弁理士の日々

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パラメータ発明-大合議判決

2006-02-08 23:47:03 | 知的財産権
知財高裁大合議の判決として、第1にジャストシステムvs松下電器のアイコン事件判決があり、つい先日3件目として、インクカートリッジの再生についてキャノン原告事件の判決が出たばかりです。3件目については、これからじっくり研究する予定です。
昨年11月11日判決で、大合議判決の2件目として、日本合成化学を原告とする審決取消訴訟の判決がありました。本日はその件を取り上げます。

原告が有する特許3327423「偏光フィルムの製造法」につき、異議申立て事件で特許が取り消され、その決定を取り消す判決を求めて高裁に取消訴訟が提起されました。

本件特許は、パラメータX(フィルム片の熱水中での完溶温度)とY(フィルム片の平衡膨潤度)について、
 Y>-0.0667X+6.73 ・・・(Ⅰ)
 X≧65 ・・・(Ⅱ)
の範囲とすることにより、高度の偏光特性や耐久特性を持ち、高延伸倍率に耐え得る偏光フィルムを製造できる、というものです。
明細書中には、上記(Ⅰ)式、(Ⅱ)式の係数がどのようにして導かれたか、これらの式を満たすとなぜ良好な結果が得られるのか、といった点については、全くといっていいほど触れていません。実施例では、数式を満足する2点と満足しない2点のみが具体例として開示されています。

異議の取消決定では、①「これら2式が規定する範囲は広範囲に及ぶものであり、この数式を満たすものがすべて所定の効果を奏するとの心証を得るには実施例が十分でなく・・」とし、特許法旧36条5項1号(現36条6項1号)に違反する、②特許法旧36条4項(現36条4項1号)に違反する、としました。

今回の大合議判決では、特許法旧36条5項1号に違反するとして特許庁の決定を指示し、特許法旧36条4項については判断しませんでした。

判決では、特許法旧36条5項1号(現36条6項1号)を「明細書のサポート要件」と呼び、「特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならない」と解釈しています。

また本件発明は、特性値を表すパラメータを用いた一定の数式によって特定した、いわゆる「パラメータ発明」であるとしています。そしてパラメータ発明の場合、明細書のサポート要件として、その数式が示す範囲であれば所定の効果が得られるということを、具体例で示すか、具体例がない場合は当業者に理解できる程度に、発明の詳細な説明に記載しなければならない、としています。
本件の発明の詳細な説明には、上記要請に合致する程度には記載がなされていないので、「サポート要件に適合していない」と判断されたのです。

本件特許権者は、異議申立ての審理段階で提出した実験成績証明書の中で、10点の新たなデータを示しています。しかし知財高裁は、明細書のサポート要件については出願時の発明の詳細な説明中に記載されていなければならないとし、出願後に提出した実験データでサポート要件を補足することは許されないとしました。

今回の知財高裁大合議判決については、特許法第36条第6項1号のサポート要件に関する現行の特許庁審査基準をなぞったものであり、現行審査基準を追認した判決であるということができます。そういった意味では、現行の特許庁実務が変更を迫られる判決ではないので、実務が急に変わるということではありません。
また今回の日本合成化学特許の事例については、いかんせん発明の詳細な説明の記載が貧弱すぎ、これではサポート要件違反で取り消されてもやむを得ないだろう、といえるような代物です。わざわざなぜ大合議に付したのか、やや理解に苦しむところです。

一方、われわれが通常接している特許出願案件の中には、クレーム中で数値限定に用いている数式について、詳細な説明で十分にその根拠を説明できていないものが実は大量に存在します。今回の案件ほどひどい状態ではなくても、サポート要件を具備しているか否かがグレーである案件がひしめいています。これら案件については、これから特許取得に向けて厳しい戦いを強いられることとなるでしょう。

すでに特許が成立している案件についても、今回の大合議判決の規範によれば無効になるような案件も目白押しです。パラメータ発明特許でもって権利行使を考える際には、無効と判断されないかどうか、慎重な対応が必要になります。
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