徒然なるままに、一旅客の戯言(たわごと)
*** reminiscences ***
PAXのひとりごと
since 17 JAN 2005


(since 17 AUG 2005)

Reduced Thrust Takeoff

 サボりにサボった今年もあと僅かとなりました。質・量共に低下した本年最後の投稿は、それにちなんだお題目で....。離陸時のエンジン推力のお話です。

年末・年始、帰省やご旅行で飛行機をご利用になる方も多いことでしょう。

総重量が数百トンもある物体が、停止状態から1分としないで大空に舞い上がるのですから、離陸時のエンジンは最大定格出力近くで頑張っている訳です。人が全力疾走するときと同様、心臓(エンジン)には負担がかかりますし、そうそう長時間にわたって全力疾走を続けることはできません。北京五輪の陸上男子100m、世界新で優勝したボルト選手とて、あのペースの走りを5分間続けろ、と言っても、それは無理でしょう。それ同様、ジェット機のエンジンも離陸のために使用できる最大定格出力 -離陸定格( Takeoff Rating )と言います- を連続して使える時間は制限が設けられています。

さて、 近く と言った背景ですが、離陸時 = 常に定格離陸推力( Rated Takeoff Thrust ) とは限らないからです。

FMC: Flight Management Computer を装備した最近の飛行機では、きめ細かく適切な推力計算が行われるのが当たり前になりました。

機種やエンジン、オペレータによっても差異はありますが、離陸時の推力は、
 -離陸時の機体重量
 -離陸滑走路(滑走路長,標高,勾配)
 -離陸時の気象条件(風向風速,気温,露点温度,滑走路状態,気圧高度)
 -離陸時の機体パラメータ(フラップの角度,重心位置を勘案したスタビライザ・トリム)
などにより、計算されます。

各値を入力すると、FMC が、離陸推力の EPR: Engine Pressure Ratio (コンプレッサ入口・出口の圧力比)あるいは N1 (低圧コンプレッサの回転速度;設計回転数を 100% とした相対%で表される)を計算してくれ、その値は、離陸時には、オート・スロットル~ EEC: Electronic Engine Controller を介してエンジン制御されます。勿論、FMC は EPR, N1 だけでなく、離陸時に重要となる V Speeds ( V1, VR, V2 ) も計算してくれます。

※無駄話1: EPR, N1 共に、ジェット・エンジンの推力を調整する主たるパラメータです。最近の主流は N1 になりつつあります。Boeing 777 ですと、Pratt & Whitney 社,Rolls-Royce 社のエンジンは EPR によるコントロール、General Electric 社のエンジンは N1 によるコントロールです。

※無駄話2:滑走路に Line Up して、離陸許可をもらうと、いきなりオート・スロットルを入れるのではなく、先ずはパイロットがスラスト・レバーを進めてエンジン推力を増加させ(例えば 80% N1 とかを指標に進める)、全てのエンジンが順調に吹きあがってきて推力にアンバランスがないことが確認できた時点で、“ Stable!! ”なんて言って TO/GA スイッチをカチっと押し、オート・スロットルを engage します。客席でエンジン音を聞いていると、ヒューンと音が高まり始めた頃は、パイロットがスラスト・レバーを進めて TO/GA スイッチをこれから押そうとしている頃で、一呼吸おいて、ブウォーっという音と共に背もたれに体が押し付けらはじめたら、もうその頃はオート・スロットルによりエンジンが制御されています。が、PF の右手(左手)は万一の reject に備えて V1 まではスロットルにそえられています。

本題はここからでして -相変わらず前置きが長くて本題がお粗末- 、ここ数年、Reduced Thrust Takeoff ( Takeoff Thrust Derate ) 方式が本格的に用いられるようになってきました。

この離陸方法、文字通り、離陸時のエンジン推力を削減する方式でありまして、ボルト選手が予選を勝ち上がるときのように“流す”と言ったら語弊がありますが、全力疾走せずして(心臓バクバクではなく)舞い上がるのです。つまり、定格離陸推力の 100% ではなく、幾許か少なめの推力を使います。

