ぼくの思うこと想うひと

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2017広島原爆の日平和記念式典

2017-08-08 21:46:42 | Weblog
〔写真1:表紙;2017広島平和記念式典〕

ブログが題名にしている「広島原爆の日平和記念式典」の正式名称は「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和記念式」です。(英文では、HIROSIMA PEACE MEMORIAL CEREMONY)

このブログでは、2009年8月に「広島市長が記念式典で平和宣言」を記事にしました。2011年から毎年、「広島原爆の日平和記念式典」の記事をアップしてきました。

「2017年広島原爆の日平和記念式典」をニュースや関係資料を参照してまとめます。

【献水】
式次第の前に献水が行われました。
献水は原爆が投下された炎の中で水を求めて亡くなられた原爆犠牲者の方々のために市内17か所から集められた清水が捧げられました。

〔写真2:献水〕

そして、式次第に従って記念式典が執り行われました。

【式次第】
・開式 (8:00) ・原爆死没者名簿奉納 (8:00) ・式辞(8:02) ・献花(8:07) ・黙とう・平和の鐘(8:15)
・平和宣言(8:16) ・放鳩 ・平和への誓い(8:22) ・あいさつ(8:26) ・ひろしま平和の歌(合唱)(8:40)
・閉式(8:45)

◆ 原爆死没者名簿奉納
この1年間に亡くなった人と新たに死亡が確認された人の合計5,530人の名前が名簿に書き加えられて、原爆死没者の合計が308,725人になりました。

〔写真3:広島市長による原爆死没者名簿奉納〕

◆ 式辞
2017年7月7日に、国連本部で開催された核兵器禁止条約交渉会議において、同条約が採択され、核兵器の使用、開発、保有など、幅広い項目が禁じられたことは、核兵器廃絶に向けた新たな一歩として評価されます。
一方で、安全保障上の懸念から、核保有国や核の傘の下にある国々が、この会議に不参加であったことは事実にほかなりません。
核兵器のない世界の実現に向け、核保有国をはじめ世界各国のリーダーには、同条約の実効性を高めるための英断をしていただくことを強く望みます。

〔写真4:式辞を述べる永田広島市議会議長〕

◆ 献花
広島市長、広島市議会議長、遺族代表・こども代表、被曝者代表、来賓の方々が献花されました。

〔写真5:献花を行う国連事務次長の中満泉さん〕

◆ 黙とう・平和の鐘
1分間の黙とうが捧げられ、平和の鐘が撞かれました。

〔写真6:黙とうを捧げる人々〕

〔写真7:平和の鐘〕

◆ 平和宣言
72年前の8月6日8時25分、広島の空に「絶対悪」が放たれました。絶対悪である原子爆弾は、きのこ雲の下で罪のない多くの人々にむご(惨)たらしい死をもたらしたけでなく、放射線障害や健康不安など心身に深い傷を残し、社会的な差別や偏見を生じさせ、辛うじて生き延びた人々の人生を大きく歪めてしまいました。
このような地獄は、決して過去のものではありません。いつ何時、遭遇するかも知れないものであり、むごたらしい目に逢うのは、あなたかもしれません。

今年7月、国連では、核保有国や核の傘の下にある国々を除く122か国の賛同を得て、核兵器禁止条約を採択し、核兵器廃絶に向かう明確な決意が示されました。こうした中、各国政府は、「核兵器のない世界」に向けた取り組みを更に前進させなければなりません。

私たちは、原爆犠牲者の御霊に心からの哀悼の誠を捧げ、世界の人々と共に、「絶対悪」である核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓います。

