海鳴記

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日本は母系社会である(10)

2017-01-03 12:41:12 | 歴史

                        (10

  (つぎ)に『万葉集』の巻二十に収めてある防人歌(さきもりうた)を取り上げてみる。

③「旅(たび)ゆきに行(い)くとも知(し)らずて母父(あもしし)に (こと)申(もう)さずて今(いま)ぞ悔(くや)しけ」(204376

 天平勝(てんぴょうしょうほう)七(755)年、東国(とうごく)各地(かくち)から(やく)一千名(いっせんめい)防人(さきもり)たちが、西国(さいごく)(む)かって船出(ふなで)するために、難波(なにわ)大阪(おおさか))の(つ)(みなと))に(あつ)められた。毎年(まいとし)一千人が(い)(か)わり、任期(にんき)は三年であったという。当時、防人検校(けんぎょう)という役職(やくしょく)にあった大伴家持(おおとものやかもち)が、これら防人を引率(いんそつ)してきた部領使(ぶりょうし)<国司(こくし)>(つう)じて(てい)(しゅつ)された(かく)兵士(へいし)やその家族の歌・計百六十余首(けいひゃくろくじゅうよしゅ)の中から、その(やく)半数(はんすう)採択(さいたく)したものといわれている。

 この歌は、そのうちの一首だが、下野(しもつけ)(くに)<栃木(とちぎ)>出身(しゅっしん)の防人歌である。まず内容は、「(防人として)長旅(ながたび)に出て行くことを知らない母や父に、(はなし)もせずに出てきてしまったことを今になっては(く)やんでいる」(木下(きのした)正敏(まさとし)訳参照)で問題(もんだい)はないと思うが、私がこれを出したのは、<父母(ちちはは)>ではなく<母父(あもしし)>(シシはチチの訛)の語順(ごじゅん)着目(ちゃくもく)したからである。防人歌を読みだしてこの語順に出遭(であ)ったとき、私は新鮮(しんせん)(おどろ)きを(かん)じた。こんなにあからさまに母親(ははおや)優位の表現(ひょうげん)(のこ)っていたとは、と。もちろん、両親(りょうしん)のことを(うた)っている中で、<父母>という語順の歌のほうが多いのだが、防人歌の中で圧倒的(あっとうてき)というわけでもない。そして当時東国とくくられていた東海道(とうかいどう)東山道(とうざんどう)でも(みやこ)<奈良(なら)>(ちか)遠江(とおとうみ)駿河(するが)静岡(しずおか)>などは<父母>の語順になり、山岳地(さんがくち)(おお)信濃(しなの)(こく)長野(ながの)>や都から(とお)い下野国の兵士(へいし)の歌では<母父>になっている。

 ところで、私が参考(さんこう)にした防人歌の訳注者(やくちゅうしゃ)である木下正敏は、<母父>や<父母>のような、(たん)に語順の問題ではなく、<母>をどう呼んでいたかが母系か父系の(わ)かれ(め)だという。かれは、『奈良時代東国方言(ほうげん)研究(けんきゅう)』(福田(ふくだ)(りょう)(すけ))を参照(さんしょう)して、次のように解説(かいせつ)している。

「<母父>(オモ・アモシシ)は母系(ぼけい)社会(しゃかい)のことばであり、<父母>(チチハハ)は父系時代に入って(しょう)じた(ご)」であり、「<オモ>は母系(用語(ようご))で、<ハハ>は父系(ふけい)(用語)」、さらに「<オモ>・<アモ>・<オモチチ>・<アモシシ>の語が(もち)いられているのは、東山道の信濃(長野)・下野(栃木)および東海道の下総(しもふさ)(千葉)所属(しょぞく)でありながら、下野と隣接(りんせつ)する結城郡(ゆうきぐん)出身の兵士の歌に限られ、東海道や関東(かんとう)地方(ちほう)平原部(へいげんぶ)は、<オモ>系に(ぞく)する東山道の山岳地帯(ちたい)(ひ)して、(はや)時期(じき)に父系家族に(うつ)ったのではないか」と(むす)んでいる。

 さらに木下正敏によれば、「元来、<オモ>・<アモ>は(とも)に母を意味(いみ)する幼児語(ようじご)で、成人後(せいじんご)も<オモ>・<アモ>の語を用いた例は中央(ちゅうおう)・東国の(べつ)なく見られる」という。

 そこで、私自身を納得(なっとく)させるうえでも、東歌だけの例だけではなく、「中央」でも<オモ>・<アモ>が使われているのか確認(かくにん)してみた。すると、(ちゅう)下級(かきゅう)官人(かんじん)<役人(やくにん)>の歌が中心に(おさ)められているという巻十三にあった。研究者が「行路(こうろ)死人歌(しにんうた)」と分類(ぶんるい)している長歌(ちょうか)反歌(はんか)の、いわば連作(れんさく)になっている二例(にれい)に見られたのである。そのうちの反歌一首(いっしゅ)をあげてみる。

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