智徳の轍 wisdom and mercy
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 すべてのグルに礼拝します。
 
 聞きなさい。ロトゥンと他の弟子たちよ。
 心の投影とは何か、あなたは知っているか。
 それはすべてのものを創造し、顕現させる。
 それを理解しないものは
 永遠にサムサーラをさまよう。
 理解する者には、すべてがダルマカーヤとして現れる。
 彼らはもはや他の見解を探す必要はない。
 
 立派な僧よ、
 あなたは心をいかにして落ち着かせるか知っているか。
 秘密は「手放すこと」にある。
 「努力せず、何もしないこと。
  心を心地よさに安らがせること」
 安らかに眠る子供のように
 あるいは波のない静かな海のように ...
 明るく輝くランプのように
 照出の中にとどまりなさい。
 
 プライドを持たない死体のように
 心を平安の中に置きなさい。
 心を堅固さの中に置きなさい。
 山のように、不動であれ。
 心の精髄は、すべての誤った断言から
 解放されている。
 
 立派な僧よ、あなたはどのようにして
 すべての思考が生じるか知っているか。
 実体のない夢のように
 広大な無辺の天空のように
 水に映る月、幻影の虹、
 このように思考は生じる。
 それを意識して否定してはならない。
 智慧の光が輝くとき
 すべての思考は、太陽に照らしだされた闇のように
 跡形もなく消えうせる。
 
 立派な僧よ、あなたは揺れる思いを
 どのようにして扱うか知っているか。
 飛ぶ雲は変わり易い。
 しかし空から離れてはいない。
 海の波は力強い。
 しかし海から離れてはいない。
 たなびく霧は重くて厚い。
 しかし、空気から離れてはいない。
 心は空の中を、取り乱して駆け回る。
 しかし空から決して離れることはない。
 意識を「量る」ことができる者は
 「呼吸に乗る心」の教えを理解する。
 雑念が泥棒のように忍び込んでくるのを見る者は
 この侵入してくる思考を観察する教えを理解する。
 自己の心が外をさまよう経験をする者は
 海の鳩と船の喩を理解する。
 
 立派な僧よ、
 あなたはどうやって行為するか知っているか。
 恐れを知らぬライオンや、酔っ払った象のように、
 くもりない鏡や、泥から生じるけがれなき蓮華のように
 行為するのだ。
 
 立派な僧よ、
 いかにして成就を得るか知っているか。
 ダルマカーヤは非識別によって得られ
 サムボガカーヤは至福によって
 ニルマナカーヤは照出によって
 スヴァバーヴィカカーヤは本質によって得る。
 わたしはこの四つのカーヤをすべて得た者である。
 しかし、ダルマダートゥには何の変化もない。
 
 見解、瞑想、経験、矯正、行為、成就は
 ヨーギーが修行で出会う六つの本質的なものである。
 これを学び、修行に適用しなさい。



(ジェツン・ミラレ―パ)

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 わたしの身体にグルの祝福があるとき
 たくさんの奇跡と多くの変容をなすことができる。
 わたしの口がグルの祝福を受けるとき
 自然に歌を歌い、真髄の教えを与えることができる。
 わたしの心がグルの祝福を受けるとき
 心は悟り、覚者となる。
 
 火に焼かれることも、水に溺れることもない。
 わたしは、象のように歩き、強い自信を持って行為し、踊る。
 
 信ある者たちは、異なる心の状態に従って
 様々な形のわたし見、様々な説法を聞く。 
 これによって解放を得る。
 だが悪いカルマを持った、けがれた者たちは
 わたしの身体を見ることさえできない。
 彼らはその罪ゆえに、苦しまねばならない。
 覚者でさえ、彼らを助けることはできない。
 愛する息子たちよ、法則を一生懸命実践しなさい。
 わたしは、果てしなくしゃべることもできる。
 だが、これ以上の何を忠告できようか。
 
 ああ、罪深き者たちの哀れなことよ。
 解放のチャンスを奪われ、
 あらゆる悲しみに耐える彼らを見て、
 わたしの心は、大きく苦しみ、悩む。
 友よ、しっかりと帰依を実践しよう。
 そして、現世のことはすべて忘れよう。
 来生の準備をするために。
 

(ジェツン・ミラレーパ)

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 トビやタカも、空高く舞い上がります。しかし眼は動物の死体にそそがれています。

 動物の死体とは何か、知っていますか? 愛欲と金です。

 もしここに座っていて、神への愛を得ることができるなら、聖地に巡礼に行く必要はありますか? 

