とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

日本人気質の構造的失態

2017-07-17 01:39:11 | 哲学・社会
個人的意見。

世界には様々な国、さまざまな文化があり、それぞれにお国柄と言うものがある。

イギリスは経験主義で、フランスは理論主義的だ。
産業革命と鉄道の発達は、「とりあえずやってみる」形式、つまりトライアンドエラー形式でのイギリス思想が発展を収めた。
ドイツは実直、ロシアは政府絡みの政策産業は高度技術があるが、民間になると著しく低下する傾向がある。
イタリアは警官が結構ななあなあだが芸術品に関しては逸品を揃えて女好き、バルカンは常に火種を抱えている。

中国はバイタリティー、総合力、学力が高いが、政治によって方向性を整えなければならず、大地域の統治に伴う巨大な権力の発し、その巨大な権力により腐敗し、思想的に科学産業が振興しない。
韓国は短期的な突発力とアピール能力が高いが、内実の基礎能力と、長期運営組織能力が欠如しているので、長期型発展へと移行しない。

このように、国民性と国家の政策、及び、その伝統的思想が、社会発展に寄与する一面がある。

それでは日本はどうか。
各国と同様に、日本人には得意なことと苦手なことがある。

苦手なことは、論理的に捉える能力と組織運営能力、論理説明能力、英語能力だ。
また、現代に限って言えば、バイタリティーがかなり低い。これは社会体制が構造化の固着を起こし、モチベーションが上がらないことと連動している(高度経済成長期はバイタリティーはあった)。
あるいは根幹的発明ができない。イデアの核にせまろうとする意欲や認識、あるいはそういう方向への行動や考察ができるような才能が根幹的に存在しない。

得意なことは、治安が良い。あるいはものごとを感覚で極めようとする。
例えば、日本刀の逸品を作ってくれ、と言う注文には全身全霊を傾けて、他に真似ができないようなものを作るには作るのだが、それは「これをこうしてああしてできます」という文章や言葉にできる方法論として残らない。
これは何を指し示すかと言うと、知体系化できない、ということなのであって、つまり広範に製造法を流布して展開する能力が欠落しているのだ。

よく「○○って何ですか? 」と聞いても、人によっては説明を面倒くさそうに嫌そうな顔をするということがあるように思う。
聞いている先の対象の人は、技術を扱っているので、その知識は経験則的には分かっているのだが、自身に説明能力、言語化能力が不足していたり、あるいは低下している為、説明できない。
だが、それを言葉にできないとなるとそれも問題なので、説明をせねばならないのだが、持っている経験と説明能力の無さの矛盾にジレンマを起こし、説明する時に面倒臭そうにするのだ。

技術を感覚と理論で分ける場合、日本人は感覚に優れているのかもしれないが、しかし理論家、体系化、論理的に捉える能力や説明能力が圧倒的に不足しているので、これが産業社会への障壁となる。

逆に言えば、日本人はその不足している武器を何らかの形でおぎなえればいい。

理論体系化できること、論理的に捉えられること、それを伝え、広範に伝達できることができれば、ほんの僅か一要因かもしれないが、日本の産業社会の阻害要因を取り除くことができるのではないか、そう思う。

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