弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

伊藤祐靖著「国のために死ねるか」(1)

2016-10-16 12:11:21 | 歴史・社会
1999年に起きた能登半島沖不審船事件について、当時の文藝春秋記事から得た知識を、以前報告しました。
もともと前回の記事を書いたのは、最近読んだ下記の書籍に触発されたためです。
国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動 (文春新書)
伊藤祐靖
文藝春秋

巻末の著者紹介には以下のように書かれています。
『1964年東京都出身。日本体育大学から海上自衛隊へ。・・「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事件を体験。これをきっかけに自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊の「特別警備隊」の創設に関わる。42歳の時、2等海佐で退官。以後、ミンダナオ島に拠点を移し、日本を含む各国警察、軍隊に指導を行う。・・・』

非常に面白い本でした。印象に残ったポイントは多いです。
○陸軍中野学校出身の父親との関係。
○大学卒業後に最下級兵士として海自に入隊。その後幹部候補生から士官へ。
○1999年に能登半島沖不審船事件において、何が起きようとしていたのか。
○日本最初の特殊部隊を海自の中に創設する過程でわかったこと。
○ミンダナオ島で何を体験したのか。

以下、順を追って書いていきたいと思いますが、まず最初に
○1999年に能登半島沖不審船事件において、「みょうこう」の艦上で何が起きようとしていたのか、について書きましょう。

『能登半島沖不審船事件は、私の人生の転機であっただけでなく、戦後日本の軍事・防衛にも大きなインパクトを与えた出来事である。なのに、一般的には、事件が起きたことすらほとんど知られていない。』(伊藤著)

前回の記事に書いたように、1999年3月19日に、北朝鮮から2隻の工作船が発進するとの情報が韓国と米国から日本にもたらされたことに端を発します。
3月23日早朝。海上自衛隊のP-3C対潜哨戒機が、佐渡島西沖と能登半島東沖で、相次いで計2隻の不審船を発見しました。

護衛艦「みょうこう」に出動命令が出され、「みょうこう」の物語が始まります。
著者の伊藤祐靖氏は当時、一等海尉(海軍大尉)で、「みょうこう」の航海長でした。「みょうこう」は舞鶴港に停泊し、伊藤氏も上陸していました。3月22日、携帯電話で緊急出航の命令が伝えられます。艦に帰ってみると、艦長は「秘のグレードが高すぎるので、行き先は出航直前まで言えない」と言うのです。そして出航直前に艦長に尋ねると、「行き先は富山湾だ」というわけです。
翌23日早朝、「みょうこう」は富山湾に到着し、不審船の捜索を始めました。日本漁船に擬装した不審船を見つけるのですから、簡単ではないはずです。捜索開始から半日後の午後、独行の漁船を発見しました。伊藤氏は、まだ操船になれていない若い幹部の訓練のつもりで、その漁船の後方500ヤード(460m)につけるよう、指示しました。そしてその漁船の後にスムーズに滑り込むと、なんと、漁船の船尾に縦の線が入っていました。船尾が観音開きになるのです。間違いなく北朝鮮工作船です。記載されている船名は第2大和丸でした。

不審船と併走しつつ海上保安庁へ連絡です。保安庁からは、「不審船に乗り込む海上保安官たちが、大阪から新潟へ航空機で移動中。新潟から高速巡視船で迫ってくる」との連絡が来ました。
日没前の18時頃、巡視船が追いついてきました。巡視船を見ると、若い海上保安官たちが、工作母船に飛び乗るために甲板上に並んでいます。
巡視船が工作船に近づき、若い海上保安官がまさに飛び移ろうとしたその瞬間、工作母船が増速しました。みょうこう、巡視船もスピードを上げて追跡します。みょうこうは、10万馬力のガスタービンエンジンの全力を出し、最大戦速で追跡を開始しました。
巡視船が威嚇射撃を始めましたが、上空に向けて小口径の砲をパラパラと打ち上げるだけです。そのうち、巡視船は、新潟に帰投する燃料に不安があるとの理由で、突然帰投するのです。

