あーりーダイアリー

ありのまま、自然体で。

宮本武蔵 『五輪書』  ゆる〜い現代語訳 その9

2012年05月07日 21時19分48秒 | 『五輪書』
『五輪書』

地の巻(五)


わが流派を二刀流という


武士はいつも2本の刀を身に付けています。

「せっかく2本あるんだから2本とも使おう!」というのが、わが流派のスタンスです。そこで、わが流派を二刀流と名付けます。

あるものは使う。使わないともったいない。命をかけて戦うときは、道具を残さず役立てたいものです。

二刀流だからといって、かならずしも2本を同時に持って戦うわけではありません。だって、そんなことをしたら戦いづらいじゃないですか。

二刀流の真意は、2本を同時に持つことではありません。1本の刀を片手であつかえるようにすることです。

右手に1本、左手に1本をもって練習をすると、片手で刀をあつかえるようになります。そのための二刀流なんです。

よく刀は両手で1本を持つべきだといわれます。でも、そんなことはありません。刀は片手で持つものです。

たとえば、馬に乗っているとき、走っているとき、そして沼地や人ごみ。どれも片手で持った方が動きやすいです。

刀は両手で持つべきだという常識にとらわれず、片手で持ちましょう! そのほうが便利だから。

それから、

刀は速く振ればいいというものではありません。詳しくは、水の巻で書きますね。

刀の長さも、関係ありません。長い刀でも勝ち、短い刀でも勝つ。それがわが流派です。

今ここでは詳しく書きませんが、一をもって万を知る。うまくいく道理にそえば、いろいろなことが見えてきます。がんばりましょー。

宮本武蔵『五輪書』ゆる〜い現代語訳 もくじ
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宮本武蔵 『五輪書』  ゆる〜い現代語訳 その8

2012年05月05日 11時16分00秒 | 『五輪書』
『五輪書』

地の巻(四)


この本の構成について



この本は「地」「水」「火」「風」「空」の五巻からなっています。おおよその内容を説明しますね。


地の巻。

ここでは、わが二天一流からみた、武芸の道のざっくりした話を書いていきます。剣術をひと通りやっただけでは、武芸を本当にマスターするのは難しいです。大切なのは、大きいことから小さいことを知ること。浅いところから、深いところにいたることです。はじめの心構えが大事です。「地の巻」という呼び方には、武芸の道をすすむための「地ならし」の意味が込められています。


水の巻。

基本は水です。心を水にすることです。水は、容器のかたちにしたがって姿を変えます。小さな一滴にもなれば、大きな海にもなり。青い色にもなります。その清らな水のはたらきを通して、わが流派のことを書いていきます。

剣術における勝利の法則をしっかりと身につけ、ひとりの人間に勝てるようになれば、その呼吸は万人を相手にしても通用します。

小さな基本を大切にしてはじめて、おおきなことができます。一尺ほどの小さな型から、おおきな大仏をつくるのと同じことです。一をもって万を知る。これが武芸です。というわけで水の巻では、わが二天一流の基本を詳しく書いていきます。


火の巻。

ここでは実戦のことをあつかいます。火は、大きくなったり小さくなったり激しくなったりします。その特徴は、実戦と似ています。実戦では、一人を相手にするときも、万人を相手にするときも基本は同じです。大胆に、それでいて細心の注意を払います。

実戦はその場その場の瞬間的な判断がものをいいます。ふだんから本番を意識しておくことが大切ですよね。


風の巻。

ここで書くのは、わが流派のことではありません。ほかの流派のことです。他流を知らずして、自分流はありえません。

道をきわめようとするとき、大切なことから心が背いていれば、いくらまっすぐに進んでいるつもりでも、本当の道とはいえません。本当の道から逸れていれば、少しの心のゆがみも、やがて大きなゆがみになります。どんなことも、やりすぎは足りないのと同じです。

わが流派は、ほかの流派とはちがっています。その違いを知ってもらうために、風の巻では他流のことを書いていきます。


空の巻。

空(くう)という言葉があります。ふしぎな言葉です。空(くう)を意識したとき、奥義も基本もなくなります。道理を身につけながら、道理にとらわれません。道に身をゆだね、自由を得ると、ふしぎな力がわいてきます。

