偏平足

山の石仏を訪ねて放浪中。その折々に出会った石仏を案内。

石仏743奈良倉山(山梨)大山祇神 大嶽山

2017年07月14日 | 登山

奈良倉山(ならくらやま) 大山祇神(おおやまつみのかみ) 大嶽山(おおだけさん)

【データ】 奈良倉山 1348メートル▼最寄駅 JR中央本線・猿橋駅▼登山口 山梨県小菅村の松姫峠▼石仏 奈良倉山山頂南面下、地図の赤丸印。青丸は松姫峠▼地図は国土地理院ホームページより

 【案内】 奈良倉山から佐野峠の方に下り始めた山中に「大山祇神」銘の石塔が立つ。「昭和四十五年」に「駿河製紙山田金吾」の銘もある高さ95センチの石塔。「大山祇神」は愛媛県今治市大三島の神で、これが山の神として石造物に登場するのは近世末期から。その理由として『続日本の石仏図典』(注1)には、「各地に民間で祀られている零細な山の神は、通常は固有の祭神名を与えられていないが、神名を特定しようとするときは、大山祇命を当てることが多い」とある。その背景には、江戸時代に盛んになった日本固有の文化や精神を明らかにしようとした国学があった。神仏混淆で別当寺に支配されてきた神社が、祭神を見直し始めたこの動きは、明治になると廃仏毀釈となっていった。こうして山の神は大山祇神という神名を得て、これが現代では山の神として定着した感がある。大護八郎氏の『山の神の像と祭り』(注2)には、日本各地の猟師や木地師農民などの日本各地の山の神の神名と像容が紹介されている。
(注1)日本石仏協会『続日本の石仏図典』平成7年、国書刊行会
(注2)大護八郎氏著『山の神の像と祭り』昭和59年、国書刊行会


【独り言1】 大嶽山 奈良倉山へは、西にある松姫峠から登りました。昭和50年に開かれた小菅と猿橋を結ぶ峠です。松姫峠の開通から約40年後の平成26年、峠下に新たなトンネルが掘られ、いま松姫峠には小菅側だけからしか入れなくなっています。小菅側の入り口は小永田集落。集落外れの小ピークに「大嶽山」の石塔が祀られています。左右に「大天狗 小天狗」銘もあるいかにも権威ある神という形式の石塔です。大嶽山は、小菅村の東隣の東京都檜原村に鎮座する山の神です。山麓の大嶽神社で出す「大嶽大口真神」の御札は霊験があるようで、大嶽山山麓の広い範囲の農家の玄関に貼られている光景はこのブログの大嶽山で案内しました。


 【独り言2】 松姫峠 峠の名は山麓の集落名をつけることが多いものです。ときには峠を開いた人の名をつけることもありました。奈良倉山の松姫峠も人名で、これは武田信玄の四女・松姫にちなむ峠名です。それも道ができた昭和50年に付けられた新しい名称ですから、古い山の本にこの峠名はでてきません。松姫の名がついた経緯ですが、話は戦国時代末期の武田氏のことです。
 裏切り者続出で行く手を失った武田が最後に目指したのが大菩薩嶺の山麓田野にある天目山栖雲寺でした。一方、松姫一行は同じ大菩薩山麓で別行動を取っていました。どうにか逃げ延びた先が八王子の恩方だったことから、松姫一行は大菩薩峠近くの石丸峠からこの奈良倉山の尾根を通ったに違いないということで、松姫峠が誕生したようです。しかし、松姫一行が八王子に落ち延びた道はわかっていません。このとき松姫22歳。後に出家して信松尼となって武田の菩提を弔い、56歳で亡くなります。

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