 聖地へ行っても、神への愛を得ることができなければ、聖地へ行った結果は得られなかったわけです。神への愛こそ本質的なもので、ただ一つ救いに必要なものです。

 トビやタカとは何か、知っていますか。世の中には大勢の人がいますが、彼らの多くはとても大げさな話をします。そして、聖典の命じる儀式などをすべて行なったことを鼻にかけ、私たちはたくさんのことをしたと言います。その一方で、彼らの心は感覚の対象に非常に執着しています。金銭、富、名声、権力、肉体的な快楽、それらすべてのものに忙しくしています。


(ラーマクリシュナ)


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菩提  


私を誹謗し、その他損害を加え、また嘲笑する人々
――これらすべての人々は、菩提にあずかる者たれ。

(入菩提行論)


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 サットヴァ、聖典の学習、供養、
 信仰心、苦行、温和、
 布施、他を害さないこと、正直、誠実、
 節度、無欲、賢明さ、
 貞淑、真摯、強靭、寛容、
 柔和、忍耐、恐怖のないこと、
 寂静の心、広い心、
 平然、謙虚、清純、慈悲、
 このような性質は、
 神聖で高貴な人々に属するものであり、
 人を解脱へと導く。



 見栄、慢心、粗暴、横暴、無智、
 これらの性質は、魔性に落ちる低俗な人々に属するものであり、
 人を束縛へと導く。




(バガヴァッド・ギーター)




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 サットヴァ・ラジャス・タマスの三つのグナは、すべて自性から生じ
 不滅の魂をしっかりと体に縛り付けている


 サットヴァは、清らかで光り輝く無垢の性質ではあるが
 幸福を求め、智を求めるという点で、魂を束縛する

 ラジャスは熱情の性質であるが、渇愛ととらわれの心を生じさせ
 人を現世的な利益を求める行為に縛り付ける
 
 タマスは迷妄から生じ、肉体を持つあらゆる者を惑わし
 誤解、怠惰、多眠という性質によって、魂を縛り付ける


 サットヴァは人を幸福に結びつけ
 ラジャスは人を行為に結びつけ
 タマスは人の識別智を曇らせ、誤りに結びつける
 
 
 あらゆる感覚器官を通して智慧が輝き出るのは、サットヴァが優勢なときである

 物事に対する強烈なとらわれ、活動の意欲、仕事への野心、焦燥感、野望などが心に生ずるのは、ラジャスが優勢なときである

 陰気さ、無気力、誤解、迷妄などが現われるのは、タマスが優勢なときである


 サットヴァが優勢のときに肉体が死を迎えたならば、その魂は、バガヴァーンを知る人々の住む清らかな世界へと上がっていく

 ラジャスが優勢のときに肉体が死を迎えたならば、その魂は仕事に追われる世界に生まれる

 タマスが優勢のときに肉体が死を迎えたならば、その魂は、無智な女の胎に宿る


 サットヴァによる行動の結果は、善美で清らかであるが
 ラジャスによる行動の結果は苦しく
 タマスによる行動の結果は無知蒙昧である

 サットヴァからは真智が生じ
 ラジャスからは食欲が生じ
 タマスからは誤りと愚鈍と迷妄が生じる

 サットヴァに生きる人々は次第に高い世界に上がり
 ラジャスに生きる人々はこの世界にとどまり
 忌まわしいタマスに生きる人々は、地獄のような世界へと落ちていく

 すべての行為は自分がするのではなく
 これら三つのグナの作用にほかならぬことを知り
 しかもバガヴァーンはこれら三つのグナを超越した存在であることを知る人は
 わたしのもとへと到達する

 肉体をまとった魂が
 その肉体を発生させる三つのグナを超越したとき
 生老死の苦しみより解脱し
 この世にいるうちから不死の状態を獲得するのだ



(バガヴァッド・ギーター)








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 苦難にあっても心を乱すことなく
 快楽を追いかけることもなく
 とらわれと恐怖と嫌悪を、心の中から完全に捨て去った人こそ
 「真智を獲得した聖者」と呼ばれるのである


(バガヴァッド・ギーター)



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 神の聖なる御足にしかとすがりついて居よ、常に神を想え。あなたの時間を世俗の想いによって浪費するな。ともすれば外部に向おうとする心をおさえる様に努力せよ、そして神を想え。
 努力せよ! 一心不乱に努力せよ!
 そうすればやがてあなたは理解するであろう、霊的生活の中にどれ程深い喜びが存在するものであるかという事を! それがどんなに面白いものであるかという事を!
 あなたはマーヤーをすでにこの世に生きているうちに征服しなければならないのだ。それは、あなたが自からを霊の生活に捧げきるのでなければ容易に達せられるわざではない。信仰を、強い信仰を持たねばならぬ、疑いを心の中に入りこませぬようにせよ。


