弁理士の日々

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群れる文化が巨木を枯らす

2017-01-09 01:03:02 | 趣味・読書
群れる文化が巨木を枯らす ─九州製鐡崩壊を目にして──
大久保健
文芸社
知り合いに紹介されて読んでみました。

東亜製鐵木更津製鐵所が舞台の小説です。東亜製鐵は、九州製鐵と北海道製鐵が1970年に合併してできた製鉄会社です。
木更津製鐵所の製鋼部には、♯2CC(第2連続鋳造設備)が建設され、1980年に操業を開始しました。小説は、♯2CCの計画、特徴、優れた品質を軸として進行します。それまで、連続鋳造設備は「湾曲型」といわれる形式がメインでしたが、♯2CCは「垂直曲げ型」を採用し、それによって従来にはない優れた品質の製品を実現しました。
主人公の秋山修は、1965年に九州製鐵に入社しました。八幡製鐵所のCC(連続鋳造)開発室を経て木更津製鐵所に転勤になり、♯2CCの計画と建設の立役者となります。

鋼の連続鋳造では、溶鋼が注入される鋳型の上端において、鋳型壁は垂直下方を向いています。湾曲型においては、鋳型部から半径10m程度の円弧になっており、鋳造された凝固シェルはその円弧に沿って下降し、下端で水平になったところで曲げ戻し矯正されて水平に向きます。
垂直曲げの場合、鋳型上端から下方に2~3mは垂直のまま直線状であり、そこで曲げ矯正されて半径10mの円弧となり、その後、水平になったところで曲げ戻し矯正される点は湾曲型と同様です。
このように、鋳型とその直下に垂直部を有しているか否かが、垂直曲げ型(VB:Vertical Bending)と湾曲型の違いです。

現実の千葉県の木更津市に木更津製鐵所は存在しません。木更津市の隣が君津市で、君津市には新日鐵住金の君津製鐵所が存在します。君津製鐵所は、新日鐵と住金との合併前は新日本製鐵君津製鐵所でした。新日本製鐵は、八幡製鐵と富士製鐵が1970年に合併してできた製鉄会社です。こうしてみると、小説の木更津製鐵所は、新日鐵住金の君津製鐵所をモデルとしていると考えてよさそうです。

新日本製鐵の連続鋳造設備(大型、板用)について、湾曲型から垂直曲げ型への変遷がどのようになされたか、調べてみました。
「連続鋳造技術の進展と今後の展望」(新日鐵技報2012)2ページに、新日鐵の主要連鋳機の主仕様一覧(表1)が掲載されています。建設時期、湾曲型から垂直曲げ型(VB)に改造した時期が記載されています。建設時期順に並べてみましょう。
         建設時期 VB改造時期
名古屋1CC 1970.11  2000.03
大分4CC  1976.03  1995.07
大分5CC  1976.08  1998.04
八幡2st  1979.04  2005.08
君津2CC  1980.03(最初からVB)
名古屋2CC 1980.11  1990.09
君津3CC  1982.01(最初からVB)
八幡3st  1982.12  1991.12
君津6CC  2006.11(最初からVB)

新日鐵の大型連鋳機は、君津2CC稼働前はすべて湾曲型であり、1980年に稼働開始した君津2CCが、新日鐵での初めての垂直曲げ型(VB)連鋳機であることがわかります。君津はその後、3CC、6CCといずれも垂直曲げ型で建設されますが、君津以外は、1980年以降も、湾曲型で建設されました。そして、1990年以降に次々と垂直曲げ型に改造され、現在ではすべての大型連鋳機が垂直曲げ型であることがわかります。
連続鋳造設備において、湾曲型から垂直曲げ型に変更するとどのようなメリットがあるのでしょうか。
上記「連続鋳造技術の進展と今後の展望」(新日鐵技報2012)の6ページには、以下のように記載されています。
『5.1.2 内部欠陥対策
 ブリキ材などは製缶する際,鋼材の厚みが0.1mm以下まで深絞りされるため,介在物の内部欠陥は厳格に管理しなくてはならない。連鋳工程ではタンディッシュはもちろんのこと,モールド内からも介在物を除去する必要がある。その対策の一つとして,垂直曲げ(以下VB)化が主流である。モールドから垂直部を約2~3m確保することで,モールド内に侵入した介在物を浮かせて系外に排出させる。』

こうしてみると、小説の木更津製鐵所♯2CCは、現実に存在する君津製鐵所の2CCがモデルであることがわかります。

ところで、1980年当時の新日鐵では、垂直曲げ連続鋳造設備は君津2CCが最初でしたが、日本全体で見ると、すでに垂直曲げ連続鋳造設備は存在していました。例えば、川崎製鉄(当時)千葉製鐵所のフェースト(voest)マシンです。調べてみたら以下の文献がありました。

「スラブ連鋳機の生産性と操業技術の進歩」(鉄と鋼1981年)7ページに掲載された図11は、湾曲型(千葉1号)と垂直曲げ型(千葉2号、水島4号)それぞれについて、鋳片内部に存在する大型介在物の密度を比較し、垂直曲げ型が圧倒的に優れている点が開示されています。別の文献(「連鋳鋳型内凝固におよぼす操業要因の影響」(鉄と鋼1981年)に、『垂直鋳込み遂次曲げ多点矯正型の千葉 2号機(VOEST社製,2ストランド)、円弧鋳込み2点矯正型の水島5号機(MANNESMANN社製, 2ストランド)』とあるように、千葉2号機はVOEST社製の垂直曲げ連続鋳造設備です。

「我が国における鋼の連続鋳造プロセスの開花と未来へのシーズ 」(鉄と鋼2014)には、
『我が国においては,1966年国光製鋼で湾曲型ブルーム連続鋳造機が稼働した。1967年には,大和製鋼と日本鋼管鶴見で湾曲型スラブ連続鋳造機が稼働した。湾曲型大型スラブ連続鋳造機は,急速に普及した。その後,品質要求の高度化にしたがって,まず厚板用スラブの介在物対策として,1974年に川崎製鉄千葉で,1976年に日本鋼管京浜でプログレッシブ型垂直曲げスラブ連続鋳造機が稼働した。その後,薄板用スラブの介在物対策として1980年代に多数のプログレッシブ型垂直曲げスラブ連続鋳造機が稼働し,主流となった。』
とあります。垂直曲げの千葉2号機は1974年に稼働したようです。

小説で描かれた木更津製鐵所♯2CC、現実の君津製鐵所2CC、いずれの計画・立ち上げも、今から35年以上も前、はるか昔に起きた出来事です。しかし、小説を読みながら回想すると、ついこの間の出来事のように思い出すことができます。1980年頃私は君津製鐵所で勤務していました。
また小説には、主人公の秋山修の友人として、谷本という人物が登場します。木更津製鐵所の人事室長を務め、その後、東亜製鐵の子会社のウエハー製造会社の社長を経て、2010年現在は弁護士を開業しています。私は、新日鐵の子会社のウェーハ製造会社(ニッテツ電子→シルトロニック)に9年間も勤務していましたから、この点でも奇遇でした。
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