イージス艦衝突事故において、イージス艦あたごが漁船清徳丸と衝突しそうになったとき、イージス艦の方に回避義務があるといいます。その点は、海上衝突予防法という法律で規定されています。同法の15条には、
「(横切り船)
第15条 2隻の動力船が互いに進路を横切る場合において衝突するおそれがあるときは、他の動力船(B)を右げん側に見る動力船(A)は、当該他の動力船(B)の進路を避けなければならない。」とあります。下の左の図がそれです。Bが清徳丸、Aがあたごで、Aに回避義務があります。
ところでこの法律には、15条より前の12条で、帆船について規定しています。
「(帆船)
第12条 2隻の帆船が互いに接近し、衝突するおそれがある場合における帆船の航法は、次の各号に定めるところによる。
1.2隻の帆船の風を受けるげんが異なる場合は、左げん(ポート・サイド)に風を受ける帆船(A:ポート艇)は、右げん(スターボード・サイド)に風を受ける帆船(B:スターボード艇)の進路を避けなければならない。」下の右の図がそれです。
歴史的に見ると、帆船に関する世界共通の規定(12条)が昔から存在し、それに合わせて動力船の規定(15条)が定められたようです。
わが家が山口県の瀬戸内海沿岸に住んでいた頃(昭和61年~平成7年)、近くにジュニアヨットクラブがありました。わが家の3人の子ども達が皆そのクラブのお世話になり、その関係で私もヨットに関する耳学問を入手しました。4級小型船舶操縦士の免許を取ったのもこのときです。
子ども達はOP級という一人乗りのヨットで海に出ます。小学校2年から6年までが主体です。風上に向けてセイリングをしている2隻のヨットが近づき、そのままでは衝突するという場合、右上図のB:スターボード艇に乗っている子が大声で「スターボー!」と叫びます。「自分が優位だ」ということを知らせ、A:ポート艇の子に回避させるのです。
ところで、何でスターボード艇というのでしょうか。
「スターボード」には3つほどの意味があります。
(1) 右舷
(2) 右舷から風を受けて帆走
(3) 右回頭
上記3つを「左」に置き換えたのが「ポート」です。
何で「右」といわずに「スターボード」なんでしょうか。山口県在住当時から疑問に思っていました。
今回のイージス艦衝突事故を契機に、ネットで調べてみました。
その昔、バイキングが活躍していた頃、バイキング船の舵は船尾の幅中央に設置されるのではなく、下の図にあるように、右舷の後方に設置されていました。ステアリングボードという名称です。そこで、ステアリングボードが設置されている側の名前が、なまって「スターボードサイド」になったというのです。
また、右舷にステアリングボードがあるので、接岸するときは左舷を接岸させていました。そのため、左舷を「ポートサイド」と呼ぶようになったのです。
Deutsches Museum
「スターボード艇優先の原則」もバイキング船に由来があります。
右舷から風を受けると(スターボード艇)、右舷が浮き上がり、ステアリングボードの効きが悪くなります。左舷から風を受けるポート艇は逆で、舵の効きがよくなります。そこで、舵の効きが良好なポート艇が、スターボード艇を回避するように決めたのだということです。
もう一つ、昔からの疑問がありました。「右回頭」「左回頭」は、英語では「スターボード」「ポート」ですが、日本語では「面舵」「取り舵」です。何で面舵・取り舵というのでしょうか。ついでですから、この点も調べてみました。
その昔、日本では東西南北の方位を十二支で表していました。子が北、その後右回りに配置し、卯が東、午が南、酉が西です。方位磁石に記載すると、左下の「本針(ほんばり)」がそれに該当します。本針を手に持って、磁針が北を指す方角に「子」を向ければ、方位磁石は正しい方位を指します。
この場合、いちいち方位磁石の向きを「子が北」に向けてやる必要があり、船では面倒です。
そこで、右下の「逆針」が考案されました。見てわかるように、「子丑寅」が左回りに記載されています。この磁石を、子が船の先頭を向くように船に固定してしまいます。そうすると、「磁針の北が指す文字が、船の進行方向を指す」ということになります。下の真ん中の図では船が北向きであり、磁針は「子」を指しています。右の図では船は西向きであり、磁針は「酉」を指しているというわけです。
逆針基準で見ると、船の左舷は「卯」に、右舷は「酉」に対応します。
ところで、船を右回頭させるとき、舵板を右に向けるため、舵柄を左に向けます。「左」即ち「卯」です。このような関係から、「右回頭」を「卯も舵」なまって「面舵」になったというのです。同じように、左回頭は舵柄を右に向けるので「酉舵」なまって「取り舵」になりました。
逆針を使っているので方角が逆向き、舵柄の向く方向を指定するので回頭方向と反対側、ということで、逆の逆であたかも本針の示す方向が回頭方向であるような表示になりました。
ps 2016/2/18 上記文章中の「A」と「B」が逆になっていることを、通りすがりさんからご指摘いただきました。そのとおりでしたので、文章を修正しました。
「(横切り船)
第15条 2隻の動力船が互いに進路を横切る場合において衝突するおそれがあるときは、他の動力船(B)を右げん側に見る動力船(A)は、当該他の動力船(B)の進路を避けなければならない。」とあります。下の左の図がそれです。Bが清徳丸、Aがあたごで、Aに回避義務があります。