その時その時の流れに任せ、タイミングを得て、自然とコトにあたる。これが空の道です。本当の道を自然とあゆむあり方を空の巻に書きます。


以上が『五輪書』の構成です。

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宮本武蔵 『五輪書』  ゆる〜い現代語訳 その7

2012年05月05日 09時53分36秒 | 『五輪書』
『五輪書』

地の巻(三)


武芸の道


武士は、大工のようなものです。

自分で道具を手入れし、工夫してつくりあげ、仕事に活かします。

技能を身につけて、基本をおろそかにしなければ、やがて人を導く立場になります。

いい道具をもち、すきをみては磨きをかける心がけが大切です。

その道具をつかって、さまざまな仕事をこなします。

道を学ぼうと思う者は、この本に書かれた一言ひとことを心に入れて、念入りに研究することです。

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宮本武蔵 『五輪書』  ゆる〜い現代語訳 その6

2012年05月05日 08時37分08秒 | 『五輪書』
『五輪書』

地の巻(二)


武芸の道を、大工の道に例えると


武士のリーダーと、大工のリーダーは似ています。

大工は家をたてるとき、木を使いますよね。木の材質や形を考えて、ふさわしい場所にふさわしい材料をつかいます。また大工のリーダーは、人を使うときに、大工ひとり一人の技量をみきわめて、それぞれにあった場所を担当させます。

武士もおなじです。

武士のリーダーも、大工のリーダーも、つぎのことが大切です。

仕事がはやいこと、手際がいいこと、気をゆるめないこと、状況をみて何事も使いどころを知っていること、人の気持ちの上下をわかっていること、やる気を引き出すこと、出来ることと出来ないことをわきまえていること。

合戦で勝つためにも、こうしたことは重要です。

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宮本武蔵 『五輪書』  ゆる〜い現代語訳 その5

2012年05月03日 08時52分04秒 | 『五輪書』
前回までで序文が終わりました。ここから「地の巻」の本文に入っていきます。



『五輪書』

地の巻(一)


武芸の道ということ


この道をマスターした人のことを、武芸の達人といいます。

武芸で大切なのは、勝つための道理です。

勝つための道理をもとめるには、剣術だけでは足りません。

剣術だけをマスターしようとすれば、剣術さえもマスターできません。

さて、

世の中をみると、スキルやノウハウを商品に仕立て、わが身を売りモノとし、あれこれとアイテムをつけてなんとか売りつけようとする人がいます。

花と実でいうと、花よりも実が少ない状態。おもてむきばかり立派で、中身がともなわない状態です。

中身のともなわない武芸が世の中に広まると、まずいですよね。まさに「生兵法はケガのもと」です。

世の中を渡るには、士農工商の4つの道があります。

士農工商のひとつ「工」は、大工の道です。

この大工の道にたとえて、武芸の道を説明してみたいと思います。

大工とは、「大いに工(たく)む」と書きます。

「大いに工む」とは、つまり大いに工夫して励むという意味です。

これは武芸にも通じます。

武芸の道を学ぼうと思う者は、この本に書いたことをよく考えて、師匠は針となり、弟子は糸となって、つねに稽古に励んでくださいね。

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宮本武蔵 『五輪書』  ゆる〜い現代語訳 その4

2012年05月01日 22時33分48秒 | 『五輪書』
『五輪書』

序文(四)


武士にとって、文武両道って大切ですよね。

なにか苦手なものがあったとしても、武士であるからには、できる範囲でがんばるべきだと思うんです。

武士って、そもそも何でしょう?

武士はいさぎよく死ぬものだと考えている人が、けっこう多いんじゃないでしょうか?

