5月13日 日曜日 山形県某市
みちのくの春は遅いとはいえ、とうに桜の季節は過ぎたのだが。
戯れに散歩して昔通った小学校まで行ってみた。

校舎は位置も変わって新しくなり、なんの面影もないなかで、昔の校門と桜並木はそのままだった。なにしろ校歌の冒頭が「歴史を語る老桜の〜」というくらいで、古い桜が自慢だったのだ。
ちなみに私が育ったころには小学校と中学校が並んでいたが、中学校は統合で移転していまは小学校だけが建っている。
5月13日 日曜日 山形県某市
みちのくの春は遅いとはいえ、とうに桜の季節は過ぎたのだが。
戯れに散歩して昔通った小学校まで行ってみた。

校舎は位置も変わって新しくなり、なんの面影もないなかで、昔の校門と桜並木はそのままだった。なにしろ校歌の冒頭が「歴史を語る老桜の〜」というくらいで、古い桜が自慢だったのだ。
ちなみに私が育ったころには小学校と中学校が並んでいたが、中学校は統合で移転していまは小学校だけが建っている。
5月8日 火曜日 山形県某市
昼過ぎ、散歩に出かける。とりあえず、近所の山へ。10分で着く。今はナントカ自然公園になって、遊歩道とか花壇とかが整備されている。

桜の向こうに雪山がかすむ。

このあたりは実は飯豊山の登山口への入口でもある。万年雪の雪渓があり、上級者向け。
山を巻いて下り、田園のなかに佇む古木を探す。

「かすみ桜」、樹齢450年。小高い盛り土の上に咲く、孤高の桜。とうに満開は過ぎたが、夕日を背にして風情を醸し出す。
遠回りをして帰ることにした。川の上を一両だけのローカル線が渡っていく(あえて線名は伏す)。

産直などで買い物して帰る。所要2時間40分、いい散歩だった。
5月5日 土曜日・こどもの日 山形県某市
天気がいい。暦では立夏。明日は雨の予報。行くか。「さくら回廊」を少し巡ってみよう。
ローカル線に乗り、最寄り駅から20分歩いて「釜の越桜」へ。連休だけあって大勢の人がいる。

樹齢800年! だがまだまだ元気、すでに満開を過ぎてなかば葉桜になっていた。後方は二世の勝弥桜、樹齢90年。このへんの古い桜はたいていそうだが、品種はエドヒガン。

こちらはソメイヨシノ、江戸時代に生まれた品種。
遊歩道に沿って歩くと「薬師桜」に着く。

樹齢1200年、その幹回りは8m、品格があると解説されてはいるが、見る人の主観によるだろう。
ここからさらに北に向かうと珍しい「御衣黄桜(ごいこうさくら)」がある。満開はまだ先だが、黄緑色の花が咲いている。葉と花が同じ色なので、わかりにくい。ちなみに個人宅にあり、案内板も設置されていないため、場所もわかりにくい。

白鷹町は「古典桜の里」、地元の人たちの保存活動が盛んで、桜の専門家みたいな人がたくさんいるらしい。
ここから街道沿いに南に歩くと、長井市に入る。

葉山神社にある「白兎のシダレ桜」は、やはり満開を過ぎていた。ここでカメラのバッテリーがきれた。ここからの撮影は携帯のカメラになってしまった。
さらに歩く。散歩をはじめて3時間ほど経過している。ちなみに、他に歩いている人はいない。レンタサイクルかクルマかツアーバスで回るのが常識なんだろうなあ。

「草岡の大明神桜」は日本で最も大きい桜、ということだそうだ。大きいことだけが価値ではないが、樹齢1200年、高さ、周囲とも他を圧する勢いを感じる。この桜の幹の洞に伊達政宗が隠れて一難を逃れた、と伝えられている。
この近くに「古代の丘」がある。なんだそりゃ? と、行ってみた。

キャンプ場に出た。中里堤という池の回りにバンガローが点在している。

一周してみた。

丘に土偶が立っていた。他に環状列石や巨大な石貨が置いてあって、もちろんレプリカではあろうがたしかに「古代の丘」である。

ここには「長井市古代資料館」があり、縄文時代の遺跡が出土したことからここが「古代の丘」になったらしい。資料館には時間が足りなくて入らなかったが(入場無料!)、長者屋敷遺跡はのぞいてみた。
さて、帰るころに小雨が降り出した。さらに1時間半歩いて市街地に入り、買い物してからローカル線に乗る。トータルすると6時間くらいの小旅行になった。
帰り道、月が大きい。今日は月と地球が最接近した満月、スーパームーンであったか。
5月1日 火曜日 山形県某市
となり町、総合病院の近くに薬師堂がある。
この一帯だけが取り残されたように沈黙の樹林帯になっている。短い参道をのぼると、さくらが満開だった。