ところでこの法律には、15条より前の12条で、帆船について規定しています。
「(帆船)
第12条 2隻の帆船が互いに接近し、衝突するおそれがある場合における帆船の航法は、次の各号に定めるところによる。
1.2隻の帆船の風を受けるげんが異なる場合は、左げん(ポート・サイド)に風を受ける帆船(A:ポート艇)は、右げん(スターボード・サイド)に風を受ける帆船(B:スターボード艇)の進路を避けなければならない。」下の右の図がそれです。
歴史的に見ると、帆船に関する世界共通の規定(12条)が昔から存在し、それに合わせて動力船の規定(15条)が定められたようです。
わが家が山口県の瀬戸内海沿岸に住んでいた頃(昭和61年~平成7年)、近くにジュニアヨットクラブがありました。わが家の3人の子ども達が皆そのクラブのお世話になり、その関係で私もヨットに関する耳学問を入手しました。4級小型船舶操縦士の免許を取ったのもこのときです。
子ども達はOP級という一人乗りのヨットで海に出ます。小学校2年から6年までが主体です。風上に向けてセイリングをしている2隻のヨットが近づき、そのままでは衝突するという場合、右上図のB:スターボード艇に乗っている子が大声で「スターボー!」と叫びます。「自分が優位だ」ということを知らせ、A:ポート艇の子に回避させるのです。
ところで、何でスターボード艇というのでしょうか。
「スターボード」には3つほどの意味があります。
(1) 右舷
(2) 右舷から風を受けて帆走
(3) 右回頭
上記3つを「左」に置き換えたのが「ポート」です。
何で「右」といわずに「スターボード」なんでしょうか。山口県在住当時から疑問に思っていました。
今回のイージス艦衝突事故を契機に、ネットで調べてみました。
その昔、バイキングが活躍していた頃、バイキング船の舵は船尾の幅中央に設置されるのではなく、下の図にあるように、右舷の後方に設置されていました。ステアリングボードという名称です。そこで、ステアリングボードが設置されている側の名前が、なまって「スターボードサイド」になったというのです。
また、右舷にステアリングボードがあるので、接岸するときは左舷を接岸させていました。そのため、左舷を「ポートサイド」と呼ぶようになったのです。
Deutsches Museum
「スターボード艇優先の原則」もバイキング船に由来があります。
右舷から風を受けると(スターボード艇)、右舷が浮き上がり、ステアリングボードの効きが悪くなります。左舷から風を受けるポート艇は逆で、舵の効きがよくなります。そこで、舵の効きが良好なポート艇が、スターボード艇を回避するように決めたのだということです。
もう一つ、昔からの疑問がありました。「右回頭」「左回頭」は、英語では「スターボード」「ポート」ですが、日本語では「面舵」「取り舵」です。何で面舵・取り舵というのでしょうか。ついでですから、この点も調べてみました。
その昔、日本では東西南北の方位を十二支で表していました。子が北、その後右回りに配置し、卯が東、午が南、酉が西です。方位磁石に記載すると、左下の「本針(ほんばり)」がそれに該当します。本針を手に持って、磁針が北を指す方角に「子」を向ければ、方位磁石は正しい方位を指します。
この場合、いちいち方位磁石の向きを「子が北」に向けてやる必要があり、船では面倒です。
そこで、右下の「逆針」が考案されました。見てわかるように、「子丑寅」が左回りに記載されています。この磁石を、子が船の先頭を向くように船に固定してしまいます。そうすると、「磁針の北が指す文字が、船の進行方向を指す」ということになります。下の真ん中の図では船が北向きであり、磁針は「子」を指しています。右の図では船は西向きであり、磁針は「酉」を指しているというわけです。
逆針基準で見ると、船の左舷は「卯」に、右舷は「酉」に対応します。
ところで、船を右回頭させるとき、舵板を右に向けるため、舵柄を左に向けます。「左」即ち「卯」です。このような関係から、「右回頭」を「卯も舵」なまって「面舵」になったというのです。同じように、左回頭は舵柄を右に向けるので「酉舵」なまって「取り舵」になりました。
逆針を使っているので方角が逆向き、舵柄の向く方向を指定するので回頭方向と反対側、ということで、逆の逆であたかも本針の示す方向が回頭方向であるような表示になりました。
ps 2016/2/18 上記文章中の「A」と「B」が逆になっていることを、通りすがりさんからご指摘いただきました。そのとおりでしたので、文章を修正しました。
さらに個人的に大変興味深かったのが面舵、取り舵の語源。まさか十二支とは思いも寄りませんでした。今後映画などで「面舵いっぱ~い!」というセリフを聞いたらと思わずニヤリとしてしまいそうです。
さすがに映画で「スターボー!」というセリフにはめぐり合いそうにありませんが…。
えっ、とこさんはヨットか何かをやっていたのですか?
スターボード、ボートを知っている人というのは結構特殊だと思っていました。
書こうと思っていて忘れていたのですが、子午線の語源がまさに十二支です。
南北線=子午線ですね。
動力船同士の場合も、帆船同士の場合も、イラスト中のAが避航船、Bが保持船です。
第15条の「他の動力船を右舷側に見る動力船」とはA船のことであり、この船に避航義務があります。
記事をアップしてから8年が経過しますが、文章の誤りに気づきませんでした。ご指摘ありがとうございます。
文章中のAとBを逆転させる修正を加えました。