とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

映像美と直感本能

2017-07-15 12:46:08 | 映像作品
誰にしもものごとを判定する直感がある。
例えば、料理は作れないにしても、出された料理がうまいかまずいかの判定は誰にでも備わっている。

あるいは、「これは異性だ」あるいは「これは同性だ」という判定認識能力は大半の人間に適用できる。

そういう、誰がどうと言わずとも、自分が勝手に判定できる能力が存在する。

そんな中「まあ他人が評価しているからきっと面白いんだろう」だとか判定してしまうジャンルがある。映像、及び芸術だ。

みんなが見ているから直感的に面白くなくとも、面白いと思ってそれを見るということがおうおうにしてある。

なぜそうしてしまうのだろう? 
例えば物語中に、かわいいマスコットキャラが必要になったら、直感的にかわいいと認識できないようなものでも、それを投入したらかわいいと認識してしまう、コバエのような衆愚の畜群はどこから発生するのであろうか。

例えば、ポケモンのピカチュウは本質的にかわいいし、デザイン的に成功している。これはいい。
ところが、○○のゲームの中のマスコットキャラは、何かインスピレーションにビッと来ないのに、世間的評価は「かわいい」とされている。ん? なんだ? こういうものが投入されたら、デザインやコンセプトがなあなあでも、こんなにレベルが低くても「かわいい」と認識されてしまうのか。デザインとはそんな手抜きで良かったのか、と思ってしまう。

生みの苦しみは分かるし、失敗作であっても苦しんだのだから売れて欲しいという気持ちもかなり分かるが、しかし、イデア的インスピレーションを叩かないデザインはそう評価されてしかるべきなのに、現実の社会で高評価であったりするのはなぜであろう。

漫画のサザエさんは、インスピレーションの塊であったが、しかし、アニメ「サザエさん」はそれを全てないがしろにした。
まるで九州の手打ち職人が作るラーメンがあって、それをインスタントで全国展開したら長らくヒットし、「やっぱり本場九州のラーメンはうまいな」とか全国区で言われるようなもので、私としてはかなり納得がいかない。

なぜインスタントごときで満足するのか、なぜそれっぽっちの味に不満を覚えずに充足してしまうのか。
ここに日本人の大衆における映像美意識が全く以て低いことの証左を、その視聴率で証明してしまっていたようなものだ。

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