これには、大きなメリットがありまして、エンジン出力を抑えることで、エンジンへの負荷が減り(具体的には EGT: Exhaust Gas Temperature 排ガス温度 が低く抑えられる)、エンジンの寿命,整備サイクルを伸ばすことが出来るのです。

ここで、誤解してはならない大事なポイントがあります。

 - Reduced Thrust Takeoff をしたからと言って、離陸時のエンジン故障で離陸継続を決断した場合、離陸後、推力不足で規定の上昇率を得られなくなることは 無い

 - Reduced Thrust Takeoff をしたからと言って、離陸中断を決心した場合に、滑走路内で停止するマージンを減らすものでは 無い

つまり、安全運航には支障をきたさないことが大前提としてある、ということです。そのため、制動距離に影響が出るような滑走路状態(スラッシュ、積雪、凍結がある場合)や、離陸後 windshear に遭遇する危険性が高い気象条件では、この方式そのものを用いることが出来ません。

先ず、安全ありきです。その上で、少しでも地球に優しく、エコな離陸(&上昇)方法が Reduced Thrust Takeoff であると言えましょう。


Reduced Thrust Takeoff は以下の2つに大別されます。

 ● Fixed Derate ( Derate / Variable Takeoff Rating )

 この方式は、スラストの低減割合を運航者(=エアライン)が設定します。

 通常の定格離陸推力 TO ( takeoff / max rated takeoff thrust ) の下に、TO 推力の何割かを減らした設定を幾つか設定できます。Boeing777 では、2つの定格( rating )を設定でき、それぞれを TO 1 ( takeoff one / derate one takeoff thrust ), TO 2 ( Takeoff two / derate two takeoff thrust ) と名付けてられています。どれくらい減らすかは、上述したとおり運航者により決められ、FCM にはアップリンクまたはエアライン・ポリシー・ページでしか設定することができません(つまり、パイロットが勝手に低減率を変えられない)。例えば、TO 1 は TO の -10% 、 TO 2 は TO の -20% といった固定の割合で推力を低減します。

 ● Assumed Temperature Thrust Reduction

 実際の気温よりも高めの仮の温度( Assumed Temperature )を使って離陸推力を計算する方法です。

 この方式を定格離陸推力、さらには Fixed Derate と組み合わせることで、それぞれの定格推力をさらに最大で 25 % まで減らすことができます。

 Boeing777 では、TO, TO 1, TO 2 のそれぞれに対して、Assumed Temperature Thrust Reduction を組み合わた設定があり、それぞれを D-TO ( assumed temperature takeoff (thrust) ), D-TO 1 ( derate one assumed temperature takeoff (thrust) ), D-TO 2 ( derate two assumed temperature takeoff (thrust) ) と名付けられています。

 Assumed Temperature を使えるかどうかの要素として、離陸重量が関係してきてます。

 例えば、羽田空港の Rwy 34R C1 から Full Length での滑走路長は変えようの無い値でして、必要離陸滑走路長がその範囲におさまってなければ、離陸することは許されません。一方、必要離陸滑走路長は、風向風速(滑走路方位の向かい風・追い風成分),外気温,気圧高度,滑走路面状況,使用フラップ角,そして離陸重量に依存して、機種ごと、便ごとにより異なります。

 (残念ながら)お客様が閑散としており、床下カーゴもスッカスカ、目的地のお天気も良好で予備燃料も必要最小限の短距離国内線ですと、必要離陸滑走路長は実際の滑走路長に比べて短くて済みます。展望デッキから見ていると、颯爽と加速し、滑走路の半分も滑走していないのに Airborne 。そんな状況下では Assumed Temperature を使う検討の余地が出てきます。

