Bweebida Bobbida

音楽、映画、書籍などの感想雑文集

メシアン オルガン作品全曲演奏会 第4回 @東京藝術大学奏楽堂

2008年12月06日 | ライブ
前日の嵐みたいな雨風のおかげで上野公園の銀杏はかなり散ってしまい、いまや地面の方が黄色い。相変わらず人の多い上野公園を抜けて藝大へ。途中、東京都美術館で来週末に終了する「フェルメール展」の混雑ぶりを眺める(単なる好奇心)。70分待ちの札。この展覧会は開催期間が長かった筈なのに、やはり終盤はこの状態。夏休みの宿題は最後までやらないのは世の常か。

そんなことはどうでもよくて藝大奏楽堂。メシアンの日はいつも空いていて嬉しい。この日のプログラムは以下の通り。

《3つの歌》 Trois Melodies (1930)
《天と地の歌》 Chants de terre et de ciel (1938)

 ソプラノ:野々下由香里
 ピアノ:東誠三

《主の降誕》 La Nativite du Seigneur (1935)

 オルガン:廣江理枝

前半は歌曲、後半はオルガン曲という構成。オルガン作品全曲演奏会という建前のコンサートだから、てっきり前半の歌曲はオルガンも参加する編曲を施したバージョンが存在するのかと思っていたのだが、そんなことはなくソプラノとピアノの歌曲だった。

《3つの歌》
《天と地の歌》
歌曲を聴く習慣がないのだが、メシアンのそれはピアノを聴いているだけでも楽しいし、旋律も変な跳躍があったりして予測を許さない展開が面白い。この後の世代の作家の歌曲になると突飛過ぎて歌として聴くにはしんどくなるのだけど。

《主の降誕》
解説によれば、本作は<ギリシアやインドのリズムから開発した独自のリズム語法を用い始めたという点から画期的な作品とみなされている。このスコアの序文には作曲者の見解が述べられており、作曲技法に関しては「移調の限られた旋法」に加えてとくに「付加音価」の説明がなされている。また「リード・ストップの単独使用」や「バスの役割を離れるペダル」等、メシアンの特徴的なレジストレーションについても記されている。>とのこと。

オルガン作品はオルガンという楽器の進歩と共に可能性が広がるところがあるのか、1935年の本作は音色の多彩さという点では前回聴いた《聖なる三位一体の神秘への瞑想》(1969)に比べるとシンプルではある(シンプルではあるが、不可解な音が鳴る)。が、内容はメシアン印そのまま。彼のオルガン作品は30年代にたくさん書かれ、その後パタンとなくなって50年代に再開しているのだが、ごくごく初期の作品を除いてはあまり作風に変化はないように思う。

この日演奏された作品はいずれも自覚していた以上に知っていた。なぜ知っているのだろうと思ったら、いずれも僕の持っている18枚組CDボックス『Messiaen Edition』の中の2枚目、3枚目の収録されており、このボックスを端から聴こうとトライしては挫折した過去を反映しているというのがその理由みたいだ。要するに3枚目くらいまでは毎回到達するから幾らか余計に聴いていたということ。

1時間強かかる《主の降誕》の最終曲である第9曲は全部聴くことが出来ず途中で離脱。
ジャンル:
音楽
キーワード
レジストレーション 1935年 オルガン曲 夏休みの宿題 東京都美術館 フェルメール展 東京藝術大学
この記事についてブログを書く
Messenger この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック シェア
« 菊地成孔 ダブ・... | トップ | 菊地成孔とペペ・... »

コメント

コメントはありません。

コメントを投稿

現在、コメントを受け取らないよう設定されております。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。

トラックバック

現在、トラックバックを受け取らないよう設定されております。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。

あわせて読む