とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

資本論と循環論法

2017-07-12 22:48:23 | 貨幣・財政・会計・経済

循環論法 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%AA%E7%92%B0%E8%AB%96%E6%B3%95


まず分かりやすい例から挙げると、「『ハムレット』は名作である。なぜなら『ハムレット』は素晴らしい作品だからだ」といった言明は循環論法である[3]。

「コーランこそがものごとの正しさを決定する。なぜそうなのかというとそれはアラーが决めたからである。なぜアラーがそう决めたとわかるのか、というとそれはコーランに書いてあるから(コーランが正しいから)である。」といった論証がイスラム教で行われることがあるが、こうした論法もまた循環論法である[4]。文章を書き換えると、「コーランが正しい」の理由が「アラーの決定」で、「アラーの決定」の理由が「コーランが正しい」となり、循環論法であることが分かりやすくなる。

経済学関連では、しばしば様々な説や理論が循環論法に陥っている、と指摘されている。 例えば循環論法に陥っていた有名な事例として、マルクスの主張した「労働価値説」がある。この説が循環論法に陥っているという問題点は、ベーム=バヴェルク(1851-1914)によって指摘された。具体的に言うと、マルクスは『資本論』の第1巻で『商品の価格は投下労働量で定まる』と主張していたのだが、同書の第3巻1 - 3篇では『商品価格は商品の生産コストである「費用価格」に「平均利潤」を加えた「生産価格」で決まる』(結局、商品の価格は市場の需給で決まる)と主張しており、循環論法に陥っていた。ベーム=バヴェルクは単純労働と専門的労働の双方に必要とされる平均労働時間と商品価値がどのような関係にあるかを研究していたのだが、その中で、マルクスの主張した労働価値説が循環論法に陥っていることに気付き、論文「マルクスとその体系の終結」においてそれを指摘したのであった。


メモ:
「AだからAなのだ」→演繹で描かれていない→トートロジー
「AはBである。BはAである」→演繹で描かれている→循環論法
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