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オオハルシャギク

 先日のニュースにあったが、奈良市の平城宮跡で出土した “天平神護元年(765年)” と記された木簡にペルシャ人の役人とみられる “破斯清通” という名前があったことが、奈良文化財研究所の調査でわかった。 “破斯” はペルシャを意味する中国語の “波斯” と同義で、国内の出土品でペルシャ人を示す文字が確認されたのは初めてだという。奈良の都が国際性豊かだったということを示す証拠であり、朱雀大路をペルシャ人が歩く姿を想像するのがとても面白い。
 写真は秋風に揺れる「オオハルシャギク(大波斯菊・大春車菊)」。キク科コスモス属の帰化植物で「コスモス」と呼ぶのが一般的。メキシコ原産で日本へ入ってきたのは幕末~明治初期。その後、全国に拡がっていった。 “波斯” の名前が付いているが、こちらはペルシャとは無関係。ちなみにコスモスの名は、18世紀末にメキシコからスペインに入ってから付けられたという。コスモスには “宇宙” のほか、 “美しい” “秩序” という意味があり、花びらが整然と並んで美しいことに由来したようだ。
 “秋桜” を “コスモス” と読むようになったのは、今から39年前の昭和52年に山口百恵さんが歌った 『秋桜』 がヒットしてからだが、同じ年に狩人も 『コスモス街道』 を歌っていた。その年の歌謡曲年間ランキングでは 『コスモス街道』 が31位で 『秋桜』 は36位になっている。ちなみに第1位はピンクレディの 『渚のシンドバッド』 で、15位には狩人の 『あずさ2号』 があり、19位、20位、21位に山口百恵さんの 『赤い衝撃』 『イミテーション・ゴールド』 『夢先案内人』 の3曲が続いた。とても懐かしいので、少し長くなるがこの年に流行った歌謡曲をいくつか挙げてみよう。第2位は 『青春時代(森田公一とトップギャラン)』で、以下、4位『勝手にしやがれ(沢田研二)』 6位『雨やどり(さだまさし)』 11位『北の宿から(都はるみ)』 16位『津軽海峡冬景色(石川さゆり)』 18位『愛のメモリー(松崎しげる)』 27位『やさしい悪魔(キャンディーズ)』 43位『酒と泪と男と女(河島英五)』 などなど。皆さんのカラオケの十八番も入っているのではないだろうか。

♪♪バスを降りれば からまつ林
  日除けのおりた 白いレストラン
  秋の避暑地で 出会う人はみな
  なぜか目を 目を伏せて
  なぜか目を 伏せ歩きます
  コスモスの花は 今でも咲いていますか
  あの日の二人を
  まだあなたは覚えていますか
  愛されなくても 最後まで
  のぞみを捨てずにいたかった
  右は越後へ行く 北の道
  左は木曽まで行く 中山道
  続いてる コスモスの道が
(『コスモス街道』
作詞:竜真知子 作曲:都倉俊一 歌:狩人)
(JASRAC許諾第J160121986号)
コメント ( 8 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (平家蟹)
2016-10-11 19:32:00
写真を見て、えっコスモスと画像を間違えたかと思ったけど日本名をオオハルシャギクと言うんですか。
コスモスそのものが花の名前としてはすっかり日本語になっていますね。
あのニュースは私も見ましたが当時西域の人が来ていたのは歴史の本か何かで呼んだ気もしますが役人にもなっていたんですね。
当然日本語も出来たし漢字も読み書きできたんでしょうね。
当時の貧弱な交通網で来れただけでも凄いのに役人にまでなっていたとはね。
 
 
 
平家蟹様 (多摩NTの住人)
2016-10-11 21:01:23
コメント有り難うございます。オオハルシャギクという名前になぜ“波斯”が付いたのでしょうかね。ペルシャ人の役人のお仕事は何だったのか知りたいですね。
 
 
 
名文ですね。 (ぶちょうほう)
2016-10-12 08:08:13
多摩ニュータウンの住人様 こんにちは
この記事をざっと読んで、名文だと思いました。
内容盛りだくさんのものを、じつにスッキリとご紹介くださいました。
今回は花のことはさることながら、そこから派生したあの頃の音楽にも思いを馳せさせていただきました。
あの名曲「酒と泪と男と女」が43位で、今は誰も歌わない「渚のシンドバッド」が第1位ですか。

あの世界は人気稼業とは言いますが、”歴史の審判”とは良く言ったものですね。
 
 
 
オオハルシャギク (かなこ)
2016-10-12 11:01:30
多摩NTの住人さん今日は。
コスモスの由来から名前の変化それと漢字まで判りやすくお勉強になりました。
全然知らなかった世界でした。
日本には古くから異国の方が来ていらしたのですね。
どうやって日本に・・・やっぱり船でしょうね。
広大なロマンですね。

今読んで知る歴史小説湯女にもやっぱり異国の方が出てきます。
 
 
 
オオハルシャギク (がちゃばば)
2016-10-12 11:39:48
分かりやすい解説、懐かしい曲名、楽しく勉強させていただきました。いつも感心しているのは、多摩さんの文才です。
私がコスモスが好きなのは、弱そうに見えて強い野の花と言う印象です。
 
 
 
ぶちょうほう様 (多摩NTの住人)
2016-10-12 13:07:24
コメント有り難うございます。お褒めの言葉をいただき恐縮です。コスモスの記事を書いていたら、ちょうど木簡のニュースが流れてきたので、合わせ業になりました。確かに今「渚のシンドバッド」を歌う人はほとんどいないでしょうね。
 
 
 
かなこ様 (多摩NTの住人)
2016-10-12 13:15:11
コメント有り難うございます。あの時代は遠くへ行くのは並大抵のことではなかったでしょうね。中国まではシルクロードで来たのでしょうね。
 
 
 
がちゃばば様 (多摩NTの住人)
2016-10-12 13:16:43
コメント有り難うございます。あの頃はテレビの歌番組が多かったので、良く聴いていました。コスモスを見るとあの頃の歌が思い浮かびます。
 
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