偏平足

山の石仏を訪ねて放浪中。その折々に出会った石仏を案内。

石仏701女体山(栃木)仁王

2016年12月19日 | 登山

女体山(にょたいさん) 仁王(におう)



【データ】 女体山 409メートル▼最寄駅 JR烏山線・烏山駅▼登山口 栃木県那珂川町脇郷と荒沢の間にある東堂山▼石仏 東堂山山頂北の神社、地図の赤丸印。青丸は登山口、緑丸は呑龍山▼地図は国土地理ホームページより


【案内】 女体山は小さな里山。登山口は地図では南麓の脇郷集落からだが道がわからず、登山口表示がある南西の東堂山神社から登った。神社から山頂まで踏み跡が続く。ここに案内する仁王は、山頂の北にある神社の参道に立つ。この神社の名称については確認ができなかったが、建物内部に社殿があるので神社であることは確かだ。神社から脇郷集落の方へ参道が下っていて、すぐ下の三門に仁王が立つ。三門としたが本来は仁王門であり、神社としたが古くは寺院たったのだろう。
 門は相当くたびれているのに対し、仁王は阿像・吽像とも高さ105センチと小ぶりながら風化もなく秀作である。仁王に造立年銘はないものの、古いものという印象。最近の寺院には中国製の迫力ある石造仁王が立つ傾向にあるが、関東の寺院に古くからある石造仁王は木彫に比べればいたって平凡である。女体山から近い大田原市黒羽田町の大雄寺参道に立つ石造仁王も迫力がない。しかし関東の山で石造の仁王があるところは珍しく、このブログでは埼玉県の観音山で、拙著『里山の石仏巡礼』(山と渓谷社、平成18年)では、千葉県の高宕山、茨城県の竪破山で案内した。


【独り言】 東堂山、呑龍山 仁王を覆うくたびれた三門には、昭和34年に寄附を元に土台を修理したことを記した木札が打ち付けてありました。門の土台か仁王かはわかりませんが、それ以来手をくわえることはなかったのでしょう。もし、仁王が木彫だったとすると、とうに朽ち果てていたかもしれません。これまで山の中の仁王門の仁王が朽ちていく例をいくつも見ていますから、それを石造にした女体山山麓の人たちは先見の目があったといえます。


 女体山一帯の人々は信仰心も厚かったのでしょう。登山口の「東堂山」=写真上=は、福島県の阿武隈山中の小野町にある馬の守護で知られた東堂山から勧請したお堂です。北山麓の馬坂の山中には「呑龍山」=写真下=が祀られていました。呑龍は群馬県太田市の金山山麓に建つ大光院の僧です。

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