弁理士の日々

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特技懇・進歩性特集(2)

2007-07-12 21:16:02 | 知的財産権
特技懇誌の245号(最新号)で、進歩性特集の次の記事です。

「進歩性/非自明性について~KSR事件を契機とした非自明性の議論及び特許の質の観点から~」

この中では、まず米国のKSR事件を通して米国における非自明性の議論に関して述べています。
「CAFCは、非自明性の判断に内在する後知恵(hindsight)による判断をいかに回避するかとの観点から、どのようにして発明のなされた過去に遡り、本願の発明を「忘れる」かに頭を悩ませ、その手法として、先行技術の組み合わせ発明を自明とするためには、これを教示(teaching)、示唆(suggestion)、または動機づけるもの(motivation)が先行技術に存在しなければならないとする、いわゆる「TSMテスト」の適用を展開してきた。」
ところが最近の運用では、「CAFCは、先行技術の中に、組み合わせることの具体的で決定的な動機が示されていなければならないとの厳しい基準を採用している」と批判され、これが、KSR事件のCAFC判決に対する上告を最高裁が受理した背景となります。
一方、「2006年のCAFCの判決・・・を通して過去の判示内容を改めて考察すると、CAFCの考え方は一貫しているように思う。複数の文献に開示された発明を組み合わせる示唆・動機は、文献中に明確に記載される必要があるとせず、当業者の知識や、解決すべき課題の性質から導かれるものも考慮されるとの立場を繰り返し述べている。ただし、一般的・断定的な主張は証拠にならず、なぜ組み合わせることが自明なのか、組み合わせの示唆に関する情報の提示が必要であるとし、その情報は具体的な発明の内容に沿った審査官による説明でも可能であることを指摘しているのである。」

最後に、KSR事件の最高裁判決レビューです。
「4月30日、KSR事件につき、最高裁はCAFCの判決を全員一致で破棄・差し戻した。TSMテストの有用性を認めながらも、その適用は原審のように硬直的であってはならず、また自明の判断の際の義務的な公式であってはならないとの考えを示した。そして、特許発明の解決すべき課題にとらわれたことが、CAFCの誤りの原因の一つであり、発明当時のいかなるニーズや課題も公知要素を組み合わせる理由付けとなりうる点を指摘した。また、特許発明の課題と同じ課題を解決する先行技術のみを組み合わせ可能な要素とした点でも誤ったとし、先行技術の主要課題がどうであれ、よく知られた公知技術であれば常識から自明といえる機能を備えており、多くの場合、当業者であればパズルのピースのごとくそれら複数の公知要素を組み合わせることができる(“be able to”)との、より柔軟な考え方を示している。
“obvious to try”の考え方にも触れている。組み合わせることが“obvious to try”であったことを示すだけでは自明の立証にはならないというCAFCの考え方は誤りであり、開発の必要性や市場の需要があり、解決手法が予測可能でかつ有限であれば、“obvious to try”を示すことで自明の立証ができる場合もあるとの考え方を示した。」

TSMテストの硬直的な運用は諫められましたが、その有用性は認められたということで、おそらくこれからは適切な運用が図られていくことでしょう。

特技懇のこの記事の中で、わが国特許庁の審査についてはどのように論じられているでしょうか。
「実体要件的な観点からは進歩性の判断は“foresight”に行われるべきであるが、審査官・裁判官の進歩性の判断は本願発明を理解した後に行わざるを得ず、この意味で進歩性の判断は、100%「hindsightの環境」の中で行われる。Albany law schoolの実験から、また我々の直感からも、どのような判断手法を採用しても“foresight”と“hindsight”の溝は埋められないであろう。「hindsightの排除」は理想ではあるが、実際的な問題解決につながる命題であるとはいえない。特許の質の要素が「顧客の納得度」であり、「ばらつきがないこと」が審査の基本的な課題であるとすれば、「hindsightの排除」は理想命題として掲げるにとどめ、いかに出願人との手続きを充実させて納得感を得るか、そして公平に対応できるかという視点から考えることが実務上実益あるものと考えられる。その結果自明であると判断されたものが、仮に“foresight”の視点からは「進歩性あり」と判断されたとしても、それが進歩性判断の考え方として妥当なのである。」

ハインドサイトの排除はどうしても無理であるから、それで良しとしようではないか、ということですね。出願人の納得性とばらつきの減少さえ得られればよいということです。
いやいや、やはりそれでは諦めるのが早すぎます。ばらつきさえ少なければ進歩性判断が厳しい方にシフトしても良い、ということはありません。ハインドサイトを諫める精神を常に忘れずに、適切な進歩性判断をしてこそ、出願人の納得も得られるというものです。そのためには、進歩性判断の現場においてどのような基準を設ければいいのか、ぜひ議論を深めて欲しいものです。
コメント (1)
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