コロンビア領サンアンドレス島からコロンビア本土へ

2017-07-17 11:18:21 | 日記
Isla de San Andres 人口は約4万人 面積は約26㎢ カリブ海にある島でコロンビア領
10月13日 火曜日
朝、銀行へ。 80ドル両替 $1=254.84ペソ
旅行会社サムで次の予定地、コロンビア本土に行くための予約に行ったがチケットのことでもめる。
グアテマラでコロンビアまでのチケットを買い、サンアンドレス島に寄ってもチケットは有効とのことだったが窓口に出すとこれはダメと受け付けてくれない。押し問答の末、マネジャーと話がしたいと言うと、マネジャーは今外出しています、2時間後くらいに来てと言われたので近くで朝食。
180ペソ=90円くらいで、昼も夕食もそこで取ったが300ペソ=約160円でボリュウムあるし美味しい。再びSAMに行くと受付の女性が奥のマネジャー室に案内してくれた。中には数人の強面がソフアーに座ってタバコを吸っていた。そして、全員一斉に私に目を向けた。いきなり東洋人が入って来たので何事かと思ったのだろう。
マネジャーが「何の用だ?」とドスの効いた声で問う。
説明半ばで「OK、OK、で、コロンビアのどこに行きたい?」と聞いたのでとっさに一番はずれの、つまりエクワドルに近い街「カリまで」と云ったらチケットにカリと書いてマネジャーがサインしてくれた。
この話は同じチケットを持っている人たちがたくさんいるので、この方法が一番だと教えたが誰もクレイム付けず案の定受付で突っ返され、新たにコロンビアまでのチケットを買ったとのことだった。
午後、少し泳いだが強風で参ったが、洗濯をしたら水が汚くこれにはもっと参った。

10月14日 水曜日
昨夜、呑み過ぎたたのかすこぶる調子が悪い。昼食後、島へ渡る。たぶんJohnny kayだったと思う。
とても綺麗でさすがにカリブ海という感じだった。ボート往復350ペソ=$1.4=¥180
夕方戻り、夕食、シャワー。ここで牧田、後藤両氏と再会。
この日はコロンビア本土に向かう予定だったので皆で見送りに来てくれた。
ホテルから空港まで歩いて10分くらいだろうか。
チェックインをしようと搭乗カウンターに行くと「お前のチケットは使えない」またこれかよ、と思いながら、「ここにあなたの会社のマネジャーがOKのサインしてあるでしょう?」指し示すと不本意な顔をしながら搭乗券をくれた。
飛行機に乗り込んでエンジンが起動、出力が途中腰砕けでゴ~ヲンヲンから止まってしまった。
そしてしばらくして飛行機から降ろされたが空港内は閉まっており、トイレなし。男も女も仕方なく隅の方で用を済ませていた。
9時半出発が二時間遅れで11時半離陸。カリへは深夜の1時半着。どうすることもできない。

10月15日 正式名 Santiago de Cali に到着 コロンビアの3番目に大きい街
カリ市内近くのバスターミナルまで行くバスが6時頃ようやく出るとのことで安堵。
結局空港で約4時間半過ごした。
ターミナルに着いてポパヤン行きのバスを探すと今日は出ないとのこと。
「えっ!?いつ出る?」「わからない、マフィアが封鎖しているから彼らに聞いてくれ」。
仕方なくターミナル近く、川を渡ってすぐの角の宿にした。
宿帳に誰か知ってる者いないかと見ていたらソトコロの文字が。彼も一人でこんなところに来てたのかと
なんだか嬉しくなった。
一泊 350ペソ(コンバーニョ=シャワー付きの部屋)
バックパックを置いて街をブラブラ、ここは治安が悪いとのことで気を抜けない。
せっかく来たからメデジンや首都のボゴタにも行こうかと考えたが、いずれにしろ治安の悪い国だからと早々に走り抜けることにした。

10月16日 金曜日 バスターミナルへ行き「今日はどう?」「出るよ」
 ポパヤンの予定を変更してパストへ。途中運転手が助手に交代したがコワイ、コワイ、コワイ。
パスト(Pasto)のホテル ニューヨーク 名前はいいが暗い。 
一泊 350ペソだがシンバーニョ(部屋にシャワーが付いていない)。