 弟子が問う、「もしそれでも疑いの心が忍び込んでまいりましたならば?」


 あなたが神を実現するまでは、疑いはいくらでも生じるであろう。疑いが心をかき乱す時には、しっかりと神にすがりついてそして祈れ。次の様に思念せよ。「神は在します。私が神を見ない理由はただ一つ、私の心が不純なためである。然し神の恩寵によって心が充分に清くなった時には必ず神の姿をみるであろう」と。

 この心は神を知ることはできない。神は、この減する心の彼方に、人間の知恵の遙か彼方にましますのである。あなたが見ている現象的宇宙は心の支配下にある。心がそれの作者である。心がそれを出現させたのである。この心はおのれの領域以外に出ることはできない。我々が意識する現在の心の背後に種子の形で存在する微妙な霊的な心がある。冥想と祈りとジャパムとによってこの心が啓発され、その発達によって新しい視野がひらける。求道者は数多の霊的真理を自覚する。然しながらこれは最高究極の体験ではない。この精妙な心も神すなわち最高アートマンに到達することはできない。ただ、あなたを一層神の近くまで導くのである。この境地に入ると求道者は現象の世界の持つ一切の魅力を感じない。彼は神の意識に没頭するのである。

 その次にサマーディが来る。サマーディの経験は筆舌には尽すことができない。有無の境を超えたものである。この恵まれた境涯にはもはや幸も不幸もなければ光も闇もない、すべては無限の実在、表現を絶したものである。


 弟子が問う、「マハラージ、私どもは世間の義務をどのように行なうべきでございますか?」


 良心を以てあなたの義務を尽せ。けれど、自分は神の御手の中の一個の道具にすぎないということを常に忘れぬようにせよ。仕事に執着してはならない。神のみが唯一の行為者であるということを心の底に銘記せよ。

 あなたの心を常に神の上に固定せしめよ。おお、そうだ、あなたは自分の心をしっかりと神に結びつけておこうと努力しながらも尚失敗するかも知れない。小我が忍びこんで来るのである。然し、決して失敗によって気を落してはいけない。努力を倍加せよ。最初は失敗は避け難いのである。自己を信じ、必ず勇気を失わぬようにせよ。あなたの理想を実現するまで、再三再四克明の努力をくり返せ。「なさざれば死す。」これをあなたのモットーとせよ。

 「私はまさに今生において神を実現せねばならぬ」これをあなたの標語とするがよい。もしこの肉体と心とがあなたの神への到達を助けないのなら、それ等に一体何の用があろうか。たとえこの企ての半ばで死ななければならぬとしても意に介することはない。


(スワミ・ブラフマーナンダ)

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 グルよ
 解放への誤りない道を示して下さる、完全なる救済者、
 偉大なる慈悲に満ちたお方。
 どうか決してわたしをお見捨てにならず
 永久に、わたしの頭上に
 宝石飾りのようにおとどまりください。
 
 法則の実践者よ、よくお聞きなさい。
 ここにお座りの瞑想者たちよ。
 覚者の教えは数限りないが
 この深遠な道を実践できる者は
 真に才能に恵まれている。
 
 一生で覚者になりたいなら
 現世のものを追い求めてはならない。
 自己の欲求を強めてはならない。
 さもなくば善悪の間で混乱し
 不幸な領域に落ちることになるだろう。
  
 グルに仕えるときは
 「働くのはわたし、楽しむのは彼」
 というような考えを持ってはならない。
 このような気持ちを持てば
 間違いなく争いと不和が生じる。
 そして望みが満たされることは決してない。
 
 タントラの戒を守ろうとするなら
 堕落した者とつきあうのをやめることだ。
 さもなくば悪い影響でけがされてしまい
 戒を破る危険を犯すことになるだろう。
 
 学んだり教わったりするときは
 プライドを持った言葉使いをしてはならない。
 さもなくば眠っている五つの
 毒を持った煩悩の炎が燃え上がり
 善の思考や行為が焼き尽くされてしまうだろう。
 
 仲間と一緒にリトリートで瞑想するときは
 多くのことをやろうとしてはいけない
 さもなくば善行は止み
 集中が散漫になってしまうだろう。
 
 囁きの伝授を受けて、形を持った道を実践するときは
 他のために悪魔を払ったり、幽霊を呪ったりしてはならない。
 さもなくば、悪魔が自分の心の中に生じ、
 現世的な目的を求める気持ちが燃え上がるであろう。
 