このお堂は江戸時代末期に建てられたそうで、150年前ということになる。手の込んだ彫刻が施されていて、見事な建築である。

満開のさくらが青空に映える。
4月30日 月曜日・振替休日 山形県某市
散歩する前に実家の庭を見たら、さくらが少し咲いていた。

このウチも今年で10年目、建てた年に植えたさくらだが、何の世話もしていないせいか、なかなか大きくならない。あるいは、10年くらいは樹木の一生では取るに足らない短さなのか。
4月29日 日曜日・昭和の日 山形県某市
いい天気だから、歩いてみた。
近所というにはやや遠いが、実家から1時間半ほど歩くと樹齢1200年のさくらに会える。

国指定の天然記念物で、シーズンには(つまり今だが)県内外から観光客が大型バスを連ねて押し寄せる。この日も大変な賑わいだったが、たくさんの支柱に支えられる姿はなんだか痛々しい気もする。
この周辺にはさくらの古木が多く、「置賜さくら回廊」として喧伝されているのだが、実はほとんど行ったことがない。さくらの季節にはめったに実家にいなかったからなぁ。
今年はチャンスかもしれない。
4月10日 火曜日 横浜→山形県某市
横浜駅の手前、帷子川にかかる桜がきれいだ。
18きっぷの5日目、横浜から湘南新宿ラインの宇都宮行きに乗るが、しょっぱなから遅れた。今回は宇都宮駅で昼食休憩の時間をとっているのでどーにでもなるが。
宇都宮駅で今日も吉野家の270円牛丼、そして黒磯、郡山、福島と乗り換えていくが、この時間帯だとロングシートに座らなくていいし、朝の横浜〜渋谷間以外は混雑しないので、非常に好都合である。
峠にはまだ雪が残っていた。
米沢を過ぎると、日が暮れて夜になった。そして旅がいったん終わる。
4月9日 月曜日 京都→横浜
朝から〈コトブキ〉のポン酢つけめんが振る舞われ、イチくんは徹夜で飲んだ〈村屋〉から直送されてきていた。
泥酔のまま、空港に行けるのか? そんな心配にだめ押しするかのようにテキーラを3杯も飲まされてから出発したのだが。

結局バス停にもたどり着けずに路上に倒れてしまい、救出隊によって月光荘に凱旋。飛行機は翌日の便になったとか。

さらに鞍馬口通りの名店〈茶洛〉のわらびもちとあんみつをごちそうになる。口福なり。

帰路も18きっぷだが、今日は普通に横浜まで。出かけようとしたその時にはるちゃんが沖縄の大ちゃんとfecetimeをはじめたものだから、ついでに顔を出してみる。
市バスで二条駅へ、ここで日付スタンプを押してもらい、京都、米原、大垣と順調に乗り換えていく。豊橋駅からロングシートの車両になり、浜松で途中下車して吉野家の270円牛丼で遅い昼食にする。沼津からはクロスシートのある車両に乗って横浜まで。
4月8日 日曜日 京都
祭囃子が聞こえてきた。やすらい祭り、昨日行った玄武神社の例祭がこのあたりを回っている。

近所だというので、少し追っかけてみた。

狂乱の花見のあと、みんなやや放心している。なんだかお腹がすいた。で、平野神社の桜を見に行って、〈ガネーシャ〉でカレーとナンを食べようという企画が持ち上がる。
男4人で歩いて行く。

平野神社はしだれ桜が多いこともあってもう満開に近く、有料の桟敷も賑わっていた。

なぜか、鹿や猪やパンダがいる。

〈ガネーシャ〉ではいつものBセット(900円)にナンをお代わり(300円)。チャイで仕上げて満足。

ついでに北野天満宮に行くが、さすがに梅は見頃を過ぎていた。
赤ちゃんと記念撮影するご家族から、少し幸せをおすそ分けしてもらう。

ここには「御土居」が残っていて、豊臣秀吉が築いたお堀を見下ろして土堤の上を歩ける。
マーキンが京都駅に向かい、タッキーは月光荘に戻る。いしいちゃんと私は梅小路へ。私はともかく、いしいちゃんは由緒正しい鉄ちゃんなのである。
市バス50系統に乗って六条西洞院で下車、西本願寺に寄り道し、ついこの間開館した京都水族館を横目に見つつ、ひたすら蒸気機関車をめざす。貨物列車の引き込み線跡を推定したりしていたら、ちょうどチンチン電車がやってきた。

