「本の町プロジェクト」ブログ

日本にも「ヘイ・オン・ワイ」のような本の町があったらいいな、から始まった物語。高遠での活動を経て次のステップを準備中。

竹林の七賢者と一愚者

2007-02-25 23:28:48 | Weblog
※以下の記事は古本屋「書肆月影」大塚が書きました。

今日は、藤野の炭焼きグループ『炭遊舎』の活動の日。※残念ながら、このブログで参加者を募集したが、結局応募者はいなかった(泣)。引き続き募集するので、希望者は連絡を。

今回は、先日クルマに同乗させてもらった伊勢原のオジサンが遠方にいて欠席なので、電車で行くこととする。九時半の開始に間に合わせるために、五時起きの六時半出発という、一流サラリーマンのような起居になってしまった。外に出ると、昨日に比べて今日は格段に寒い。やや薄着だったかと後悔するが、引き返すともう間に合わないので我慢することにする。旅の伴は、金子光晴の自叙伝三部作の第一部『どくろ杯』。

藤野駅から終点の「奥牧野」までバスに乗り(結局乗客は私一人だった)、そこから十五分ほど歩いて、炭焼きをしている「日影原」まで。すでに遠くで人影が動き、煙がたなびいている。

今日のメインの作業は、先月窯にいれた竹や薪が炭になって出来上がっているので、それを取り出すことと、新たにまた竹・薪を詰めて火入れをすることだ。私はこちらの作業には加わらず、山の中腹から薪を下ろしたり、波板で擁壁を作ったり、という力仕事の方を手伝った。五十路のとば口に立った私でも、メンバーの中ではいちばん若いようなので、自然とそういう流れになる。薄着の心配は取り越しで、途中で汗をたっぷりかいてしまった。

それにしても思い返すに、昼どきに車座になってメシを食った時の皆さんの会話には、全くついていけなかった。別に難しい話をしているわけではなく、題材としては農業のことが多いのだが、あまりに隙がない。自然を厳しく見つめていると、ことばというものは鍛えられるのだろうか。所詮私のことばなど、何かの借りもの、ことばを挟んでも、貧しさが先立つ。

帰りは、名倉在住の方が駅までクルマで送ってくださるというので、無理をお願いして土産物屋のSさんのところに寄ってもらった。ふだん世話になっているので、炭と竹酢液を手渡す。そのあと、この名倉在住の方の近所にある宅地を見せてもらった。これは私ではなく、北尾トロさん向け。今度会った時に教えてあげよう。

図画!図画!図画!

2007-02-23 23:00:12 | Weblog
※以下の記事は、古本屋『書肆月影』大塚が書きました。

またぞろ、あいだが開いてしまった。藤野の計画が全く進んでないこともないのだけれど、あえて書くまでもないことや、書けないことばかりが重なって、マメに続けていくのは難しい。そこでまた繋ぎのお目汚しとして。

神田の古書会館の即売会「ぐろりあ会」へ出かける。午前10時を5分ほどまわって到着したのだが、拍子抜けするほど人が少ない。こんなにガラガラの即売会も初めて。今にも雨が降りそうな天候だったから、敬遠されたのか。人が少ないということは、知人を発見しやすいともいうことで、何やら生気が漲っているのか萎んでいるのか、よくわからない人影が見えたので、近づいたらオヨヨ書林の山崎くんだった。「ひと月ぶりくらいですよね。藤野の方で忙しかったんでしょう」と言われる。そういうわけでもないのだけれど。
メシでもと思ったが、会館で用事がある由。

さて、これからどうしようか。神保町の街に出たが、雨は降ってくるし、午後は風も出てくるという予報だったから、古本漁りは止めにして、前から早く行きたかった東京都現代美術館の『中村宏展』に行くことにしよう。実は家を出るときから、時間があったら寄ろうとは思っていたのだが、たまたま即売会に1969年頃に中村宏が表紙を描いた『現代詩手帖』が数冊あって、そんなに珍しいものではないけれど、これも縁と全てを購入し、購入したら、何だかすごくまた行きたくなって来たのだ。

正式な美術展のタイトルは、『中村宏 図画事件1953-2007』。展示室に入ると、まず1950年代の「ルポルタージュ絵画」と呼ばれる巨大なカンバス群が目に飛び込み、圧倒される。特に砂川闘争を描いた『砂川五番』は、その構成といい、細部の描き込みといい、圧巻。
次の空間に入ると、徐々にこれぞ中村宏ともいうべき、呪術的な「赤」や、脅迫観念的な「機関車」や、原罪意識を感じさせるような「一つ目のセーラー服女学生」がモチーフとして現れ出す。どの作品も比較的サイズが大きいので、こちらに迫ってくる圧力も相当なものだ。
この空間には、中村宏が手掛けた装幀本の数々も展示されていて楽しめた。(本好きであれば、『夢野久作全集』『久生十蘭全集』唐十郎責任編集の『ドラキュラ』などと言えばピンと来るはず)。また、これはあるかなと思っていたのだが、土方巽の日本青年館での舞踏公演『肉体叛乱』(1968年)の8ミリ撮影もきちんと常設上映されていた。15分ほどの撮影なのだが、そのあいだ目が釘付けに。例の巨大なペニスの張り型を付けて、土方が痙攣していたよ!
ここから地下に降りていくと、1970年代以降の作品群になる。これらはこれらで素晴らしいけれど、まだ胸にストンと落ちる、というところまでにはいかない。買ってきた図録を再度眺めなら、もう一度噛みしめてみたい。