 経験と悟りを得ても奇跡の力を誇示したり
 予言を行ったりしてはならない。
 さもなくば、秘密の言葉や象徴が洩れ出て
 徳や、霊的な洞察力が減少してしまうであろう。
 
 これらの落とし穴を用心して避けるようにしなさい。
 悪業を犯してはならない。
 楽しみのために食物を食べてはならない。
 死体の荷物を取ってはならない。
 他人を喜ばせるために、甘いことばを語ってはならない。
 謙虚で慎ましくありなさい。
 そうすれば自分の道が見つかる。
 

(ジェツン・ミラレーパ)

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 菩薩を智慧の徹底から遠ざからせ、
 正しい心の覚醒を得ようと願わないようにし、
 表面的な教えのみを学んだり、言葉を飾ったりすることを教えて、
 菩薩に種々雑多な小乗・独覚の法を学ばせ、
 そこに悪魔の働く仕業の働く素因を作るような人々が、
 菩薩・マハ-サットヴァにとっての悪友である。

 菩薩にパーラミターを学ばしめ、
 魔の仕業のいかなるものかを教え、
 魔の誤謬のいかなるものかを教えて、
 それから遠ざからせるような人々が、
 菩薩・マハ-サットヴァにとっての善友である。


(小品般若経)




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 わたしの身体にグルの祝福があるとき
 たくさんの奇跡と多くの変容をなすことができる。
 わたしの口がグルの祝福を受けるとき
 自然に歌を歌い、真髄の教えを与えることができる。
 わたしの心がグルの祝福を受けるとき
 心は悟り、覚者となる。
 
 火に焼かれることも、水に溺れることもない。
 わたしは、象のように歩き、強い自信を持って行為し、踊る。
 
 信ある者たちは、異なる心の状態に従って
 様々な形のわたし見、様々な説法を聞く。 
 これによって解放を得る。
 だが悪いカルマを持った、けがれた者たちは
 わたしの身体を見ることさえできない。
 彼らはその罪ゆえに、苦しまねばならない。
 覚者でさえ、彼らを助けることはできない。
 愛する息子たちよ、法則を一生懸命実践しなさい。
 わたしは、果てしなくしゃべることもできる。
 だが、これ以上の何を忠告できようか。
 
 ああ、罪深き者たちの哀れなことよ。
 解放のチャンスを奪われ、
 あらゆる悲しみに耐える彼らを見て、
 わたしの心は、大きく苦しみ、悩む。
 友よ、しっかりと帰依を実践しよう。
 そして、現世のことはすべて忘れよう。
 来生の準備をするために。


 (ジェツン・ミラレーパ)

 

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 オカルト的な力を得るのはやさしいことだが、心の清らかさを成就するのは実に難しいことだ。

 心の純粋性を見出すのが、宗教の本当の真理を知ることなのだ。


(スワミ・ブラマーナンダ)



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◎タントラの主神への供養

 次に、集会の導師は、香曼荼羅を作成し、すべての供養の品々を、くまなく清浄にして供えるべし。
 花を束ねて、菩提心を生起させた後、次のように呼びかけるべし。

「ヴァジュラダラをはじめとするタントラの主神よ、われわれのことを記憶修習したまえ。この殊勝なる品々を清浄な心で供養いたしますから、お好きなだけお受け取りください。」

 そしてもろもろの花をまくべし。

 次に導師は、会集に向かってこう呼びかけるべし。

「ああ、偉大なる智慧ある者たちよ。大いなる集会の燃え盛る炎で、煩悩を焼くべし。」

 そして全員で至福に浸りながら、
「ア ホー スカ(ああ、至福なるかな)」
と唱えるべし。



◎集会供養

 次に、全員で次のマントラを唱えよ。

「ア ホー スカ バクシャナーン 
 ア ホー スカ プラーヤナーン
 マハームドラーシッディナー プラタニル テーナ
 フーム ハハハハ ホー」

 次に、アーディヨーガからフーム字の声に巧みに合わせながら五つのムドラーをつけた修法者が、小さな杓で甘露をとり、燃え盛る火の中で燃やすべし。頭蓋骨の中を甘露で満たしてから、その甘露を、まず導師に対して、ヨーギニーが蓮華印を組んで差し上げるべし。そしてヨーギニーは同様にして集会の一人一人に甘露をもてなすべし。
 



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輪縄  


この「わたし」というものを信じているお前の身体という輪縄は、
切られるにふさわしいのだ、ナーローパよ。
幻身が生起するお前の心の鏡を見よ。
ダーキニーの謎の家を。


(ティローパ)

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 事物は良くなることはない。今あるがままに続く。自らの内に生じるその変化によって、良くなるのは我々である。

(スワミ・ヴィヴェーカーナンダ)




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