ぼくのほんだな

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ぼくのほんだな220・・「冬木寛詩集」と「貝漂太句集」

2017年07月15日 | ほんだな
先日、冬木寛(貝漂太)が逝きました。 と言っても誰だかみんな憶えてないですよね、 以前にサラっと載せてるんだけど。でもいいんです、僕が憶えていますから。 で、もう一度付き合ってほしいんです、僕だけの、僕ひとりの世界のお話になっちゃいそうだけど。 ねッ
これまで冬木寛は「銀伽藍」を, 貝漂太は句集「加比江 cahier 」を取り上げました。
で、今回は冬木寛の詩集「啞少年1990」と貝漂太の「蕩児不帰」を紹介します。

まず冬木寛の詩集「啞少年1990」です。

 表紙









冬木寛詩集「啞少年1990」 1990 書肆遼寛堂

冬木寛(貝漂太)は 昭和5年 兵庫県生まれ。 詩集としては<遼寛堂コレクション>「詩の宇宙」シリーズのこの一冊のみです。
彼は「葡萄弾0号」で詩への思いを次のように記しています。

詩とは何か。
なかに本物のひきがえるがいる想像の庭。 ー マリアン・ムア

マリアン・ムアのひきがえるは、何故かぼくには詩人の森を支配する美貌の未亡人のように思えてならない。ひきがえるを主人公にして一編の美しい詩が書けたら、ぼくは自分を本物の詩人だと思うだろう。 ― 冬木寛

これは冬木寛の1988年の思いです。あれから随分時は流れました。 冬木寛は果してひきがえるを主人公にして一編の美しい詩が書けたのでしょうか? 自分を本物の詩人だと思えたのでしょうか? 僕はわかりません。


こちらは、貝漂太の句集『蕩児不帰』です。



貝漂太句集『蕩児不帰』(遼寛堂文庫) 1990 書肆遼寛堂


桃咲けばまたメメントモリ耳の底 (大和秋平に)

剃刀の淡きエロスや夏始め

水中花アンドロジナスの空涙

遊蕩の蛇哀しむや遠花火

夏帽子自分の陰で眠りたし

唐辛子すでに晩年舌の上

死者もまたみじろぎするか桃の花


貝漂太はこの句集のタイトルをどの様な気持ちで付けたのでしょうか? なぜ「蕩児」なのか、どうして「不帰」なんだろうか。
収められている50句には彼が抱えていた鬱々とした思い(誰もが抱いているであろう得心出来ないモヤモヤ感) が鮮烈にすくい採られているように感じるのですが。
俳句について彼は「あとがき」で次のように語っています。

一行一句の世界を成立させる「ハイク」は何によって支えられるのだろうか。
この疑問や不思議が、世にいう「俳句」ではない、つまり、「ハイク」的な一種の定型詩に向かってわたしの内部をペン先でつつくのである。
「ハイク」とは何か。それはわたしにとってイメージの連鎖にほかならないとだけ言うしかない。

熊にまたがり屁をこけば

りんどうの花散りゆけり

熊にまたがり空みれば

おれはアホかと思わるる

という阪田寛夫の詩のなかの「熊」を「ハイク」に置き換えれば、「ハイク」を作るわたしの気持ちはほヾ説明できるのではないかと思う。
一九八九年 師走

分かったような、分からないような、ではありますが・・・。

貴方も心の内にかけがえのない人(作家)をひとりならず持っていると思うんだけど、僕にとって冬木寛(貝漂太)がそうなんです。
と言っても別に魂を震わせるようなドラマチックなお話はありません。
彼は僕の前方をいつも疾走し、いつまで経ってもその影にすら追っつけない心憎き存在であり続けました。彼は少しビターだったけど、筋金入りの大甘な僕にとってはむしろそれが心地よいものだった。かな?

ず~っとずっと途切れることなく、実にいろんなアレやコレやの刺激を与え続けてくれたので僕は退屈知らずでやってこれたんだと思ってる。
こんなに緩くて、細くて、長い、程よい関わりは他にはなかったよなあ・・。

色んな人が来し方を振り返ったときによく言う「長いようで短かかった」はそのとおりでした。

あともう少し・・・、 でももうお別れだ。 グッバイ冬木! サンキュー漂太!
あ~、 おもしろかった!!
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