 (嬉しいことに)お客様が満席、床下カーゴもパンパン、目的地のお天気も芳しくなく予備燃料も相応に積んだ長距離国際線で、必要離陸滑走路長が実際の滑走路長に対して余裕がない場合、あるいは、前述しましたが、滑走路に制動に影響を与えるようなコンタミネーションがある状況下では、Assumed Temperature を考えることはできません。

 Assumed Temperature Thrust Reduction の詳細については、ここでは割愛させていただきますが(長くなるし、そもそも説明できる程の知識・知力・文章力が無い)、ざっくり次のようなイメージです。

 ある滑走路長で離陸できる最大重量は、風、気圧高度、滑走路状態を同じとした場合、気温が高くなるにつれ少なくなります。これは、気温が高くなると、空気密度が薄くなり、エンジンの出力が低温時に比べ減少するからです。

 一方で、ジェット・エンジンの特性、殊に最大出力特性も温度依存性があります。そもそも、ジェット・エンジンの最大定格は、内部圧力 or 燃焼に伴うタービンの温度( EGT と考えても遠からず) or 回転速度( N1 と考えても遠からず) の何れかが限界に達した段階で決まります。標高が高くなく、温度も低い場所では、空気密度が濃いので、内部圧力制限により最大定格が決まります。周囲温度が高くなり、空気密度も薄くなってくると、所望の圧力を得るために、エンジンをぶん回さなければならなくなってくるので、回転速度や速く回すために吹かすことでタービンの温度が限界に達し、最大定格が決まってきてしまいます。大雑把に、図1のように、低温~ある温度までは定格推力が一定( Flat Rated )だけれど、ある温度を超えると、温度上昇と共に定格推力は減少します。(補正前 N1 の、温度 vs 定格推力特性は“へ”の字型になりますが、難しい補正をすると、Flat Rated とみなせるようになるようです)

 この二つの温度特性を上手く利用し、仮の温度 ( Assumed Temperature )で離陸推力計算を行うと、実際の外気温で算出した定格推力よりも低い推力になり、その差分がお得、となる訳ですね。

図2は、もともと絵心が無いところに加え、年の瀬でアップアップの状態にて描いてみた Assumed Temperature の概念図です。



数字は架空ですが、こんな感じでイメージしてみて下さい。

外気温15℃のとある空港から離陸するとします。15℃での、装備したエンジンの離陸定格 EPR は 1.96、最大離陸重量は 162,000 lbs (ポンド)と求められたとしましょう。ところが、この便の離陸重量は 114,000 lbs しかない。その重量は、空港の外気温が50℃のときの最大離陸重量に相当し、その必要離陸滑走路長はその空港の滑走路長未満である。であるならば、外気温50℃と仮定して推力を求めても安全上の問題はありません。外気温を50℃の場合の離陸定格 EPR が 1.82 であれば、1.82 / 1.96 = 0.93 と 実際の外気温で計算した定格推力よりも7%少ない推力で離陸できる訳です。


Reduced Thrust Takeoff 方式を用いるかどうかの最終判断は PIC にあります。

安全性は言うまでもありませんが、Reduced Thrust 方式に固執して Full Length を管制に要求、混雑時の Ground Traffic flow を乱してしまうのも考えものです。置かれた状況に即した適切な判断が重要であると言えましょう。

離陸ひとつとっても、ひと頃に比べると、技術の進歩を活かしたオペレーションがなされるようになってきています。

展望デッキから眺めていると、何気なくみえる離陸のひとつひとつの裏にも、オペレータやパイロットの数多くの工夫が込められているのです。

さて、来年 も Reduced ~ よろしく 質・量共に低下し続けるブログになりそうな....。
Comment ( 5 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
飛行機はいいですね (Wich)
2008-12-29 22:32:36
締めのエントリーが「Take off」のお話。
なんというか、元気がでます(笑)
どうぞ、不定期でも中三日でも連投でもこれからも!

