偏平足

山の石仏を訪ねて放浪中。その折々に出会った石仏を案内。

石仏724達磨山(長野)達磨

2017年04月24日 | 登山

達磨山(だるまやま) 達磨(だるま)

【データ】 達磨山 1429メートル(国土地理院地図に山名無し。達磨堂東の1429.7三角点)▼最寄駅 JR北陸新幹線・上田駅▼登山口 長野県上田市真田町長の真田氏本城跡▼石仏 達磨堂(地図の赤丸印。青丸は記念碑記号の石燈籠、緑丸は城跡の奥山半蔵坊大権現▼地図は国土地理ホームページより

【案内】 国土地理の地図には、真田氏本城跡から東の山に向かう道の行き着くところに達磨堂と記されている場所がある。それがここ案内する達磨が鎮座する所で、谷奥の岩壁下の岩屋に祀られている。本城跡から始まる林道の入り口に自然石を利用した豪快な石燈籠がある。林道終点にある記念碑記号も同じ石燈籠で、ここから沢沿いの山道となる。たいして登ることもない道はやがて二俣となり、左は達磨山、右の沢沿いの道に入るとすぐ達磨堂入り口に着く。かつては建物があったような石垣が残る一角で、ここからさらに沢の右岸の踏み跡を登ると岩壁に突き当たる。その岩の基部を右にトラバースすると達磨堂だ。天然の岩屋からなる達磨堂は巾2メートル、高さ2.5、奥行き3メートルの大きさ、正面奥の須弥壇風の場所に達磨と石仏が鎮座している。

 達磨はインドから北魏期(386~534)の中国に入り、禅宗を開いた僧。その坐禅の姿が後に手足のない‷だるま〟になったとされている。達磨堂の達磨の高さは50センチ。だるま市で売られている縁起物の達磨と同じ像容である。問題は達磨の脇に座る法界定印の石仏。高さ65センチのずっしりした坐像で、背面に「干時延宝九辛酉天(1681)」銘がある。法界定印の印は胎蔵界大日如来や坐像釈迦如来に見られる印相だが、大日特有の宝冠や如来を表す頭部の螺髪(らほつ)や肉髻(にっけい)がないことから、この像は僧であろう。また、法界定印は坐禅の時の基本印でもあることから、僧が坐禅を組んでいる姿であり、ここは達磨堂であるから〝達磨〟としておく。岩谷の前には広い空間が広がり、岩の基部の大量の瓦が積まれているところから、大きな御堂があったことが想像できる。
 達磨山へは岩壁の基部を戻り、そのまま左にトラバースして行けば、二俣から登ってきた道に合流できる。すぐ上は送電線の鉄塔が建つ尾根。さらに小ピークを二つ越えて山頂に達する。

【独り言1】 達磨の髭 禅宗の開祖達磨にしても縁起物のだるまにしても髭が特徴です。この髭は壁面九年坐禅の象徴ですから、達磨堂の僧形石像を達磨としたものの髭がないのがちょっと不満ではあります。ところがその隣にあるだるまにも髭がないのです。石像で髭を表現するのはそれほど難しいことではないはずですが、ありません。ところで如来にも髭がありますが、木彫のほとんどは描いています。しかし石像の如来で髭を描いたものは見た記憶がありません。こんな状況ですから、達磨に髭がなくてもいいのだと思います。
【独り言2】 登山口の真田氏本城跡は、上田城築城以前の真田氏の本城であったと推定されている山城です。そこに「奥山半僧坊大権現」銘の石塔がありました。半蔵坊は静岡県浜松市北区引佐町の富幕山山麓にある方広寺の別称であり守護神でもあります。これが火伏の守護として中部地方に勧請されたのは明治になってからのようです。ほとんどが文字塔ですが、その姿は長い杖を持つ僧形の天狗です。このブログの富幕山(静岡)で案内しました。



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