とめどもないことをつらつらと

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引用OKす。

マツコ、アニメ実写化批判に持論「今、文句言う人はダサい」

2016-10-29 01:50:16 | 映像作品
いくつか。


マツコ、アニメ実写化批判に持論「今、文句言う人はダサい」
2016/10/27
http://news.mynavi.jp/news/2016/10/27/088/

タレントのマツコ・デラックスが、26日に放送されたテレビ朝日系バラエティ番組『マツコ&有吉の怒り新党』(毎週水曜23:15~24:15)で、漫画やアニメの実写化を批判する声について、「今、文句言う人はちょっとダサいよね」と発言した。

今回、視聴者から「漫画やアニメが実写化されたときに憤慨する人には腹が立ちます。私は原作にない部分が映像化され楽しめるタイプなのですが、周りの友人たちは何かと文句をつけてきます。お二人はどう思いますか?」という意見が寄せられた。

これについて、有吉は「われわれはそんなことで憤慨することはない」とコメント。「よく言うのは、『見なきゃいいんじゃないか』っていう…」と話すと、マツコが「それを言うと大変なことになる」と言い、有吉は「そうなんだよね。だから、優しく気を遣って聞くだけ」と提案した。

そして、マツコはアニメ原作の実写化作品が多いことに触れ、「もうさ、今、文句言う人はちょっとダサいよね」と発言。「こんなにいっぱいやってるんだから、小説と変わらないじゃんって。それくらいアニメや漫画の地位が上がったんだよって。だからカリカリしないでよって」と諭すように話した。

また、自分が実写化されるならだれに演じてほしいかという話題になると、マツコは「やってもらうんだったら絶対、男の人にやってもらいたい。男の人が女装してやってほしい」と話し、「松村(邦洋)さんかな」とポツリ。有吉は「えなり(かずき)君くらいに頼もうかな」と笑った。


マツコさんの言いたいことは分かるのだが、補足しなければならない。

1.→元々、アニメと実写ではその描画能力の限界が違うのだ。
 アニメでは爆発や特殊効果、高いヘリなども自在に飛ばせて、美男美女は出し放題だが、実写ではそうではない。特に予算の無い日本の映画はそうなのだ。
 だから同じモチーフ、同じ原作での競作であるならば、最初から実写は不利なのだ。有利なのは色の数や現実性だが、今のアニメはそれさえも超えようとしている。言の葉の庭を見れば一目瞭然だ。

2.→なので、普通に作ってしまうと(アニメを実写化してしまうと)、アニメ90点、実写10点みたいなことになる。

3.→そこを来て90点を期待したら10点のを見たら、それこそ文句ブーブーだ。

4.「「こんなにいっぱいやってるんだから、小説と変わらないじゃんって。それくらいアニメや漫画の地位が上がったんだよって。だからカリカリしないでよって」と諭すように話した。」
 →これは反論するが、「実写に比べてアニメや漫画の方が、映像作品としての地位が低かったが、それが今は実写映像作品を基準にしたら相対的に改善され、地位が上がっている」というように読める。
 マツコさんご自身がそう思っているのであれば非常に残念なことだが(テレビ放送上での脚本でそう言っているのかもしれないが、もし演出で言っているのであれば、このセリフを書いた人にも言いたいのであるが)、なぜそう思うのだろう。今では実写映画、ドラマの脚本力低下が嘆かれるのと同時に、アニメやマンガの脚本、ストーリー構成がそれを凌駕しつつある。
 元々アニメやマンガはレベルが高いのだ。レベルが低いという認識は40年前くらいの認識であり、あるいはドラマや映画のレベルが高いというのは、社会的作品や精神的課題を描くからであって、現在のマンガはそれを追いつきつつある(「ブラックジャックによろしく」など)。エンターテイメントについては言わずもがなで、ドラマはとっくに追い越している。世界で日本のドラマを見るのではなく、皆がアニメを見るのはなぜか? それは登場人物が、自分の人種に見えるからかもしれないが、本質的には面白いからである。ちなみにドラマでもい、1リットルの涙やおしんなどは、単純に作品といして面白いから見られるのだ。外国人が絶対の基準でもないが、しかして、本当に作品として面白いのはアニメだろうか? ドラマだろうか? その絶対的供給量をより多く供給しているのはどちらか? 

5.「「よく言うのは、『見なきゃいいんじゃないか』っていう…」と話すと、マツコが「それを言うと大変なことになる」と言い、有吉は「そうなんだよね。だから、優しく気を遣って聞くだけ」と提案した。」
 →バカヤロー!! そこは「優しく気を遣って聞くだけ」じゃなくて、面白い作品を作ればいいんだよ! 面白い作品作れよ! 面白ければ実写だってなんだって見るんだよ! 
  「優しく気を遣って聞くだけ」とか、なんでこっちが腫れ物扱いなんだよ(そして有吉さんがなぜ正しいスタンス的な立ち位置を自称しているのかも謎)。
  面白ければ面白いと言うし、面白くなければ面白くないと言う。それは実写でもアニメでも同じで、実写が単に出来ていないだけなのである。それを言って何が悪い。

6.「もうさ、今、文句言う人はちょっとダサいよね」(1)
 「もうさ、今、文句言う人はちょっとダサいよね」と発言。「こんなにいっぱいやってるんだから、小説と変わらないじゃんって。それくらいアニメや漫画の地位が上がったんだよって。だからカリカリしないでよって」

 →文脈からすると、「アニメの地位が低い」ということにコンプレックスを抱いてそれで文句を言っているようにも読めるのだが、日本においてそれは誤解だ。「アニメの地位が低い」のはもう昔のことだ。カリオストロの城を大人だけで見に行って恥ずかしいから子供を連れて行くという時代は、日本ではもうとっくの昔に通り越しているのである。
  それとあれだ、小説よりアニメが下だという理由も、これも前時代的だ。なぜかというと、その昔は小説は純文学に精神的課題や葛藤のテーマがあるのに対して、かつてのアニメーションやマンガは娯楽のみだった。しかし今は小説は大衆文学、すなわちエンターテイメント寄りのものも全盛であり、あるいはマンガにしても「ヴィンランド・サガ」や「軍鶏」などの人間の葛藤や暗黒を描く作品も十分にある。比較すると、出版されている絶対量は少ないが、しかしマンガが小説に負けているからと言って、なぜその映像化において、アニメが実写に負けているということが言えるのだろう。実写もアニメも映像作品として等価なのだ。そしてそこから対等に見なければ、真に面白い作品が出て来ない。そして明らかに実写側に怠慢が見え、アニメ側に研鑽が見えるのが昨今の傾向なのである。それを礼賛したり批判したりして何が悪いのだろう。対等の土俵で戦っているのに実写を贔屓しろということなのだろうか。もし、そういう甘えが実写側にあるのであれば、それは衰退の萌芽でしかないのである。実写でも甘えてはならない。撮り方によっては面白い作品が撮れるはずなのだ。

7.「もうさ、今、文句言う人はちょっとダサいよね」(2)
 →映像作品とは違うことを書くが、「ダサい」という言葉が「トレンディ」と同じくらい「ダサい」。私個人の意見ではあるが、時代遅れの感がある。
  今風に言うならば、「文句言う人はみっともない」だとか「作品を鑑賞する立場として品がない」くらいがいい。

8.「もうさ、今、文句言う人はちょっとダサいよね」(3)
 →ダサくてもいいよ。ダサいから批評しないとか一体なんなのだ。隣の人が笑っているからこっちも笑わなきゃいかんのか。作品鑑賞はそんなに不自由なのか。

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