【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》

古都、薬を売る老翁(壷公)がいた。翁は日暮に壺の中に躍り入る。壺の中は天地、日月があり、宮殿・楼閣は荘厳であった・・・・

現代の探検家《河江肖剰》 =019=

2017-06-12 06:04:57 | 浪漫紀行・漫遊之譜

○◎ Great and Grand Japanese_Explorer  ◎○

新たなピラミッド像を追って、エジプト考古学の魅惑の世界=河江肖剰=

= Webナショジオ_“河江肖剰-新たなピラミッド像を追って”より転載・補講 =

☠ 発掘調査と先端技術によって、古代のピラミットの実像に迫る ☠

◇◆ エジプト革命と発掘隊の危機管理 = 3/3= ◇◆

革命時の対策 / 3 (その他)

3-1 FAXを確保。避難の際のチケット発券は、海外からFAXで送ってもらうか(ネットが使えないため、紙にプリントアウトしたものがカイロ空港で必要だった)、あるいは空港で並び、正規料金のチケットを現地通貨の現金で購入(ネットが使えないため、為替レートが不明)。

3-2 銀行が使えなくなるため、まとまった現金を用意しておく。

3-3 近親者への連絡(希望者のみ)。

3-4 近所の人々と日頃からのコミュニケーション、特に「挨拶」(エジプトではとても大事)を行っておくこと。

 上記の骨組みでもあるが、サブリーダーだった私が特に気をつけたのは、下記の4つである。

1 緊急時の対策を明確にし、「繰り返し」メンバーに伝えること。

隊員がナーバスになるのは、状況よりもむしろ対策を知らないからである。最悪のケースの対応・対処方法を必ず最初に伝えておくこと(早朝のミーティングで毎日伝えた)。

2 情報の共有化。

噂は不安をかき立てる。情報の共有化を図ることで、なにか起きたときに、メンバー間で役割を分担して対処するようにする。

3 日常生活を続ける努力。

特に食事と睡眠を十分にとり、部屋を清潔に保ち、そして発掘や研究にかかわる作業(普段やっているような仕事)を与えること。

4 笑い。

あらゆる状況が深刻になりつつあるなか、これを特に注意した。電気がないときは、ろくそくをつけて夕食を食べながら、「なんてロマンチックな雰囲気だ。ここから恋が始まりそうだ」などとジョークを言い合い、よく笑っていたと思う。

エジプト革命の終焉

 結局、2月11日、30年近くにわたり続いたムバラク政権は崩壊し、エジプト軍最高評議会が全権を掌握することで、事態の収拾を図ることになった。

 遺跡の閉鎖は解除され、私たちも発掘作業を再開した。 政権崩壊後、多くの現場では遺跡の盗掘、博物館や倉庫では略奪が起こった。 しかし、ピラミッド・タウンは住居跡であり、墓で発見される財宝などはないため、特に問題もなく、私たちはまた日干しれんがの壁や、土器の欠片や封泥など、古代の日常生活の跡を求めて発掘していった。

 エジプト革命は、間違いなく、私たちがこれまで経験したことがない、国を揺るがす歴史の変曲点だった。 しかし、ときおり発掘の合間に一息ついてピラミッドを眺めると、この変革すらも、ピラミッドにとっては歴史の一場面に過ぎないのだろうと感じた。建造されてから4500年という時間の長さに、改めて感嘆せざるを得なかった。

 =資料・文献=

エジプト・ピラミッド学(9) :  ピラミッドの建造・その二

フランス人建築家ジャン・ピエール・ウーダンは、傾斜路を使用したのは途中までで、それ以降はピラミッドのふちに沿って螺旋状の内部トンネルを造りながら石材を運んだとする「内部トンネル説」を主張している。 なお内部トンネルの存在は、一部のピラミッドでは存在が確認されている。 ウーダンは同時にクフ王のピラミッドの大回廊の存在意義についても、石を引きあげるためのつり合いバラストのための空間であると説明している。

そのためフランス人建築家ジャン・ピエール・ウーダンは、傾斜路を使用したのは途中までで、それ以降はピラミッドのふちに沿って螺旋状の内部トンネルを造りながら石材を運んだとする「内部トンネル説」を主張している。 なお内部トンネルの存在は、一部のピラミッドでは存在が確認されている。 ウーダンは同時にクフ王のピラミッドの大回廊の存在意義についても、石を引きあげるためのつり合いバラストのための空間であると説明している。

大林組は1978年に、現代の技術ならクフ王の大ピラミッドをどのように建設するかについて研究する企画を実行した。 それによれば総工費1250億円、工期5年、最盛期の従業者人数3500人という数字が弾き出された。 1立方m当たりの価格は、コンクリートダムが2万4000円前後に対してピラミッドは4万8000円になるという(金額は当時のもの)。なおこの試算に対して、1960年代アブ・シンベル神殿の移設に重機による5年かけて解体されたのは2200のブロック、それに対してピラミッドは200万個以上と現代でも可能なのかと疑問を呈されることもある。

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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