とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

日本人はなぜ世界各国に比べて奴隷や兵隊のように働き続けるのか

2017-08-18 09:06:17 | 労働
私の作業仮説。

おそらくは複数の文化や思想が重なってこういう結果になったと思われる。

一つは安定。
日本人は安定と安心を好む。一つの職業で一生を過ごすことを求める。
だが、日本社会での転職の年限は通常30~35歳で終わり、そこを過ぎると、転職することがかなり難しい状況になる。
また、「この会社に骨を埋めるつもりでおります」と言うのが美辞麗句になる通り、基本的に転職は想定されない。
転職とは忠義や忠孝における上での裏切りなのだ。だから転職と言うものが常識として想定されない以上、転職が困難になる。
そこで会社にしがみつくしかなくなる訳だが、会社から追い出されずに在籍するには、会社からの無理難題をこなさなければならない。
この為、日本では奴隷労働をせざるを得ない状況になってくる。社会の運用上、その奴隷職場でしか生きられない大規模思想構造になっているからだ。

一つは忠孝。
上記に書いた通り、「この会社に骨を埋めるつもりでおります」と言う忠義や忠孝を前提にして、日本の企業文化は運用されている。
これは雇用者側も被雇用者側もその通りの原理原則で動いている。
つまり思想上は、今でも殿様と家来の思想で動いている。そんなバカなと思う人は、アメリカの企業労働文化と比較すれば良い。
ここで問題だが、殿様は家来が出来そうにない無理難題やあるいは体力を削って、人生を摩耗、破損させるような命令を出しがちなことだ。
あるいはモラハラ・パワハラに該当することは当たり前のようにして行う。
こうした、昔より続く、日本社会でのサディズム・マゾヒズムが形を変えて、日本企業の文化と労働文化、それに伴う被雇用者の人生を決定せしめうるのである。

一つは無思考。
これは良くも悪くも日本人の特性である。
今働いている状況で、誰かのためになる、あるいは自分が抜けると組織運用が回らないと思ってしまうと、少しずつ我慢してしまう。
その我慢は、通常、個人の労働人生と秤にかけうるべき存在であるはずなのに、それが大きく逸脱し、個人の人生を狂わせるようになってしまったとしても、社会全体や人間の集合全体からの圧力を感じ、責任感を感じてしまい、それでも自分の仕事の任務を遂行してしまうような存在が日本人の特徴とも言える。
本来、「自分の人生はこれでいいんだろうか? 」だとか「自分の仕事はこれでいいのだろうか? 」と言うような疑念や疑問を、人として抱くべきであるが、社会的な強制の圧力が、その個々の思考を押し潰して、個人意見を破棄させることに成功しているのが、今の日本社会、日本企業の文化、そして及び、日本人そのものと日本の労働文化を形成せしめているのだ。

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