10月17日 土曜日 
国境の町イピアレスからエクアドルに抜けようと乗り合いタクシー(コレクティーボ)で国境へ。
コロンビアを出国しエクアドル側の入国審査で止められた。
「ビザは?」「えっ、ビザなんて聞いてないよ」「じゃコロンビアに帰れ」お金を渡して通してもらおうとしたがダメ。後でわかったことだが、一か月前に日本と取り決めたとか。旅の途中で知る由もない!!
結局土曜日で早くに国境は閉められてしまった。
仕方なくコロンビア側の国境に戻ってきたがイミグレーションで「一度出国しているのにお前は何しに戻った」と聞かれビザがないから返されたと言うと「OKわかった」「このパスポートに押されている出国のスタンプどうする?」尋ねると「ナダプロブレマ(問題ない)とジェスチャーで早く行ってと促され、そこから追い出されてしまった。週末で面倒くさいのだろう。国境からイピアレスの街に戻ろうとコレクティーボに乗るとそこに家族連れが乗り込んできた。
母親と18歳くらいだろうか(とにかく20歳前だ)女性に12歳くらいの双子の女の子の4名。
18歳くらいの娘(確か名前はANA)が時間を聞いてきた。腕を見ると時計をしていないことに気づいた。ポケットから腕時計を取り出すとその彼女がベルトを留めてくれた。「えっえっえっ!?」
イピアレスに着き、さて、これからどうしょうかと考えていたら、その家族が、私たちはこれから親戚の家に行くが一緒に行かないかと誘ってくれた。何も予定ないし、いい人そうだったので付いていった。
まったくの普通の家で彼らも私を暖かく迎え入れてくれた。居間に通されひとりになった。
しばらくしてアナが飲み物を持ってきてくれた。ソフアーから立ち上がり飲み物を受け取ると、彼女がいきなり信じられない言葉を吐いた。「ねぇ、キスして」もうドギマギですよ。身長165センチくらいでスタイル抜群。なんせめちゃくちゃ綺麗な娘なんですから。勿論、断る理由はありません。
終わると彼女はニコッと微笑んで家族のいるところに戻って行った。
イピアレスの街に戻ると、その家族は「我々はパストの住んでいます。一緒に行きませんか?」
とまたまた誘われた。ここがバックパッカーの融通の利くところで、たぶん大丈夫だろうと一緒に行くことにした。パスト行きのバスに乗ると人と荷物で超満員。網棚も床も荷物だらけだ。出発してからしばらくして警察の検問。バスの運転手が皆から預かった賄賂を渡すのが見えた。私と一緒にいた家族がバスを降りて検問の一番偉そうな警察官と話をしている。戻ってくるとアナが「あの人は私のお父さんです」また、」びっくりです。再びバスは出発して、しばらくすると隣に座っているアナが(前の席は双子とお母さん)
「ねぇ、もう一度キスして」「大丈夫、誰も見てないよ」「ううう、ええい、ままよ」
しばらくすると、また検問所があり、今度は運転手の賄賂も効かず、俺以外全員荷物を持って降ろされた。
誰も居なくなった車内の網棚にはツナ缶が山盛り、床や座席をはがすとそこからもツナ缶。なんだこのツナ缶は。これこそ缶詰状態ですよ。勿論他にもいろんな物、物、物で溢れています。一人か二人はバスに戻って来たが他は置き去りにしてパストに着いた。
アナの家族がでっかいスズナリのバナナの木を持っていたのを思い出し、運転手に後部を開けてもらい確保した。1m以上もある木なので歩くのが大変。(たぶん、バノノと云って炒めるか焼いて食べるバナナだったと思う)。とりあえずホテルを探した。
ホテル Real 350ペソ、シンバーニョ。非常にうるさい、明日は場所を変えよう。
シャワーを済ませて、とにかくバノノを届けようと聞いていたアナの家(AREVALO家)をタクシーに乗って探した。ほどなく見つかり、明かりが点いているのでノックすると中から出てきたのがこれまた、アナと同じ背丈でちょっとタイプの違う美人。後に友人たちに二人の写真を見せたら本当に美人で驚いていた。
名前はソニア。ドアを開けたら東洋人が立っていたので一瞬たじろいで「何でしょう?」怪訝そうな顔で見ている。ドアが少し閉じられ彼女は半身で俺を見ている。
これまでのいきさつを説明するとどうぞお入りくださいと云われたが明日また来ますとその日はホテルに戻った。
10月18日 日曜日
必ず来てくれと言っていたので、アナの家に遊びに行く。
日曜日で家族が皆いた。お母さん、二人の若者(18歳、16歳)、ソニア、アナ、双子。
そして、ソニアの子供とアナの子供、総勢9人。ここに3人の子持ちの女性がいるが誰も親父がいない。
一日中近所の子供も含めて大勢で遊んだ。 家の前には大きな広場があり、そこにAREVALO家の鶏が足を、1メートルくらいの紐で結び杭につないで遊ばせている(?)なんだかなぁ~、よくわからない。
この日から9日間彼女らの家に入りびたりになった。
