とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

被雇用者は、就職先を選ぶことによって、企業に対し対等たる権利を持つか否か

2017-02-11 23:34:21 | 労働
タイトル「被雇用者は、就職先を選ぶことによって、企業に対し対等たる権利を持つか否か」である。
私の答えはノー。これを見ていこう。

「ここはきつくて給料も安いから、辞めて次のところに行きます」というのであれば、待遇も良くなるし、給料もその仕事のきつさに応じて、相場が高くなるというのである。
実際、ワタミなどの居酒屋チェーンでは、店員や店長の給料相場が上がったそうだ(ソースなし)。

それではその社会慣習や制度が完全に上手く機能しているかというとそれもまたノーである。
それは相場変動をもたらすかもしれないが、しかし働く人の食歴に傷をつけながら走っている車のようなものだ。

現在の企業人事においては、中途採用をする時に、5回も6回も転職している人を警戒するフシがある。
「こんなに転職しているのであれば、何かあるんだな」と勘ぐりを入れて、採用を見合わせる(=不採用にする)のである。
つまり転職とは一度もしない、というのがベストで、人生に何かあった場合に、仕方なくもう一回、更にもう一回くらいが限度、三回もすると「何かあったか」と勘ぐりを入れ、四回になると採用を見合わせる。統計データがないので、これは私の推測なのだが、世の中代替このくらいではないかと思う。

人間の人生は平均寿命が日本人80歳として、老齢雇用も考える場合、そのスパンは従来の20-60歳の40年間ではなく、20-70歳の50年間となる。
その中で、転職活動から違う企業に採用される場合、個人は三度しかまっとうなところに採用されない。
つまり16年に一度しか転職が許されないのだが、頻繁に転職する人はそんなスパンて転職しているだろうか? 
あるいは転職サイトの推奨機関はそのくらいだろうか? 答えはノー。
キャリアアップのためであるならば、3~4年という見込みだろう。
あるいはもうちょっと長くすると、課長職の転職であるならば、10~20年くらいになる。

アルバイトのように、頻繁にやめられるのであれば、相場も適正な価格に落ち着くし、個人も傷つかずにすむ。
だが、正社員採用を考える場合、個人の転職というカードを切れる回数は3回という限度が、今の日本社会での社会通念として存在し、そしてそれは労働者に圧倒的不利な立場に置かせるものなのである。

楽天コンサルだったか、山崎元さんが12回の転職をしたというのだが、山崎さんは東大出であるので、これはもう殆ど例外中の例外と言っていいものだろう。
今における日本社会の”常識”として、一般的には「転職はしてはならない」「転職するにしても3回まで」というのが相場として決まっているのが現実なのである。
これをどうにかして打ち破らない限り、労働者は対等になったとはいえない。

政府筋がこう動くだろう未来予想を私がしておくと、仮に「企業は転職回数で採用可否を決定してはならない」という法令を出そうものなら、これは実行力を伴わないものとなる。
なぜなら企業人事での採用担当者側が「こいつは転職を何回もしていてヤバいヤツだ」と認識するのが、その根本の元なのだし、履歴書の経歴を記載するのは日本社会から無くならないので、その認識の根源自体を変更する必要があるのである。ただそうは言っても、かえるのは難しいでしょうね。

それであるならば、労働者はどう動くべきだろうか。
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