせ貴女たちふたりだけでは、わたしには勝てないもの。あの金髪の吸血鬼にはここは捕捉されていないし、あの小娘にもそこまでの技量は無いでしょう――助けは来ないわ」 女も同様に周囲から精霊を集めているのだろう、周囲にパオラのそれよりも大きな精霊の鳴き声が谺する。
 精霊は集める量が大きければ大きいほど、音が澄み大きくなる――あれだけ清浄で大きな精霊の鳴き声――口惜しいが実力は間違い無くパオラより上だ。
 女の右腕の周りに、バチバチと音を立てて赤い稲妻が絡みつく――まるで女の右腕に、雷で出来た腕輪が無数に嵌められているかの様に。
「……くるわよ!」
 パオラは妹に向かって警告の声を発し、同時に周囲にばら撒いていた聖書のページを数枚まとめて枚掴み止めた。
 上膊の周りに環状に発生した電光が収斂してまるでバングルの様に光の輪が数本形成され、それがそのまままっすぐこちらに向かって高速で撃ち出されてくる。それと同時に魔術で防壁を形成――女はおそらく彼女たちふたりだけなら与し易しと見てふたりをこちらに同時に引きずり込んだのだろうが、考えが甘いことを思い知らせてやろう。そう易々と斃されるものか。
 発動された防御魔術が、周囲に光り輝く幾何学模様で形成された楔状の防壁を構築する――それがまっすぐに飛んできた光の輪の軌道をそらし、あさっての方向に吹き飛ばした。
 投げ輪の様に横向きに飛ぶのではなく縦向きのまま飛来する光の輪は、触れた物を寸断する効果があるらしい――まるでホームパーティに使う二リッター入りのバニラアイスをスプーンでこそげ取ったときの様に、あるいは輪切りにした空き缶で砂をすくい取る様に、周りの地面が轟音とともに削り取られて土砂が舞い上がる。
 防壁の陰から飛び出したリディアが、構築した聖典縛鎖を振るう――唸りをあげて襲いかかった球形の鎖分銅が、とっさに躱した女がいた空間を叩き潰し足元の水を弾けさせた。
 AHHHHHHHHHHHHH!
 ただ叫んでいる様にしか見えないそれが呪文なのかそれともただの掛け声なのか、両腕を頭上に振り上げて女が絶叫をあげた。同時に虚空に黒々としたうろの様な穴が穿たれ、そこから鳥の様な翼のある影が飛び出してきた。
 宙を滑空するその影の翼が、時折鬼火の光を反射してギラリと輝く。
 あれは……?
 それまでふたりの周りで滑空していた影が、急に空中で動きを止めた――展開した翼を尻尾側に折りたたむと同時に、その姿が頭部を柄頭とする刃渡り一メートルほどの長剣へと変化したのだ。ひとりでに宙に浮く長剣は刃の鎬を軸に高速で回転しながら、こちらに鋒を向けて飛来してきた。
 鎖を持っているリディアは、反応が遅れる。リディアを防壁でかばい、自分に向かってきた剣は撃剣聖典で弾き飛ばして――
 胸中でそんな算段を立てながら、掴み止めた聖書のページを長剣に変化させる――よりも早くリディアが投げ放った分銅つきの鎖が、空中で投網の様に変化する。おそらく網ではなく鎖帷子の様な細かな鎖で出来ているのだろうが、リディアが布をかぶせる様な動きで飛来する長剣を悉く絡め取って撃墜した。
 それで判断を変える。指に絡みつく様にして構成された防壁の構成式への魔力供給を打ち切り、重力指弾グラビティブレットの構成式を構築して――術式の完成と同時に術を解き放つ。
 拳を作って四指を弾く様にして伸ばすと同時に、四発の圧縮空気の塊が女に向かって撃ち出された――立方メートル当たりの気圧が五十キロを超える超高密度の圧縮空気の塊は、標的の内部に喰い込んでからそこで破裂する。あれがなんらかの儀式によって転生したのか、それともなにかほかの出自を持つ怪物なのかは知らないが、いずれにせよ肉体を持っていれば命中したら無事では済まない。
 だが、女はその攻撃を躱す素振りも見せなかった。正確に女に向かって撃ち込まれたはずの重力指弾グラビティブレットは、いったいなにをされたのか――見た目には直進しながらも、女にかすりもしなかった。まるで目の前にいる女の姿が幻ででもあるかの様に、圧縮空気の爆弾は女ではなくその背後、数十メートルも離れた空洞の壁を粉砕し崩落させた。
「な――」
「残念ね、言ったはずよ――ここはわたしの領域」 愕然と声をあげるパオラにそれだけ言ってから――女が右腕を振り翳す。
 AHHHHHHHHHHHHHHHHH!
