弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

神戸大特許事件

2006-07-16 00:20:09 | 知的財産権
「神戸大教授特許データ捏造事件」とされる事件については、4月末に報道された時点で私は話題に乗り遅れ、状況を把握していませんでした。
今回、神戸大での処分が決定したとの報道があったので、あらためて調べてみました。事件発覚時の報道を含め、私が接する報道では、神戸大の大前教授が出願明細書中に捏造実施データを書き込み、大前教授自身が出願人になって出願したような書きぶりになっています。出願の取下げも、大前教授が取り下げたような報道です。
ところが、出願書類(特開2005-324319)を調べてみたら、出願人は国立大学法人神戸大学ではないですか。

この事件に関しては、PECANさんのサイトで詳しく紹介され、そのつてでケミストさんの記事、さらには神戸大関係者の掲示板を閲覧することができました。

第1の印象として、こちら関東と比較し、地元関西は情報の密度が濃いですね。PECANさんから紹介のあった神戸新聞の記事は、4月の事件発覚時、今回の大学処分決定時のいずれも、関東での報道情報に比較するとより正確で内容の濃い記事になっています。

神戸大の大前教授、中井教授、田川助教授の3人が発明者に名を連ねています。報道で大前教授がクローズアップされている理由はわかりませんが、筆頭発明者ということから来るのでしょうか。
IPDLで調べる限り、大前教授が発明者になっている出願は5件しかありません。中井教授は企業研究者出身の教授です。田川助教授は大前研究室の助教授で、今回の内部告発者はこの人だそうです。
今回の大学発表に関する神戸新聞の記事では、
「このうち中井教授が、必要な実験装置がないにもかかわらず、大前教授らが出した実験データを参考に、あたかも実験を実施しデータを得たかのように出願書に書き込んだ。
 大前教授は出願前、「こんなことまで書いて大丈夫か」と何度も確認したといい、中井教授は「書き過ぎた」と反省しているという。」
ということだそうです。

中井教授が企業出身ということから、十分にあり得る構図だと理解できます。

アメリカを除く全世界は先願主義を採用し、特に最先端でデッドヒートを繰り広げている技術分野では、一日も早く出願することが先決です。一方、特許を得るためには、「明細書のサポート要件」「実施可能要件」ということで、十分な実施例データが出願時に明細書中に記載されている必要があります。
このような状況下で、実際に実施されていないデータを、あたかも実施していたかのように明細書中に記載することは、よくあることではあります。

アメリカ出願では、出願人は「正直であること」を要求され、事後的に不正直であったことが証明されると権利行使不可能になります。アメリカは先発明主義ですから、アメリカ一国出願であれば、データが出揃うまでじっくり待って出願することが可能です。

発明がアイデア段階で、十分な実施データが出揃っていない段階で、はたしてこのタイミングで出願すべきかどうか、「どのタイミングで出願することが得策か」という観点では議論します。そのアイデアはまだピンポイントで、本当はもっと広い範囲で発明が成立するかもしれないし、あるいはそのアイデアの隣に本当の発明が眠っているかもしれません。そのような可能性があるのであれば、現時点で出願するのは得策ではないでしょう。現時点から1年以内にデータが出揃う可能性が高いのであれば、取り敢えず現時点で出願し、データが出揃ったところで国内優先出願をすることは可能です。今から1年6ヶ月以内にデータが出揃わない可能性が高かったらどうか。出願から1年6ヶ月後に出願公開されるので、その後に本当の意味ある発明に遭遇したとしても、自分自身の公開公報によって本当の発明は権利化を阻止されます。

以上のような観点で、「得策か否か」という判断は行いますが、倫理上問題だ、といった議論は今までしてきませんでした。今回のように「研究者の倫理にもとる」と判断されるということになると、これからは大学の先生が発明者に名を連ねている場合は細心の注意が必要になりますね。

私の経験でも、企業研究者出身で大学に在籍している研究者の方は、実験せずにデータを創作して明細書の実施例データとすることを当然のようになさることが多いです。あっ、これを「捏造」というのですね。これからは十分に気をつけることにしましょう。
コメント (1)
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