とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

現在のプログラミング学習の社会認知について

2016-10-17 01:58:18 | 哲学・社会
その昔、コンピュータ学習と言えば非常なる偏見がつきものであった。
通常の人間関係が築けない人間の、逃げ場としての、人間として一段低い者が行うものとしての、そうした偏見があったのである。
ところが今は違う。こぞって社会が「やるべき」という認識に向かっている。良い傾向である。


将来成功するためにプログラミングを学ぶことがなぜナンセンスなのか
株式会社UEI代表取締役社長兼CEO 清水亮
2016年04月11日 05時20分
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20160408-OYT8T50062.html?page_no=1

 人生で成功するために学んでおくべきものの代表例はしばらく前まで、英語をはじめとした外国語だった。そこに今は、コンピュータのプログラミングが加わった。GoogleやFACEBOOK、amazonといった企業がIT技術を武器に世界市場を席巻し、そのカギを握るのが有能なプログラマーだからだ。中にはプログラマー出身の企業経営者も誕生している。それに呼応するように、教育現場でもプログラミングの学習熱が高まっているが、「最近はプログラミングを学ぶ意味をはき違えている人が多い」と、国内外でプログラミング教育を推進してきた清水さんが指摘している。

プログラミング教育ブームの到来

 最近、プログラミング教室が花盛りです。大人向けのものから、小学生などを対象にした子ども向けのもの、オンラインから実際の教室まで、それこそ百花繚乱。もはや流行ともいえるかもしれません。

 世界に目を向けても、子どもに対するSTEM教育、すなわち、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の教育が重要だと認識され、たとえば英国だと公共放送であるBBCが、100万台のコンピュータを11歳の児童に無償配布するなど、国を挙げて積極的な姿勢を見せています。

 我が国では2013(平成25)年に閣議決定された「世界最先端IT国家宣言」の要項に、プログラミングの義務教育化が盛り込まれたこともあり、そこからプログラミング教育に注目が集まりました。当時、筆者も第2次安倍内閣における科学技術政策担当として、内閣府特命担当大臣だった山本一太氏から招聘され、プログラミング教育の義務教育化を進言しています。そのほかにも、20年ほど前から、旧文部省(現・文部科学省)の嘱託を受け、主に同省管轄の学校法人に所属するプログラミング教育担当者を対象とした教材作成やカリキュラム作成に携わってきました。

 国内では東京、大阪、福島、新潟、札幌、海外ではボストン、ロサンゼルス、スウェーデンのウプサラ大学、タイのパタヤなど、世界中で様々な年齢、様々なバックグラウンドの人々にプログラミングを教える現場に関わってきています。いわばプログラミング教育を推進してきた当事者の一人だといえるでしょう。


長年携わってきて感じる変化とは

 そして今やってきたブームを踏まえてあらためて考えると、かつてに比べてプログラミングを学んでみたいという人々や、子どもにプログラミングを学ばせたい、という人々の動機に変化が生まれているように感じています。

 以前は「仕事上の必要性があってプログラミングを学びたい」とか「就職活動のためにプログラミングをマスターしたい」という実利的な動機が圧倒的に多かったのですが、近年は「常識として、プログラミングとは何か知っておきたい」といったようなものや、「こんなゲームで遊びたいから自分で作りたい」という、どちらかというと趣味や教養のために学ぶ人が増えてきました。

 普段はプログラミングに接点を持ち得ないような方までが関心を持ってくれた、ということ自体は、大変素晴らしいことだと思います。ただ現実をみたとき、プログラミングとは一口に言っても、それを構成する言語や開発環境、データベースやネットワークといった周辺知識まで含めれば、あまりにも膨大になっています。

 たとえば少々前に、アプリからサーバーまでプログラミングできるエンジニアを「フルスタックエンジニア」と呼ぼうとする風潮がありましたが、その「フルスタック」でさえ、実際には広大なプログラミングという世界における、ごく一部分への理解を指しているに過ぎませんでした。今や「プログラミングを学ぶ」ということは「学問を学ぶ」という言葉に等しいほど、その意味や、学ぶべき知識は多種多様となり、そしてその世界は今日も広がり続けています。

 それだけに、現実として広大に広がるプログラミング世界の深淵さを無視して、いきなり徒手空拳で、安易にプログラミングを教えることに、筆者は強い危機感を感じざるをえないのです。

