【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》

古都、薬を売る老翁(壷公)がいた。翁は日暮に壺の中に躍り入る。壺の中は天地、日月があり、宮殿・楼閣は荘厳であった・・・・

現代の探検家《河江肖剰》 =037=

2017-07-18 06:06:02 | 浪漫紀行・漫遊之譜

○◎ Great and Grand Japanese_Explorer  ◎○

新たなピラミッド像を追って、エジプト考古学の魅惑の世界=河江肖剰=

= Webナショジオ_“河江肖剰-新たなピラミッド像を追って”より転載・補講 =

☠ 発掘調査と先端技術によって、古代のピラミットの実像に迫る ☠

◇◆ ピラミッドに新たな〝未知なる空間“の発見(前編) = 1/2= ◇◆

昨年からギザの大ピラミッドに「未知の空間」が存在しているのではないかというニュースが、世界的に報道されている。

 報道されている場所は、ピラミッドの北面の入口上部に設けられた切妻の形をした巨大な石灰岩の裏と、北東の角105メートル付近の2カ所である(さらにまだある可能性も指摘されている)。

 空間の存在を検出したのは、国際プロジェクト「スキャン・ピラミッド計画」の中核をなす名古屋大学理学研究科チームが用いた最先端技術「宇宙線ミューオンラジオグラフィ」と、フランスチームが用いた「ミューオン・テレスコープ」だ。どちらも宇宙線ミューオンを検出することで、X線と同じように、非破壊で物質内部を可視化する技術だ。

 こういった発見に対して、多くのエジプト考古学者は慎重な姿勢を示している。空間の存在は否定していないが、それが一般に期待されているような秘密の部屋やミイラや財宝に繋がるとは考えていないからだ。

 実はこれまでにも数多くの「科学的調査」が行われてきた。そのたびに未知の空間の存在が指摘され、時には穴が開けられて内部が調べられたが、結局なかには何もなかったり、単に充填材が埋まっているだけだったりということがあったためだ。

古代から中世にかけて記された「未知の空間」

 大ピラミッド内部に何か秘密の空間があるといった記述は、古くは古代エジプト人が残している。

 現在ベルリンのエジプト博物館に収蔵されている「ウエストカー・パピルス」は大ピラミッドが建造されてから800年ほど後に記されたものだが、そこには千一夜物語のように、父クフのために、息子の王子たちが次々に面白い物語を聞かせる話が載っている。

 物語のクライマックスは、息子の1人であるホルジェデフが、ジェディという魔術師の話をするところから始まる。彼は110歳でいながら壮健で、1日500斤のパンと、牛の肩肉と100杯のビールをたいらげ、死者をよみがえらせることができ、なにより「トト神の聖なる部屋の数」を知っているという。

 「トト神の聖なる部屋の数」は、クフ王が、「自らの墓所に同じことをするために」、なんとしても知りたい数だった。残念ながらパピルスが朽ちてなくなっているため、この数が何を意味しているのか、またクフ王は果たしてその数を知ることができたのかを知ることはできないが、秘密の空間を想像させる物語ではないだろうか(ただ、ピラミッド内部の全ての部屋は、もともと聖なる空間であり、秘密の空間だったはずだ)。

 紀元前5世紀にエジプトを訪れた歴史の父ヘロドトスも、興味深い話を当時の神官から聞いている。

ピラミッドの立つ丘の中腹をえぐって地下室も造られた。 これは王が自分の墓室として造らせたもので、ナイルから掘割を通して水をひき、さながら島のように孤立させてある。(ヘロドトス(松平千秋訳)、『歴史』、岩波書店、1971より)

 しかしこれは大ピラミッドのことではなさそうだ。 1945年にカフラー王の参道横で発見された「オシリスの竪坑」と呼ばれる深さ35メートル以上の複合墓には地下水の水路があることから、ここがヘロドトスの伝え聞いた場所ではないかと考えられている。そして、もちろんクフ王とは関連がない。

 7世紀以降のイスラムの時代にも、ピラミッド内部についての話が残されている。内部に侵入したという初めての記述は、日本でも有名な『千一夜物語』に登場する。820年頃にエジプトを統治した「カリフ、アル=マアムーンとピラミッドの話」として398夜目に、歌姫シェヘラザードが次のように語っている。

=資料・文献=

エジプトの神々 ・アメン

アメン(Amenは、古代エジプト太陽神。 アモン(Ammon)、アムン(Amun)と表記されることもある。 その名は「隠されたもの」を意味する。 元々はナイル川東岸のテーベ(現・ルクソール)地方の大気の守護神、豊饒神である。 中王国時代第11王朝メンチュヘテプ2世テーベを首都としてエジプトを再統一して以来、末期王朝時代の第30王朝までの1,700年余りにわたり、ラー神と一体化、「ラー=アメン」としてエジプトの歴史・文明の中心に位置し、エジプトの神々の主神とされた。

第12王朝の王アメン・エム・ハト、新王国時代第18王朝の王トゥト・アンク・アメンなど歴代のファラオの名にも含まれている。 新王国に、アメン神殿と祭司団は絶大な権力をふるい、アメンホテプ4世の一時的反発を圧殺した。


エジプト最大の神殿であるカルナック神殿に祭られており、神殿の大列柱室などに見られる数々の壁画には、2枚の羽を冠した人物像として刻み込まれている。 また牡羊として表現されることもある。 世界遺産第一号であるアブシンベル神殿内の至聖所に座するその像は、第19王朝のファラオであったラムセス2世像とともに、春と秋の特定の日に1回ずつ、奥まで届く太陽の光によって照らし出されるようにするために、天文学的計算に基づいた配置となっている。

マケドニアのアレクサンドロス大王は、エジプト入りを果たした紀元前332年、古代エジプトの偉大な文明にいたく感動し、自らを「アモンの息子」と称した。 (詳しくは「アレクサンドロス3世#エジプトの征服」を参照) また、神々の主とされることから、ギリシア人はゼウスと、ローマ人はユーピテルと同一視した。

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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