偏平足

山の石仏を訪ねて放浪中。その折々に出会った石仏を案内。

石仏730小手森山(福島)小手森山

2017年05月15日 | 登山

小手森山(こてもりやま) 小手森山(こてもりやま) 

【データ】 小手森山 576メートル(国土地理地図に山名無し。関沢集落南西の576.0三角点)▼最寄駅 JR常磐線・原町駅▼登山口 福島県飯舘村関沢集落▼石仏 小手森山山頂、地図の赤丸印▼地図は国土地理ホームページより

【案内】 小手森山の山頂に立つ四基の石塔はみな南を向いている。南の山麓に登山口か石塔に関係する寺社があったのだろうが見当たらず、山へは北側にある道標に従って登った。

 山頂に立つ石塔は「大正四年」造立の「古峯神社」「大山神」「天皇陛下即位記念」と、少し南に下がった尾根に立つ「小手森山」。古峯神社は栃木県鹿沼市古峰ヶ原にある火伏で知られた神社。大山神は山の神であり、日本神話から探すと大山祇(おおやまつみ)神。二基とも高さ78センチ、造立年も書体も同じで発起人は6名。いずれも知られた神である。それに対して小手森山は高さ57センチで貧弱な書体。造立者として2名の銘があるものの、この山に鎮座する個人的な祭神と思われる。
 『飯舘村史』に〝小手の森〟の伝承が記されている。史実に照らして要約すると、崇峻天皇の妃・小手子は蜂子皇子を産むが、夫の暗殺で別れ別れになってしまう。その王子が逃れた出羽の羽黒山を探して小手子は奥州に下ったが、飯舘村まで来てあきらめたという。そしてここまで来た証として、山に小手の森と名付けてほしいと願い、それが山名になったと伝えられている。その小手子を祀ったのが小手森山の石塔なのだろう。

【独り言】 このブログでは伝承にはあまり触れたくないのですが、東北の里山の信仰を語るときには避けては通れない部分があります。どうしても取りあげたいときは、信ぴょう性のある伝承を選ぶようにしています。先に案内した小手子も飛鳥時代の仏教が伝来したころの設定ですから、取り上げるまでもなかったのですが、情報がないので取り上げました。伝承の話はまだ続きます。

 飯舘村西隣の川俣町には、小手子を祀った機織神社=写真上=があります。川俣町地方は小手郷といわれた織物の街です。機織りを伝えたのが小手子とされています。小手子はこの地で亡くなり、その亡骸を葬ったのが川俣町の北西にある姫神山=写真下、山頂の岩が御神体=だそうです。
 川俣町も含めたこの地方には小手子を祭神とする「機織神」銘の石塔もあります。ところが小手森山がある飯舘村には機織神はありません。あるのは養蚕の神とされた「大国社、山津見神社、蛇類明神 蚕神」などです。養蚕と機織りの神は違うということのようです。

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