 女が再び叫び声をあげると同時に、足元の地面に異変が起こった――まるで細かく砕いた宝石の様に虹色に輝いていた地面が青黒く変色して、同時にそこだけがまるで岩盤の様に固く変化する。次の瞬間岩盤上の地面に細かな亀裂が走り、そして――
「――!」
 小さくうめきを漏らし、パオラは横跳びに跳躍した。次の瞬間足元の亀裂の走った地面がその下から噴き出したなにかによって粉砕され、粘液まみれになった無数の蚯蚓の様なものが飛び出してくる。そのまま全身を絡め捕る様な攻撃だったのだろうが、横手から剣を振るったリディアがその蚯蚓の群れを地面すれすれのところでまとめてぶつ切りにした。
 まるでスーパーで売っているエノキダケの根を切り離す様にまとめて切断され、噴き出してきた蚯蚓が地面の上でのたうちまわりながら消滅してゆく――飛び散った粘液が周囲を汚し、キュロットスカートの下に穿いたストッキングに附着して、パオラは顔を顰めた。
「大丈夫?」
「ええ――肌のシミにならなかったらいいんだけどね」 リディアの問いにそう返事をして、長剣を構え直す――さて、事態はなかなかに面倒だ。女は宙に浮けるらしく、先ほどから湖面の上に逃れて接近出来ない。
 これはパオラもリディアもそうだが、近づけない以上は致命的な攻撃が繰り出せない――聖典戦儀は基本的に、投擲武器の場合は霊体に対する殺傷能力が極端に低下する。魔力の影響が物理的に距離が離れると弱くなったりするのと同じで、距離が離れれば離れるほど殺傷能力が落ちるのだ。無論物理的には刃物のままなので刺さりはするのだが――生きた生体ならばともかく受肉した霊体が相手の場合は、魔力の通っていないただの刃物が刺さってもさしたるダメージは期待出来ない。
 聖典戦儀とはまた込め方の異なる魔力強化エンチャントを施せば、ある程度の距離までは殺傷力の低下は起こらないのだが――これはフィオレンティーナも同じだろうが、パオラもリディアも手放したものに魔力を通したままにするほどの技術が無い。
 たぶんアルカードならば彼の持っている様々な装備品に加え、そこいらへんに転がっている石ころにまでも魔力を通して立派な霊的武装に出来るのだろうが――
 魔術で水面を凍らせることで最接近するという手は、確かにある――だがこちらが凍った水上にいる間に氷を砕かれれば、今よりもはるかに不利な状況になる。水深がわからない以上、試みるのはリスクが大きすぎる。
 女は先程、アルカードには捕捉されていないと言っていた。
 この『層』と向こうの『層』をつなげるときに、巧く魔力の動揺や空間歪曲を抑え込んで痕跡を残さなかったのだろう。座学のときに話していた対魔術戦の講義の内容から推すに、おそらくアルカードは魔術師としても一級品だ――探索の端緒になる様な痕跡があれば、彼はあっという間にこの『層』を特定するだろう。それが無いということは、アルカードはこちらの居場所を捕捉していない。
 となると、アルカードやフィオレンティーナの助勢は期待出来ない。なんとか自力で凌ぐしかないが、距離を詰められないとなると聖典戦儀は火力に欠ける。
 となると主要な攻撃手段はパオラの魔術になるのだが、厄介なのは相手が魔女――魔術師のなれの果てであることだった。先ほどの光の輪も、おそらくはなんらかの系統の魔術だ。それも構成式を見る限り、かなりの手練れだと言っていい。そんな相手に、自分の魔術がいったいどこまで通用するか。
 それに防御がね……
 胸中でつぶやいて、嘆息する――魔力を込めて織られた戦闘用の法衣と違って、今着ているのはただの衣服だ。
 ちょっとした攻撃でも、躱し損ねれば負傷する。相手の攻撃を受けたときのダメージの程度の差が、彼我のもっとも顕著な差違だと言えなくもない。
 とにかく遠距離攻撃の出来る魔術でちまちまと相手にダメージを与えながら、防御を重点に戦っていくしかないだろう――それはリディアもわかっているのか、視線を向けると彼女は小さくうなずいた。
ジャンル:
小説
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