とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

精神的努力は構造を超えない

2017-07-16 21:17:45 | 哲学・社会
ガラス戸が半空きになっている。

そこを家の中から外に出たいハエがガラス戸にぶつかっている。
ハエは視界が全てなので、そこに何があるのか分からない。必死に出ようとするも、よく分からず、立ち止まって考えることもせず、本能のままガラス戸にガンガン当たる。

ガラス戸は半空きなのだから、開いているところから出ればいい。しかしハエはそれができない。
直近の最短解を取ろうとする。そして失敗する。


さて、我々人間も学習しなければ、このハエと大差はない。精神的努力で何とかできると思い込みがちだ。

特に日本人はそうで、ものごとを成すには、それはもう異なる精神力は必要なのは私もそうだと思うが、しかしその精神力だけではだめなのだ。物語に成功や勝利を収めるには、見えないガラス戸の構造をそこにあることを認め、それを理解し、どこが通路として開いているのかを理解せねばならないのだ。

ここには観察、考察による作業仮説、検証、実証というプロセスが必要である。ハエにはそれができない。しかし学習した人間にはそれができる。

ものごとを根幹より変えるには、自分の身の回りの全体構造を理解し、どこに抜け道があるのかを理解し、そしてそこから脱出すべきであるのである。

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