偏平足

里山の石神・石仏探訪

石仏193大戸岳(福島)

2009年05月11日 | 登山

大戸岳(おおとだけ) 風の三郎(かぜのさぶろう)

193  【データ】大戸岳 1416メートル▼25000地図 上三寄▼最寄駅 会津鉄道・芦ノ牧温泉駅▼登山口 福島県会津若松市大戸町高川の闇川集落▼石仏 山頂手前の小ピーク

1931  【案内】大戸岳の一角に風の三郎を祀ったピークがあることは、佐藤敏彦氏の『会津の山々・尾瀬』(修道社。昭和36年)で知った。その後も大戸山を紹介する人は必ずこの神の所在を書いている。しかし風の三郎の正体は不明であった。新潟と福島の一部に風の神を「風の三郎」と呼ぶ地方があることが分かったのは、木村博氏の「風神信仰1932 1933 論・風の三郎をめぐって」(『日本民俗学86』日本民俗学会、昭和48年)。木村氏は山形や伊豆の例も紹介しながら、民俗学の世界でもほとんど取り上げられていないこの神を探り、「風神の零落した姿」と推測している。石仏としては新潟に若干あるだけ。その姿はさまざまだが、風袋をかつぐ風神に近い像容が多い。大戸岳の風の三郎は山頂手前の頂に祀られている石祠。流れ造り屋根の一般的な石祠で文字等は刻まれていない。石祠のある稜線は両側が切れ落ちたやせ尾根。谷から風が吹き上げてくる風の神を祀るには格好の場所である。かつては小荒岐の出会いまで車で入れたが、栽培している山菜やきのこの盗難、廃棄物の不法投棄を防ぐため林道は閉鎖。闇川集落の神社前に駐車場が用意されている。写真下は新潟県湯沢町の風の三郎。

 【独り言】『会津の山々・尾瀬』で佐藤敏彦氏は、登山口にある姥神を「飯豊にあ1934 1935 たよりに姥神を見たのは平成2年、それ以来の対面です。台座には「大戸岳」と刻まれていました。佐藤氏はここから小荒岐の沢をつめ、途中の不動滝を「針金に伝わりながらこれを遠まきに」に登り、風の三郎の手前に出ています。この滝の名称や針金などから、かつては大戸岳の信仰の道が沢沿いにあった様子が読み取れます。その大戸岳の信仰がどれほどのものであったかは分かりませんが、闇川の集落に立つ供養塔や姥神からみて、組織化された信仰があったと思われます。北斜面を登る大戸岳。5月はじめ、稜線に出る手前のトラバースルートは一部残雪で埋まっていました。雨の中、霧で視界数メートル。踏み跡なし。ブナの木につけられた赤い矢印をたよりに稜1936_2 線をめざすと、運よくそれらしいところに飛び出してホット一息。下降点の木に目印のテープを巻きつけて、風の三郎に向かいました。稜線の道について佐藤氏は「年一回七月二十一日の山頂の石祠の祭りには五穀豊じょうを祈って入る登拝路であるから立派に手入れされている」と書いていますが、今その様子は感じられませんでした。

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