【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》

古都、薬を売る老翁(壷公)がいた。翁は日暮に壺の中に躍り入る。壺の中は天地、日月があり、宮殿・楼閣は荘厳であった・・・・

現代の探検家《田邊優貴子》 =87=

2017-04-05 12:40:04 | 浪漫紀行・漫遊之譜

○◎ Great and Grand Japanese_Explorer  ◎○

  ○ 北極・南極、アァー 素敵な地球のはて =田邊優貴子= ○

= WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社 より転載 =

◇◆ 旅に出る理由 = 1/4= ◇◆

  2003年8月、アンカレッジ空港に到着した私は、2年前とはまったく違う風景に驚いていた。 あんなにも白いベールで覆われ、夜が支配していた世界はどこにもない。 季節は夏。 町も人々も木々もすべて活気に満ちていた。

 到着した翌日、アンカレッジのスーパーマーケットで食糧を買い込み、旅の準備をして、私はプリンスウィリアム湾へ向かった。 まずはカヤックで氷河の海を旅することにしていたのだ。 プリンスウィリアム湾に到着すると、あいにくの天候だった。

 どんよりとした空、鏡のようにピタッと止まった海。 氷河で削られた急峻な山々が連なり、いくつもの氷河が海に落ち込んでいる。海の上にはいくつもの氷山が浮かび、低く垂れ込めた霧のような雲のようなベールが、まるで生き物のように姿を変えながら山と氷山の間を動いていく。  少し湿気を帯びた空気、不気味な静けさが漂っていた。

 カヤックを海に浮かべ、ゆっくりと漕ぎ出した。 静寂のなか、聞こえるのはカヤックのオールで水を漕ぐ音だけ。 時折、カヤックの横にアザラシが顔を出し不思議そうについてくる。

 徐々に奥へ進み、小さな氷山が無数に浮いている入り江に入っていった。 吸い込まれそうなほど青い色をした氷山と氷山の間を通ろうとしたそのとき、不意に上空から静けさを切る音が聞こえてきた。 バサーッ バサーーッ 大きくて黄色の鋭いくちばし、悠然と黒い翼を広げて羽ばたく、白い頭をした一羽の鳥。 その鳥は目の前の氷山の上にスッと降り立った。 翼を折りたたみ、すべてを見透かすような鋭い目でじっと私を見下ろしていた。 

(ハクトウワシ……) 写真でしか見たことのないその鳥の名前を私は心の中でつぶやいた。 その氷山に近づくと、すぐにハクトウワシは飛び立ち、頭上を通り過ぎてどこかへ消えていった。

 カヤックの旅を終えた私は、デナリ国立公園に向かった。 そこにはツンドラの原野がどこまでも果てしなく広がり、いくつもの蛇行した川が流れている。 短い極北の夏はそろそろ終わりに近づき、もう紅葉が始まる、そんな季節だった。 私は、一瞬でその世界に心奪われてしまった。

 気の遠くなるような広がりのなか、毎日原野を歩き、真っ赤に熟した甘いブルーベリーを食べた。 人の気配がまったくない川べりにたたずみ、キラキラと光りながら流れる水面(みなも)をただ眺めた。 小高い丘に登り、頭上に吹く夏の終わりの風を感じながら、眼下に広がるツンドラの絨毯といくつもの湖沼や川を一日中、見続けた。 22時を過ぎて太陽がやっと沈み、短い夜が来ると、たき火をして暖まった。

 いつものようにふかふかのツンドラのカーペットを歩き、ワンダーレイクという湖の畔まで向かっていたある日、私は起伏の向こうに動く茶色いものを見つけた。 距離にして200メートルほど。  瞬時に緊張が走った。 恐らく親子だろう、2頭のグリズリーだった。

 極北の原野で生を営む野生のグリズリーに初めて出会った。 あの小学生のときに観た映像のなかでも、ひときわ強烈な存在だった。 それ以来、ずっと会いたかった。とてもとても会いたかった。 2頭のグリズリーは、必死にブルーベリーを枝ごと貪っている。  冬眠に向けて脂肪を蓄えているのだろう、その体はとても大きくまるまるとしていた。

 なんという存在感なのだろう。 彼らの姿をついに目前にすることができて、私のなかには緊張感とともに大きな感慨があった。

 9月に入り、ある朝、テントから顔を出すと、そこから見える光景に私は目を疑った。  たったの一晩で、世界の色がガラリと変わっていたのだ。 赤い……真っ赤だ…………。

 気温が低下し、急激に紅葉が進んでいたのである。  もはや昨日とはまったく違う。 ツンドラの原野は燃えるような赤い色になっていた。  またたく間に秋が訪れていた。
 ふと原野のはるか向こうに目を向けると、上空に真っ白な小さい雲が光り輝いていた。 周囲の雲とはまったく色が違う。なぜあの部分だけ……不思議に思ってじっと見つめていると、私は信じられないことに気づいた。

 その瞬間、体から頭に血がのぼるような感覚になった。 地平線よりはるか空高くに浮かんでいたその雲は、雲ではなく、なんとマッキンリーの一部だったのだ。 信じがたいほど高い位置にそれはあった。 しかも、山頂と他の部分は雲で覆われ、全貌が見えない。 つまり、見えているのは山頂の部分でさえもないのである。 私はもういても立ってもいられない、叫びだしたい気持ちだった。

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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