とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

災害被害報道に対する視聴者反応の不快

2017-07-15 22:52:17 | 雑感
災害被害に遭われた方には、一刻も早い復旧を祈っている。

それとは別の話をする。
昔の話ではあるがここに書き出しておきたい。

例えば土砂災害、洪水災害などで家が流されていくシーンが度々あるだろう。
あれを映す報道は、ここで特段良し悪しを論ずることはない。

問題はそれを視聴しているテレビの前の視聴者である。特に女性だ。

あのシーンをして「見て見て、ほら、あんなに流されちゃって、ほら、ローンも残っているのに」と毎度同じことを言って同じ感想を述べるのだが、これが個人的に非常に苦痛なのだ。

エンターテイメントの映像を見ているのであればまだしも、なぜ画面の向こうには現実があって、それを前提とするような話し方ができないのか。
いや、実際にそういうことを意識して話をしているのかもしれないが、それにしたって、それじゃあ被災者の前で同じことを同じ口調で言えるのかというとそうでもない。テレビの前のこちら側だから言っているのだ。
被災されている人は娯楽でやっている訳ではないのだ。それをあたかもエンターテイメントのようにはしゃいで見るというのはどういうことなんだ。

被災しているシーンを見ていて、感想をしゃべっている本人にはそういう気が全くないのではあろうが、しかしそれを聞いている方としては、本当に心配すべきことがらと、実態の挙動がそうでない、というギャップを感じて、ひたすら苦痛なのである。
本当に心の底からそれを心配しているのであれば、無言になったり行動を起こしたりするものだろう。それが出来なければ黙っているべきであって、もしそうした動きができないなら、動けないながらも、被災に遭った人が助かることや、これから一段落したら平穏な生活を送れるように、視聴者側は祈るべきなのだと思うのだが、これができない人もいる。
そしてそれに反論も許されないような空気を醸し出すのもこれまた面倒で最悪である。

ひたすら偽善のような言葉を聞いている身としては、本当に一体何なのかと思う。
それが女性の本能だとしても、たとえそれが画面のこちら側での挙動であるとしても、一つの礼節として、それは黙っているべきなのではないか。
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