〔写真8:平和宣言を行う松井一實広島市長〕

◆ 放鳩

〔写真9:飛び立つ鳩〕


◆ 平和への誓い

〔写真10:子供代表による平和への誓い〕
こども代表が述べる「平和への誓いから、《原子爆弾の投下によって地獄となった広島が平和を取り戻して、世界に発信するメッセージ》を平易に学ぶことが出来ます。
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2017平和への誓い
原子爆弾が投下される前の広島には、美しい自然がありました。
大好きな人の優しい笑顔、温もりがありました。
一緒に創るはずだった未来がありました。
広島には、当たり前の日常があったのです。
昭和2 0 年(1 9 4 5 年) 8月 6日 午前 8時1 5 分、広島の街は、焼け野原となりました。
広島の街を失ったのです。 多くの命、多くの夢を失ったのです。
当時小学生だった語り部の方は、「亡くなった母と姉を見ても、涙が出なかった」と語ります。
感情までも奪われた人がいたのです。
大切なものを奪われ、心の中に深い傷を負った広島の人々。
しかし、今、広島は人々の笑顔が自然にあふれる街になりました。
草や木であふれ、緑いっぱいの街になりました。
平和都市として、世界中の人に関心をもたれる街となりました。
あのまま、人々があきらめてしまっていたら、
復興への強い思いや願いを捨てていたら、
苦しい中、必死で生きてきた人々がいなければ、今の広島はありません。
平和を考える場所、広島。
平和を誓う場所、広島。
未来を考えるスタートの場所、広島。
未来の人に、戦争の体験は不要です。
しかし、戦争の事実を正しく学ぶことは必要です。
一人一人の命の重みを知ること、互いを認め合うこと、まっすぐ、世界の人々に届く言葉で、
あきらめず、粘り強く伝えていきます。
広島の子どもの私たちが勇気を出し、心と心をつなぐ架け橋を築いていきます。
平成2 9 年(2 0 1 7 年) 8月 6日
こども代表
広島市立大芝小学校 6年 竹舛 直柔(たけます なおなり)
広島市立中筋小学校 6年 福永 希実(ふくなが のぞみ)
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◆ あいさつ
以下の3人の方々があいさつをおこないました。

内閣総理大臣あいさつ
安倍総理大臣は条約については言及せず、「核保有国と非核保有国、双方に働きかけを行うことを通じて国際社会を主導していく」と述べました。

〔写真11:挨拶を述べる安倍内閣総理大臣〕

広島県知事 (略)

国際連合事務総長(略)

◆ 広島平和の歌(合唱)

〔写真12:広島平和の歌〕

◆ 閉式

【この記事のまとめ】
広島原爆投下の日から72年を経た2017年8月6日、平和記念式典が執り行われました。
この1年に亡くなった人と死亡が確認された人の合計5,530人の名前が原爆死没者名簿に書き加えられて、名簿の記載合計が308,725人になりました。1年間に5千5百人を超える死亡者が判明し、72年の累計が30万8千人を超えまいました。今なお、原爆投下の惨禍が記録され続けています。

2017年7月7日に、国連本部で開催された核兵器禁止条約交渉会議が行われ、核保有国や核の傘の下にある国々を除く、122か国の賛同を得て、同条約が採択されました。
この条約によって、核兵器の使用、開発、保有など幅広い項目が禁じられたことは、核兵器廃絶に向けた新たな一歩として評価されます。
一方で、安全保障上の懸念から、核保有国や核の傘に下にある国々が、この会議に不参加であったことは事実にほかなりません。日本は核の傘の下にある国で、この会議には不参加でした。

こうした中、各国政府は、「核兵器のない世界」へ向けた取り組みを更に前進させなければなりません。

安倍総理大臣はあいさつで国連で採択された条約に言及することなく次のように述べました。
真に「核兵器のない世界」を実現するためには、核兵器国と非核兵器国双方の参画が必要です。我が国は、非核三原則を堅持し、双方に働きかけを行うことを通じて、国際社会を主導していく決意です。

日本は、唯一の被爆国として、「核兵器のない世界」の実現を国際社会に働きかけていかねばなりません。
(了)

【主な参考・引用資料】
「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和記念式」平成29年(2017年)8月6日 広島市
「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式あいさつ」平成29年8月6日 首相官邸
「2017年広島市原爆死没者慰霊式並びに平和記念式」YouTube FNN制作著作新広島テレビ
「原爆投下から72年 広島市で平和記念式典」NHKニュース 2017年8月6日9時46分
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