 世界でも、そしてここ日本でも、プログラマー出身の企業経営者が成功をおさめる機会を見ることが増えました。それだけに「将来、子どもを成功者にするためにプログラミングを学ばせたい」と親が考えるのも、もちろん動機として理解できます。しかし、サッカーなどのスポーツやピアノなどの芸術とプログラミングの間には、大きく異なる点があります。それは、プログラミングでは決まった教え方などは定まっておらず、それどころか、一線のプロであっても毎年のように新技術や新しい言語を覚えなければならないという新陳代謝の激しい世界であるということです。

 たとえば今の技術に基づいて闇雲にゲームやアプリの作り方を学んでも、数年後にその技術は陳腐化して、おそらくほとんど役に立たないものになってしまいかねません。 

プログラミングを通じて何を学ぶべきなのか

 そのような現実を考えたとき、筆者がむしろ重要だと考えているのは、「備えた知識や経験を、道具として活用する方法を学ぶ」ということです。

 たとえば、筆者が三角関数を最初に意識して使ったのは、小学2年生の時のこと。3Dでコンピュータグラフィックを描くために、本を片手に、見よう見まねでプログラムを書いた際に用いました。

 次に、三角関数の有効性をしっかりと意識できたのは、小学5年生の時。学校の授業で、コンパスと定規だけを用いて図形を書くやりかたを教わったのですが、三角形、四角形、五角形、六角形まで教えてもらえるのに、七角形の説明をしてもらえなかった。そこで先生に質問したところ、戻ってきたのは「七角形を書くことはできない」という答えでした。それどころか「そんな図形は先生も見たことがない」というのです。

 しかし、三角関数を使ってプログラムを書けば、七角形でも一万角形でも自在に書けることを筆者は知っていました。そこで自宅に帰ると、早速プログラミングをして、七角形をプリントアウトし、翌日学校に持って行ったのです。

 筆者が社会人になってから驚いたのは、あまりに多くの人が、これほど便利な三角関数をほとんど実用的に使った経験がないということでした。実用的に使うことのできない知識というのは、絵に描いた餅と同じです。

 もしかすると、三角関数が難しすぎるのでしょうか? ところが、小学生にゲームプログラミングを教えると、彼らはすぐに三角関数を使いこなします。それどころか、三角関数の本質までも見抜き、即座にこれが手放せない道具であると理解し、モノにします。

 プログラミングによって得られる「学び」とは、知識を道具へ転換する方法そのものです。この視点を疎かにしていると、高い月謝を払って子供を教室に通わせた結果、コンピュータに対する苦手意識だけが醸成された、という事態にもなりかねません。

筆者が思い描くプログラミングの未来とは

 筆者らはそうした自らの思いや、独自に培った理論を証明するべく、今春から東京・秋葉原でプログラミング教室をスタートしました。対象となるのは、6歳以上16歳未満の子どもたち。筆者自身、6歳の頃からプログラミングしていたので、この教室では筆者が学んだのとほとんど同じ手法や段階を経て、教えています。

 その教室で重点を置いているのが、実は「紙」での学習。プログラミングと聞くと、キーボードをカチャカチャすることを想像する人も多いのではないでしょうか。しかし学校では依然として教科書やノートを使って勉強しているわけで、当然、プログラミングもその学習において、紙を通じてじっくりと学ぶ過程は大変に有益です。

 そもそも、なんでもできるPCの前に座れば、逆に何から手をつけたらいいか悩ましいし、子どもにいたっては、興奮して講義に集中できなくなります。そこでまず紙にまとめたものを用い、知識をステップ・バイ・ステップで理解してもらうようにしました。そして最後の最後に、PCに向き合ってプログラミングしてもらう。いわば総まとめとして、学んだことを実践するためにプログラミングする、というイメージでしょうか。

 これらの考え方は、もちろん大人であっても、プログラミングを学ぶに際し、とても有効な姿勢だと私は思います。だからこそ、筆者は本を通じて「プログラミングとは何なのか」「プログラミングでできることは何か」ということを繰り返し表現してきました。たとえば新刊『実践としてのプログラミング講座』(中公新書ラクレ)でも、「実生活においてぶつかる課題をプログラミングで解消する」という、かなり実験的な内容にトライしています。

 プログラミングと切っても切り離せない「人工知能」や「IoT」が話題になる中、目前の課題をプログラミングで乗り越える、という考え方は筆者の周辺で当たり前になりつつあります。まさに「備えた知識や経験を道具として活用する」段階へと到達したといえるでしょう。ぜひみなさんも、プログラミング教育に、そしてプログラミングの未来の姿に思いを馳せてください。


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