ホテルを銀行の裏に変わる。
Residencia Suizo コンバーニョ 500ペソ=$2=約260円
10月19日 月曜日
洗濯ものを持って来てと云われたので、また朝から出かけた。
洗濯をしようとすると、「これは男の仕事ではない」と強引に奪って洗ってくれた。
しかし、干すのは屋根なので梯子をかけて登り、屋根に並べるのが俺の仕事だった。
洗濯ものを持って帰宅。夜12時半 毎日のように泊まれと云われるがいつも振り切ってタクシーを呼んでもらって帰宅する。
10月20日~26日 
今日は子供たちが食べそうな物を買いアレバロ家へ。
この家は何をして食べているのかわからない。たぶん別れた夫たちからお金をもらっているのだろう。
内職で人形を作っているのしか見ていないし、いつも家にいる。
夜は若い4人は学校で、ある時迎えに来てと言われて行くと、まず先生に紹介され少しおしゃべり、帰り道はルームメイトたちに紹介され珍しい東洋人は大もてだった。ラテン系は女性も積極的だからね。
日本はどこにあるのかと云う話になって誰かが世界地図の書かれた下敷きを取り出した。
「えっ、日本がない」なんだこりゃ。そこでわざと「日本どこ?」って聞くと「ここ」「違う」「じゃぁ、ここ」と指さすがもうでたらめだ。そりゃそうだ。地図に書かれていないのだから。
「ここに書かれていないよ」「えっ!?」誰も信用しない。なんだかなぁ~
パストでは映画も観た。非常にくだらないが、まさに暇つぶし。イスは最悪。なんて表現したらいいんだろう。とにかくひどい。
あるとき、夕食中に停電になったが、電気が点いて驚いた。客10人ほど一気に入って来たらしく満杯。
なんだかなぁ~。よくわからない。
アレバロ家で面白いのは親戚や友達がたくさんやってくるのだが、必ず聞かれる質問は(近所の彼女らの友人たちにも聞かれた)「ソニアかアナのどちらが好きなのか」はたまた「どちらと結婚するのか」だった。
一体何人に聞かれただろう。たぶん30人は超えるだろう。
彼女たちは結構綺麗好きで掃除もまめに行っている。必ず音楽をかけて踊りながらやるのだ。
或る時、俺のジーンズが破れ両脚の膝が見えてると恥ずかしいから脱ぎなさいと迫ってくるが、ファッションだと言っても受け入れられず結局抵抗むなしく脱がされて繕ってくれたし、またある時は髪が長いと言って「カットしましょう」と勝手に決め、「いいえ結構です」と断ると必ず「フエオ(汚い)」と云って土間のイスに座らされて散髪されてしまった。
しかも洗髪付きだ。
最も面白いのは、部屋が3部屋あり玄関に一番近い部屋がお母さんと双子が寝る部屋、次がソニアとアナとその子供たちが寝る部屋、その次の台所とシャワーに近い部屋が二人の若者の寝室だった。
居間はお母さんの部屋の反対側で結構広い。なんせ人が集まるとサルサが始まる。
その一番奥の台所も結構広く真ん中が吹き抜けでそこから梯子をかけて屋根に上り干し物をする。
さて、その台所でソニアと一緒になると必ず「キスして」、アナと一緒になると「キスして」迫られ、キスしていると双子のどちらかがやってきて、お母さんたちに告げ口。「ねえねえ、ソニアがキスしてるよ、アナがキスしてるよ」と大声で知らせに行くのでキスしている二人も思わず笑ってしまうのだっだ。
ソニアもアナも全く気にしていない。
さて、さて、こんなところで埋もれてはとビザを取りに国境の街イピアレスのエクアドル大使館に行かなくてはと何気なく話すと、なんとこのパストにも大使館があった。午前中行ったが大使がいないので午後来てくれと云われ再度行くと大使が陽気に迎えてくれた。しかも流暢な日本語で。旅の話や彼が東京の大使館に居たころの話をひとしきりした後、「エクアドルでは何をしますか?ビザは何日ほしいですか?」俺「通過するのに何日くらい必要ですか?」そうするとまた、ひとしきりエクアドルの話をしくれた後、「ゆっくり楽しんでってください」とパスポートに20日と書いてくれた。「これくらいでいいですか?」そして、料金は通過ビザの5ドルくらいだった。飛行機でエクアドルに入国した人たちは問答無用で20ドル以上徴収されたと言っていた。

10月27日 火曜日
6時半に目が覚めてしまった。AREVALO家に別れの挨拶は昨日済ませたので、ゆっくりと荷物をまとめて
国境に9時。コロンビアの国境でパスポートを見せると、「お前は1週間以上前に出国してるではないか」と案の定止められた。訳を話すとあっさり通過、今度はエクアドルの国境でまた、同じ質問、同じ説明をすると驚いたことに、コロンビアの税関が書いた出国の日に✖をし、27日と書いて簡単に入国が認められた。
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