(正直、ときどき高校の数学とか物理の時間を思い出して涙ぐむ感じの、難しくて咀嚼できずに飲み込んでる感じの話題も多いんですが(スミマセン))『がっつりと』いつも楽しませていただいてます。

よいお年をお迎えください。今年もありがとうございました!
 
 
 
弱きもの 汝の名は (Picorino)
2008-12-30 16:11:51
Reduced Thrust Takeoff は広く使われていますが、時と場合によっては「落とし穴が」と、我が知恵袋氏が話しておりました。
中小型機(100人乗れても中型の範疇)が、大型機のあと離陸する場合です。離陸直後に旋回するケースで、先行大型機の外側後流に入ると、旋回する側に回転している渦のためにBankが急激に深くなり逆舵を最大限に使うこともあるとのこと。
中小型機パイロットは、それを避けるため先行大型機の後流の上に出たいので、離陸性能とは別の理由で大き目のパワーを使うことがあるそうです。

PAX様、読者/投稿者の皆様、良いお年を!
 
 
 
勉強勉強! (speedbird)
2008-12-31 21:14:01
お邪魔しますPAX様。毎回、非常に意味深い投稿、本当に勉強になります。
>もともと絵心が無いところに加え、
とんでもございません。毎回PAX様の絵は分かりやすく的を得ております。自分の伝えたいことがうまく絵に表せる、そういう絵が書ける人は話もうまい。間違いなく。ポイントを得ているから。PAX様も職場では”きれもの!”で通っているとお察します。かくいう私は職場の”壊れ物”で通っております(笑)。

>置かれた状況に即した適切な判断が重要

いやはや耳が痛い(笑)。

今年一年本当にお世話になりました。PAX様のご家族にとってよき新年が迎えられますよう。
そして是非一度"Mission"を(爆)

来年もよろしくです!

 
 
 
カウント・ダウン (PAX)
2008-12-31 21:14:42
31DEC2008 1200Z を過ぎました。出先から au PacketWIN にて接続中です。

Wich さん:
 名ばかり理系の小生も物理・化学・数学が苦手でして....、よくこれで「固体物理・集積回路工学」専攻と言えたものだと(苦笑)。まっ、フィーリング科学ですね。こんなだから、うまく説明もできないし、内容も当てにならない……Wich さんの苦い想い出を呼びおこしてしまい申し訳ない。これに懲りずに、今後ともよろしくお願いいたします。

Picorinoさん:
 今年もお世話になりました。更には〆にナイスなコメントをありがとうございます。Wake Turburance については、upset の教材でも復習したところで、いつかは書き残しておきたいな、と思っていた項目です。
これで来年のネタは確保できたのですが、ネタから記事になるまでが....ね。
本邦では、コールサインに後方乱気流区分を付加していないので、あまり馴染みがないかもしれませんね。勿論、管制サイドでは後方乱気流区分が表示され、それに応じたセパレーションをとっているのはご存知の通りです。
ちなみにAssumed TemperatureはLimitationではないので、パイロットが必要に応じてスラスト・レバーをアドバンスすることができますが、Fixed Derate では、減じた値がLimitationになっているので、マニュアルによるスラスト・アドバンスはエンジン故障につながる、と禁止されているようです。
来年も助け船をよろしくお願いいたします。
 
 
 
カウント・ダウン (続) (PAX)
2008-12-31 21:25:48
speedbird さん:

コメントがタッチの差で間に合いませんでした。
speedbird さんには本年もたいへんお世話になりました。
年の瀬に、過分なお褒めの言葉を頂戴し、ついつい飲みすぎてしまう、かも。
# ちなみに、小生、職場では“雷さま”だったのですが、早期高齢者予備軍の今は、単なる“口煩いジジイ”みたいです。

来年も、硬軟のバランスがとれた記事が書けるとよいのですが、なかなかまとまりがないし、発散状態でして....まっ、発散するというのは自然の理にかなっている訳ですが(苦笑)。

どうぞ、よいお年をお迎え下さい。そして、来年もどうぞよろしくお願いいたします。
 
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