でも、いさぎよく死ぬのは、武士に限らないですよね。

出家した人も、女性も、農民も、だれだって、いざとなれば義理を知り、恥を知り、いさぎよく死ぬことができるでしょう。

じゃあ、武士って何なのか。

武士が武士であるために大切なのは、勝つことです。いさぎよく死ぬことではありません。

勝つのが武士の仕事です。

1対1の戦いに勝ち、大勢での戦いに勝ち、主君のため、自分のために、名をあげて、身を立てる。

これこそが武士の道なんです。

「武芸なんて学んでも、いざというときは役に立たないよ」という人がいます。

そこを役に立つように修行するのが、本物の武芸ではないでしょうか。

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宮本武蔵 『五輪書』  ゆる〜い現代語訳 その3

2012年04月30日 14時38分36秒 | 『五輪書』
『五輪書』

序文(三)


武芸とは、なんでしょう?

それは、武士がきちんと取り組まなくてはいけない道です。

武将の立場でも、兵士の立場でも、知っておくべきものです。

残念ながら、いまの時代、武芸を本当に理解している武士はいません。

ところで、

道といっても、世の中にはいろいろありますよね。

たとえば、仏法の道は、人々を苦しみから救います。儒教の道は、学問をあつかいます。医者の道は、病気をなおします。歌道者の道は、和歌をおしえます。

ほかにも、お茶などの風流な道もあれば、弓の使い方をきわめる道もあります。

本当にいろいろです。みんなそれぞれ好きな道を稽古しています。

でも、武芸の道を好む人は、ごく稀です。

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宮本武蔵 『五輪書』  ゆる〜い現代語訳 その2

2012年04月30日 13時51分26秒 | 『五輪書』
『五輪書』

序文(二)


武芸の道を究めてからは、これといって何かを究める必要もなく過ごしています。

ひとつの道を究めれば、ほかのことにも通じます。

わたしは武芸の道を活かしていろいろなことに取り組んできたので、とくに師匠がいなくても問題ありませんでした。

さて、10月10日の夜明けとなりました。

これから武芸のことを書いていきます。

書くときには、仏教や儒教のことばを借りません。軍記や軍法のはなしも使いません。

自分のことばで書いていきますね。

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宮本武蔵 『五輪書』  ゆる〜い現代語訳 その1

2012年04月30日 12時45分07秒 | 『五輪書』
きょうは仕事がおやすみです。すこし時間があるので、宮本武蔵の『五輪書』をぼくなりに気の向くまま現代語訳してようかと思います。武蔵のいわんとしていることを大切にしながら、やわらかく読みやすく表現できたらうれしいです。


『五輪書』

序文(一)


私のつくった兵法の道を、二天一流といいます。

長年がんばってきました。今回その内容をはじめて本にしようと思います。

本を書くにあたって、1643年10月上旬、九州の山にのぼり、天をおがみ、観音に礼し、仏前にむかいました。

さて、まずは自己紹介をしますね。

わたしの名前は、新免武蔵守藤原玄信(宮本武蔵)といいます。60歳です。

わたしは若いころから、武芸の道を心がけてきました。

13歳のときに初めて勝負をしました。相手は、有馬喜兵衛という武芸者でした。わたしは彼に勝ちました。

16歳のとき、秋山という名前の、力のつよい武芸者に勝ちました。

21歳のとき、京都にのぼって天下の武芸者たちと出会い、たくさんの勝負をして、すべてに勝ちました。

その後、全国各地をまわり、いろいろな流派の武芸者と出会い、60回以上の勝負をしました。それでも1度も負けたことはありませんでした。

以上のことは、13歳から、28、29歳くらいまでの出来事です。

30歳を超えたとき、ふと、それまでの自分をふりかえってみました。

そして、こんなふうに考えました。

これまでの戦いですべての人に勝てたのは、けっして自分の武芸がすぐれていたからではない。天性のカンのようなもので、たまたま勝てたのか。あるいは、相手が力不足だったのか。

それからというもの、さらに稽古にはげみました。

ようやく武芸の道を身につけたのは、50歳になってからでした。

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スクールコーチ養成講座 入門講座

2012年04月30日 09時16分53秒 | 講演・セミナー
4月28日()と29日()の2日間は、
日本スクールコーチ協会北海道支部が開催する、
スクールコーチ養成講座の入門講座がひらかれました。


ぼくも講師として
お手伝いをさせていただきました。


“受講力”


という言葉があるとすれば、
参加者の皆さんはとても大きな“受講力”を
お持ちだと感じる2日間でした。
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