もちろん乗る。なんと明治時代に走っていた京都電気鉄道初代のモデルで、終端ではポールを回すタイプである。わずか250m乗って、駅員さんに話を聞く。「駅舎」には社紋入りの飾りまで再現されていた。
さて、われわれの目的地は梅小路蒸気機関車館なのだが、実はチンチン電車に乗ったためにわざわざ遠回りしていたようだ。こんなこともある。
この蒸気機関車館は旧JR二条駅を移築したもので、実は学生時代に見ているはずなんだが、記憶がない。
いしいちゃんの解説を聞きつつ、館内を回っていたら、ちょうどSLスチーム号の運転時間になり、もちろん乗る。

短い距離を往復し、さらに転車台に乗って回転し(サービスなのか1回転半してくれた)、石炭を補給し、また転車台に乗り、車庫に入るまで。こんな近い距離で動く蒸気機関車をたんのうできるのがすごい。「生きている」し、さらにみんなに「愛されている」。

扇形車庫で機関車を見ていたら、閉館時刻が近づいていた。
ゆっくり京都駅まで歩く。途中も橋脚やらトンネルやらに昔の痕跡を探して楽しむ。
そして京都駅からわざわざJR嵯峨野山陰線で二条駅まで行く。新旧の二条駅を歩く、という趣向なんだが。駅前の〈コメダ〉でミニシロノワールとアイスコーヒー。

バスで月光荘に戻れば、当然のように宴会になっていた。

これから京都月光荘を担うヒロシくんから卒業する(一部は中退?)カモちゃん、大ちゃん、愛一朗へと卒業証書が手渡され、伝統は受け継がれていくのであった。
そして本日も船岡温泉であたたまってから寝る。
4月7日 土曜日 京都
そういうわけで、京都月光荘大花見大会の当日になった。この日をもって愛一朗が月光荘を卒業する、というので全国から数百人が集まるらしい。何だか決戦の日みたいだ。
そういう日なんだが、私は今日は別にやることがあり、午後3時に病院にお見舞いに行く予定になっている。酒を飲んでいくわけにはいかないので、それまでは単独行動で。
まず郵便局へ行って野暮用をすませ、その近くの玄武神社や紫式部の墓を回る。

(ここが紫式部のお墓だそうです)
そのまま堀川通りを下がっていく。一週間前に咲いていなかった桜が、そろそろ咲き始めている。
水火天満宮で、しだれ桜を愛でる。

戯れに御所へと歩く。いろいろな桜が咲いている。


なんだか人出が多いと思ったら、春の一般公開をやっていた。ほう。行ってみるか。

ちょうど春興殿の前では舞が披露されていた。


出町柳まで歩き、〈ふたば〉の豆餅は列が長いのであきらめ、〈餃子の王将〉出町店でお昼を食べ、餃子をおみやげにして賀茂川沿いを北上する。
出雲路橋南のいつもの場所には、なんとコタツが20台も並べられていた。各種屋台にビール、泡盛、餅つき。移動する祭りを極めたらこんなカタチになるんだろうな。

いろいろ挨拶しつつ、そそくさと抜けて、病院へ。大学時代の先輩を、かつての同級生と見舞う。その後、木屋町の変貌に驚きながらお好み焼きで一献かわす。
夜も更けたが、賀茂川の月光荘大花見に顔を出す。花冷えというにはあまりにも凍える天気だが、泡盛満タンプランで飲む。というか、飲まないと寒くてやってられない。アルコールはそのまま体を温めるエネルギーに変わるみたいで、まったく酔わない。

暗いこともあり、知っている人も知らない人も関係なく、明るく騒ぐ。「キミの心のダイナモは熱く動いているか?」なんて、しらふでは言えない台詞を口走ってみたり。
やがて履物は行方不明になり、コタツもいくつか破壊され、何人かは倒れて眠り、何人かはエンジンがかかっていく。空気は澄み渡り、賀茂川の向こうに、満月に照らされて東山の稜線が浮かび上がっている。
歌がはじまった。
と、宴は夜を徹してつづくのだが、ひとり帰って船岡温泉へ。すぐにはお湯に触れないほどカラダが冷えきっていた。いやはや。