★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

クリムゾン・レーキ 11

2009年10月29日 10時35分59秒 | 小説「クリムゾン・レーキ」
        ◆

 股関節の疼痛のパルスで目が覚めた。
 夏の早朝の光が青いカーテン越しに、部屋の中を深海色に淡く染めている。
 防音設備の行き届いた部屋の中は、エア・コンディショナーのかすかな作動音以外、一切の音が沈黙していた。
 ベツドから身体を起こし、サイドボードのピルケースから鎮痛剤のカプセルを二錠つまみ口へ放り込む。
 冷蔵庫の前までゆっくり歩く。フローリングの床が素足に心地よい。
 ミネラル・ウォーターのペットボトルを取り出して、食道にへばりついたカプセルを流し込む。
 カーテンを開けて、ベッドに腰掛ける。

 慎二はバベルの塔のコックピットの窓から外を見た。
 垂れ込める霧の上に、ツインタワーが、鋼鉄の鎧に覆われた二人の巨人のように聳え立ち、その間には昇ったばかりの太陽が、静かに燃える原子炉のように浮かんでいた。
 対極に位置して、決して相容れるはずのない、先端テクノロジーと大自然が、慎二の目の前で奇妙な融合を見せていた。それはあたかも、インテリジェンス・ビルに象徴されるテクノロジーの正義と、大自然を象徴する太陽の神が、邪悪の権化バベルの塔に聖戦を挑んでいるかのようだった。
 ともにバブル経済の子宮の中から産声を上げた兄弟だが、賢兄のツインタワーと、その愚弟『レジデンス・ミラ』は、いつの間にか憎しみの中で対峙しているように思われた。

 蝶番のボルトと安全装置のストッパーをドライバーとレンチを使って取り去り、窓を枠ごと取り外すのに、大して時間はかからなかった。

 窓が取り除かれた空間から入ってくる、夏の早朝の風が、慎二の顔を撫でた。
 タバコに火をつける。
 深く一服だけ吸って、ツインタワーに向けて指で弾き飛ばす。
 そのタバコが視界から消えると同時に、慎二はイカロスの翼を広げて、バベルの塔のてっぺんから、クリムゾン・レーキの太陽をめがけて、都会の霧の海へと勢いよくダイブした。
                 
                              (了)
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