美術館を出たあと、少し腹が減ったので、白河町の交差点角の定食屋『実用洋食 七福』でスペシャルランチを頼む。「実用」の名の通り、ボリュームたっぷりの揚げ物が中心。「山本一力」「松嶋菜々子」など色紙がたくさん貼ってあった。

炭焼会に参加しませんか

2007-02-14 23:29:08 | Weblog
※以下の記事は、古本屋「書肆月影」大塚が書きました。

先月の藤野の炭焼会の時に、手伝ったご褒美としてこの会で販売している「竹酢液」をいただいた。「竹酢液」とか「木酢液」というのは、炭を焼くときに出る煙が冷える際にできる液体のこと。実物はスーパーの店頭などで見ていたが、実際に使うのは初めて。あの日からずっと風呂に入れて愉しんでいる。

「竹酢液」の使い方については、炭焼会の昼めしの時にいろいろな会話が飛び交っていた。土壌改良のために畑の土に鋤き混んだり、害虫予防として庭の茂みに撒いたり、風呂に入れたり・・・。水虫に効くので、薄めた液を入れた盥の中に足を浸けておくといい、という意見もあった。けれども、いちばん会話が盛り上がっていたのは、どうも古本好きにはやたらと猫好きが多いので、話がしづらいのだが、野良猫対策としての使い方。ここに出席している人たちは、野良猫の悪さにホント手を焼いているらしい。ベストの方法は、ペットボトルに半分ほど竹酢液を入れ、蓋ををし、肩の部分に何カ所か孔を開ける方法だそうだ。こうすると常時、竹酢液の匂いが漂い、猫が寄ってこなくなる、とのこと。

猫でなくとも、「竹酢液」の匂いは、好き嫌いがあるだろう。薫製の匂いというか、クレオソートの匂いというか。効用についても、いろいろ議論はあるらしい。興味のある方は、まずは業界団体である「日本炭窯木酢液協会」のサイト(http://www.jewa.jp/index.html)を覗いてみたら。

ここからが本題。この炭焼会の2月の作業日が25日(日)に決まった、というお知らせが来ました。私も都合がつく限り、いまのところ参加するつもりでいますが、藤野に興味のある方、炭焼きに興味のある方は、一度参加してみたらいかがでしょう。私、大塚のメールアドレス(okiyo@tsuki-kage.net)まで、ご連絡をいただければ、管理者の方に連絡しておきます。直接連絡を取っていただいても構いません。

藤野の炭焼グループ『炭遊舎』のサイト http://www.geocities.jp/tan_yusha/
※25日(日)の詳細は、サイトのなかの「イベント情報・リンクのコーナー」を参照してください

柳宗悦と丹波古陶

2007-02-07 23:33:29 | Weblog
※以下の記事は、古本屋「書肆月影」大塚が書きました。

しばらくこのブログの更新が止まってしまっているようなので、藤野町とは直接関係ないけれども、駒場の『日本民藝館』に行ってきたときのことを。展示内容は、「創設70周年記念特別展 柳宗悦と丹波古陶」。
関係ないと言っても、柳宗悦は白樺派との関連で、戦時中多くの文化人の疎開の面倒を見た藤野在住の長与善郎や、長与に誘われて藤野に移り住んだ美術評論家の北川桃雄との交流はあったのかも知れない。北川は柳のことを、利休に比すべき存在と言っていたらしいが。

さて、展示品の「丹波古陶」である。丹波とは、現在の兵庫県。歴史は古く、日本六大古窯のひとつに数えられるそうだ。展示されているのは、鎌倉時代から桃山、江戸時代までの生活雑器が中心である。大小とりどりの瓶、壺、船徳利、角鉢などなど。たとえば、茶道に使うモノなどは一切ない。柳は晩年、丹波古陶を「最も日本らしき品、渋さの極みを語る品、貧しさの富を示す品(パンフレットより)」と評し、精魂傾けて蒐集したらしい。その成果が今回の展示となった。

陶芸に全く暗い身をもってしても、これだけの逸品が集合していると、何となく良いものだということはわかる。でも本当にわかるかと問われると自信がない。誰にも見抜けなかった美の価値を見いだすという才能は、評価の定まった後世から見れば何でもないことなのだろうけれど、それは限られた人のみに与えられた天賦だとつくづく思う。ここに出品されている角鉢などは、鶏の餌鉢として使われていたものだそうだ。私などどう考えても、その餌鉢で何も考えずに毎日鶏に餌をやっていた側の人間である。

素人の悲しさで、他の展示室にまわると瀬戸とか海外の焼物とかも展示されているのだが、あれだけの古丹波を見てしまうと、すべて何か物足りなく見えてしまう。大津絵とか木喰仏とかもあったのだが、目に入れただけで、足早に出口へ。

向かいの旧柳宗悦邸は覗きたかったが、あいにく休館日だった。

帰りに小田急線「豪徳寺」で降り、古書店Sに立ち寄ると、入口に「全品半額」の表示が。レジで聞くと、「近くに引っ越すので」とのこと。買わせていただきました。