みょうこうは、30ノットを超える高速で工作母船と併走します。
伊藤航海長が食堂で休息していると、突然「戦闘配置につけ」を意味するアラームが鳴ります。「海上警備行動が発令された。総員、戦闘配置につけ。準備でき次第、警告射撃を行う。射撃関係者集合。立ち入り検査隊員集合。」
127ミリ単装速射砲による警告射撃が始まります。1発目は後方200m、2回目は前方200m、さらに後方100m、前方100m、後方50mと、着弾点を目標に近づけますが、工作船は減速の兆しを見せません。
と、突然、工作船が減速しました。工作船、みょうこう、ともに日本海のど真ん中で停止しました。官邸からの海上警備行動の発令を受けてここまで来たのですから、次は工作母船内の立ち入り検査です。
しかし、隊員たちは、立ち入り検査について1回も訓練したことがないのです。海軍が立ち入り検査を行うという考えは世界的にも最近出てきたばかりで、みょうこうは防弾チョッキも装備していないのです。
立ち入り検査のための準備作業が整い、一旦解散することになりました。立ち入り検査員の中に、伊藤航海長直属の部下がおり、緊張した面持ちでやって来ました。
『「航海長、私の任務は手旗です。こんな暗夜の中、あんなに離れた距離で手旗を読めるわけがありません。行く意味はあるのでしょうか?」
私は答えた。「つべこべ言うな。今、日本は国家として意志を示そうとしている。・・・国家がその意志を発揮する時、誰かが犠牲にならなければならないのなら、それはわれわれがやることになっている。その時のために自衛官の生命は存在する。行って、できることをやれ」
彼は、一瞬目を大きく見開いてから、なぜかホッとした表情を見せた。
「ですよね、そうですよね。判りました。」』
『そして、一旦解散した検査隊員たちが、食堂に帰ってきて再集合した。驚いたことに、彼らの表情は一変していた。・・・10分前とは、まったく別人になっていたからだ。悲壮感の欠片もなく、ニコニコはしていないが、清々しく、自信に満ちて、どこか余裕さえ感じさせる、』
伊藤氏の部下が立ち止まり、
「航海長、お世話になりました。行って参ります。」そして5、6歩行ったところで急に振り向き、「航海長、あとはよろしくお願いします」

伊藤氏は「これは間違った命令だ」と考えていました。幸いなことにこのときは、彼らの出撃直前に、工作母船が再び動き出したので、「立ち入り検査」は実施されませんでした。工作母船は逃走を続けて日本領海を離れ、作戦中止命令が発令されました。

それまでは手旗要員でしかなく、近接格闘戦など訓練したこともなかった海上自衛官が、短い時間のうちに出撃を覚悟し、多くの欲求を諦めていきました。かれらが“わたくし”というものを捨てきって、最後に残った願いは公への奉仕でした。

以上が、「国のために死ねるか」で描かれた能登半島沖不審船事件の顛末です。
不審船の立ち入り検査は、本来であれば海上保安庁の任務です。その任務が海上自衛隊に回ってきました。根拠となる「海上警備行動」について、法律では、
『強力な武器を所持していると見られる艦船・不審船が現れる等、海上保安庁の対応能力を超えていると判断されたときに、防衛大臣の命令により発令される海上における治安維持のための行動である。
自衛隊法82条に規定されたものであり、自衛隊法93条に権限についての規定が定められている。海上における治安出動に相当し、警察官職務執行法・海上保安庁法が準用される。発令に当たっては、閣議を経て、内閣総理大臣による承認が必要である。』
としています。
「海上保安庁の対応能力を超えている」とされるのは、あくまで「強力な武器を所持していると見られる」からです。
しかし、「国のために死ねるか」によると、巡視船の燃料が不足しただけのことでした。また、文藝春秋記事によると、巡視船の速力が遅くて高速の工作船について行けなかっただけのことです。どちらも、相手の武装が優越だったためではありません。従って、「海上保安庁には無理だが、海上自衛隊の得意技である」とはとても言えません。巡視船であれば不審船に直接接舷してして乗り移れますが、みょうこうでは小型ボートに移乗した上で小型ボートから不審船に乗り移る必要があり、明らかにこちらの方が不利です。
今から考えると、このときに海上警備行動が発令されたことは、決して適切とは言えないでしょう。

当時の「海上警備行動」を規定した法律に無理があり、実施部隊の準備もされていません。そのような無理な命令を発令すべきではなかったのでしょう。
現在、南スーダンに派遣された自衛隊PKO部隊に「駆け付け警護」の任務を付与しようとしています。「工兵隊が戦闘に参加するのか」と首をかしげますが、能登半島沖不審船事件における海上警備行動発令の方が、よっぽど不可解でした。

「国のために死ねるか」記載内容と文藝春秋記事を対比すると、各所に不一致が見られます。少なくとも「みょうこう」が関連した部分については、「国のために死ねるか」の記述が正しいのでしょう。

能登半島沖不審船事件を契機として、海上自衛隊にはじめての特殊部隊が創設されます。「国のために死ねるか」においてその顛末が詳細に語られています。
以下、次号で。
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