とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

アメリカというダイナミズム

2017-03-07 22:38:34 | 雑感
別に私はアメリカの大学に通ったわけではないが、私の推論、当て推量をそのまま書く。


ダイナミズムとは - 「ダイナミズム」の意味ならWeblio辞書
http://www.weblio.jp/content/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%9F%E3%82%BA%E3%83%A0

①内に秘めたエネルギー。力強さ。活力。 「民衆運動の-」
②機械や人間の力強い動きを作品に表現しようとする、芸術上の一主義。
③〘哲〙 「 力動説りきどうせつ 」に同じ。


タイトルで使った「ダイナミズム」は、ここでは①と②の混淆で使う。
私なりに定義しなおせば、「雑多な集合がそれぞれ大きく躍動する。反発や衝突、あるいは健全な競合や罪や正義など、おおよそ社会で考えられる人間の行為や概念が全てにおいて、力強く動き、大きなうねりと潮流を生んで、生物史上に見られないような、人間社会の文明の発展と繁栄が、我々のインスピレーションを感銘させ、圧倒する。個の人間の集合自体が生み出したにも関わらず、個の人間がそれに触れえる時の、圧倒の感銘を受ける。人間社会におけるダイナミズムとは、その「圧倒される感銘」の、雑多な集合群の力強い様を様態的に表現する概念」だ。

この意味において、アメリカとは本当に興味深い存在だ。

自身をローマと同じく正義と考えており、その使命を全うする役割を担っていると思っており、他国を侵略してもそれが正義と見なされ、他民族国家であり、政変のダイナミズムが他の国と比較して容易にかつ大きく変化する。
時に犯罪とされるものが遵法とみなされ、あるいは、それを置き去りにするくらいの科学的飛躍をよく成し遂げる。

方法論、組織論、体系論、論理に優れ、高層ビル、飛行機、原子力、原子爆弾などを生み出した。
前向きで、チャレンジによるリスクを恐れず、それでいてかつ継続する。
探究心に前向きで、しかもそれを楽しんでいる。理解し、決してあきらめず、想像し、リスクを取り、探求する。

今でも世界の中心はアメリカだ。どこの国どの大学でも留学できる、となったら、まず間違いなくアメリカの大学に行った方がいい(大半は挫折するらしいが・・・)。これはコンピュータ工学でも金融でも経営でも同じことだ。
これは学べる内容だけではなく、その後に学んだ同期学生が、国際ネットワークの蛇の道として復活するからだ(ハーバードなど)。
何も顔パスをするためや自分の権威としての箔をつけるというような、薄っぺらいコネをつけるためにアメリカにいけ、ということではなく、自身のビジネスや事業か何かをする時に、知体系や運用系を行う際の強力な金鉱脈、地下水脈となりうるからである。


こうしたアメリカでは、時に何が合法で何が違法なのかという境目は、とかく曖昧になるように思われる。

自由主義、資本主義に立脚すると、ハゲタカファンドが、国際金融資本によって、市場を通してどれだけ搾取的な徴収を繰り返そうとも、それは罪に問われない。それは「合法だから」というのがお決まりだろうが、そこに倫理性はない戦場と化しているのである。そして世界はそれを現実、及び真実であるとして手をつけないでいる。

例えば、プログラムの一つであるJavaは、sun microsysytemsが技術公開ベース、無料で展開したために急速に発展を遂げ、業界スタンダードとなったが、後に買収劇を繰り返した後、現在ではoracleの持ち物となっている。
この良心的発展を買収し、コントロールすることを許容するという、一見野卑で、非倫理性だと問われる行為を許容しているのがアメリカという国だ。

現在、暗号研究においては、その研究対象者を絞り込み、合衆国政府と米軍は、その流出リスクを押さえ込もうとしている。ところが、これに反対する団体も、公然としてアメリカ国内にいる。当の研究者たちがそれである。暗号研究の制限は純粋な知的目標への探求を阻害するとして、それに公然と反対しているのである。
そうした言論の綱引きが、公の場でされているというのがアメリカであり、尚且つ、それがアメリカの強さの正体でもあろう。

これが例えば中国であれば、中央政府が「はい、党が決めた非合法活動をしているからしょっぴきます」と言って終わりである。これでは力も何も生まれようはない。ただ、中国は一党独裁であるため、中央政府の言い分の肯定こそが、中央政府のレゾンデートルとアイデンティティ、正当性を確保するために、それを否定する論が誕生せず、よって、発展や繁栄のためのダイナミズムは必然的に生まれない、ということになる。

知が人の力であるならば、そして知力の向上こそが、その地域社会(あるいは国家)における発展を促すならば、民衆国家の国力繁栄、知的活性というのは、現行体制への疑義や批判を公然として、そしてそこに軌道修正をすることや、自発的な知的探訪をする動きこそが、その燃料になる。
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